[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

聖杖を持つ者 ―第7幕― 第51章

「うわぁ、大きなお城ですね!!」
「さあ、こちらへどうぞ。」
 マーシャたちは、リシェルトに連れられて、メラス王宮まで来た。王宮はかなりの広さがあった。そして、多くの戦士達が中にいた。
「そういえば、まだ、名前をお聞きしていませんでしたね。」
「そうだな。俺は、クロート=トゥリューブと言う。」
「マーシャといいます、よろしくお願いします。」
「ルシア=ルカ=エディナですわ。」
「そうですか。・・・では、こちらへどうぞ。」
 クロートは、ある部屋へと案内された。
「ザヌレコフさん、旅人の方をお連れしました・・・。」
 リシェルトは、中へと入っていった。
「・・・ザヌレコフさんは、今、どこへ?」
「いや、まだ、今日は見てないが・・・。」
「ああ、あいつなら、ホールフィアガルド様の所じゃないのか?」
「そうですか。・・・分かりました。」
 リシェルトは、クロートのところに戻ってきた。
「とりあえず、この中でどうぞ。俺は、ちょっと用があって外行ってきますが、ゆっくりしててください。」
 マーシャらは、その部屋の中へと入った。部屋の中では戦士達が、テーブルのいすに座り、いろいろと忙しそうにしていた。
「どうです?最強と謳われる俺達、メラス戦士団の日常を見て。」
「・・・やってることなんて、メラスの街の警備地図見回したりして、壊れてて修理しなきゃならんもんを書き込んだりとか、最近だったら、賊が狙いそうなとことかも、いちいち細々と書き込んでるしな。」
「こんなことばっかやってたら、戦士って肩書きが泣いちまうぜ。」
「でも、きっとこの国の人達は、そんな戦士様に、感謝でいっぱいだと思いますよ。」
「そうだな。戦士という職業にありながら、国のことを考えている。この国の為政者が優れた者であるということなのだろうな。」



「我が君主は、メラス国民に対して慈悲の心を持っておられる。そして、我らが戦士団長、ホールフィアガルド様が、そのお考えを第一に考え、俺達は、今日もこうして、剣をペンに持ち替えて・・・。」
「こんな日常だって、武術大会が始まりさえすりゃあ、一気に楽しくなるんだけどよ。」
「当分先の話じゃねぇか。ま、腕がなまっちまわないように、この仕事やっつけちまったら、みっちり、訓練しねぇとな。」
「どうだ?仕事は、はかどっているか?」
「そりゃ、もう、全然・・・」
「ホ、ホールフィアガルド様!!」

 入り口には、リシェルトともう1人、屈強の戦士という名がふさわしい男が立っていた。
「メラスの民に幸せを与え、苦しみを取り除く。それが、戦士団の民への責務であり、民の平和こそが、戦士団の喜びだ。」
「はぁ、よく存じてます・・・。」
「ところで、・・・リシェルト、こちらが、お前の言っていた旅人か?」
「はい、クロートと申します。」
「そうか、クロートか。よければ、このホールフィアガルドが話を聞こう、来るといい。」



 ホールフィアガルドについて行って、別の部屋へと案内された。
「して、この王宮で何を聞こうと思ったのだ?」
「・・・はい。私達は、南方の国、アークテラスより来た者です。」
「アークテラスか・・・、遠路はるばる、よくこのメラスを訪れてくれたな。で、何を目的に、旅をしているのだ?」
「・・・実は、ここよりさらに北の国、ターニアレフへ―――」

「ならん。」
 ホールフィアガルドは、ターニアレフの名が出たとたん、話をさえぎった。
「・・・ターニアレフへは、行ってはならぬ。」
「しかし、私達は、どうしても行かなくてはならないのです。」
「この国と、ターニアレフとの間で、何があるのか、知っているのだろう?」
「―――いったい、何があるのですか?」
 ホールフィアガルドは、3人の顔をよく見た上で、棚から地図を取り出した。
「・・・その様子では、この国のことをよく知らないようだな。それならば、ここへ来たのは、賢い選択だったな。もし、お前達が、このままターニアレフへ行こうとしたならば、この街、タニアログへ行かねばならん。だが、今、お前達のような旅人が、このタニアログを通り抜けることは許されていない。」
「・・・なら、どうすれば、ここを通ることが?」
「先にも言ったが、ここを通り、ターニアレフに行くことは出来ない・・・。―――その顔は、何故、と聞きたいようだな。・・・恥ずべき話ではあるが、この国と、隣国ターニアレフは、必ずしも、良い関係であるとは言えぬ。領土の問題、貿易経済の問題、その他、解決しなければならない問題が多くあるのだが、・・・最近、それよりも大きな問題が起こっているのだ。」

「―――ルト=レアノス・・・。」



 クロートがその名を言った時、ホールフィアガルドは顔をゆがめた。
「どうやら、何も知らぬ、ただの旅人というわけではないようだな。」
「では、やはり・・・。」
 その時、何人かの戦士が部屋へと入ってきた。
「どうした、お前達?」
「巡回していた者が耳にした噂でございます。―――またも、彼奴らが。」
「トートライ、反乱軍か・・・。」
「恐らく、いつも通りならば、明日、明後日にはタニアログに・・・。」
「・・・トートライ?」
 クロートは、その話に入ろうとしたが、ホールフィアガルドがそれを制した。
「もう、話すべきことはない。すまぬが、また日を改めてはもらえぬだろうか?」
 クロートはなおも話そうとしたが、ルシアに止められ、大人しく部屋から出た。

「おっと、危ねぇ!!」
 クロートの目の前で1人の男がぶつかりそうになった。
「悪いが、そこをどいてくれよ。」

 クロートらは、その場から離れ、やがて、王宮から外へと出た。






「ホールフィアガルド!!」
 部屋に1人の男が入ってきた。そして、その後から、リシェルトや、何人かの戦士が走ってきた。
「見つけたぜ。奴等のアジトって奴をな!!」
「そうか?!よし!!」

 ホールフィアガルドは、広げていた地図の前に戻った。
「・・・ここだ。・・・レグロフの街の武器屋の裏手の・・・。」
「確かなんだな?」
「―――リシェルトよ、久っしぶりに、暴れられるぜ。」
「ええ、ザヌレコフさん。」
「良いか、ザヌレコフ。コロシアムへと連れて来るのだ。・・・それから、説得をすればいい。レグロフからは、間違いなく、このメラスに来るしかないからな。その時だ。列車を止めてでも、コロシアムへ・・・。」
「ああ、ホールフィアガルドさんよ。」



「ようこそ、おいでくださいました!!」
 クロート達は、宿屋に戻っていた。
「・・・お客様は、確か、3階でしたよね。どうぞ、こちらへ。」
 その女性は、クロート達を、昨日の部屋へと案内した。
「では、ごゆっくりどうぞ!!」

 その女は、会釈したあと、部屋から出て行った。そして、ゆっくりとその部屋から離れていった。やがて、ある小さな部屋の中へと、1人で入り、鍵を閉めた。その部屋の小さな鏡の前で、自分の顔を見つめていた・・・。
「―――私、・・・本当に、このまま続けていけば、いいの?」
 女は、ただ、ぼんやりと鏡を見つめていた・・・。
「いつかは、・・・私のやっていることが、・・・誰かに知られるかもしれない。・・・でも、―――私がやるしかない。今日だって、いつもの通りにやったわ・・・。恐らく、メラスの戦士様が、動いてくださる。そして、反乱軍を止めてくださるはず。―――そうすれば、メラスとターニアレフは、争いあうことはない・・・。」
 そう思いながら、女は、うつむいていた・・・。
「・・・でも、私は、そうやって、―――何をしようとしてるの?こうすれば、何かが解決すると言うの?・・・でも、・・・だからと言って、・・・今の私がやっていることを、・・・止めるわけには、いかない―――。」

 女は、もう一度、しっかりと鏡で自分の顔を見つめた。
「明日の朝、―――レグロフの、トートライの所に。」

 そして、その女性は、部屋から出て、1階のフロントへと戻ったのだった。



 次の日の朝、クロートらは、何もせずに部屋の中にいた。
「・・・先に進めない、・・・それなら、どうすればいいんだ?」
「クロートさん、・・・もう一度、お城に行きませんか?」
「マーシャ、きっと、それは何度やっても同じよ。」
「で、でも・・・。」
「だが、何も進展がなかったわけじゃあない。ターニアレフに行けない理由は、やはり、ルト=レアノスにある。そして、まだ、詳しくは分からないが、トートライという反乱軍がこの国にはいる・・・。」
「明日、明日後と言ってたわね・・・。」

「もう、この方法しか残っていないのかもな・・・。」
「トートライと協力して、ターニアレフに入ろうと言うの?」
「―――望みは薄いな。・・・もう反乱の2、3日前には王宮にまで情報が来ているんだ・・・。戦士団の手にかかれば、ターニアレフにすら入れないだろう。」

「・・・そこなのよね。」
 ルシアは、首をかしげていた・・・。
「何か、おかしなことでもあるのですか?ルシアさん・・・。」
「ひっかからないかしら?どうして、こんなにまで簡単に反乱の日がバレたりするの?それに、・・・いつも通りなら、とも言っていたわよね?」
「・・・よっぽど、口の軽い奴がいるんだろうな。」

「そうかもしれないわね。でも、もしも、それを、・・・誰かが、意識してやっているとするなら・・・?」

 ルシアの質問を聞いて、やはり、クロートもマーシャも首をかしげざるを得なかった。



 ザヌレコフとリシェルト、数人の戦士が列車に乗り、レグロフの街へと向かっていた。
「こいつは、今までの仕事とは、比べもんにならねぇな、きっと。」
「ええ。まさか、彼奴らも、アジトまでバレたとは思ってないでしょうからね。」
「手筈はもう分かってるな?」
「まず、アジトを囲む。そして、万が一逃げられた時にも、北への退路を封じて、全て列車へと乗せる・・・。」
「そうすりゃあ、あとは、メラスで列車を止めればいいからな・・・。」
「よし!!レグロフの駅が見えてきた!!」

 レグロフについて、ザヌレコフらは、武器屋の方へと向かった。そして、北へも数人が回り、完全に包囲したのを確認した・・・。
「―――入るぜ!!」
 ザヌレコフは、その小屋のドアを破壊した!!そして、リシェルトら数人とともに、一気に中へと入った。
「トートライの連中だな!!メラス戦士団だ。」

 リシェルトは、そう言い放った。だが、ザヌレコフは、その直後、あることに気付いていた。その視線の先の女も、想像もしていなかった事に驚いていた。

「ケーナ?お、お前、・・・宿屋のケーナだよな?ど、どうして、お前が、ここに?」





 ケーナは、今にも、ザヌレコフさん、と言ってしまいそうになっている自分を、必死に押し殺した。そして、はっきりと動揺している自分がいることに気付いていた。
 トートライ反乱軍の面々は、明らかに動揺を見せていた。
「な、なんで、メラス戦士団が、・・・ここに?!」
「・・・もうここまで来たんだ、大人しくしてもらおうか・・・。」
「くっ、・・・戦士団にこのアジトまで見つけられちまったんじゃ・・・」
「別に、ここで争う気などねぇんだ。だが、一度、お前達には、メラスへと来てもらいてぇと思っている・・・。」

「―――いいわ。行きましょう。」

 ザヌレコフのその言葉に、ケーナは即座に応じた。そして、その答えには、その場にいた人間の多くが戸惑った。
「そ、そんなすんなり決めるのか?」
「ケーナさん?!どういう気なんすか?」
「おい、そんな勝手なことが許されるって言うのか?」






 ケーナは、ザヌレコフが宿で知っていたのとは、違う印象の声で話した。
「恐らく、私達に、逃げ道は、メラスへの列車しか残されていない。そうですね?」
 ザヌレコフらは、静かにうなずいた。
「それなら、行きましょう。メラスへ。」
 ケーナは、何人かの人間を連れ、ザヌレコフの方へと近づいた。
「・・・ああ、行くか。」



「ザヌレコフさん、・・・ちょっと待ってください。」
 リシェルトは、ケーナに厳しく問い詰めた。
「トートライは、・・・どこにいるんだ?」
「ここには、いないわ。」
「ならば、探してでも連れて―――」
「トートライさんを、お前達のところへなどと、行かせるものか!!」
「お前達が、メラスですることなんか分かってんだ!!わざわざ、トートライさんが行く必要もねぇ!!」
「あくまでも、拒むというんだな?」
「・・・私では、その代わりにもならないと言うのですね?」
「ああ、トートライを・・・」
 ザヌレコフは、リシェルトを止めた。
「話の続きは、メラスでしよう。」
「し、しかし!!」
 リシェルトの制止を振り切り、ザヌレコフは、ケーナたちを連れ、列車へ乗り、メラスの方へと向かった。そして、その間、ザヌレコフは一言たりとも話さなかった。



 ザヌレコフは、ケーナらをコロシアムへと連れて行った。そして、そこには、多くの戦士団員の姿があった。その中心には、ホールフィアガルドが立っていた。
「ザヌレコフ、リシェルト。・・・ご苦労だったな。下がっていろ・・・。」
 ホールフィアガルドは、ゆっくりとトートライ反乱軍に向かっていった。
「お前らも分かるだろう。言いたい事は・・・。」
「ああ、反乱なんてバカな事止めろって言いたいんだろ?!」
「・・・分かっているのなら、なぜ、繰り返すのだ?」
 何か言おうとしたケーナを押しのけてまで、他の反乱軍が前へと出て行った。
「こりゃ、面白ぇぜ。知らねぇなんてこと、言わせねぇ!!戦士団の腰抜け共!!目ぇ覚ましやがれ!ターニアレフの野郎共が何たくらんでやがるのか、知ってるだろ?」
「あいつだ!!あの野郎、ルト=レアノスの野郎とつるんでんだぜ!!」
「今、ぶっ潰さないと、どうなるってんだ?!」
「誰だって知ってんだろ?!ばあさんじいさんにこっぴどく聞かされただろうが?!」
「それなのに、テメェらは、一向に動こうともしねぇ。情けねぇったら、ありゃしねぇ!」
 戦士団のいくらかは、その発言に、憤りを覚えていた。
「戦士団なんか、所詮、自分の国しか見えてねぇ、自己満足してる人間の集まりだろ?」
「お前ら・・・、それ以上・・・」
「言う事は変わらない。お前達に、今、反乱を許すことは出来ぬ。」
 リシェルトの言葉をさえぎり、ホールフィアガルドはそう通した。



「まぁ、そんなことだろうからよ、トートライさんには来てもらってねぇけどよ。トートライさんのいる限り、お前らのような腑抜け共のたわけごとなんざ、聞く気は、さっぱりねぇな!!」
「ならば、直接、お前達がトートライにこう告げてくれればよい。―――今、お前が、動く時ではないとな・・・。」
「今じゃねぇだと?じゃ、いつだってんだ!!!」
「分からぬ。明日や明後日ではない。数日後、数ヵ月後、・・・数年、数十年後ともなるやもしれぬ。―――だが、その日が来る時、それは、・・・この戦士団が、お前達の力を必要とする、その時だ・・・。」
「・・・どういう、意味だ?」
 ホールフィアガルドは続けた。
「もしも、お前達に、この戦士団に対する誤解があるとするならば、2つ。この戦士団、いや、少なくとも、その隊長はお前らの力を評価しているということ。そして、お前達が抱く、その志を、心に留めぬようになるほど、この戦士団、落ちぶれてなどいない。」
「俺らの力を・・・」
「―――評価してるだと?!」
「戦士団、いや、このメラスの民の誰一人として、あの140年前のことを、ほんの一瞬たりとも、忘れる者などいようものか・・・。そして、その志を忘れず、高く持つお前達・・・、トートライの力を、今、失うわけには、いかぬのだ・・・。」

 ホールフィアガルドの話に、一同は静まり返っていた・・・。
「あの、ホールフィアガルドが・・・、トートライさんを―――。」
「・・・お、俺達・・・。」
「約束をしてくれるだろうか?・・・もう、同じ真似を繰り返すことのないように。」
 ホールフィアガルドの話を聞き、トートライの男たちは、皆、自分の信念を、決して戦士団が認めていないわけではなかったことに気付いていた。そして、これからも、その信念を貫き通す、その道しるべを見つけたように思っていた。
「・・・行きましょう。トートライの所に。」
「ケーナさん、それじゃあ・・・。」
「あなたたちが思うように、告げればいいわ。」
 ケーナ達は、コロシアムから出ようとした。

「なぁ、おい・・・、ケーナ。」
 ケーナは、ザヌレコフの声に黙って立ち止まった。そして、ザヌレコフが、一歩歩み寄った途端、ケーナは、走り去っていった。
 ケーナ達は、一度、トートライのアジトまで戻っていた。
「・・・ケーナさん?急に、どうされたんすか?」
「私の名を、呼ばないでと言ったのを、忘れたの?!」
「す、すみません・・・。」
「トートライさん・・・。」
 ケーナは、そこに現れたトートライの顔を見た。
「・・・話、聞かせてもらおうじゃねぇか。」
 そして、ホールフィアガルドが話した事を、トートライに告げた。
「そんなことを、あのホールフィアガルドが言いやがったか・・・。
 で、お前ら、・・・もう、諦めたって言うんだな?」


 それに、答えようとするものが何人かいたが、そう、言い出すことのできるものは、中にはいなくなっていた・・・。それを見て、トートライは少し、笑みを浮かべた。






「―――まさか、お前らも、あのホールフィアガルドが、そんなこと言うなんて想像してなかったんだろ?俺もだぜ。どうだ、1回野郎の言うこと、信じてやろうか。―――あの野郎が、・・・どういうつもりで言いやがったのか。ただの戦士団の野郎が言う言葉と、野郎の言う言葉じゃ、重みも違うだろうしよ。」
「それじゃあ、トートライさん・・・・。」

「―――ただしよ・・・。」

 トートライは、ケーナを見た。
「―――悪いけど、そろそろ私、・・・帰ってもいいかしら?」
「メラスへか?・・・今まで、必死に隠してきたんだろ?メラスじゃあ。・・・もう、帰る場所、ねぇんじゃあないのか?」
 ケーナは、トートライに笑いかけた。
「私がやってたことは、私がやってたこと。逃げも隠れもしないわ。」
「・・・それでこそ、ケーナだ。」
 ケーナは、静かにそこを出て行こうとした。

「―――そんなお前が、時々、・・・何もかも、ウソなんじゃねぇのか、って思う俺は、・・・どっか、おかしいのか?」



 ケーナは無言で出て行った・・・。そして、列車に1人で乗り、メラスの、あの宿屋へと戻ってきたのだった。
「・・・あら、ケーナちゃん?お帰り!!」
「あ、た、ただいま帰りました。・・・遅くなって、ごめんなさい。」
「ホントよ、ケーナ。最近、あなた、理由もなしに宿屋から消えるんだから・・・。」
「そ、それよりも、先ほど、あの人がケーナちゃんはいないかって尋ねられましたよ?」
「あ、あの人って・・・。」
「あなたの、大事なあの人よ。戦士団にいる、あなたの命の恩人の、あの人。・・・あ、でも、―――もう、普通の顔しちゃ、会えないわよね。」
 そう言われて、ケーナは表情を暗くした。
「ちょっと、リリア!!」
「あら、ヘレナさん。黙ってたこの子を許してあげられるなんて、優しい人ね。驚いたわ。まさか、あのトートライの1人だったなんてね。あなたみたいな人が。」
「いいじゃないのよ、ケーナらしくて。」
「えっ?」
「人には、そういうところがあっても、いいじゃない。」
「・・・ルミナさん。」
「でも、もう、ザヌレコフさんとは、会ったらダメだと思う。」
「あら、めずらしいわね。私とミントの意見が合うなんて。あのね、ケーナ。・・・あなたの彼、どうしても分からないみたいだったわよ。あなたが、どうして、トートライなんていう反乱軍の一員にいるのか。信じたくないのよね。自分が助けたあの可愛い女の子が、そんなことしてるなんて。」
「でも、・・・私も聞きたい。どうして、ケーナが、そう思ってるのかって。きっと、ザヌレコフさんが、まっすぐここに来られた時にも、あなた、・・・トートライのところに、行ってたんでしょ?」
 ケーナは、黙り込んでいた・・・。
「ヘレナさんも、分からない人ね。ケーナの気持ちの1つも分からないなんて。ケーナは、私達の目を盗んで、愛しい、トートライのところに行ってたわ。ところが、ある日、突然来た男に、助けられたその瞬間、心を奪われてしまったの。でも、その人は、ああ、どうしてでしょう、戦士団に入ってしまったの。トートライとザヌレコフの2人の間で揺れ動くケーナ、ああ、私はいったいどうすれば―――」
「リリアさん、いい加減にしてください。」
 ケーナは、リリアの横を通って、走って階段を上がっていった。



「ああ、とうとう、怒っちゃった・・・。」
「リリア、あなた、・・・悪ふざけがちょっと、過ぎたわよ。」
「・・・何よ?それ以外、何か理由があるって言うの?」
「みんなが、あなたと同じような、曲がった感性をしてると勘違いしてないかしら?」
「曲がった感性ですって?!」
「とにかく、聞いてくれ。・・・しばらく、お前達も、ケーナのことはこれくらいにしてやるんだ。・・・ケーナのやってたことにも目をつぶってやれ。あの戦士は、反乱を止めさせる事が目的だったって言ったじゃないか。・・・私も、今日のこと、初めて知ったんだが、・・・やはり、ケーナには、その方が、私は、幸せなのだろうと思う。・・・だが、本当のあの子の気持ちは、・・・あの子にしか分からん。」



 部屋のドアがノックされた。だが、ケーナは黙って顔をふせていた。
「ケーナ、ここにいるのか?・・・リシェルトだ。開けてくれないか?」
 ドアが開くことはなかった。
「・・・なら、これは、俺の独り言だ。あの後、トートライが直接、巡回してた戦士の1人に、しばらく様子を見ると言ったらしい。・・・あの後、誰かが、トートライにも告げてくれたのだろう。礼を言わないとな・・・。」
 相変わらず、部屋の中からは何も返ってこなかった。

「あぁ、俺の言葉じゃうまく言えないな。ここは、ザヌレコフさんの言葉で言うか。――争いってのが始まり、そして終わる。そいつの後に、変わるもんと、変わんねぇもんってのがある。けど、大抵、何か、変えたいもんが、その変わるもんになるってことはなくて、変えたくないもんに限って、みんな、元通りには行かなくならぁ。争いってのは、そういうもんだからな。・・・けど、俺達は今、どうしても変えなくちゃならねぇもんを持ってる。」

 リシェルトは、少し間をおいてから、話を続けた。

「隊長も、ザヌレコフさんも、同じ事を考えている・・・。トートライのアジトが見つかったことに喜んでた俺なんかじゃあ、考え付かないほど、とても大きなことを考えられている・・・。―――そして、ザヌレコフさんは、・・・ケーナに、それを伝えたがっていた。」



 しばらくして、少しずつ足音が遠くなっていくのを、ケーナは聞いていた。ケーナは、顔をふせたまま、涙が流れるのを止める事が出来なくなっていた。

 この国には、自分と同じことを、必死になって考えてくれている人がいる。そして、それ以上にまで協力してくれようと言う人が、自分の近くにいてくれる。それが、どれだけ、ケーナにとって、心強いことであっただろうか・・・。
 だが、ケーナの瞳からの涙は、必ずしも、それからこみあげてきたものではなかった。むしろ、そう思えば思うほどに、心の痛みは増し、涙は、より、悲しい色へと変わっていった。

 2、3日、平穏な日々が続いた。ケーナも、宿屋での仕事に戻り、少しずつだったが笑顔を取り戻していた。ゆっくりと、しかし確実に、いい方へと進んでいるんだと、そう思っていたからだ・・・。


 ―――これは全くの悲運だったと、そう言うしかなかっただろう。
ケーナは、出会ってしまっていたのだから・・・、その杖を持つ者に―――。






 クロート達は列車から下りた。
「ここを抜ければ、・・・ターニアレフだ。」
「でも、あなたが言うほど、・・・ここを通り抜けるのは、簡単ではなさそうね。」
 タニアログの街には、やはり、戦士団の姿が多く見られた。どの戦士も厳しい目つきをしていた。
「ああ・・。だが、意外と、すんなり通らせてくれるかもしれないだろ?」
「そうですよ、ルシアさん!!私達のことをきちんと話せば、きっと・・・。」
「そうかしらね・・・。」

 街を進むにつれて、戦士団の格好とは違う装備の者達が現れ始めた。
「ターニアレフの者だろうか?」
「ここが、中継地点なら、どちらともいておかしくはないわね。」
「あ、ルシアさん。あの人、こちらへ・・・・。」
 3人のターニアレフ兵がクロートらのところへと近寄る。
「お前達、旅人か?」
「あ、ああ。」
「これより先は、ターニアレフの領土だ。お前達は、ターニアレフに入るのだな?」
「そうなりますわ。」
「よし、・・・まず、お前達がどこから来たのかを聞こう。」
「俺達は、ア―――」

 そこで、クロートは言うのをためらった。ターニアレフとの関係に疑問を持ってアークテラスを出た自分に、どうして、アークテラスから来たなどと言えるだろうか。
 そんな考えがクロートの脳裏によぎっていた・・・。
「どうした?なぜ、言う事ができない?」
「ク、クロートさん?どうされたのですか?」
「いいわ、私達は―――」
「おい、お前に聞いているんだ。どうなんだ、どこから来たのだ?!」
「どうも怪しい奴だな。お前、何をたくらんでいる?」
「お、俺は、何も・・・、ただ。」
「もうよい。ほんの少しだろうと疑わしい人間を、通すわけにはいかんな。」
「私達は、ここを通らなければならないんです!!」
「ええい、やかましい!!お前達、こいつらの顔を覚えておけ!!そして、何があろうと、絶対に通させるんじゃないぞ!!」



 クロートらは、そうして突き返されてしまった。
「クロート、あなた・・・、ここまで来て、つまらない意地を張ってどうするの。」
「ああ、正直に言えば、今頃、入れただろう。だが、俺には、言えなかった。―――できれば、そのことを隠してでも、本当のことを知りたい。もし、言えば、・・・結局、同じ事をしてしまいそうになる、自分が怖いんだ・・・。」
「どちらにしても、これで、1つの道が断たれてしまったことになるわ。・・・私達にしても、あなたにしても辿らなければならない道が・・・。」
「―――そういえば、まだ、俺は聞いていなかった。マーシャは、どこへ向かっている?」
 そう言われて、マーシャもルシアの方を向いた。
「そうね。まだ、言ってなかったものね。―――マーシャをターニアレフに連れて来た理由。それは、マーシャを、ある人の生まれた場所へ、連れて来るためよ。」
「ある人・・・、ですか?」
「そう。―――聖杖に、そして、セレンディノスに、とても深いゆかりのある人。」
「セレンディノスに・・・?」
 それ以上は、ルシアは何も言おうとしなかった。

「―――お前ら、・・・ターニアレフに入ろうって思ってるのか?」
 クロートにその男は静かな低い声で話しかけてきた。その男は、狭い路地から少しだけ体を出して、こちらを見ていた。
「お前は、誰だ―――?」
 その男は、少しせせら笑ったあと、話しかけた。
「気にすんな、ただの通りがかりよ・・・。どうだ?入りたいのか?」
「―――ああ。どうしても、入らなければならない。」
「メラスにいた、トートライって奴が率いる反乱軍ですら、もう、入ろうなんてこと思っちゃあないってのに、・・・お前ら、面白ぇな。―――まだ、入ろうとしてるなんてよ・・・。」
「反乱軍が、・・・もう、入ろうとしてない?」
「その時が来るまで待とうってな。反乱軍の力を、今失うわけにゃいかないってよ。」

 クロートは、男に答えた。
「待っていて、何が変わるという?」
「だよな・・・。だがよ、そう言った野郎は、ただの口先だけの奴じゃねぇ。奴は、・・・そうやると決めたのなら、・・・必ず成し遂げる野郎だからな・・・。」
「めでたい話だな・・・、待っていれば、必ず解決できるんだからな、その反乱軍も・・・。」
 クロートは、男から視線を外し、もう一度、ターニアレフの方角を見た。
「何を目的にして俺達に話しかけてきたかは知らない。だが、・・・俺達にとって、反乱軍の連中が待ってる、その時ってのは、―――今、だからな。」
 男は、そこまで聞いたあと、もう一度、クロートの顔を見て話しかけた。
「そうかよ、お前ら。―――お前らも、野郎みたくやれるって、言うんだな。」
「やらなくてはならない。・・・それだけだ。」



 男は笑った。だが、それは、先ほどのせせら笑いとは違う笑いだった・・・。
「面白ぇな、お前ら。・・・気に入ったぜ。どうだ・・・、俺の話に、・・・乗ってみる気はねぇか?―――入りてぇんだろ、中によ。」
「入る方法を知ってるのか?」
「そうよ、とっておきの、・・・方法をな。よし、そうと決まりゃ、やるのは早ぇ方がいいぜ。―――ちょっとよ、時間がかかるからよ・・・。夜、ここに来い。・・・待ってるぜ。」
 その男は、路地の暗がりへと消えた・・・。そして、すぐさま、その男はメラス全土を駆け巡ったのだった。

 男があたためていたという、その計画が実行されること、―――それは、やがて、メラスの戦士団と、1人の女性に焦りをもたらすこととなった。
「トートライが、再び動き出した・・・、それは、本当なのか?!」
「なぜ、こんな急に態度を変えてきたんだ?何があったという?!」
「わかりません。ただ、奴が突然、行動を起こしたということだけ!!」
 事の次第が戦士団に明らかとなったのは、真夜中になってからであった。
「ホールフィアガルド様!!タニアログから、知らせが!!」
「して、タニアログは、どうなったのだ?!」
 男は、少し震えた声で言った。
「もう、既に、・・・突破されました。」
「リシェルト、・・・リシェルト=ラーディアスはいるか?!」
 ホールフィアガルドの叫び声に、すぐさまリシェルトは駆けつけた!!
「ホールフィアガルド様!!」
「なんとしても、止めるのだ!!お前達も、そしてお前達もだ!!人数をかき集め、一刻も早く、タニアログに向かえ!!」
「しかし、ザヌレコフさんが・・・。」
「―――奴は既に出た。お前は、とにかく、早く、追いかけるのだ!!」

 リシェルトは何か言いたそうにしたが、すぐさま、王宮を駆け巡り始めた!!






「いらっしゃいませ。・・・あら、あなた?戦士様じゃありませんか。」
「どこにいる?今、どこにいるんだ?!」
「ひょっとして、ケーナを探してらして?でも、残念でしたわね。もう、あの子。急にあわてて、タニアログの方に、出かけましたわよ。」
 そう言われ、少し顔をゆがめた。
「もう知ってたか―――。そうか、わかった。」
 ザヌレコフは、すぐさま宿屋を飛び出し、メラスの駅へと向かった。

「あ、ごめんなさいね。それでは、3階に案内しますわ。」
「少し、聞いてもいいだろうか?・・・今の戦士の様子、ただ事ではないように見えた。・・・一体、何があったのか、聞いてもいいだろうか?」



 女と数人の男たちは、タニアログの少し外れの、人気のない場所に立っていた。だが、女は、ただ1人で、男たちに向かいあっていた。
「どうして?なぜ、今頃になって、こんなにも急に!!」
「ま、そう言うなって。やっぱ、流石はトートライさんだぜ。・・・まさか、あんなにもあざやかに、タニアログを抜けちまうなんてな!!」
「ずいぶん前から準備してらしたんだぜ、トートライさん。あの、タニアログにいた連中に、トートライさんの顔見知りを紛れ込ませてたんだとよ。・・・そいつらの協力で、タニアログの壁はとたんに総崩れよ。」
「そんなことまで、計画していたというの、・・・トートライは。」
「さ、ケーナさんよ。俺達も、行っちまおうぜ!!」

「ええ。でも、私達は、トートライを止めに行くの。・・・勘違いしないで。」

 そうケーナが言ったのを合図に、まわりの人間のケーナに対する態度が変わった。
「どうして、トートライさんが、わざわざ、ここで、ケーナさんを待たせたか、・・・気付いてねぇなんて、言わねぇよなぁ・・・。」
「もう、そろそろ吐いちまおうぜ、―――ケーナ皇女様よぉ。」
「それならおもしれぇ作戦だって立てられるぜ。例えば、皇女様を人質にしちまうとかよ。」
「わ、私は・・・、そんなものに、覚えはないわ!!」
「それでも構やしねぇぜ。別に、人質が、顔を出す必要なんて、ねぇしさ。別の人間だろうと、何にも問題ねぇんだぜ。」



「お前達、・・・そこで何してやがる?!」
 ケーナが、ナイフに手をかけようとしたその時、一番聞きたくなかった人の声を聞いた。
「さぁて、どうする、皇女様?」
「言わないで・・・。」
「え?おかしいな、何も、聞こえなかったぜ。・・・まさか、敵国の戦士様に、助けなんて呼べねぇよなぁ。―――ターニアレフの皇女様!!」
 ザヌレコフは静かに漣を抜き、その鋒を1人の男に向けた。その一瞬には、空気すらも動かなかった。そして、その動かぬ空気の中にいる、男たちの誰もが、ザヌレコフに恐れをなした。
「こいつは、漣。・・・鍛えた者の、全ての悲しみをぶつけ、たたきこみ、封じた剣・・・。」
 ザヌレコフは、どこまでも厳しく、険しい表情をしていた。

「もし、忘れてんなら、思い出させてやらぁ。―――ホールフィアガルドの言葉をな。」



 その緊張した雰囲気の中で、1人の男がとうとう狂ったように笑い始めた。
「何がおかしいんだ、テメェ!!」
「そうかよ、お、おめぇ・・・、この女に惚れてんのか?それとも、・・・バカなのか?―――こいつはぁよぉ、ターニアレフ皇女・・・、ケーナ=アレフなんだぜ!!バカなんなら言ってやらぁよ!!こいつは、あのカーネルのクソ野郎の娘だぜ!!!あの、ルト=レアノスと手ぇ組むなんて抜かしやがった、カーネルの野郎のなぁぁ!!」
 もはや、ケーナにはこれ以上、しゃべることは出来そうになかった。
「戦士様よぉ、・・・ああ、もう、しねぇぜ。殺したくねぇんだったよなぁ。俺達も、殺されたかねぇぜ。―――だがよ、もう遅いぜぇ。もう、行っちまったもんなぁ、トートライさんはよ!!!」

「話は、皆、聞かせてもらった。」
 その時、静かな声が辺りに響いた。ザヌレコフは、その声の主に振り返った。
「あなたは―――。」
 ケーナは、その青年の顔を見た事があった・・・。
「名は、ザヌレコフと言ったな・・・。ザヌレコフ。もうしばらくすれば、お前の仲間がここに応援に来るだろう。」
「ああ、来るだろうぜ。」
 ケーナがどういう人物であるかが、分かった者・・・、つまり、その場にいた者は皆、それがどういうことを意味するかも理解出来た。
「なら、分かるだろう。そこにいる女性と、お前が、今、この同じ場所に立つことは、許されないということを。」



 ザヌレコフは、独り言のようにつぶやいた・・・。
「俺は、・・・どうすれば、いい?」
「俺の策では、お前の、望み通りの結果を得ることは、恐らく、出来ない。・・・全てを捨て去り、失うことをも、・・・拒絶することは出来なくなる。」
「選んでる時間なんざ、ねぇ。ただし、ひとつだけ、聞かせろ。お前は、・・・何をする?」
 青年は、静かに答えた。
「俺の顔見知りが、・・・タニアログへ向かったのかもしれないと考えている。―――だから、お前の答えがどうであろうとも、俺は、向かう。」
 だが、その答えを期待して聞いていた者達は、すぐさま口をはさんだ。
「それが、・・・お前の考える策か?ただ、追いかけるってことがか?」
「バカか?そんなこと、どんなバカ野郎だって言えるぜ。・・・もう、とっくの昔に、入っちまってるんだぜ、トートライさんはよ。追いつけるわけねぇだろ?!」
「だいたい、追いかけちまったら、普通、必死になって逃げんだろ?!」
 青年は落ち着いていた。
「ああ。そう思うお前達には、うってつけの役割がある。・・・ここで、黙って動かず、止まってるっていう重要な役割がな・・・。」

 ザヌレコフらは、タニアログの街を走り抜けていた。そこにいたのは、トートライの反乱軍と合流した、リシェルトや戦士団だった。
「ザヌレコフさん・・・、奴等は、どこまで行ったんです?」
「わからねぇ。・・・だが、とにかく、追いかけなきゃならねぇ。」
「しかし、このまま追いかけて、見つけたとしても、・・・煽るだけなのでは?」
 ザヌレコフは、しばらく黙ってたが、答えた。
「勘違い、すんなよ。俺達の目的は、・・・先走ったバカ野郎どもを、・・・メラスに連れ戻すことだからよ。」
「連れ戻す・・・?でも、どうやって?」
「さあな。知らねぇよ。だがよ、・・・俺達がホントに考えなくちゃならねぇのは、・・・そんな、小せぇ事じゃねぇんだ。」



 タニアログの街に、ターニアレフ兵の姿は全く見られなかった。
「俺は、・・・ホールフィアガルドを、裏切っちまうことになることも覚悟してる。・・・だがよ、それは、俺だけで十分だ。」
「隊長を裏切る?それは・・・」
「だからよ、リシェルト。お前が、ホールフィアガルドの意思を、・・・俺の代わりに、受け継いでくれよな。」
 それより以降、ザヌレコフはリシェルトに質問することを許さなかった。






「お前らは、ただ、戦士団の応援を待っているんだ。十分な人数が集まったなら、その時、追いかけ始めてくれ。」
「どういうつもりだ?」
「少人数で移動する。気付かれないため、そして―――」

「風よりも速く、動くため、・・・だろ?」

 アーシェルが呼び出したラストルの姿に、多くの者が驚いた。
「最悪の考えだが、・・・反乱軍が立ち止まる、最も大きな理由となるのは、―――ターニアレフ兵との衝突だ。期待はしたくないが・・・。」
「戦うってのか?!争いをしてどうなる?!」

「こうなった以上、それも、仕方のないことかも、しれませんね。」
 ケーナはそう言った。
「トートライさんの考えは、俺達、全部知ってるわけじゃねぇ。だけど、俺等も分からねぇんだ。きっと、ターニアレフ兵に足止め食らっちまうだろう、その時に、・・・いったい、どうすりゃいいのかって・・・。」
「トートライの行動次第だ。・・・もしもの時は、ザヌレコフ達の力を貸して欲しい。」

「さぁてと、・・・アーシェル。そろそろ、お出ましだぜ。」
 それはラストルが知らせた、戦士団の到着の合図だった。



 アーシェルとケーナらは、ターニアレフ領を疾風となって駆け抜けていた。
「どこか、見下ろせる場所はあるか?」
「いいところがあります。案内しましょう。」

 その場所へとたどり着いた。そして、そこからの光景を見回していた。
「あれが、ターニアレフの街、そして王城か。」
「見えたぜ!!・・・あれが、きっとトートライさんらだ!!」
「それに、・・・戦士団も動き出したようだな・・・。」
「アーシェルさんの力なら、あんなところ一瞬で―――」

 そう言った男の指差す方の集団を、アーシェルは見ていた。
「ちょっと待て、・・・なら、あの先にいる、あの集団は・・・?」

 遠くからだったが、その集団は、ザヌレコフやトートライの方へ向かうように見えた。
「まずいな。・・・急ごう!!」

「先に、行ってもらえますか。」

 駆け出そうとしたアーシェルは、ケーナの言葉で慌てて立ち止まった。
「わがままかもしれません。でも、お願いします。ターニアレフ第2皇女、ケーナ=アレフが、行けばきっと事が大きくなるでしょう。・・・お願いします。―――あなたなら、きっと、追いつけると、信じています。」

「―――ああ。・・・あなたには後で話したいことがある。戻るまで待っていてくれ。」
 アーシェルは、ケーナを置いて、再び疾風となり、駆け抜けた・・・。



「見えた!!追いつけるぜ!!」
 ザヌレコフはその言葉に、さらに歩調を速めた。そして、その姿が、さらに近づいてきたのを確かめた。
「ザヌレコフさん、・・・もしかして、あれは・・・。」
「止まって、いるのか?」
 その姿はさらに近づいて来た。やがて、それが、正しいことが分かった。ザヌレコフ達は、少しずつ警戒しながら進んで行った。だが、その集団は、お互いに、争う気を持ってはいなかった・・・。
「トートライ・・・さん。」
「一体、・・・お前ら、・・・何を?」

「ええ。そんな気、俺達には、さらさら、ねぇです。・・・皇女、ご一行様。」
 それは、トートライの声だった。

「あ、あれは・・・。―――エ、エリアス・・・だと?!」



 トートライ達が足止めを食らったのは、他でもない、ターニアレフ第1皇女、―――エリアス=アレフの率いる軍勢だった。トートライらは、今までの威勢を全てなくし、その美貌を持つ女性に恭順な態度を取っていた・・・。
「エ、エリアス・・・皇女様。」
 リシェルトを含む、戦士団のいくらかが、エリアスの元へと近づいた・・・。

「あなたたち、メラスの戦士団に告げる。」
 その女性は、美しく澄んだ声でありながらも、威厳のある声でそう言った。
「今度の事、大事にならず済み、なによりであった。だが、もう、このような管理の不行き届き、未来永劫なきことを願いたい・・・。」
「恐れ、入ります・・・。」
「この一度限りだ、お前達の所業、見逃そう。よもや、悪しき野望も持ってはおるまい。戦士団よ・・・。この者達の処遇は、任せよう。」



 リシェルトらは、トートライの近くへと寄った・・・。
「さ、戦士団さんよ。好きにしてくれや。もう、思い残すこと、ねぇからよ。」
「ト、トートライさん!!」
「メラス王城へ、連れて行くぞ・・・。」
「ああ。・・・詫びなきゃなんねぇからな、・・・お前らの隊長さんにもよ。」
 その言葉を聞き、しばらくためらいながらも、リシェルトらはトートライを捕らえた。
「トートライ、・・・だが、どうしてだ?なぜ、急に・・・。」
「もう、いいだろ。さ、連れて行け・・・。」

 ザヌレコフは、あまりにもあっけない結末に、唖然としていた・・・。
「これが、皇女って身分の人間の・・・力か。」

「ザヌレコフ・・・。」
 その話の流れの途中、ザヌレコフは、その男の小さな呼び声に気付いた・・・。
「悪かったな。俺が追いついた時には・・・・。」
「気にすんじゃねぇよ。思ってたより、マシだったぜ。―――ところでよ・・・。」

 ザヌレコフとアーシェルは路地の方へと入った。ザヌレコフが小声で続ける。
「ケーナは・・・どうしたんだ?」
「途中で、別行動になった。彼女自身が、自分は、皇女だから、行けないと言った。」
「やっぱり、ホントの事・・・なんだな。ま、いいぜ。・・・皇女・・様ならよ、・・・自分の国にいた方が、・・・いいだろうしな。」
 ザヌレコフは、他の戦士団の方へと向き返った。
「これからどうなるかはわからねぇけどよ、とにかく、今は何も問題なさそうじゃねぇか。」

「今一度、聞く。・・・何もかも、失うこと。・・・覚悟できるか?」

「さっき、お前が言ってた事だな。ああ、覚悟できるぜ。それに、・・・争いは回避されたんだ。結末は、予想を超えてたけどよ。お前の策、・・・成功したじゃねぇか。」
「言ったはずだ。・・・決して、この策は、―――お前の望み通りの結果にはならないと。・・・これが、お前の望む、結果なのか?」

 ザヌレコフは、黙り込んだ・・・。やがて、ザヌレコフの目の前で、戦士団達に連れられ、トートライらは歩き始めた。
「トートライは、・・・なんで、動き出しやがった。・・・なんで、ここでやめちまったんだ。・・・何をしようと、してやがったんだ―――。」

「アーシェル。その目、やっぱりやろうってんだな・・・。そっちの人間も、覚悟が決まったんなら、ついて来やがれ・・・。」

 アーシェルは、はっきりとその目で見ていた。第1皇女―――エリアスが、ターニアレフから旅立つ事を知った直後に、トートライがその態度を一変させたことを。

 それと同じく、途中までアーシェルとともにいた、もう一人の皇女の行動をも変えさせたということも・・・。

2015/12/16 edited (2013/06/06 written) by yukki-ts next to