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eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~
聖杖を持つ者 ―第7幕― 第44章
クロートらの大敗は、盗賊に対する警戒心を一気に高まらせた。確かにレイと名乗る女性の力によって、討伐は成功した。だが、この討伐に参加した誰もが恐怖におびえていた・・・。クロートもその例外ではなかった。
他の者と違い、クロートには、少なくとも敵の姿をとらえることが出来ていた。けがも完全に癒え、再び戦える状態にまで回復したが、他の者の回復を待たない限り、再び騎士団に参加することは許されなかった。
その日も、クロートは窓から外を見ていた。部屋からも出る気にはなれなかった。下の広間で、数十の騎士団の人間が集まっているのを見た。
「クロート殿、開けてもらえないだろうか?」
外から戸をノックするダーダネルの声がした。クロートは、あいまいに返事した後、戸まで歩いていき、招き入れた。
「外をご覧になられましたか?」
「ああ、いったい、何が始まるんだ?」
「これを、ご覧下され・・・。」
ダーダネルは、ある封書を取り出し、クロートに手渡した。
「セレンディノスからか?」
「教皇国とは、いくらか関わりがありまして、それ故、この私を頼って、教皇国より直々にこの手紙を受けた次第でございます。―――しかし、今のままでは、情けないが、教皇国のために働くことができませぬ・・・。」
ダーダネルもまた、傷はまだ完全には癒えていないようだった。しばらく、クロートは手紙に目を通していた。
「護衛か?」
「これより、降臨の儀をとり行う、その護衛として、私にもその手紙が参りました。そこで、私は、クロート殿に、私めの代わりの役をおまかせしたく存じまして・・・。」
「分かった。・・・俺が行く。まだ、今なら間に合うだろう。」
「クロート殿!!」
足早に部屋から出ようとしたクロートをダーダネルは呼び止めた。
「教皇国には、クロート殿が参られることを既にお伝えしております。クロート殿であれば、教皇国の者でも信用されるでしょう。私めより、クロート殿とローラのことは、何度も申し上げておりますので。」
「そういえば、ローラは?」
「存じ上げませぬが・・・。とにかく、今は、一刻も早く行かれますよう!!」
「分かった、行ってくる!!」
クロートが広間へ入ると、既に騎士団の面々は出発を開始しようとしていた。
「ちょっと待ってくれ!!」
「クロートだ。」
「クロートの奴が、ここに来たぞ?!」
「なぜ、お前がここに来た?召集をかけた覚えはないのだが・・。」
「ダーダネルより手紙を預かりました。自分も参加させて頂きたく、参上いたしました。」
「ダーダネル・・・、代理か?・・・まぁ、よい。だが、お前を配置する場所はもう残ってはいない。既に、全員の役割を決め終わったところだ。」
「構いません。自分にも、何かなすべきことはあるはずです!!」
「この前の失敗を取り消すためだろ?」
「まだ、あの討伐に参加した奴らは、回復しないって奴だろ?」
「クロートの奴も、連れて行くのですか?」
「とにかく、時間に遅れてはならない。・・・行くぞ!!」
クロートは、その後ろから追いかけた。今回、クロートに召集はかかっていない。今回の役目を担った者達にとっては、所詮、この前の敗北を取り消そうとでも思って、あがいているのだ程度にしか思われてないようだった。
昼過ぎには、セレンディノスへとたどり着いた。
「よし、全員、配置につけ!!降臨の儀が始まり次第、それぞれの判断において、最善の行動をとるよう、力を尽くせ!!」
「はっ!!」
クロートは、ひとり、その場に残された。
「クロート、お前も、ここまで来たからには、護衛にあたってもらう。・・・あえて、場所を指定することはしない。お前も知ってるはずだが、降臨の儀により、異世界の者がこの世に現れる。招かれざる者も当然、紛れ込むであろう。・・・見つけ次第、討伐せよ。」
「了解した。」
クロートもセレンディノス内へと入ったが、やはり特にすべきことを見つけることは出来なかった。大抵の場所には、騎士団の者がついていたし、実際、何かが起こったとしても、すぐにクロート以外の者で対応できる状態が整っていた。
クロートは、何をするわけでもなく、通路の中を歩いていた。そして、ある部屋へ入った時、本来、いるはずのない者を目にした。
「何者だ?!」
「―――な、お、俺が見えるのかよ・・・お前?」
それは、半透明の獣と人間の中間のような姿をした生き物だった。
「お、俺を、殺す気か?!」
「何も、する気がないというのなら、何もしたりはしない。もっとも、俺には、お前に害がないとは、思えないんだがな・・・。」
「ちっ、なんだよ。ホントだよ!!俺は、なんにもしようなんて思っちゃねぇよ!!」
その生き物はゆっくりとクロートに近づいてきた。
「なら、いったい、ここで何をしている?」
「他にも、俺みたいな奴が、いっぱいいただろう?」
「いや、見ていない。」
「お前以外の奴が、誰か見てるんじゃないのか?!」
「それなら、既に討伐されているだろうな。」
その獣と人間の中間のような幻は、しばらくクロートを見てから、ゆっくりと部屋の外へと出て行った。
「ちょっと待て、どこへ行く気だ?」
「―――やっぱり、俺のことが、見えてんだな?」
「でなければ、話など出来ないだろ?」
「変な人間だぜ、俺が見えるなんてよ。・・・ついて来いよ。」
そう言って、その生き物はさらに進んでいった。クロートも剣を手放さないまま、その生き物についていった。・・・不思議なことに、進む先は、どこも、騎士団の者が配置されていない場所だった。
「お前の仲間は、ここに何しに来たんだ?」
その生き物は何も答えなかった。
「人間には言えないような事情か?」
「うるさい人間だな、お前。・・・ほら、着いたぜ。」
ほぼ中心に位置する吹き抜けの大広間だった。クロートは下の階をのぞき見た。
「魔方陣・・・?・・・あそこから、お前も来たのか?」
「―――おかしい、他の連中は、まだ見えない・・・。」
その生き物はうろうろしていた。こちらの話を聞いてる様子はない。不思議な光を放つ、複雑な紋様のその魔方陣の周りには、よく知る、騎士団の人間も何人か配置されていた。
クロートは、騎士団の人間の目からは見上げない限り、見えない場所に立っていた。
奥から何名かの女性―――修道女が現れた。クロートは、ふと目を止めた。その中の1人の名を知っていた。
―――ルシア=ルカ=エディナ。・・・ダーダネルへの手紙の送り主だ。
降臨の儀は静かに開始された。修道女たちは、それぞれ手を合わせ、何事かをつぶやいていた。それにしたがって、ますます、魔方陣の光が激しくなっていった。
やがて、その光の中に、まるで穴でも開き始めたかのように、違う空間が現れ始めた。・・・いよいよ、異世界の者がこの世に降り立つ・・・。
「―――仲間だ・・・。」
その生き物が突然、下へと向かっていった!!俺は、反射的にその後を追っていった。実際、その生物の後を追いかけたというのもあるが、何か、何か別のことを感じた。
騎士団の面々も、何か、ただならぬ気配に、少なからず気付いたようだった!!
クロートが、1階まで下り立ったとき、魔方陣の光の輝きは最高潮に達した!!そして、その中で、クロートは自分の目を疑うものを見た!!
「な、なんだ、あれは?!!」
その異変は、すぐさま周りの騎士団を襲い始めた。叫び声を上げ、血を流しながら、剣を振り回し始める者、その何かを見つけようと、さまざまな魔法を唱える者・・・。
しかし、クロートには確かに見えた。そして、同時に、走り出していた!!
「危ねぇっ!!!」
クロートはその現れた 招かれざるもの を剣でなぎ払った。その横で、驚きの表情を浮かべる女性がいた・・・。
「あ、あなたは・・・見えるのですか?」
「ああ、―――あなたは、ルシア様・・・?」
「ええ。・・・そう!!あなたが、―――ダーダネルの話していた、クロートね!!」
クロートは、ルシアから離れ、次々とその 招かれざるもの達 を打ち倒していった。それらは、意思を持たず、ただ、近くにいるものすべてに牙を向けていた!!
騎士団の面々が、苦戦している、その時だった・・・・。
「あ、あれは・・・・・。」
クロートは、その姿を見た・・・・。まばゆく輝く魔方陣が作る結界の中心に、それはゆっくりと現れた・・・。
周りには、それを取り囲むように、無数の得体の知れぬ者達がいたが、その中で、ひときわ、美しく輝きながら、その者はゆっくりと、その姿をあらわした。
クロートには、その者が―――杖を持つ美しい女性の姿に見えた・・・。
「ぐふぁああっ!!」
クロートは突然、強烈な攻撃を受けた。
「き、貴様は!!」
「くくく・・・、本当に、俺が何もしねぇって思ってやがったのか、テメェ?!」
「くっ、お前、一体、何のつもりだ?!」
「ひひひ・・・、ここに出てきやがった他の連中と同じよぉ。ただ、俺だけ、少し早く出てきちまっただけだがよ。・・・テメェには、俺が見えるみてぇだし、ちょっと興味を持っちまったけど、もう、あきちまったんでなぁ。」
その生き物は、クロートに対して強烈な攻撃をしかける!!
「けけけ・・・、ちょっと、この次元に慣れちまえば、テメェら人間なんかより、ずっと、知能も能力も上回るのよぉ!!・・・くははははは!!!」
「ちくしょぉ、貴様ぁぁっ!!」
クロートと同時に、いくつかの剣が、その生き物をとらえた。
「ぐ・・・、て、テメェら・・・、ぁぁ・・・。」
「クロートの話は聞いてたんでな。」
「お前には、ホントに見えてんだな、・・クロート・・・。」
騎士団の人間がクロートの周りにいつしか集まっていた。
「アークテラス聖騎士団をなめてくれるなぁっ!!」
すべての、騒ぎが終わったときには、既に降臨の儀は終了していた。
「ふぅ、どうやら、無事に終了したようだな。」
「よく働いてくださいました。・・・感謝いたします。」
ルシア達、修道女は騎士団の面々に向かい、頭を下げた。
「しかし、今回のは、普通の降臨の儀ではなかったな・・・。いつもならば、これほどまでも乱戦になるようなことはないはずだ・・・。」
「あなたがたには、お教えしてもよいでしょう。確かに、このたびの降臨の儀は、いつもの、神をあがめる儀式ではありませんでした。ある者を、この世に呼び起こす・・・そのための儀式でした。」
「ある者・・・?」
「―――しばらくは、このことは、内密にしておきたいのです。出来るだけ、早いうちに、アークテラス騎士団の皆様方にもお知らせします。ですが、今は、内密にしておかなければならないのです。どうか、この勝手をお許しくださいませ。」
「ボルアス殿より、その次第に関しては承っている。―――私達も深い追求は、控えるようにしよう。」
「ありがたく存じます。」
「とにかく、無事に降臨の儀が終わったことを報告しに、これよりアークテラスに戻る。皆の者!!無事な者は、怪我している者を助けよ!!これより、アークテラスへ帰還する!!!」
それからまた、2、3日が経った。クロートは、再び部屋の中にとどまることを続けなければならなかった。しかし、その中では何度も繰り返し、あることを思い描いていた。
「いったい・・・、あの・・・あの女性は、誰だったんだ・・・?」
クロートの中では、あることで結論に達していた。何度も繰り返し、夜毎に、夢に現れたあの影・・・。
あれは、―――あの女性なのではないのか・・・?
「クロート?いるのか?」
それは、クロートを呼ぶボルアスの声だった。クロートは、扉を開けた。
「ボルアス騎士団長。・・・召集でしょうか?」
「いや、違う。・・・だが、ちょっと来て欲しい。」
クロートは、ボルアスに連れられて、ボルアスの部屋へと招かれた。ボルアスは、封書を取り出し、それをクロートに渡した。
「この場で開けることを許そう。」
クロートは、その手紙を読み始めた。
「ルシア様から・・・、―――教皇国からの手紙・・・。」
「先日、降臨の儀の護衛に、お前も参加したそうだな?―――この封書は、特に、お前に直接渡すよう、頼まれたものだ。自分の部屋へ持ち帰り、その内容になるべくそえられるよう、行動せよ。」
「はっ、かしこまりました。」
クロートは、部屋へ持ち帰り、もう一度、読み直した。
「――― 先日は、助けていただきありがとうございました。
あなたを、ダーダネルの信頼する者として・・・、いえ、『幻』を見ることが出来る者として、この度、この手紙を、騎士団長の方から直接渡してもらえるよう、ことづけさせていただきました。
あなたには、ぜひとも、今一度、このセレンディノスへ、足を運んでもらいたく思っています。あなたに、ぜひとも、あなただけに、今回、この依頼を致します。
身勝手な要求をお許しください。ですが、今は、あなたの力がどうしても必要なのです。
先日の降臨の儀に、深く関わる用件であるため、このことは、出来る限り内密に―――」
「やはり、クロート殿1人への用件だったではないか・・・。」
クロートは、ダーダネルを部屋へ呼び、この手紙を読んでいた。
「まずかったか?」
ダーダネルは、しばらく手紙を読み進めた。
「先を読んでみてくだされ。」
「ああ・・・。」
「―――とは言いましたが、あなたにも心より信頼できる仲間がいるでしょう。
必ずしも、1人でなくても構いません。ですが、なるべく、少人数で、出来る限り、早く、ここへ訪れてください。
あなたの力を、必要としているのです―――」
「ダーダネル・・。・・・いっしょに来てくれるか?」
「よろこんで。・・・クロート殿の力になりましょう!」
「―――ローラは?」
最近、クロートは、ローラの姿を見かけていなかった。どこにいるのか、今まで深く探していたわけではなかった。だが、少なくとも、ダーダネルと同様、仮に召集をかけられても、行くことは出来ないはずだった。
「ローラにも、今、なすべきことがあるでしょう。クロート殿。・・・教皇国は、私にとっても、深く関わる場所であります。・・・参りましょう。私は、既に準備を整えております。」
「―――ああ、わかった。行こう!」
その日の午後、クロートとダーダネルは、セレンディノスにいた。
「よく来てくださいました。・・・そして、ダーダネルも。」
「ルシア様、お懐かしう存じております。」
ルシアは、クロートに話し始めた。
「今回、折り入って、あなたに、依頼致します。どうか、お引き受け願います。」
「はい。」
「ぜひ、ダーダネルもいっしょに聞いて・・・。」
「かしこまりました。」
「先日の 降臨の儀 で、あなたは何を見ましたか?」
最初、クロートは何も話さなかった。
「おそらく、あなた以外のものは、あの光に中に何も見なかったはずでしょう。」
「―――女性の姿・・・。」
クロートは、静かに話した。クロート自身でも、本当に見たかどうか、まだ疑っていたし、そもそも、あの状況の中で、なぜ、そんな女性が現れたのか、分からなかった。信じていいのか、迷っていた・・・。
「杖を持つ、女性、―――いや、少女・・・の姿。」
しかし、日がたつにつれて、むしろ、記憶はより鮮明になっているのは、事実だった。
「やはり、見えましたようですね。」
「―――杖を持つ、少女でございますか?」
ダーダネルが尋ねた。
「ええ。それが、クロートが見たものの、もっとも正確な表現でしょう。」
「今、その、少女は・・・どこへ?」
ルシアは、クロートのことを、しっかりと見据えた。
「―――あなたに、依頼します。・・・あの子を、護衛してください。」
「護衛・・・?」
「ええ、あの子は、異なる次元より、この次元へと降り立ちました。しかし、あの子にとって、この次元もまた、非常な危険な次元なのです。
・・・今、あの子は、あなたが見ることのできる『幻』の力によって、姿を消し、スートレアスの街の中で生きています。
もっとも、今のままでは、いずれ、 『幻』の存在に気付き、危険にさらされるのに、それほどの時間は要しないでしょう。
・・・危険は伴いますが、じっとしているより、むしろ、行動をしていた方が、察知される可能性は低くなります。ただ、あの子1人では、何の意味も成しません。
―――そこで、あなたの力が必要なのです。今、あの子のそばにいて、あの子を守ることが出来るのは、あなたをのぞいて、他にはいないでしょう。」
「しかし・・・、自分に、そのような役目が、つとまるでしょうか・・・?」
「―――すぐ、私も力になります。ですが、時間がかかります。
・・・どうしても、片付けなければならないことが残っているのです。それまでの間で構いません。
・・・いえ、それ以上のことを、どうして望むでしょうか。あの子の力になれるのは、今、あなただけなのです。
お願いします、クロート。・・・そして、ダーダネル。」
クロートとダーダネルは、スートレアスの街に向かい歩いていた。
「あの子・・・。いったい、誰なんだ・・・。」
「教皇国が内密にしなければならない理由・・・。―――とにかく、その存在が、人間に、いえ、それ以外のいかなるものにも、気付かれてはならない―――。クロート殿は、とにかく、それほどの 何か重要なモノ に関わることを、唯一許されたのです。・・・そして、この私も、命をかけることを決めております。」
「何か、知ってるのか?」
「何も、存じておりませぬ。―――ただ、クロート殿も何か、気付きませぬか?この世で、何かが始まろうとしていることに。ここ最近に、起こったことを総合すれば、自ずと。」
スートレアスにたどり着いた頃には、太陽が沈もうとしていた・・・。
「クロート殿。私はここまでです。・・・あとは、クロート殿におまかせ致します。」
「わかった。・・・何かあれば、すぐにここに戻る。」
「―――竜神を呼び出しておこう。・・・何かあれば、すぐさま、アークテラスの地へ帰還できるよう・・・。」
「見つかれば戻る。・・・どちらにせよ、明日の朝には、一度ここへ戻る。」
クロートは、ダーダネルと別れ、1人でスートレアスの街を歩いた。夜のスートレアスは、静かな街だった。
人影もまばらで、守衛以外はそのいずれも、家路につくものばかりだった。
「もう夜だ。・・・外には出ていないだろう。・・・ひとつひとつ回るしかないか。」
クロートは、ひとつひとつ建物をまわり始めた・・・。
スートレアスの朝は早い。商業を営む人が多いためか、多くの家は、ようやく、辺りがうっすら明るくなりはじめる頃には、起きだして、その日の準備を始める。
その少女、―――青いローブをまとい、杖を持ったその少女もまた、起きていた。部屋の中で、1人、何も言わず、椅子に座っていた。
しかし、街の者は、誰一人として、彼女の姿に気付いてはいなかった。やがて、少女は立ち上がり、窓から外を眺めた。
外では、この街の子供が2人、ボール遊びをしているようだった。楽しげに、はしゃいでいた・・・。
「かわいい。」
「・・・。」
「どうしたの?」
「ボールおとしちゃった!」
「はは。」
「えーい!」
しばらく少女はその光景を眺めていた。たとえ誰も彼女のことを気付かなかったとしても、彼女は、子供らがはしゃいでいるのを見ただけで、微笑むことが出来た。心が安らかになった。・・・少しでも、寂しさや悲しさを紛らすことができた。
―――少女は、杖を強く握った。
「逃げて。」
「・・・。」
「あれ、まただ。どうしたの?!」
「―――かえろ。」
「こんなにはれてるのに?」
「かえろうよ。ね、かえろうよ!」
「う、うん。」
少女の横を2人の子供は通り過ぎていった・・・。少女は、何かに気付いた。
―――正確には、彼女のもつ、その 杖 が確かに、その 存在 を感じ取っていた。
「何かが、近づいてくる・・・。」
少女は、身を隠そうとした。でも、どこに?
「家に戻れば、家の人に迷惑をかけてしまう。でも、今のままだと、見つかる!」
―――その存在は、確実に、その少女に迫ってきていた!
「戦う・・・。」
その姿がはっきりと、街の上空に現れた。何人かの街の人間が、その姿に気付いた。・・・やがて、それが、街へと襲来してこようとすることに気付き始めた・・・。
―――敵は複数だった。
やがて、敵の目にも、目指すべきその存在がうつった。すぐさま、その標的に対して、急降下を開始する。
・・・その姿が、少女の視界に入る―――
「えっ?!」
少女は突然手を引かれ走り始めていた!その飛来してくる敵に対して逆の方向へ。
「だ、誰?!」
「俺は、クロート。・・・よろしく頼むな。」
「は、はい、よろしくお願いします。・・・あ、あの・・・、わ、私は―――」
「話はあとだ!・・・今は走れ!」
「わ、私のことが、見えるのですか?」
「―――見えなかったら、あのモンスターに襲われようとしてる君を見つけられはしないだろ?」
「わ、私・・・。」
「もう少し先に行けば、仲間が待っている。・・・そこまで走るんだ!・・・見えた!もう少しだ、がんばれ!」
クロートは、はっきりとその姿をとらえた。巨大な竜神にまたがり、こちらの方を今か今かと待ち構えるダーダネルがそこにいた!
「クロート殿!!行きますぞ!!」
「ああ!・・・今から飛び乗る!今すぐ、アークテラスへっ!!」
クロートは、少女の手をしっかりと握って、ダーダネルの竜神につかまった。同時に凄まじい速さで急上昇し、一気に山を越え、アークテラスの地へと舞い降りた。
やがて、竜神はアークテラスの地へと戻り、その姿を消した。
「クロート殿、その、連れてこられたのか?」
「ああ、ここにいる。」
やはり、ダーダネルにも少女の姿はみえないようだった。
「あのモンスターは、この地のものではない。・・・闇の波動を感じた。・・・そのようなものがなぜ、この地に・・・?」
「―――闇の波動?」
「教皇国の周りは、光の力で満たされております。したがって、あたかも奴等にとっては、この地は高い壁に囲まれているようなものであるはずなのです。」
「ならば、この地にとどまっていれば、・・安全なんだな?」
「言い切れませぬ。」
ダーダネルは、厳しくそう言った。
「なぜだ?」
「このダーダネルでさえ、あのものどもの禍々しい闇の波動に恐れ慄いたのです。無論、この地にたどり着くまでには、弱小化しましょう。・・・しかし。」
クロートは、ここまでこわばった顔になっているダーダネルを見たことがなかった。
「―――クロート殿。・・・とはいえ、ここ以上に安全な場所はありません。今は、この地。アークテラス内で、守護しなくてはなりませぬ。」
「ああ。・・・だが、どうすれば?」
「ローラを探し始めるのです。・・・私は、これより、教皇国へと参ります。ですが、クロート殿は、離れてはいけませぬ。そして、ルシア様の仰られた通り、クロート殿1人ではなく、誰かと一緒に・・・。よろしいですな!」
ダーダネルはそうとだけ言い残し、クロート達をおいて、去っていった。
「ローラの部屋か・・・。」
クロートは少女を連れて、ローラのいる場所へと歩いていった。その途中で、クロートは、ローラに出会った。
「あら、クロート?・・・どうしたの?こんなところで。」
「ローラ!・・・探してたんだ。・・・そうだ、ローラの部屋に案内してくれ。」
「え?・・・い、いいわよ。でも、何をする気なの?」
「いいから、いっしょに来てくれ。」
クロートは、ローラの部屋へと入った。
「ここが、ローラの部屋か・・・。」
「そういえば、ここまであがってきたことって、なかったわよね?」
ローラは、ソファにこしかけた。
「結構、綺麗な部屋でしょ?」
ローラは、クロートに微笑みかけた。しかし、クロートから、笑顔は消えていた。
「ねぇ、クロート?・・・何か、あったの?」
「い、いや・・・。別に。」
「あ、クロート?ちょっと、いいかしら?忘れ物しちゃったみたいだから。・・・何も、悪いことしないでよ!すぐ、戻ってくるから。待ってて!」
ローラは、部屋から出て行った。クロートは改めてその少女を見た。最初に、手をひっぱったときは、想像していた通りだと思っていた。
だが、そこにいたのは、クロートが想像していたような、まだあどけない可愛い少女ではなかった。物静かで、どこか大人びている、そして、どことなく哀しみを感じさせる、可憐で清楚な女性だった・・・。
・・・まだ、突然のことで、顔から微笑みは消えていたが、それでも、クロートにとって、荒野の中に咲く一輪の花のように見えていた・・・。
「あ、あの・・・。」
クロートは、しばらく少女のことを見ていた。
「ローラさん・・・ですよね?・・・あの方も、―――クロートさんの・・?」
「仲間だ。・・・さっきの竜に乗っていたのが、ダーダネル・・・。」
「そうなんですか・・・。」
しばらく、どちらからとも話すことが出来なかった。
「あ、あの・・・。どうして、クロートさんは・・・私が・・・。」
少女の方から、話し掛けようとした。その時、ローラが部屋に戻ってきた。
「ごめんなさい、ええと。・・・そう。クロート?どうしたの?」
「あ、いや、その・・・。」
「―――その様子じゃ、私に用はあるけど、俺には関係ない・・・ってことみたいね。何か、頼みごと?・・・クロートの頼みごとなら聞いてあげるわよ―――」
「ちょっと待って。」
ローラは、クロートが話すのを制した。
「―――気のせいかしら?・・・誰かが、私を見てるような気がする。最初、この部屋に入ったときにも気付いてたの。・・・それで、一度外にでて確かめたわ。・・・間違いないわ。・・・誰かがいるわ。」
「気配だけでも、やっぱり気付いてるんだな、その様子だと。―――結界を張れるよな?・・・ローラ。」
「結界?・・・程度にもよるわよ?・・・どんな結界?」
「なるべく強力なほうがいい。そうだ、何か、召集がかかっているものがあるか?」
「ええ。これはあなたにも話しておいたほうがいいと思うの。最近ね、このアークテラス聖騎士団に、反乱しようとしてるっていう動きがあるの。」
「反乱?・・・モンスターか?盗賊か?」
「半分あってるけど、違うの。・・・アートテルトの人達なの。」
「どういうことだ?」
「分からないの。・・・だから、ラノール達のパーティといっしょに、私もそれを調査することになってるの。そうよ、クロート、あなたもいっしょに!!」
「代わりに俺が行こう。・・・頼む、ここで、なるべく強力な結界を!!」
「え?・・・ど、どういうことなの?!」
「頼んだ!!―――ここにいれば、安全だからな!!」
クロートの声に、少女は反応し、静かにうなずいた。
「片付けたら、すぐ戻る!!」
「ちょ、ちょっと、待ってよ・・・。強力な・・・結界?―――でも、それじゃあ、私は、ここから離れられなくなる・・・。」
ローラは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「―――やっぱり、そうよ。」
ローラは、ゆっくりと目をとじ、精神を研ぎ澄ました。やがて、ローラの部屋全体を、聖なる力が覆い、すべてのものから隔離させた。
「この部屋に、何かある!!・・・クロートは、それを私に任せた・・・。」
ボルアスの御前には既に、今回の任務にあたる、ラノール達も集まっていた。
「なんでクロート、お前がいるんだ?ローラじゃないのか?話じゃ、クロートも、ダーダネルも忙しいって・・・。」
「はい、そこまで。すぐ、そういうことばかり言わないのよ。・・・でも、聞かせてもらえるかしら?どうして、ローラの代わりにあなたが来たのか?」
ジェシカに問い詰められた。
「俺から、直接代わってもらえるように、ローラに頼んだ。」
「いまいち、答えになってねぇよな?」
「まぁ、ともかく。・・・ボルアス殿だ。」
ボルアスが、クロートらの前に姿をあらわした。
「―――話には聞いているはずだ。事は急を要する。・・・アートテルトの者達が、このアークテラス聖騎士団に対し、反乱をおこそうと、蜂起していると聞く。話によれば、有力な盗賊どもをメンバーの先陣にいれているらしい。・・・最新の情報なのだが、先発隊が、いよいよ森に入ったらしい。」
アークテラスとアートテルトの間には、深い森が存在している。距離的には近いものの、実質、アートテルトは、アークテラスの城下にある街というわけではない。
しかし、スートレアスに比べれば、経済的にも行政的にもつながりは深い。今までは、うまくいっているように、表面的には思えるものであった。
「先発隊・・・、おそらく敵は少人数であろう。しかし、高い割合で、能力の高い者が揃っているはずだ。アークテラス聖騎士団としては、この事態に迅速に反応し、これより先の対応策を練っているところだ。・・・だが、敵がそのような悠長なことを許してくれるとは思えない。・・・ここはひとつ、思いとどまらせ、これ以上の蜂起をやめさせることを、念頭において当たって欲しい。」
クロートらは、アークテラスを出た。どのメンバーも、どのような形であろうと、争いは避けたいと思っていた。
「森が見えてきた・・・。」
クロートらは、森の外で迎撃することにした。その方が、確実に追い返すことが出来るだろうと考えた上での行動だった。
「しかし、盗賊どもとつるむ・・・どういうことだ?」
ベリアルがふとそうもらした。
「普通の人間だけで、私達にかなうと思ってるの?もちろん、仮に盗賊が来たところで、返り討ちにするだけでしょうけど。」
「―――盗賊とは、それほどまでに信頼される存在なのか?・・・わからない。・・・そして、そこまでして、なぜ、反抗しようと・・・?」
「ベリアル、ラノール!!・・・来たわ!!」
クロート達は、数名の影を見た!!こちらの姿に向こうも気付いたらしく、武器を構え、こちらへ向かってきた!!
「あの身のこなし、戦いに慣れた者よ。おそらくは、盗賊・・・。」
ラノールとベリアルが先陣を切って、敵の方へ向かった。どちらとも、剣を抜き、応戦する構えをとった!!
「くっ、ひるむ様子もねぇかよ!!・・・こいつら、死ぬ気か?!」
「だめだ!!殺してはならない!!・・・思いとどまらせるのが今回の任務!!」
クロートも剣を抜いた。・・・争いは避けられそうにないようだった・・・。
―――盗賊の先制攻撃が開始される。
辺りは既に真っ暗になっていた。・・・少女は部屋の中で静かに座っていた。ローラは、既にベッドで横になり、目を閉じていた。・・・その間にも、部屋全体が結界で包み込まれていた。
結界を張り続けている以上、睡眠は休息の意味を成さない。しかし、それでもローラは、クロートの言ったことを守り、結界を張り続けていた。
「私のために、―――ローラさん。」
少女は、眠ることが出来なかった。そして、だんだんと、その存在が接近してきていることに、はっきりと気付き始めていた。ずっと、杖を強く握ったまま、座り込んでいた。
「怖い・・・。」
―――アークテラス内を、一瞬、猛烈な寒気が襲った。それは、本当に一瞬だった。・・・だが、その気配に多くの者が気付いた。
「―――何かが来る・・・。」
ローラもその異変に気付いた一人だった。辺りは何も見えない漆黒の闇に包まれていた。
「―――だんだん、近づいてくる・・・。なに、この気配?!何が始まるっていうの!!」
部屋の外から、いくつかの足音が聴こえた。もう、かなり多くの者がこの異変に気付いたようだった。
「でも、離れるわけにはいかない。・・・せめて、クロートが帰ってくるまでは!!」
「ローラさん・・・。」
ローラは、その気配に気付いた。
「誰かが、この部屋にいるのよね。―――聞いてくれるわね。私は、クロートに頼まれてあなたを守ることになったわ。・・・私には、あなたのことは見えないの。でも、絶対に、守ってあげる。クロートが帰ってくるまで、がんばるのよ。」
ローラの結界が、さらに強力なものへと変わる。だんだんと、ローラの息遣いも荒くなっていった・・・。
2014/12/21 edited (2012/06/17 written) by yukki-ts next to
No.45