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eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~
聖杖を持つ者 ―第7幕― 第47章
―――ローズハイム。アークテラスから北へ行き、広がる平原を越えた先にある大都市。南方に平原が広がり、南東部西部に海を臨む。その北側にそびえるのが、標高何千メートルという、巨大な山脈だった・・・。
平原を越え、ローズハイムに入ると、まず1つめの街に入る。それは、大きな商業街であり、訪れる者によってショップは繁盛しており、
街中が、にぎやかで活気に満ち溢れている・・・。
その奥に、2つ目の街がある。閑静な高級住宅街が広がる街・・・。有力者たちが立てた、邸宅が並ぶ街であり、旅人を歓迎するものは少ない。
そして、それらの背後の高台に、王城は存在した。目を奪われるほどの華美な装飾が施されながら、突然の敵からの襲撃に、十分耐えうるだけの堅固なつくりとなっていた。
「―――義勇軍が、街の中にまで・・・。」
にぎやかな街中を、2,3人のパーティを編成した義勇軍が、目撃しただけで、十数、街中を警戒し、巡回していた。
「歩き回るのは、・・・控えるべきだな。」
「宿へ行きましょう。」
「―――宿か?」
ルシアに連れられ、マーシャとクロートは、宿に入った。
「お疲れ様でございました。何名様で?」
「3名ですわ。」
「確かに、3名様でございますね。2階の一番奥へどうぞ。ごゆっくり。」
部屋へ入り、ルシアとマーシャは椅子に座った。
「とにかく、これからどのようにするか、街の様子を見ながら決めなくてはならないわ。」
「これだけの義勇軍がまだ街に残っている。平原の軍が戻るのがいつになるかによるが、これ以上警備が薄れる事は、・・・期待できそうにない・・・。」
「先ほどの話では、メラスとの国境に閉ざされた関門があるということだったわね。」
「危険でも、強行突破すべきか・・・。ルシア様。マーシャを見ていてください。」
クロートはそう言ったあと、部屋から出ようとした。
「どこへ行くと言うのですか?」
「俺1人なら・・・。街で情報を集めます。他にも道があるかもしれない・・・。」
「1人だといって、安全とは限りません。ですが、わかりました。」
「ああ・・・。」
クロートは階下へと下りて行った。
「クロートさん。」
マーシャは、肩を落としてつぶやいた。ルシアとマーシャは、やがて太陽が沈み、夜の闇が包み込みはじめるまで、何もせず、部屋の中ですごしていた。
その時、部屋のドアがノックされた。
「どちら様?」
「宿の者でございます。どうぞ、安心してください。」
ルシアは少し戸を開き、確かにそうである事を確認して、そのまま続けるよう促した。
「お伝えすることがございます。平原にいた2番隊の隊長が襲撃された、という話がここに伝わって参りました。」
「そのようなことが?」
ルシアはさも驚いているかのようにうけ答えた。
「男1人、女1人の2人だそうです。ひょっとして、この街の中に、既に潜んでいるかもしれぬとの事でしたので、どうぞ、お気を付けください。」
「ええ、・・そうするわ。どうかしました?」
「い、いえ。お客様をお疑いしているわけではないのですが。」
「念のために言っておくわ。ここにいるのは、私ともう1人、女よ。さっき、階下へもう1人男が下りたけど、ご覧になられました?」
「ええ。あの方は、まだ外出されたまま・・・。」
「そのようですわ。」
「とにかく、お気をつけください。では、失礼致しました。」
ルシアはすぐにドアを閉じ、カギをしめた。
「ルシアさん・・・?」
「ええ・・・。もう、話が伝わってきたわ。でも、これではっきりしたことがあるわ。少なくとも全員がアークテラスへ行くわけではなく、いくらかがここの警護に加わる。」
「クロートさんは、・・・大丈夫なのでしょうか?」
「あなたが心配しなくとも、クロートは、大丈夫。今は、待つの・・・。」
クロートは、宿を出たあと、東へ歩いた。商業街を抜け、高級住宅街へと、足を踏み入れた。そこにもまた、義勇軍らの姿は絶えることがなかった。この高級住宅街に住む人間がクロートを見る目は、明らかに冷たかった。
「ここじゃあ、・・・情報は得られないな。」
そう考えながらも、クロートはさらに東を目指した。やがて、クロートの目の前に、その王城の姿が現れた。城門は固く閉ざされ、義勇軍2人が門の前に立っていた。
「城に何用だ?」
「旅の者です。ここから北へ行くにはどうすれば・・・?」
その2人は訝しげな表情を浮かべながらもすぐに返した。
「北・・・?メラスに抜けるならば東の関門を通るしかない。」
「だが、許可なき者は今、通れないことになっているのだ。」
「許可?」
「女王様よりじきじきに許可をいただいた者、あるいは、我らが1番隊の隊長―――オーディン殿の許可証がなくてはならないことになっている。」
「オーディン・・・。」
「恐らく、旅の者が許可を受けるのは、難しいであろう。」
「今のところは、無理だと答えるしかなかろう。」
「しかし、どうしても、北へ行きたいのです!!」
「何故にそこまで北へ行くことを望むのだ?」
クロートは答えるべきかどうかを考えた。
「答えられないか?・・・無理に答えなくともよいが。」
「人に・・・、ターニアレフのある人に・・・会うために。」
「ターニアレフ・・・。」
兵はクロートをまっすぐにらむように見た。
「し、しかし、・・・だめなのか?」
「やはり、それは無理だろうなぁ。」
クロートは肩を落とした。
「しかし、ターニアレフかぁ・・・。この関所を、・・・時々通るんだよな。」
「ど、どなたが・・・?」
「それはそれは、・・・美しいお方よ。」
「おい、美しいなんていったら、うちの女王に何されるかわかんないだろう?」
「お、そうだったな・・・。」
「ま、こいつが、そういうのも、・・・ある意味無理はねぇけど。」
「あのお方は、ターニアレフの国の、お姫さまだって話だからなぁ。」
「姫君?・・・なぜ、・・・ここに?」
「い、・・・いや、お、俺達は・・・、なぁ。」
「そうだよ。俺らが、見るのは、―――通行証と、お姫様のお顔だけだからなぁ。」
2人は顔をにやつかせていた。
「だが、・・・お前は、やはり、通るのは無理だろう。あきらめてくれ。」
「一応、・・・この街にとどまっていてもいいだろう。・・・許可が、下りない・・・ということもないだろうからなぁ。」
「まぁ、どうにかしてターニアレフに行ったときは、ぜひとも、お姫様に会えばいい。」
「は、・・・はぁ。」
「まぁ、その代わりと言ってはなんだが、・・・これより東に関門がある。見に行くだけ見に行ってはどうだ?」
それしか、今はすべきことはないだろうとクロートは考えた。
「では、そうさせてもらう。」
「まぁ、がんばってくれよ!!」
クロートは関所へと足を運んだ。流石に、厳重な警戒網がしかれていた。恐らくは、近付くことも拒まれてしまうだろうと考えた。
「関所破りなんかは、・・・考えるべきではないな。」
「お兄ちゃん、・・・どうされたかね?」
クロートはそう呼びかけられ、その方向を振り返った。
「あ、あなたは?」
そこには、老人が立っていた。どことなく紳士的な身のこなしをしており、見るからに、有力な高級住宅街の住人という感じがした。
「先ほどから、お兄ちゃんの行動を見てたんだよ。その様子じゃあ、・・・この街を出て、先を行きたいようだな。」
「ええ・・・、ですが、このままでは、先へは・・・。」
「何、・・・もう夕暮れだ。ちょっと、うちへ来なさい。」
「よろしいのですか?私のような者が?」
「構やあしないよ。」
クロートは、その老人に連れられ、ある邸宅へと案内された。
「お帰りなさいませ・・・、そちらのお方はどちら様で?」
「クロートと申します。」
「私の知人だ。・・・今日は特別に、ご招待させてもらった。」
「そうでございましたか。かしこまりました。奥へどうぞ。」
クロートと老人は、そのお手伝いに奥へと案内された。
「まぁ、席につきなさい。」
「はい。」
「まぁ、楽にしてくだされ。・・・あ、もう、よい。外してくれるか?」
「かしこまりました。・・では、ごゆっくり致してくださいませ。」
お手伝いが一礼した後、部屋を立ち去った。
「しかし、なぜ、私のような者を?」
「何、・・・少し、昔のことを懐かしんでな。」
老人は、立ち上がり窓の近くへとやってきた。
「私も、・・・昔は、お兄ちゃんのような旅人だった。」
「そうだったのですか・・・。」
「父親から逃げ出したくてなぁ。・・・・最も、夢に敗れ、今ではこうして、父親の財を相続し、毎日を過ごしているのだが。」
「いったい、何をされていたのですか?」
クロートに振り返った。
「旅だよ。当所もなく流離い、人々とふれあい、時にはいろいろな物を発見した。財宝であったり、希少な武防具であったり。昔は、多くの仲間とともに いろいろな所へ行ったものだ。」
「お兄ちゃんも、誰か旅の共はいるのかい?」
「ええ・・・。わけあって、今は別行動をしているのですが。」
「仲間というものはいいものだ。・・・苦楽をともに分かち合う者がいるというのは、すばらしいことなのだからなぁ。―――今となっては、・・・ただ孤独なだけだ。」
また、窓の外、遠くを見つめていた。
「お仲間とは、どのような方だったのですか?」
「皆、一人一人違った夢を持っていた。・・・ある者は財を手にすることを。ある者は名誉を。・・・そしてある者は、仲間と旅し、行く先々での発見を・・・。―――だが、私の夢は、結局、得られなかった。」
「・・・夢・・・・?」
その老人はためいきをつきながら、言った。
「自由だ・・・。」
「自由・・・。」
「何者にも束縛されない、金や名誉・・・そんなものでは得られない、自由・・・。それにあこがれ、私は家を出た。そして、仲間と旅することに、それを見つけた。時には、辛いこともあった。だが、私は自由だった。永遠の自由を手に入れたかった。」
老人は、席へと戻った。
「運命とは残酷なものだ。・・・ある時、私達は襲撃された。最初は、賊の仕業と思った。・・・だが、それは違った。―――兵の姿をする者達だった。・・・奴等は、私の仲間を次々に殺した。」
「なぜ、・・・なぜそのようなことを。」
「身に覚えがないなどとは言うまい。・・・私達は、旅の中で、知るべきでないことを知ってしまったのだから・・・。」
「知るべきでないこと・・・・。」
「お兄ちゃんはまだ若い。・・・お兄ちゃんは、『死』というものが、怖いか?」
クロートは、突然の質問に答えをとまどった。
「まだ、分かるまい。・・・もし分かったとしても、それがいかほどのものか・・・。もし、『死を恐れない』ことが出来るというのなら、どれだけ喜ばしいことか・・・。」
クロートには、何を言おうとしているのか、はっきりとは分からなかった。
「あの時は、あと私ともう1人というところで、・・・この国の女王様ご一行が偶然、その現場に現れなさった。・・・彼奴らは去っていったが、―――私は、仲間をなくした。・・・・自由を奪われた・・・・・。」
老人はさらに続けた。
「今はこうして、あたかも捕らえられた囚人のように、毎日をすごしている。
―――死というものを恐れながら・・・。」
老人は、席に戻った。
「長い間、話につきあわせてしまったようだな。夕食を楽しんでくれ。」
「はい。」
やがて、豪華な夕食が、テーブルへと運ばれた。
「それでは頂こう。」
クロートは、仕方がなく、そこで食事に手をつけた。
「私の仲間は、もう、1人を除き、・・・だれもいない。」
「・・・。」
「その者は、・・・私とは違い、財を持たず、また、女王と意見を対立させていた者の息子だった。・・・奴は、自ら、この地を離れ、北へ隠れ住んだ。―――あらゆる人を遠ざけるために。」
「北・・・?」
「ここより、西側の海岸沿いに歩いていく先に、カシェコフという小さな街がある。今の女王に満足しない者達が、移り住んだ場所だ。私は、救っていただいた恩もあり、ここへ住んでいるが、心の底を言えば決して今の女王の政治がよいとは思っておらん。―――財力と兵力で、得られるものもあるだろうが、失うものもまた多い。」
「今も、・・・そのカシェコフに住む方は・・・・。」
「ああ、・・・死んだとは聞かない。奴は、頑丈さだけが取り柄だったからなぁ。あの者が私の仲間であった時、・・・奴は竜騎士であった。」
クロートも話を聞いたことはあった。伝説の竜と呼ばれる翼を持つものにまたがり、大空を舞う、・・・いかなる高山をも超え、遥か空高くを飛び回る者・・・。
「よく、その背に乗せてもらったものだ。・・・最高の思い出のひとつだ・・・。―――竜も、かつてはこの山・・・グランドカロメラルにいくらかいたものだ。最近は、もはや、その姿を拝むこともかなわない。」
やがて、クロートは食事を終えた。
「ごちそう様でした。・・・ありがとうございます。」
「さて、話ついでだ。奴もまた、私と同じく、夢に敗れ、残る人生に希望を失っている。―――お兄ちゃんの目には、決意に満ちた希望の光が満ち溢れている。私は、それに惹かれ、お兄ちゃんを呼んだ。・・・いくらか、元気をもらった。さて、・・・私の話はそれだけだ。・・・どう、行動するべきか、お兄ちゃんに任せよう。」
「私に、・・・カシェコフへ行けと・・・。」
「―――あの者は、また、頑固であった。ちょっとのことでは、心を開くまい。」
「・・・分かりました。・・・ありがとうございました。」
「こちらこそ、・・・楽しませてもらったよ。」
「では、もう行きます。」
「この乱世だ。・・・今を、生きるのなら、・・・後悔のないように、生きよ。」
クロートは邸宅を去り、商業街の宿へと足を運んだ。そして、その時に気付いた。明らかに、義勇軍の数が増えていた。そして、中に、平原で見た者達の姿を見つけた。
「もう、帰還したというのか?!」
クロートは気付かれないように、宿の正面へと出た。そこから様子をうかがうかぎり、宿の入り口は、何名かの義勇軍が待ち構えていた。そして、その中にもまた、平原で出会った者の姿をとらえた。
「くっ、・・・このままでは―――、どうする?」
マーシャは、物音に気付いた。
「今のは・・・、なんでしょうか。」
ルシアは、窓の方を見た。再びその物音がした。小さな石が、窓にぶつかる音だった。
「誰が、こんなことを・・・・?」
ルシアは、窓を開き下を見た。
「ク、・・クロート!!」
「静かに・・・。」
クロートは、辺りをうかがい、静かに続けた。
「入り口に、・・・義勇軍が待ち構えていた。恐らく、そのまま出て行けば、ただではすまされまい・・・。中に、平原で見たものの姿もあった。」
「ええ、・・・でも、・・・どうすると?」
「ある情報を耳にした。・・・ひょっとすれば、関所を通らずともすむかもしれない。」
「分かったわ、・・・今からそこへ下ります。」
「ルシア様、・・・でも、どうやって?」
ルシアは、右手から召喚獣を呼び出し、窓のさんに先端を縛りつけた。
「―――さぁ、いらっしゃい。」
ルシアとマーシャはそれを伝って、下へと下りた。
「・・・なんでも出来るんだな、・・・その召喚獣は・・・。」
「とにかく、この暗闇なら、姿をくらますには絶好のチャンスよ。・・・どちらへ?」
「まず、街の北西の方へ向かう。その先、海岸沿いに歩いていく・・・。」
「分かったわ。・・・とにかく、行きましょう。」
3人は、路地の中を静かに走りだした。やがて、街の外れにたどりついた。
「数人・・・いるわ。」
「仕方がない。・・・やるしかないか・・・。」
「待って、・・・私にまかせて。」
ルシアは、再び右手の召喚獣を放出した。それらは、最初は1本のひも状で地面を這いながら進んでいった。まず、1人目の足を一気に締め上げ、そのまま転倒させる!!
「ど、どうした?!」
それからは一瞬だった。一気に、もう1人の体前面をおおい尽くし、自由を奪った後、無数に分裂して、残りの者達に襲い掛かる!!
「・・・終わったようね。さぁ、行きましょう。」
クロートは改めて、この女性の恐ろしさに気付かされた。
クロート達は、海岸沿いを、さらに北に向かって走っていた。
「そろそろ、教えてくれないか?・・・その右手の・・・召喚獣。・・・一体、何者なんだ?」
「この子?・・・さぁ、なんでしょうね。」
ルシアは、クロートの言葉を流した。
「時には敵を滅し、時に私達の行動の助けともなる。―――なぜ、召喚獣が、右手に?」
「誰かが言ってたわね。体の中に、召喚獣を宿らせてるって。それと似たようなことが、私の体のなかで起こってるのよ。もちろん、好きでこうなったのではないのですけど。」
クロートは、改めてルシアの右手が、左手と明らかに傷やあざの数が違う事に気付いた。
「今では、・・・こうして、私の助けとなってくれている。―――少なくとも、今だけは。この子も召喚獣。・・・いつまでも、私に従っているとは思えません。いつかは、私に反抗し、この身を滅ぼしてでも、外へと出るかもしれません。」
無言が続いた。クロートは、無言を断ち切るように、先ほどの老人の話をした。
「・・・そ、そんなことが・・・・。」
「『死を恐れぬ』・・・。」
マーシャの反応の仕方とルシアの反応の仕方は違っていた。
「・・・死ぬことはきっと恐ろしいことだと思ってます。いつかは、私も、きっと・・・。」
「だから、今を・・・今を大切にするんだって・・・、そう言ってたんだ。」
「クロート。」
ルシアは改めて、クロートを呼んだ。
「『死を恐れぬ者』・・・、そうであったらいいのに、と・・・そう言ったのですね?」
「―――そうでありたいとは言っていたが、・・・それが?」
「世の中には、・・・本当に、そうである者もいます。・・・もし、そうなのならば、・・・その者達が襲われた理由も・・・。」
「確かに、知るべきではないことを知ってしまったからだと言っていました・・・が。」
「なぜ、・・・何故殺されなければならないのですか?」
クロートは、それと同じことを、前にもマーシャが言ったことを思い出した。
「そういえば・・・、気のせいだろうか。うちの聖騎士団も、同じようなことを・・・。」
「あなたも、・・・そう思うのですか。」
ルシアはそう言った。クロートは無言でうなずいた。
「両者には、深い関係がある・・・。」
「ええ・・・、でも、それも、北の地へ行けば、・・・すべて・・・。」
「クロートさん!!ルシアさん!!・・・街です、見えました!!」
ようやく、夜が明けようとするころに、その街―――カシェコフにたどり着いた。・・・小さな街だった。海と山に囲まれた、その狭い領域に、多くの家々が密集していた。
「・・・クロート、あなたには考えがあるって言ってたわね。」
「ああ。この街に、・・・話が本当ならばいるはずだ。」
まだ、朝というには早い時間だった。街を歩いているのは、クロートら3人だけだった。
「これじゃあ、誰にも話を聞けませんね・・・。」
「・・・あまり長く、ここで待機したくないな。いつ連中が追ってくるかわからない。」
「わかってると思うけど、言っておくわ。クロート。北側は海、東側は大山脈で囲まれてるの。ここで追い詰められたら、もう、逃げ場はないわ。」
「ああ・・・、だがとにかく、今は、待ってみるしかないか・・。」
3人は、街の中を歩き、なるべく高い位置へと、坂を上っていた。やがて、海の見える場所で、マーシャとルシアは座った。
「とりあえず、この場所で街の人達が起きるのを待ちましょう。」
クロートは、少し周りを歩いていた。ルシア達から少し離れた位置で、この街に住む女性から話しかけられた。
「・・・あなた、この街じゃ見ない顔ね。旅人なの?」
「ああ。この街の者か?」
「そうよ。すぐそこが、私達の家。」
「少し尋ねてもいいだろうか?」
「・・・ええ、まだ子供達が起きてくるには早い時間だから。いいわ。」
「この街に住む者で、マッキンベルという方を探している、心当たりはないだろうか?」
「マック老のこと?・・・どこで聞いたかは知らないけど、あの人は、難しい人よ。」
「とりあえず、話だけしてみようと思う。・・・どちらに?」
「街の一番高いところよ。ほら、少し上に見えるでしょ、あの家。」
クロートは、女性が指差した先の、古い家を確認した。
「マック老は、もう長いことこの街にいるんだけどね・・・。」
女性は、少しあきれたような表情を浮かべた。
「あの人に話してみるのはいいけど、・・・きっと相手にしてもらえないわね。」
「・・・だが、どうしても、俺達は・・・・。」
「もしかして、・・・この山を越えようって思ってるの?」
「ああ。」
その女性は、クロートに向かって笑いかけた。
「ダメね、それじゃあ。マック老に会ってももらえないわね。あ、長く話しすぎちゃったようね。とにかく、がんばってみて。」
「そ、それはどういうこと・・・。」
「この山を越えるなんて、今じゃあもうムリよ!!」
女性は行ってしまった。クロートもあきらめて、ルシア達のもとへと帰っていった。
「あ、クロートさん。」
「ああ、話だと、この上にある、あの家に行けばいいらしい。どうする?もう行くか?」
「私達は、あなたの案内でここまで来たの。あなたが行くというのならついて行くわ。」
3人は、その高台にある、古い家の前までやってきた。
それは、他の家々からは、少し離れた位置だった。家の周りは、手入れされないまま、荒れ放題になっていた。
「ごめんください。マッキンベル様、いらっしゃいますか?」
クロートは何度かドアをノックし、そう中へ呼びかけた。しかし、返事はない。また、ドアにはしっかりとカギがかけられていた。
「・・・家にいらっしゃらないのでは?」
「気のせいかしら、・・・何か、この家から・・・物音が聞こえない?」
クロートはルシアの言葉を聞いて、耳をすましてみた。
「・・・裏からか?」
ルシアの無言のうなずきを見て、クロートは、家の裏側へと回ってみた。
「・・・確かに聞こえる、何の音だ・・・これは。」
何秒かごとに聞こえる、風が壁に当たるような音、その壁に何かがこすれるような音、そして、何よりも、低くうなるような音がその家からしていた。
クロートの脳裏には、その漠然とした音の中から、とある生物を思い浮かべた。
「―――竜、飛竜か?」
「何をしている、おまえ!!」
突然、クロートは、とある老人に厳しい口調でよびかけられた。
「・・・あなたは、・・・マッキンベル様?」
「いかにも。だが、わしの外出中に、何をしようとしていたのだ?」
「あなたに、・・・聞いてもらいたいことがあります・・・。」
「―――おまえ、見る限り、わしではなく、・・・その中にいるものに用があるのだな?」
「この・・・中に・・・?」
「まあよい。どこで聞いたか知らんが、わしは単なる、年老いた人間。あんたの何の役にも立ちはせん。出来れば、ここから出ていってはくれんか?」
マッキンベルは、その場を離れ玄関へと歩いていく。クロートもその後を追いかけた。
「出て行ってくれんか、お前。・・・それに、うしろの2人もだ。」
クロートの後ろにはマーシャとルシアが立っていた。クロートはまだ何かいいたそうだったが、老人は先に家へと入っていった。
「ここは一度・・・、出直すべきだな。」
3人が家から離れて歩き始めたところで、前方から2人の子供がかけよってきた。
「ああ、やっぱりいた!!にいちゃん?この人だよね?」
「マックじいさんのところにいるんだから、きっとそうだよ。ついて来て、こっちに!!」
「ま、待って!!」
2人は、あっという間に走り去っていった。
「お、追いかけましょう!!」
マーシャを先頭に3人は、その後を追いかけた。やがて、ある家の前についた。
「この中だよ、お姉ちゃんとお兄ちゃん!!」
「母さん、連れてきたよ!!」
その家の中には、数十本ほどのソードやスピア、また、様々な防具なども並んでいた。
奥には、それらを作るための小さな工場があるようだった。
「ちょっと待っててね。母さんも父さんも、みんなと奥にいるみたいだから。」
男の子の方が奥へとかけっていった。
「ねぇ?ここって、工場なの?」
マーシャがそうたずねた。
「うん。この街のショップにこれから持っていくの。」
「みんな、あなたのお母様とお父様がつくられたの?」
「ううん。お向かいのドロシーちゃんのお父さんもはたらいてるし、海のおそばのハンナちゃんのところはお父さんもお母さんも・・・。あ、それに、お山のプルクお兄ちゃんだって、ルーナのとってもちっちゃかった時からいるんだよ!!」
「ルーナって・・・あなたのお名前?」
「そう、えへへ!!」
「私は、マーシャっていうの。よろしくね!」
「マーシャお姉ちゃんね!!」
「ルーナ。・・・中に案内してやりなさい。」
おそらくルーナの父親であろう人物が、ルーナによびかけ、マーシャらに会釈した。
「だって、行こ!マーシャお姉ちゃん!!」
テーブルの上には、食事が並んでいた。話によれば、この後、街に一つあるショップへ、武器防具を運びはじめるとのことだった。
「ショップっていったって、そんな立派なものじゃないのよ。」
「おいおい、そんなこと言ってると、店長に怒られちまうぞ。」
「はは、あの人は、いつまでたっても、夢を諦めそうにないですもんね。」
「まあ、そんな固くならずに・・・、どうぞ、お食事を召し上がってください。」
にぎやかな食卓だった。皆がにこやかに語りあい、また、楽しげに笑い声をあげていた。
「・・・それにしても、やっぱり、マック老のところに行ってたのね?」
クロートが今朝会った女性―――ルーナの母親がその言葉を口にした途端、周りの笑い声が少し小さくなったような気がした。
「ダメだったでしょ?」
「母さん?どうして、この人たち、マックじいさんのとこにいたの?」
「マーシャお姉ちゃん?何かごようがあったの?」
マーシャは、クロートへ振り返る。だが、クロートはなかなか話そうとはしなかった。
「あ、もう、食べ終わったのね。エルネ、ルーナと一緒に、もう奥へお行きなさい。」
「え、・・う、うん。もう、準備し始めるんだよね?」
「そう。・・・ルーナも手伝ってね。」
「はあい!!」
2人は、奥へと入っていった。
「旅人・・・世界中を歩いて旅をする・・そう、仲間と一緒に・・・。」
明らかに、これまでとは口調が変わっているのを感じた。
「ロンベルクさん!この人たちにまでそんなこと言わなくたって・・・。」
「いや、プルク。本当のことだ。」
「自分たちが、・・・何か?」
クロートは、状況を察知しすぐに話の中へとはいっていった。
「あの子達、エルネとルーナ。生まれてからずっとこの家で育ってるの。武器や防具を作ってる私達のそばでね。何をするための道具かも知らずにあんな風に笑って・・・。」
「・・・お兄ちゃんたちは、旅をしているんだろ?それならもう、知ってるだろ?もう、こんな平和な日が続かないってことくらい・・・。」
3人とも、その言葉に愕然とした・・・。
「マック老のことを知っていた。そして、あんたたちのような旅人がここに来る理由。グランドカロメラルを越えようと思ってるのね?」
「ほ、本当かい?あんたたち?!!」
クロートは、仕方がないという表情を浮かべたあと、それにうなずいた。
「グランドカロメラルには、昔から山の魔物や神々が棲みついていると聞いてるわ。災いも恵みもみな、山からやってくるってね。」
「悪い事は言わない。少なくとも、あんたたちにはムリだ。」
「だが・・・行かなくては・・・。」
「どうして、あなたに今朝・・・話しかけたか・・・分かる?」
ルーナの母親はクロートにそう尋ねた。
「・・・。」
「答えに困ると・・・そうやって黙るのね?」
「い、いや・・・俺は・・・。」
「私には、特別な力なんてないの。あんたたちみたいに、自由に歩き回ったり、・・・魔物と戦ったりなんてことは出来ないの。でもね、そんな私でも、・・・人を見る目だけは確かだって思ってるの。」
「人を・・・見る目?」
「あんたは、剣を持ってる。それで、今まで何をして来たのか。あの子達は知らない。でも、あの子達も知らなければならないときが来るの。」
「この、ロンベルク家に生まれてしまった以上はな・・・。」
「あんたを見たとき思ったわ。変ね、武防具の匠の妻になった私が、いつの間にか、その使い手の心を見れるようになっただなんて・・・。」
「見れるようになったんじゃないな。お前にはきっと、自分の心も見えたんだろうから。」
「そうかもね。」
「・・・俺の・・心が見えた・・・?」
「そうね、どう言えばいいかしらね・・・。マック老・・・あの方が、ずっと昔、この街へやって来たときに心の中に封印したもの・・・ね、きっと。」
「マック老・・・。」
「さ、そろそろ行きましょうか・・・?」
「ああ、そうしよう。」
他の皆も、テーブルから立ち上がった。
「あんたたち・・・、山越えるんだろ?・・・ショップに来な!!」
「ここでいっぱい買ってかないと、後悔するわよ。」
「み、・・・みなさん。」
ショップは海岸から坂を上がった所にあった。小さいながら質のいいものが並んでいた。
「まぁ、あんちゃんは、武器も防具もいいのを揃えてるみたいだねぇ。だけんど、一応アイテムは、買っておくといいね。」
「ああ、買っておこう。」
クロートは、いくつかのアイテムを補充していた。ルシアは、ロンベルクらが持ってきた武器をいろいろと見定めていた。やがて、あるレイピアを手にし、購入した。
「・・・世話になった。ありがとう。」
「何、ロンベルクさんとこの人ら言ってたぞ。あんちゃんらなら、出来る。やろうって気持ちがデカけりゃばデカいほどに・・・ってな。」
「あの人らの言葉は、ホント・・・勇気付けてくれるよ。わたしかて、いつかは、ローズハイムみたいな都でデーンと立派なショップ構えたるのよ。名工、ロンベルクお墨付きの・・・ってな!」
やがて、3人は、ショップ店長に別れを告げたあと、坂を上っていった。
「・・・山道の入り口は、この街の一番上・・・・。」
2015/06/10 edited (2012/06/17 written) by yukki-ts next to
No.48