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[stage] 長編小説・書き物系
eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~
聖杖を持つ者 ―第7幕― 第52章
エアリカ。ターニアレフ領の南西、湖の近くの閑静な街に、その3人、クロート、ルシア、そして、マーシャは辿り付いた。
「本当に、こんなことをしても、よかったのでしょうか?」
「理由さえきっちり言えば、無理矢理に通らなくてもよかった気はするわね。誰のせいだなんて言うつもりはないけど。」
トートライ。反乱軍のリーダーを名乗るその人物に導かれた。それはまるで、この時のことを見計らっていたかのように。
タニアログの街からこのエアリカの街までは、トートライの協力者を名乗る、エアリカの街の人間によって、何の問題もなく導かれた。
「とにかくだ。ここまで来られた・・・。マーシャや、ルシア様の力がなければ、到底、ここまでたどり着くことなど、出来なかっただろう・・・。感謝している・・・。」
クロートは決めていた。ここから先は、1人で王城に乗り込むことを。
「クロート。あなたの勇気や決意が、どれだけ、私達を救ってくれたことか・・・。私には、計り知れません。・・・こちらこそ、お礼を言いますわ。」
「どうして、2人とも、・・・そんなこと言うのですか?―――これからだって、一緒に行くんですよ?」
ルシアとクロートは、そう聞いたマーシャに振り返る。
「マーシャ、・・・俺を、1人で行かせてくれ。俺1人で、穏やかに話し合いをしたい。」
「マーシャ。・・・行かせてあげなさい。」
「ルシアさん?どうして、止めないのですか?今まで、一緒だったんですよ!」
「マーシャ。あなたがここに来た理由、それは、クロートについて行くことではないわ。・・・あなたには、あなたのやらなくてはならない事があるの・・・。」
「私の・・・やらなくてはならないこと・・・。」
クロートは、マーシャと向き合った。
「マーシャ。・・・ここでお別れだ。・・・本当ならば、あの時、俺は、さよならを言わなくてはならなかった。・・・それが、いつの間にか、今日のこの日まで、伸びただけだ・・・。ルシア様も、ここにいるしな・・・。―――マーシャ、・・・元気でな。それと、・・・ありがとうな。」
クロートは、右手を差し出す・・・。マーシャは、無言で、その手を握り返した・・・。しばらく、マーシャはその手をきつく握り締めていた。だが、やがて、マーシャから、ゆっくりとその手を放した・・・。
エリアス。血のつながる実の姉が軍勢を引き連れてターニアレフの地を発つのを見て、その決意を固めた。トートライが言っていた、その時が来たことを。
「トートライ反乱軍としての私に出来るのは、ここまで。・・・これでよかったの。争いを、止められたのだから。」
「そうね、流れる血は少ない方がいいわ。」
ケーナは、少し驚いて振り返る。その声には、静かで優しく、そして、何か少しだけ暗く冷たいものが混じっていた。
「何も起こらなければ、それでよかった。でも、それだけでは済まない。・・・あなたは選ばないといけない。本当に、守りたいと思うものを。」
メラスの宿屋のみんな。もう、私の本当の身分には気付かれたけど、みんな優しい人たちだった。
トートライ。もう一つの私の居場所。最初から最後まで、嘘をつき続けることになることは分かっていた。それでも、全員が信じていた。自分たちが本当に正しいと思っていることを。一緒にいたからこそ、それは伝わった。
メラスの戦士団。・・・あの日、あの時、・・・私は、あの人に助けられた。
―――誰1人として、欠けていたのなら、今のケーナは、存在できない・・・。
身に着けた首飾りは、自分の身分を示すもの。第2皇女、ケーナ=アレフであることを。これを付ければ、もう、後戻りをすることは出来ないと知りながら。
「せっかく手に入れられたものを、何もかも手放してしまう・・・。―――その覚悟が、あなたにはあるのね。」
「レイさん・・・ほどでは、ありません。」
「どうやら、追いつけたようだな。待っていてくれて、よかった。」
風のようにその男は現れた。その隣に、もう1人、少し前のケーナのままでは顔を合わせることが出来なかった、その男も居た。
「俺は、もう、戦士団の人間じゃあ、ねぇ・・・。この剣も返すつもりだ。だから、俺に、もう一度だけ、・・・助けさせてくれ。」
その瞳から溢れ出した涙は、もう、悲しみによるものではなかった。
メラスのコロシアムは、一触即発の臨戦態勢下にあるかのような緊張感に包まれていた。さながら、各国の実力者たちが頂点を競う武術大会すらも想起させた。
そこに集ったのは、メラスの隣国を含む3国の人間たちだった・・・。
「さて、どこから話を始めたらいい。」
戦士団長、ホールフィアガルドの顔に浮かぶのは、焦りなどではなく笑みだった。
「まずは、そちらの要件を済ませてくれればいい。」
知る人が見れば、その男の存在を無視すること、そしてこの場に存在すること自体が、異常事態であることが分かるはずだった。
「終われば、そちらの要件を済ませましょう。」
そう答えたのが戦士団長でなかったことも、コロシアムという戦いの場に、最もふさわしくなさそうな華美な衣装をまとう女性であることも、何もかもが間違っていたが、それを指摘するだけの余裕を持つ者も居なかった。
「まだ、時間って奴じゃあねぇって言う気かよ?この俺が直々に、顔を出してやったってのによ・・・。」
「お前、自分の立場―――、いや、分かってるなら、発言しない・・・か。な、何が、起こってるんだ・・・、これは。」
「そうだったな、トートライ。・・・待たせたな。」
「あとは、テメェらがやれ・・・。ここで、俺達は大人しくしておいてやらぁ。―――どいつもこいつも邪魔ばっかりしやがってよ・・・。テメェのところの戦士も、―――今、ここに居ない、隣の国の皇女様も―――」
その女性が纏う雰囲気は、何も変わらない。
「ホールフィアガルドさん・・・、実は―――」
「リシェルト、―――ザヌレコフは、どうした。」
全て分かっている。戦士団長の笑みは、リシェルトからはそう見えた。
「居ないのならそれでいい。トートライは、お前に任せる。―――こちらの話は、これで終わりだ。さぁ、次の話を始めようか。俺が自ら、顔を出す―――、それが結論でいいか?義勇軍一番隊隊長、オーディン。」
「そうね。それがいいのではないかしら。話がまとまったのなら、行きましょうか。」
再び発言を取られながら、浮かべた笑みを変えず、戦士団長はそれに続ける。
「あなたがそうおっしゃるのであれば。ターニアレフ第1皇女、エリアス様・・・。」
こうして、コロシアムでの会談は終わった。
ホールフィアガルド、エリアスは、オーディン率いる義勇軍一番隊とともに、ローズハイムへと向かう。
メラスは中立を標榜している。隣国との関係性も良好などとは言えない。だが、攻め込めば手酷いことになることを、その場に居る誰もが疑いもしていない。
戦争になどなるはずもない―――。
誰もがそれを理解した上で、これからメラスに、ターニアレフに、そして、ローズハイムに起ころうとすることを、それぞれの国を代表する3人以外、誰にも予想できていなかった。
「ザヌレコフ・・・さん。」
「あいつらは、止められたから・・・。」
「ありがとう・・・ございます。」
「それで、今、お前は、どう考えているんだ?」
「私は―――。」
「お前は、メラスの反乱軍の中にまで入って、衝突させないようにするような奴だ。皇女って立場がそうさせるのか、どうなのかは分からねぇけど、大国同士が争うことにだけは、させたくねぇんだろう。―――そのために動いてたんだろう。・・・けどよ、それなら、・・・こんなの間違ってんだろう。―――なんで、・・・ケーナは、自分から、戦いの場に身を投じるんだよ?」
「こうしなければ、止められないから・・・。」
「違うだろ!!・・・お前は、―――自分を殺す。心を、体を、みんな殺して。―――争わないためなら、・・・そうできる、できてしまう。見てられねぇんだよ。」
「よし、じゃあ決まりだな。それで、これから、どうするつもりだ?」
「そりゃあ、そこの女に訊くしかねぇだろうよ。・・・しかし、本体は、こんな所に居やがったとはな―――」
ラストルに驚きの表情を浮かべなかったその女性は、ラストルに特別、意識を向けることもなく、ケーナの方を向く。
「国に戻ります。」
「ここに、まともに入国できるような身分の人間が一人でもいるのか?」
「それなら、まともに入国しなければいいだけのことでしょう?」
「無理矢理行くんなら、そいつの力を借りりゃあいいんだろ?で、どこに行く気だ?」
「ロートリアンヌ。私にとって、たった1つだけの故郷・・・。」
クロートは、ルシアにも会釈したあと、その場から消えて行った・・・。
「マーシャ。―――辛いかもしれないわ。でも、私はあなたを、連れて行かなくてはならないの。・・・ある場所へ。」
ルシアとマーシャは無言で、エアリカの南にあるその森へと歩いてきた。鳥たちがさえずり、野生の小動物たちが幸せそうに駆け回る、まるで、周りの世界から切り離されたかのような、不思議な雰囲気の森だった。
「なんだか、この森・・・、心が洗われるような気がします・・・。」
マーシャは、少しずつ、元の穏やかな表情に戻っていた・・・。
「そう・・・、ここは、清心の森と呼ばれてるの。」
「清心の、森・・・。」
「ここは、あなたにとって、知っておかなければならない、―――ある人が生まれ育った場所。エアリカ遺跡・・・。」
そう言って、ルシアは遺跡の中を歩き始めた。
「その名前は、クロリス、―――クロリス=コロナ。あなたの持つその聖杖を、この世に生み出そうと、最初に言って、自らも、その命を捧げた・・・。」
ルシアは、その場にあった岩にこしかけた。マーシャもその近くに座った。そして、ゆっくりと、その長い話を始めた・・・。
聖杖―――。その話を始めるには、数千年とも言う時を遡らなければならない。そう、それは、まだこの地が、ニートヘルドと呼ばれていた、その時代・・・。
エアリカーナ帝国は、確実に滅びへの道を進み続けていた。もはや、人々に、未来への希望は、残されていなかった。
セントエディナ―――この世界は、混沌とした戦乱の世にあった。ニートヘルドと呼ばれる、豊かな森を湛えるその大陸に、エアリカーナ帝国はあった。
そして、クロリス=コロナ・・・その人が、この世に生を受けた時、・・・既に、エアリカーナ帝国には、クロリスを残し、誰一人として、人は存在しなかった。
だが、クロリスは、絶望的なまでの虚無感の中、1人、エアリカーナ帝国より旅立った。―――時空魔導師と呼ばれる者が招いた、終わりなき戦乱の続く、その世界へと・・・。
「そして、最後にクロリスが行き着いた場所。それが、教皇国―――セレンディノスのある場所・・・だったわ。」
静かなエアリカの遺跡の中で、ルシアの声だけが聞こえていた。
青年は1人、静まり返ったターニアレフの街にいた。
「ここが、・・・ターニアレフか・・・。」
クロートは、剣を持ったまま、ゆっくりと街を歩き続け、やがて、その王城を目にした。海に面した、美しい景観の中にある、その荘厳な王城を・・・。
「ボルアス、騎士団長。・・・俺は、・・・行きます。」
クロートは、その回廊を歩いていた。何人かの兵士もいたが、どういうわけか、クロートの顔を見ても、止めようともせず、中には、敬礼する者すらもいた・・・。
そして、クロートは、ある広い部屋の中でその人物に会った。長いテーブルと、その周りに十数個のいすが並べられている部屋だった。
「待っていたぞ、クロート=トゥリューブ君。」
そこにいたのは、黒いヒゲを持ち、鋭い眼光をした、40代後半の男だった。
「君のことは、ボルアス君よりよく聞いているぞ。なかなか、優れた腕を持つようだな。・・・君が来てくれると聞き、このドヴォールも、非常に喜んでいる。」
「俺が、・・・ここに、来る?」
クロートは、覚えのないことを言われ、そう聞き返した。
「そうだとも。王がボルアス君に依頼された事を、君が快く引き受けてくれたと。」
「ま、待って、下さい・・・。」
思いっきり机を叩きたかった。そして、大声でそれを否定し、出来るのならば、胸倉をつかみ、その顔に拳をくれてやりたいほどだった。
だが、俺は、決めていた。穏やかに、話し合いをするのだと・・・。
「それは、また、興味深いお話を。」
「でも、それって、―――もしかして。」
「あの者であれば、本当に、北の山・・・グランドカロメラルからメラスの国へ入っただろう。それだけの覚悟を決めた目だった。」
「そんなことしなくても、私達であれば―――」
扉を叩く音が部屋に響く。開いた扉から現れたのは、ローズハイムの壮麗な高級住宅街が霞むかのような美貌をたたえる女性と、歴戦を駆け抜けたかのような勇壮な戦士の2人だった。
「よく参られた、我が邸宅へ。―――そう慌てなくとも、座ったままでよい。」
部屋の中に居た主人を除く、その2人は、穏やかな表情を変えないままに、椅子から音なく立ち上がり、部屋に入ったその2人の方へと向いていた。
「義勇軍1番隊隊長、オーディンには席を外してもらっている。どうか、穏便に話をしようではないか。」
「ホールフィアガルド殿、お初にお目に掛かります、ダーダネルと申します。」
「私は、アークテラス聖騎士団所属、ローラ=クランバルト。この度は、遠路はるばるいらして下さり有難く存じます。エリアス=アレフ第1皇女・・・。」
そう呼ばれた女性は、艶やかな笑みを浮かべた後に、答えた。
「いつ以来かしらね、ローラ、そして、ダーダネル。」
「いったい、何の・・・目的で。」
「掃討だ。・・・1つは、逃げ出し裏切った者を、そして、1つは、・・・過去の栄光にすがる者を。」
「過去の・・・栄光?」
「140年という昔の、・・・盗賊、ルト=レアノスの―――。」
「ルト=レアノス・・・、一体、何者なのですか?」
「かつての世で、こう呼ばれていたのだ・・・。この世の真理を知り、もはや、『死を恐れぬ者』となった男なのだと・・・。」
「死を、恐れぬ・・・者。し、しかし・・・、一体、何故、今になって、そのような昔の盗賊を?!」
「そう、どうして、今になって、盗賊共は、ルト=レアノスの名にすがろうとするか。・・・そして、その答えは、カーネル王、そしてボルアス君が、今、再び、この世に現れた、ルト=レアノス自身より、教えられた・・・。」
ドヴォールは、その依頼書を手にとり、クロートの元へ近づいた。
「来るべき戦乱の世に、1つの道しるべとなる光をもたらす、その男に、・・・示された、最後の依頼書である―――。」
「最後・・・。」
もちろん、クロートは、その依頼を受けようなどと思いはしなかった。むしろ、未だに、ルト=レアノスと言う者を信用してはいなかったし、ボルアスも、ドヴォールも、カーネルの考えることも、理解できなかった。
「この依頼書だけは、ある事由があり、この国のみでは処理できなかったのだ。それ故、かねてより、聖騎士団の腕の立つ者をと、頼み込んでいたのだ・・・。」
「お、俺は―――。」
「そして、ボルアス君が推したのが、聖騎士団に任せたうちの、2つの大きな依頼、―――栄光にすがる者の掃討を、中心に立って解決した、君なのだよ。」
クロートは、その2つの大きな依頼というものに、記憶があった。平和だと思っていた中、突如現れた、盗賊の集団。1つは、スートレアスの街の近くで、・・・もう1つは、セレンディノスの近くの集落で。
「ボルアス君は、クロート君の力を愛するがあまり、この依頼を含め、裏切り者の掃討という依頼は、あまり、君には知らせぬようにしていたようなのだよ。だが、・・・君は、こうしてここへ来てくれた・・・。」
クロートは、話が見えなくなっていた。クロートが、アークテラス聖騎士団の本当の姿を知らなかったのは、ボルアスが自ら意図して、隠していたから・・・。
そして、ついに、最後のこの依頼を、・・・クロートに任せた。
だが、それだけではない。『ルト=レアノスに栄光あれ』と言い残した、あの盗賊の掃討に参加した自分が、・・・既に、この計画に加担していたということに、改めて、気付かされたのだった・・・。
ターニアレフの北東の外れにある小高い丘に、ロートリアンヌの街はあった。
「まともな街道を通ってたら、確かに、回り道だったな・・・。あれを、道って言ってもいいんだったらって話だがなぁ。」
「よし、やっと、辿り付いたな―――」
「あなたは、一度ここで休まなくてはダメ。」
長時間魔力を行使し続けて、意識が遠くなりかけていたアーシェルをレイが支えた。
「おい、アーシェル・・・、お前。」
「こちらに来てください。とにかく、今は休みましょう。」
ケーナは、ロートリアンヌの中のとある家へと3人を案内した。中から1人の女性が現れる。ケーナの姿を認めるとすぐに駆け寄ってきた。
「ケーナお嬢様?!お、お帰りなさいませ!!」
「お願い、この人を休ませてあげてくれる?」
「はい。で、では、こちらの方へ。」
アーシェルはベッドで横になるとすぐに眠りに落ちた。それを見届けた後に、レイとザヌレコフ、ケーナの3人が隣の部屋のテーブルについた。
「とりあえず、訊きたいことがある。ここはどこで、何をしに来た?」
「ここは、私の母親の家。―――ケーナと名付けられた、私が生まれた家です。ケーナ=アレフという第2皇女としてではなく、この家の1人の娘として、・・・母と祖父を、守るために―――」
「守るため・・・」
ザヌレコフは、そう言ったあと、もう1人の女性に顔を向ける。
「私の自己紹介、今のあなたにはしたほうがいいのかしらね。レイ=シャンティ・・・。時空魔導師として、この世に生かされる者―――。」
「ならば、そちらの要望通り穏やかに話し合いを―――」
ダーダネルがそう口火を切ると同時に、ローラが一歩前に踏み出す。
「それ以上、―――前に出たら、この場に居る誰かが、あなたを斬りますわよ?」
「ローラ。」
「そちらの、―――ターニアレフの思惑が何かなんて、私達には知らされてません。私達は、アークテラスからの命令で、ここに参りました。―――命令の内容は、とある人物の掃討。ターニアレフ領への入国、経由することとなる、メラス領の通過に関する許可状は、こちらにあります。ご存じかとは思いますが。」
「メラスを通過するにあたり、ここで会談している。そう考えていただければ、それでいいのだが・・・、何かご不満でもおありか?」
「この依頼、本来私達ではない、アークテラス聖騎士団の1人が秘密裏に受けることとなっていたと聞いています。実際、本人の知らぬところで受けたことになっています。そして、こうとも聞きました。―――その人物は、その依頼を、遂行できないだろうと・・・。」
「つまり、あなた達は、その人物の代わりにそれが遂行できると、あなた方の国が判断するだけの、信用に足る実力者だということ、そうではなくて?」
ローラは、その場にいる2人に対して、明確な敵意を向ける。動じる様子はなかった。
「私はそうとは思っていない。依頼を受けた人物―――、クロートは、本人の意思と関係なく、無理矢理その依頼を受けさせられたことになった。―――そう差し向けられた。もちろん、これが、命令だということは分かっている。それでも、―――それでも、私は、・・・。」
あの状況でクロートに何と言えば、クロートがどう行動するか。しかも、その結果として、―――クロートが失敗するということも。それによって、私達が動くことも全て。最初からボルアス団長は全て意図的に動いていた。許せなかった。
「要望通り、穏やかに話し合いを―――」
「まず、我がメラスに来ていただくこととなる。その後に、ターニアレフ領へ向かっていただくことになろう・・・。」
ローラの発言など何もなかったかのように、ダーダネルは話を再開していた。
「ローラ、・・・あなたに、今一度確かめておきますけれど、―――これは、アークテラスとターニアレフが、今後とも友好な関係を築くため。それを理解されてますかしら?」
「ええ・・・。私は、―――いえ、私達は、依頼としてメラス、ターニアレフへと向かいます。―――任務は、完遂いたします。聖騎士団としての誇りにかけて。」
最初から、理解していた。聖騎士団という身分にある自分に、選択肢などないことを。
それでも、選択肢なんてものをかなぐり捨てて進んだ人物を知っている。これは、その人物―――、クロートの・・・、その隣に立つために必要なことだから。
武器を手にしていた数人の者たち。その中心に立つのは、杖を持つ老父だった。
「召喚剣士か・・・。差し向けるには、適材・・・。だが、それは、圧倒的な力量差があって、初めて生きる作戦だろう。―――己の身・・・、滅ぼさせるわけにはいかぬ・・・。」
部屋の温度が上昇する・・・。強大な魔力の気配が周囲に充満する。
「召喚術士に手を出すなどという無謀な真似をするとは考えてもなかった。―――それとも、それだけの自信でもあったのか?ならば、今一度、知らしめる必要があるか。―――二度とそんな考えを、持たぬよう・・・。」
「水の構え、オンディナルウェーバー。」
取り囲む業火を召喚剣術で斬り裂く・・・。
「俺程度の攻撃、・・・軽くいなすだけの力は、あるみたいだな。」
オンディナイアス―――。ルシアの力を借りずとも召喚できる力・・・。だが、これは、今までの相手とは違う。―――あの、掃討作戦の時とは・・・。
剣を握る・・・。自分自身の生きる道、―――聖騎士団としての戦場・・・。
取り囲む業火を斬り裂く。―――死と隣り合わせの、懐かしい感触―――。対峙する相手に驚きの表情が浮かぶ・・・。それは、これまで幾度となく見たもの。
そして、その表情は、やがて―――
「死を受け入れた目―――、お前も、そんな人種か・・・。」
扉が開き1人の男が部屋へと入る。ローラだけでなく、ダーダネルも、その人物に対し敵意を隠そうとはしなかった。
「話がまとまったように見えていたが・・・。」
「ローラよ、先ほどの言葉通り、先へ。もう1つの任務を始め―――」
「そうですわね。―――お話をいたしましょうか。」
エリアスがダーダネルの言葉に重ねる。
「エリアス皇女、ダーダネル殿。―――それでは、話を始めましょう。ホールフィアガルド殿、すまないが他の者と共に席を外していただけないだろうか。」
「もう用済みということか・・・。では、失礼しようか。」
ローラは、その場に残る3人を横目に見ながら、ホールフィアガルドの後を追い、部屋の外へと出る。
「この屋敷の主まで放り出されるとはねぇ。」
そう苦笑しながら、ローラに話しかける。
「クロート、―――この街に先に訪れたアークテラス聖騎士団員は、―――あなたにとって、どう見えました・・・?」
「魅力的な御仁だと思えたが、・・・それは、あなたの方がよく知っているだろう?」
「私が訊きたかったのは、そういうことではなくて―――」
ローラはそう言いにくくそうに話を続ける。
「聖騎士団員という立場にある者が、・・・命令ではなく、自分の信念だけに突き動かされている・・・。そんなことが、許されるのかと・・・。」
「許されはしないだろう。そもそも、組織を裏切ることで、結果として首を絞められるのは自分自身だ。それも、よく分かっているだろう?」
「クロートの話をするあなたの表情が、どこか、似ていたから。」
「似ていた・・・、か。」
「なんだろうな―――、個人的には、優秀な部下が俺を信じてくれるなら、俺は、上に立つ者として、そいつの力が最大限発揮できるように努めるだけだろうと思うんだがな―――。それだけでは、ダメなのだろうか?」
「ふと、思う。今、アークテラスと、ターニアレフは、その問題に対する、1つの答えを、・・・彼の者に見出そうとしているのではないかとな。この世界の意味を、人生の意味を、あれほど考え直させられた出来事はない・・・。それほどの、衝撃的な出来事だった・・・。」
「それが、・・・ルト=レアノス―――」
「あなたの怒りを買いたくはないから、言うまいかとも考えていた。聞き流してくれ。」
そう断った上で、話を最後まで続けた。
「だが、それがこの世界の真実ならば、軍を差し向けた我が女王の行動ですら、理解できないなどと一笑することはできない・・・。そうだとも思っているのだよ。」
一瞬、間を開けたが、ローラは、表情を少しだけ緩める。
「あなたは、クロートを導いてくださった。怒りを向ける対象には、出来ません。―――それに、私は、・・・やっぱり、クロートの進みたい道を、隣で歩いていたい・・・。ただ、それだけを、信じていたい・・・。」
「我がメラスまで案内を務める、あなた1人だけを。・・・それで、いいな?」
玄関の前でホールフィアガルドは、最後にそうローラに確認した。
「もう、・・・決めた事ですから。よろしくお願いします。」
「時空魔導師。―――ケーナとは、どういうつながりなんだ?」
「そうね、どう説明したらいいのかしらね。」
レイにそう問いかけられたケーナは、ザヌレコフに向かって話しかけた。
「ルト=レアノスという人を、ご存じですよね?」
「正直に言えば、良くその名前は聞くが、―――実はよく知らねぇんだ。」
「やっぱり・・・、そうですか。」
ケーナは、そこで納得したかのような溜息をついた後に、話を続ける。
「ルト=レアノス・・・、140年前、ここより少し東の地を拠点としていた盗賊。かつては、メラスの都市の周辺や、ターニアレフの北部も勢力下でした・・・。」
「配下の盗賊の影響下にあったところまで含めれば、息の掛かっていない場所も
なかったかもしれないわね。」
「その中でも、特に、このロートリアンヌは、ルト=レアノスに直接制圧された街の1つでした。」
「ルトのやり方はよく言えば、完全な博愛主義。勢力下における、経済、軍備、
政治から司法まで、その全ての面で、可能な限りの手厚い恩恵を与えていたわ。」
「盗賊が、そんな―――、国みたいな真似事を?」
「どうして、ロートリアンヌのあった、ターニアレフの北部地方だけが、勢力下に入っていたか分かりますか?」
「何故って、・・・抵抗しなかったからか?」
「抵抗しないことを選んだから。抵抗しても無駄だと考えたから。抵抗しようとしても出来なかったから―――。そう考えたところは多かった。・・・でも、―――ここだけは、そのどれでもなかった。」
「それじゃあ、なんだよ、・・・まさか、自ら喜んで従ってたなんてわけはねぇだろ?」
「言ったでしょう?味方には、手厚い加護を与えていたと。・・・盗賊の同業者だけじゃない。貴族、大商人―――、ルトの影響力を支える基盤となった人間は、決して少なくなかった。」
「そのどれも、この街に、あったことなんて、ない。」
「じゃあ、いったい・・・。」
「あの盗賊の行動原理は、利害関係の一致しない相手とは決して組まない、そして、一度裏切った者は決して許さない。」
ケーナは、嫌悪感に満ちた声色で話を続ける・・・。
「私の先祖―――、エアリカの遺跡の伝説を受け継ぐ者たち・・・。・・・ルト=レアノスは、ただ、それだけを欲して、裏切る者からは全てを奪った。裏切りを許さないルトに対し、中立を標榜するメラス、そして、ターニアレフは選んだ。―――この街、ロートリアンヌを切り捨てることを。」
一瞬、迷いが生じた・・・、かつての自分であったなら、あり得ない迷い―――、激痛が体に走る―――、何を、動揺して―――?!
「その程度の覚悟で語るのか、―――『死を恐れぬ』などと?」
「死を・・・、恐れぬ者―――。ルト=レアノス・・・。―――つまり、俺が、死を恐れぬ者などと、名乗る資格がない・・・と言うのか?」
「分かっているのなら、去れ。そして、本当に覚悟のある者を連れてくるといい。」
そう告げた後に、再び、魔力を行使する。鳥の姿を模した炎が向かい来る!
「それなら、心配はいらない。死は、―――怖い。だが、覚悟は出来ている!」
召喚獣を剣に再び宿らせ走り出す。今この場所には誰一人として居ない。―――死を恐れていないなどと戯言を吐くような人間は・・・。
「ただし、それは、・・・生きる覚悟だ!」
一人ずつ、確実に向かい来る者を迎撃する。それは、命を奪うためではない。
「なら、お前は、―――『死を恐れぬ者』では、ない・・・?」
そう気付いてもらえたのならば、話し合いで解決することができる。
「ああ。だから―――」
「それなら、都合がいい―――。死の恐怖が有効だというのなら・・・。」
体中の毛が逆立つような悪寒―――、その視線、気配、魔力―――。身を焦がし尽くすようなその業火を、とっさに前にかざした剣で受け止める。
「切り捨てた?ターニアレフ、それに、メラスが?」
「メラスの立場で言えば、敵にも味方にもならず中立を貫いた。ターニアレフの立場で言えば、互いの利害が一致した。」
「そこまでして、・・・一体、何を手に入れようとしてやがったんだ?」
「ルト=レアノスの二つ名、―――死を恐れぬ者。・・・極論を言えば、それは、―――生きているすべての人間が欲するもの。そうでしょう?」
そこで一度口を閉じた2人の話を、どこか遠くの事のように聞いていたケーナが、ふとこぼした。
「あの、私、アーシェルさんの様子・・・、見てきますね。」
「ああ、それなら、俺も戻ろうか。」
部屋のアーシェルの様子に変わりはなかった。少しだけ苦しそうな表情を浮かべるのを、どこか痛々しげにケーナは見ていた。
「疲れて寝ているだけだろう。せっかく故郷に戻ったんだ、ゆっくりすればいい。家族には会えたのか?」
家族と言う言葉に顔を伏せたケーナは、静かに答えた。
「アーシェルさんがこんなになるまで急いでくれたのに、―――間に合いませんでした。」
ザヌレコフはその言葉を聞いて、少し頷いた後に、扉の方へ向かい歩き出した。
「なら、探しに行けばいい。寝てる奴なんてほっといてな。」
「い、いえ。あの、ザヌレコフさんも、・・・休んでください。私は大丈夫ですから。」
「私がここに居れば、安心できる?入れ違いになるかもしれないしね。それに―――」
扉の外に現れたレイは、それから意味深な表情をアーシェルの方に向けた。
「探しに行くのなら、力を貸してあげられるかもしれない。ここは、私と―――、あなたが居れば十分でしょう?」
「人間。どこまで、これからの状況、掌握してやがる・・・?」
それは、アーシェルとは違う―――、人ならざる者の声だった。
「掌握なんてしていないわ。そうね、場を仕立て上げたいだけ。」
「分かってるだろうが、俺の力を当てにするなよ?この人間が目を覚ますなら別だろうが。」
「私の見立てが正しいなら、―――このまま、目を覚まさない、そうでしょう?」
一瞬静かになった後に、ケーナが尋ねた。
「え?それって、・・・どういう―――」
「こいつには、資格がない。」
「そう。―――ままならないわね。」
その言葉に振り向いたケーナの表情を見てから、レイは言葉を重ねる。
「いいえ。今、この場に居る人間だけで出来ることを、出来る限りのことをするだけ。」
そう言って、レイは、未だ目覚めないアーシェルの元にケーナを手招く。
「あなたの力、当てにさせてもらうわ。一番怖い場所に、この娘を行かせる判断をしたのだから。」
これまで生きてきた道は常に死と隣り合わせだった。今ここで生きているのは、決して死に恐れてなかったからではないし、怖くないなどと思ったことはない。ただ、それが、生きるために必要だったから、戦い続けてきただけだ。レイ、ケーナ、そして、アーシェルの3人から少しだけ離れた場所で、その様子を見ていたザヌレコフは、そんなとりとめのないことを考えていた。
「あら、リシェルト。最近は、宿屋にも来ないし、寂しかったんだからね?」
「だから、仕事をしろと言ってるだろう・・・。」
「もう、いいじゃない別に。」
「良くはないだろ。それに、本当にお客様なんだ。案内してくれるか?」
宿に現れたのは、この街に居る人間であれば知らないものは誰もいない、戦士団長、その人だった。そして、その隣にはもう1人、女性が居た。
「もしかして、お忍びでお泊りですか?ええ、秘密はきっちり共有させていただきます。」
「あの、お話がしたいので、早く部屋に案内していただきたいのですけど。」
「もういいもういい。お前は下がってろ。これはこれは、失礼いたしました。お部屋は2階でございますので、どうぞ、どうぞこちらへ・・・。」
「リシェルト、話が終わったら、後で会いましょうね?」
部屋にはホールフィアガルドとリシェルト、そしてもう1人、女性が座っていた。
「では、まず、クロート=トゥリューブさんのお話から始めますか?」
「まずこちらの知っていることから開示する方が良いだろう。信用していただくためにも。」
「教えていただけるのなら、・・・是非お願いします。」
「我が王城へ、確かにクロート=トゥリューブ君は姿を見せた。今のあなたの立場とは違い、アークテラスから来た一介の旅人としてではあったが。」
「身分も開示しないまま?・・・クロートもクロートですが、この国では、そんな見ず知らずの他国の人間を、王城にまで招き入れるのですか?」
「彼も同じことを言っていましたが、この国は、中立の姿勢を重んじます。王城は常に開かれていますから。」
「クロート君は言っていた。ターニアレフへ向かうと。―――出来る事なら、この国に引き留めたかったのだが・・・。」
「それなら、もう、既に向かっているということですね。それだけで十分です。私は、ただ、正式にアークテラス聖騎士団員として、この国を通過することの許可を受けに来ただけですので。」
「それについては、当然、許可は下ろそう。」
「とにかく、クロートのことについては、アークテラスにお任せください。1人で勝手に突き進むだなんて、どれだけ冷静さを欠いているのか―――」
「いや、クロートさんは、・・・1人ではなかったのだが?」
なんとなく、不吉な予感はしていた。たった1人で、正式な許可もなくこんな場所まで辿りつけるなんて、今の今まで信じていなかった。
「たしか、名前は、ルシア=ルカ=エディナ・・・」
その名前は知っていた。セレンディノスなら心強い味方になってくれているだろう。
「それと、もう1人の名前は―――」
もう1人の名前を聞いて、予想が合っていたことを確信した。
「聖杖を・・・、持つ者―――!」
再び激しい戦いへと入るかと思えたが、急に、敵の戦意が消失するのを感じ、クロートは、剣を止めた・・・。
「・・・攻撃の手を止めるなら、俺は、・・・それで構わない。だが、納得だけはしておきたい。―――この国の者に、いや・・・、ルト=レアノスは、何故、お前を・・・?」
「・・・ニートヘルドという大陸を、知っているだろうか?」
「・・・いや、知らない。」
「ならば、―――エアリカの遺跡―――、かつてこの地で起こった出来事は?」
「―――俺の国、・・・アークテラスは、教皇国―――セレンディノスの精鋭。教皇国の成り立ちくらいは、知っている・・・。」
「ニートヘルドは、古代エアリカーナ帝国を擁した大陸。今は、ここより南の、清心の森と呼ばれる広大な森としてのみ、その姿を今に残す。最終的に教皇国に至った、コロナ=クロリス。その道中、多くの死線をくぐりぬけ、それは多くの伝説として語り継がれた。その語り部の血筋を引く者の1人が、我らが先祖・・・。」
「なら、ルト=レアノスの目的は・・・」
「―――都合が悪いのだろうさ。聖杖を長く伝える者達が、幾千年もの間、それを使命としてきた歴史も、―――その結果もたらされる結末により、この世が劇的に変化することも、それを進めようとする人間も、耳を貸す人間も、その全て―――。」
クロートの属するアークテラス聖騎士団と、目の前で語る者が属するターニアレフ王国。今、それぞれが手を結ぼうとする相手、それが、ルト=レアノス―――、死を恐れぬ者・・・。
「―――世界の平和を守る―――、か。英雄でも気取るつもりなのか?」
「英雄だろうさ。祖国はその再来を望んだ。」
「・・・それでも、今の王家の方針とは、違えるのか。―――いくら、先祖から受け継いだことだからと言って、・・・国に逆らうのか?」
「国に逆らう・・・、か。歴史を忘れ、目先のことに惑わされる愚者に、治められる国など、あってはならない。―――お前の振るう剣にもあるのだろう、・・・迷いが。」
「―――迷い・・・。」
クロートは、見てしまっていた。ルト=レアノスという名の元で行われた多くの所業を。それが、たとえ、己の正義に基づいたものであったとしても。
そして、クロートもまた知ってしまっていた。―――聖杖を持つ者、この世を破滅させる力を持つと恐れられるのが、―――共に歩いた1人の少女であるということも・・・。
ならば、それは、―――迷いなどではない。
「俺の、弱さだ・・・。自分の決めたことも、信じ切れない・・・。それでも―――」
クロートは、剣を収めた。この場に、敵など居ない・・・。
「心を変えることは、絶対にない!!」
地を揺るがす猛烈な波動がクロート達に襲い掛かるのは、その決意と同時だった。
窓の外を覗いていたその女性は、静かにカーテンを閉めた・・・。
「始まってしまったのね・・・。」
その場にいた者達は皆、その女性の発した、少し沈んだ声色の言葉を静かに聞いていた。その誰もが、各々の武器を携え、しかし、誰も、動くことができないままでいた。
「―――このまま、・・・黙って、・・・見過ごせ・・・と?」
そう疑問の言葉を投げかけた、ダーダネルの体を拘束する力が一層強まる。周りに声を上げられる余力を持つ者は誰も居なかった。
「術式を行使します・・・。」
「カローナ様・・・、始めます。」
ダーダネルはその光景に戦慄する。カローナ女王の側近に居る者達は、見紛う事なき高位の魔術師。そして、それ以外の人間、ダーダネルの周りに居た者達からは、少しずつ表情が失われ、意識が奪われていくのを見ていた。
「・・・お互い、計算外の事が起こったな。」
「まさか、あなたのような人物に、見られてしまうなんて―――。失敗してしまったわ。」
ここに、エリアスら、有力な人間が居ないこと。ダーダネルが居ること。それらは、互いの読み合いの結果だった。一番、居るはずの無い者同士が、その場に集っていた。
ザヌレコフとケーナがそれに気付いたのは同時のことだった。
「え・・・、何、今のは・・・?」
「ヤバい気配がしやがった。近付かねぇ方がいいだろう。で、心当たりってのは何処だ?」
ケーナは、視線をその方向から離すことができなくなっていたが、ザヌレコフの言葉に一度、目的を思い出した。
「―――こ、こちらの、方向です。」
「あれに巻き込まれてるってわけじゃあねぇんだな―――。とりあえず、あれはヤバすぎる。あれに突っ込むにしたって、もう少し、頭数が居なきゃ無理だ。」
ザヌレコフは迷うことなく、ケーナの指差した方向へと急ぐ。
「ルシアさん、教えてください。この、聖杖のことを。私が、どうして、ここに居るのか。」
そう訊かれたルシアは、どう答えるべきか少し思案した後に答えた。
「・・・ここが、永く永く続く―――悲劇の幕が開いた場所。そして、―――その物語の最後の登場人物。それが、・・・聖杖を持つ者。」
マーシャは、その手に持つ杖を見下ろす。これまで、何度も助けてくれた。そして、―――数えきれない数の人によって連綿と受け継がれてきた杖を。
「―――セレンディノスの修道女にして、召喚術士、ルシアの名において、命ずる。」
ルシアがそう告げた後に、足元に魔方陣が現れ、やがて、青く静かに輝き出す。
「今こそ、この世に現れし、聖杖を持つ者の元に、その力を示せ!!」
それから、静かな森の中で、轟音をともないながら、激しい青い光が立ち上った。それとほぼ同時に、マーシャの体から、無数の翠色に光る鎖のようなものが現れ、その光と反発しあいながら、それでもなお、青い光は、再び鎖とともに、マーシャの元へと向かい、やがて、それらがマーシャを包み込んだ・・・。
力を行使しながら、その様子を見るルシアの表情が陰っていく・・・。
「・・・私の力だけでは、・・・やはり、ここまでのようね―――。」
マーシャは、その時、何かの声が聞こえたような錯覚に陥った。それは、遥か遠く彼方から聞こえる、低く暗い声色のようだった。
「い、いったい、・・・今、私に、・・・何が。」
「・・・あなたに、その答えを、・・・あげたくて、この地まで来たのだけれど・・・。―――今の私だけでは、それを、・・・示すことができなかった。」
ルシアは、右手を握りしめた。白魚のような傷1つない左手とは、比べようもないほど傷だらけになった、その右の手を・・・。
「―――そう、私だけの力では、導けない。」
清心の森。それは、名前の由来を忘れるかのような、黒く、禍々しい気配だった・・・。
その気配に引き寄せられた者達は皆、禍々しい闇の気配を纏っていた。清心の森に満ちる聖なる空気は少しずつ淀み始め、その聖なる力は急激に失われていく・・・。
「ルシアさん!!」
「―――。」
何かに心を捕らわれたかのように、ルシアの表情が失われてゆく。マーシャは聖杖を強く握りしめた―――
「―――よう・・・やく―――、手・・・、離し―――たな―――、―――覚悟―――、は―――いい、な―――」
2017/05/23 edited (2015/02/11 written) by yukki-ts