[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

悲劇の少女―第6幕― 第40章

「こいつは・・・、いったい・・・。」
 俺は、辺りに広がる光景に、呆然として立ち尽くしていた・・・。
「・・・感じたことがあるわ。・・・これは、エリースタシアの霧・・・。」
「ヒメさん?ここは、・・・霧の谷ってことか?」
 知っているヒメさんの口調より、まだ、いくぶん沈んだ声だった。
「何も見えないと・・、怖いわね。」
「シーナ、気を抜くな・・・。」
「アーシェルこそ、ぼさっとしてんじゃないわ・・よ―――」

 シーナの視線の先・・・、ワンドをきつく握り締めるドルカから笑みが消えていた。
構えるロングソードの刀身が、激しく橙に染まっていく・・・!!

「ラストルアディション・・・」
 最初にそいつら―――、突然襲い掛かってきやがった無数のモンスターどもを、
虚空に消し飛ばしたのは、アーシェルの野郎だった。
「父さん、母さん!!私に力を!!フォール・・・ブレイズ!!」
 シーナのナイフから、鳥の姿をかたどった炎が巻き起こり、さらに沸いてきやがる
モンスターどもを一気に昇天させた。
「セニフ!!やられんなよ!!」
 その言葉と同時に、セニフとマーシャの周りを、強力な結界が包み込む・・・。
「―――我と契約せし、アークティクスよ。召喚されたし―――」
「ヒメさん!!」
 周りの空間が凍りつく。だが、その壁を回り込むように、そいつらは
ヒメさんに一斉に襲い掛かる!!
 霧から沸いて来やがるモンスター共は、時間が経つにつれて、凶暴になってきやがった。
次々と肩に群がって、肉を喰いちぎりやがる・・・!!
「ど、どちくしょうどもがぁぁっ!!」
 ぶっ放した衝撃波でそいつらを消し飛ばす。

「きりがネェ!!!」



「お前・・・、ボロボロじゃねぇか・・・。」
「・・・あんたこそ、・・・もう、限界じゃないの・・・?」
 俺もシーナも、そのモンスター―――、ヴァイルスラグのダメージを蓄積させていた。
「ここに居たままでは、ダメだ。少しずつでも、前に進もう!!」
「・・・そいつがいいな。アーシェル、やれ!!」
 俺は、前方に向かって攻撃を放ち、道を開ける。全員で走り出す!!
「ダメだわ。すぐに襲い掛かってくる!!」
「ヒメさん!!・・・くそっ、地道に進むしかねぇのか!!」
「アーシェル・・・、ちょっと、私、・・・ヤバい・・・かも。」
 体中からおびただしい量の出血をしているシーナの意識は、既にどこかに飛んでいた。
「おい、しっかりしろ!!お前が、倒れたら、この先―――」

「―――ごめん。」
 シーナのナイフ―――、フェアリーベルジュの炎が消える・・・。
「シーナお姉ちゃん!!」
「ドルカ!!」
 倒れかけていたシーナの体を支えるように、俺の横にドルカが出てきた。
「シーナお姉ちゃんの代わりは、私が!!」
「・・・頼む!!」



 レジェンドワンド―――、セリューク様から託された大魔導師の杖―――。
「・・・闇魔導法―――ヒートバーストドーム!!」
 周囲に居た全てのモンスターたちは、闇の魔力を帯びた炎の壁が消し去りました。

「はは・・・、これなら、・・・だい・・・じょう―――」
「アーシェルさん!!」
 シーナさんよりも深刻なダメージを受けていたアーシェルさんの召喚していた
ラストルの力も解放されてしまいました。
 アーシェルさんの方を向いた瞬間のことでした。私の頭上に、再び、
霧から生み出された無数のモンスターたちが降りかかってきました―――

 突然、何かに背中から突き飛ばされました・・・。何かに群がるかのように、
耳を塞ぎたくなるようなひしめく声が、振り返る先から聞こえました・・・。

「・・・お、おい―――どうなっちまって・・・」
「何をしているの!!離れなさい!!」
「ディッシェムさん!!」

「―――早く・・・、やれ・・・。」

「え、で、でも・・・、ディッシェムさんは―――」
「早くしろ!!ドルカァァァッ!!!」
 私は、ディッシェムさんを取り囲むモンスターに向かいました。

「・・・最高位・・闇魔導法、―――ティアライト・・・ヒット!!」



 ザヌレコフの野郎ですら、ドルカから放出される魔力の勢いに押されていやがった。
「・・・セリューク様。私に・・・・力を!!」

 静寂があたりを包み込む。次の瞬間、俺の周りを取り囲む連中より、遥かに多い無数の
隕石が遥か天空より落ちて、気持ちの悪い霧を晴らすような勢いで叩き潰す。
 巻き起こる爆風が、全てを吹き飛ばし終わった後、ドルカは意識を失って倒れる・・・。

「―――立て。・・・自分の足で・・・・立ちやがれ・・・、
 負けんじゃネェよ。・・・さぁ、立ってみやがれ・・・、ドルカよっ・・・。」


 ドルカは、俺の声に気付いて、倒れかけていた体を起こし、そいつらの亡骸の方を向く。
「ディッシェム・・・さん―――」
「―――さんなんて、付けんじゃ、ねぇ・・・。」
 淡く光るホーリーランスで、周りの気持ち悪い残骸を切り裂く・・・。
「・・・ディッシェムさ――― 、う、そ、その・・・。」
「・・・ドルカが、大丈夫なら・・・、構やしない―――。」
「―――しかし、テメェ・・・。よく、死ななかったな・・・。」
「・・・どうして、あれだけ襲われていたというのに、・・・血も出ていないの?」

「―――ザヌレコフ、誤解してんじゃねぇよ。俺は、この世の人間じゃあねぇ・・・。」

 少なくとも、ザヌレコフは俺の言葉の意味を理解しきれちゃあなかった。
「そうよ。・・・だから・・・、こいつ・・・、血も涙も出ない・・・。」
「おい・・・、シーナ・・・、おまえ・・・・。」
 体中傷だらけのシーナが、俺に向かって歩いてきた。
「・・・けっ、・・・仮にも涙なんか、出るかよ・・・。」

「ってことは、・・・あんた。―――ちょうどいいサンドバックになるわね・・・。」

 シーナの野郎、調子にのって思いっきりナイフで俺を斬り裂きやがった!!
「ねっ・・・、おもしろいでしょ?」
「けっ、・・・んなボロボロの体じゃ、中途半端な力しか出せてねぇじゃネェか。」
「バカね・・・、私が本気で殺ったら、あんた・・・、また死んじゃうでしょ?」

「・・・お前。―――な、なら・・・なんで、今、テメェは動いてやがるんだ!?」
 せっかく晴れた霧がまた立ち込めてきやがった・・・。
「また奴らがわいて来ねぇうちに進まねぇか?」
「だが、・・・いったい、何処まで行くつもりだ?」

「・・・あれは、なんでしょうか・・・?」
 ドルカが、遥か北方に何かの集落の影を見つけた・・・。

「こんなところに、・・・集落?」
「・・・・よくわかんネェが、・・・・・そこ、行くしかねぇだろ。」
「―――なら、・・・行きましょうよ。・・・もう、くたくたよ・・・、私。」






 アーシェルは、その部屋の扉の前に立っていた。その部屋の中では、
マーシャとセニフが語り合ってたわ、とても幸せそうな笑顔を浮かべて・・・。
 そんなアーシェルの様子を寂しく遠くの方から見てる女が、どう行動に出るのか―――
「・・・あの女、やっぱり―――。もし、動くようなら、・・・レイピアで―――」
 誰かに肩をたたかれる。
「ひやぅ!!」
「・・・ヒメさんよ、ちょっと・・いいか・・・?」
 ザヌレコフの姿が視界に入ってきた・・・。



 俺は、無言で部屋に戻った。案外、素直にヒメさんは、俺の後に付いてきてくれた。
しばらく無言のまま、窓のそばまで歩いて、霧で真っ白な外を眺めた・・・。
「―――外に、何かありますの?」
「ヒメさんに逢った時・・・、ヒメさんは、城から出て、西に向かってたよな?」
「ヴィスティス―――、闇の住人の仕業でしたわ。
 それに、・・・デスティ=ノームに操られた、ネーペンティも・・・。」


 ヒメさんは、沈んだ表情に戻った・・・。
「今こうして戻ってるのは、・・・もう国が大丈夫だからだろ?」
「―――今は、マティーヨと、リークが、国を治めていますわ。」
「マ、マティーヨ?!どうして、あの娘が?」
「え?町の酒場の娘よ。ホントは、あの子も、―――悲劇の少女の血筋の子なの・・・。」
「・・・マーシャと、・・同じなのか?」
「ラルプノートの悲劇と、クリーシェナードの悲劇では、違う血筋の者。
 いいえ、どんな悲劇の少女も、皆、別々の血筋の者と聞いてますわ。」

「・・・あの後、ヒメさんは、王国に戻ったんだろ?」
「・・・ヴィスティスによって支配されていたわ。マティーヨを利用して、
 いずれ、デスティ=ノームと共に制圧する気だったのでしょうね。
 でも、・・・ホイッタさん―――あたしの親代わりの人が―――」


 さらに顔をうつむかせて、それでも、話し続けた。
「・・・だから、本当は、あたし、ネーペンティの所に行こうと思ってたの―――」
 だけど、ネーペンティは―――、そう言った後、こらえ切れず、静かにすすり無く。
「・・・もう、・・・いつまでも・・・悲しんでいたって仕方がないものね・・。
 ごめん。・・・・なんだか、勝手にあたしだけが喋って・・・。」


 俺は、自然とヒメさんの方に手を回した。そうしないと、消えてしまいそうだった。
「無理に止めやしネェよ。・・・でもな、女ってのは、―――やっぱ、
 笑ってる顔が一番だろ。・・・朝まで泣いて、明日から、笑顔見せてくれや・・・。」


 ヒメさんは、俺の顔を一度だけ見つめた後、ベッドに横になる―――。



 何て話し掛けようとしてたか知らないけど、結局言い出せずに、こっちを振り返った。
「・・・シーナ―――。」
「もう、・・・気は・・・済んだ?」
 どうせ、アーシェルは黙り込んだままだろうし、私はそのまま続けた。
「・・・あんたが、マーシャを本気で相手にできるなんて心の底から思ってんの?」
 しばらく黙っていたアーシェルは、そのまま、何も口にせず、部屋に歩いていった。
「―――なんで、部屋までついて来るんだ・・・。」
 大した興味もなさそうに、そのままソファにもたれかかって真っ白な外を眺めてた。
「・・・アーシェル、・・・何の為に旅を続けるつもりなの?」
「悲劇の少女を護ると誓った。その為ならば、どんな苦しい事も乗り越えられた・・。」
「―――アーシェル、あんた・・・。マーシャのこと、好きなんだよね・・・。」
「な、突然、な、・・・何を?!」
「マーシャの次にあんたについていったのは、私よ。・・・隠せるとでも?」
「・・・仲間を、・・・好き嫌いの感情で、・・・見たり、・・・し、しない。」
「マーシャの心・・・、セニフに傾いていると思うわ・・・。」
「―――俺に、・・・関係、ない・・・。」
「こそこそあんたの事見てた、ティスターニアとかいう高飛車女も消えちゃったしね。」
「・・・ティスターニア?」
「―――ただ、無視してただけかと思ってたわ。あんた、鈍感なの?」

 答える気があろうとなかろうと、私は、そのまま元の質問を続けた。
「・・・この旅が終わったら、あんた、どうするつもり・・・?」
「今は、向かう先のことしか考えられない。その時にならなければ分からない・・。」
「―――もう、このメンバーの、・・・誰とも会えなくなっても、・・・平気なの?」
「・・・それは―――」
「マーシャのお母さん、ルシアのメンバーだって、みんな離れ離れになったのよ。
 ティルシス、ブロンジュール=クローグ・・・、みんな、もう、居なくなったのよ!!」

「・・・セニフの話を聞いた時に、心は決めた。・・・運命には、逆らえない―――」

「なんで、あんたはそんなに弱気なのよ?!
 ・・・そんなことだから、マーシャをセニフから略奪することもできないし、
 あの高飛車女からも見捨てられる!!しまいには運命だからって、仲間と―――、
 私達と会えなくなったって構わないだなんて言うの?!私は、そんなの我慢できない。
 ・・・マーシャと。・・・ディッシュと、・・・ドルカ、ザヌレコフ、セニフ、
 あの高飛車女だって、―――なんだかんだあって、仲間じゃない・・・。
 ―――何が悲劇よ!?・・・始終泣いてばっかりの悲劇のどこが面白いのよ!?
 ・・・許されるなら、私は、いつまでもみんなについていきたい!!
 私が、・・・あんたと、―――アーシェルと離れ離れになる事なんか、想像するなんて、
 とても耐えられないのよ!!!こんなに私はあんたが好きなのに――――――

 ―――そうよ、・・・私は、今まで出あった奴ん中で、一番あんたが好きなのよ!!

 ・・・バカでドジで弱気で、それを隠そうとして無理にリーダーになろうとするくせに、
 いつも、失敗ばかり、・・・1人じゃ何もできないし、決められない。
 ・・そのくせ、諦めも悪いし、絶対に自分の考えは曲げない頑固者だし、
 ―――でも、それが、ホントのあんたなら、これ以上、あんたに何望んだって、
 仕方がないわ。 ―――私が、いなくちゃ、・・・何もできないんだから・・・」




 言いたいだけ言った後にシーナは、・・・慌てて後ろを振り返っていた・・・。
「・・・・な、・・・何を・・・言ってるのよ、・・・私・・・。
 ・・・悲劇で引き裂かれても・・・、あんたとだけは絶対に離れないからね・・。
 ―――地獄で絶対に一緒にまた逢うんだから!!」

 俺の顔を見ずに外へ出ようとするシーナに、俺は話しかけた。

「お前の言葉が聞こえないほど、俺は頑固者じゃない。自分の考えが言えないほど、
 弱気でもない。―――俺は、すべてがこの世から消えちまっても、お前と―――
 シーナと・・・、仲間としてではなく・・・、1人の女性として・・・、
 ・・・・一緒に・・・歩いていきたいって思ってる・・・。」


「・・・アーシェル・・・、あんた・・・。」
「ところで、『地獄でまた会いましょうね。』って斬り殺した奴も一緒なのか・・・?」
「バカね。」

 シーナは笑いながら、俺に振り返る。
「アレは、『会う』奴ら。地獄に行ってもヒマにならないように約束しただけよ。」
「・・・お前が、『はは、・・・冗談冗談。』とか言わないってことは、
 ・・・間違いじゃないんだな。―――最初から、・・・最後まで・・・。」


 シーナは、驚いたような表情を浮かべる。
「・・・な、なんだよ・・・?」
「・・・あんたのこと、いろいろと並べ立てたけど、あれはまだほんの一部よ。
 時間がないから、省略しただけ。・・・なんだったら、今からでも全部言ってあげようか?」

「・・もう、いい・・・。」






「ディッシェムさん・・・。その、・・・ディッシェムさんのお母様やお父様は
 どんな方だったのですか?」

「・・・みんな、ディシューマの英雄・・・って言ってた。ホントのことは知らネェ。
 みんなの話を聞いて、ずっと、尊敬はしていた・・・。・・・でも、
 ・・・顔だって知らネェんだ―――。」

「―――私も、・・・お母様や、・・・お父様の顔を知りません・・・。」

 俺はしばらく黙ってた・・・。だが、これだけは、話さなくちゃあならない―――。
「・・・ドルカに・・・言ってなかったことがひとつ・・・、あるんだ・・・・。
 ―――ずっと、言えなかった・・・。」

「・・・。」

「お前の親父さん―――ガーディア・・・って人。―――俺が、この手で―――。」

 言葉が口に出せない―――、そんな俺の手を、ドルカが握る・・・。
「・・・・・・。」
「俺が、・・・悪ぃんだ。・・・親父さん、・・・俺が弱かったせいで死んじまったんだ・・・。
 俺が、・・・俺が、あん時、もっと強かったなら。―――すまねぇ、・・・ごめんよ。
 ―――ホントに・・・、ゴメンよ・・・。」

「・・・ディッシェム・・・さん。」
「『さん』なんて、・・・つけなくていい。・・・俺は、そんな偉い人間じゃねぇ・・・。」
「いえ、・・・ディッシェムさんは、・・・私にお父様のことを教えてくれた・・・。
 私は、・・・それだけでも、・・・とても嬉しい・・・。」

「俺を・・・、許して・・・くれるのか・・・?」
 ドルカは黙ってうなずく・・・。
「バカだな、俺。―――自分も死んでからじゃなけりゃ、わからねぇんだからなぁ。」

「・・・本当は、・・・お父様のこと、知っていました。」

「・・・な、・・・な、何!?」
「アーシェルさんが、包み隠さず、すべてを私に話してくださいました。」
「ア・・・アーシェル―――。・・・そうだったのか・・・。」

「でも、私、・・・とても、嬉しかった。・・・ありがとう、―――ディッシェム。」

 俺は、ドルカの表情をそれ以上見られずに、振り返った。
「んな事なら、俺が死んじまうまえに、お前に話せばよかったぁぁぁっ!!!!」

「―――でも・・・。」
 その声に、俺は、もう一度、ドルカの方に振り返った・・・。
「・・・私の・・・お母様は―――、どちらにいっしゃるのでしょうか・・・?」



 そろそろ頃合だろう。私は、本当の要件を切り出した。
「テルト様・・・。お願い致します。―――悲劇の少女、マーシャと・・・、
 私達が辿ることになる、未来を・・・。」

 テルトの水晶が淡い光を浮かべる・・・。
「―――北の方角より・・・、・・・道標となる者が訪れる。
 ・・・その者が仇となるか味方となるかは分からない。
 その刻は近い。・・・いずれにしろ、・・・会えば何かが分かるであろう・・・。」

「・・・私達の・・・道標・・・。」
「―――水晶に映りし、蒼き気配・・・。ただ、何か強く激しい想いを抱いている・・」

「えっ?」

「―――どうしたんだ?」
「・・・いま、・・・クロリスさんの声が―――。」
「クロリス・・・?」

 その言葉を最後に、マーシャは黙っていた。
恐らく、未来の予言は、ここまでなのだろう。私は、立ち上がり部屋を出ようとした。

「―――幻界―――トルティアの者が再び私に語りかけてきた・・・。」

 テルトの声色が、少しだけ変わっていた・・・。
「―――幻界に訪れんとする日を・・・・待つ。」
「・・・・どういう・・意味―――」
 そして、元の声色に戻したテルトは、さらに告げた・・・。
「―――それ以上何も語ってくれない。―――彼らは、・・・待ち望んでいる。
・・・強い想いと共に・・・。」


 ―――それぞれの夜は更けていった。
     そしてまた、テルトの語る、その者の気配も近づいてきていた・・・。



「・・・!!」
 橙の光―――、今までになく激しい光で、ザヌレコフさんは飛び起きました。
「・・・誰?―――誰かが、・・・近付いて・・くる・・・。」
 ドルカちゃんも、その力の気配に気付いていました・・・。そして・・・。
 突然の出来事でした。何かが地上のあらゆるものよりも速く、この集落の北側に
激突する音が辺りに響きました・・・。
 その衝撃による猛烈な土煙が、辺りの濃い霧と交じり合って、全く視界が
ありませんでした。音で気付いたアーシェルさんも近付いてこられました。
「普通の人間は下がってろよ・・・。こいつ、―――時空剣を使いやがる。」
「この世界では、時の力は他を干渉する役割を持ち、自身は幻となり消えます。
 ―――時空魔導士・・・、それも、ここまでの力を保つ魔力を持っているなんて・・・」


「―――クロリス=コロナ・・・。」

 私を見ていました。いいえ、それは違いました。こうして、何かを考えて、何かを見る、
今の私、―――マーシャを見ていたわけはありませんでした。
「こうして顕現したあなたに、同じことを続けさせはしない。あなたを、消します。」 
「・・・話は読めネェが、・・・テメェ、味方じゃネェな?
 ―――もし、そいつに用があるなら、・・・俺と一戦交えてからにしなぁっ!!」

「ザヌレコフさん!!」
「ドルカ、テメェは出てくんな!!」
 ザヌレコフさんの攻撃が、周囲に張り巡らされた結界に突き当たりました。

「・・・なんだ、こんなもんかよ、―――大したことねぇな!!」

 ザヌレコフさんの攻撃が結界を突き破った直後、その攻撃は剣で跳ね除けられました。
「けっ、驚いたらどうなんだよ・・・。そんじょそこらの剣とは違うってのによ。」
「ザヌレコフさん!!いくらザヌレコフさんでも、当たったら絶対に死にます!!」
「当たらなきゃあいいってだけだろうが?!」
 剣がぶつかりあう度、空間が歪み、その衝撃が周囲に迸りました・・・。
「テメェ・・・、何者だぁ?!呼び方くらいわからねぇと、面倒だろうが?!」
 その人、―――レイ=シャンティさんは、冷たい表情へと変わりました。



 ザヌレコフさんの周辺を時空の歪みが覆いました。
「だから、気を付けて下さいと言ったんです・・・。」
 何が起こったか分からないという表情を浮かべるザヌレコフさんの前に進みました。

「―――ここに居る人は、誰もこの人を知らない・・・。そういう干渉を魔力に
 込められています。ここに居る、あなたを見たことがある人は、
 ・・・本来ならば、マーシャさんだけのはず―――。」


 そう私が告げても、マーシャさんに向ける視線が外れることはありませんでした。
「・・・私が、お相手します!!」
「ドルカ・・・。」
 そう呼びかけられた、その一瞬だけ、―――動揺した表情を浮かべました。

「・・・ドルカ―――」






「・・・闇魔導法―――グランドクラッシュ!!!」
 巻き起こる衝撃波は、すぐさま干渉され、無効化された・・・。
「・・・最高位闇魔導法―――インパクト・・・サイクロン!!!」
 ―――突然、ドルカは硬直し、何か巨大な力に押しつぶされたかのように
うずくまり、そのまま動かなくなった・・・。
「・・・ドルカ?!どうした?」

「―――マーシャ・・・、な、・・・何を・・・?」
 マーシャの持つロッドから放たれる波動が、ドルカを包み込んでいた。
「―――わかってくれないのね・・・。」

「―――クロリス=コロナ?!」
「・・・おい、・・・マーシャ、・・・・な、何を―――」
「マーシャ!!!・・・ドルカから手を離せ!!!」
 それは、普段のマーシャではない、まったく別の人間の声のように聴こえた・・・。
「―――わざわざここまで来た理由は分かってるわね。・・・でも、まずは・・・、
 その娘を放しなさい。・・・気が散るわ。」

「―――あなたに闇属性の魔導法など通用しない事はこの娘にも理解できるでしょう。
 あなたの干渉魔術にすら抗うことの出来るあの娘にならば―――。
 なら、・・・どうして、この娘は、・・・あなたに対して・・・。」

「黙りなさい、クロリス。ここで決着を付ける、それしか道はないのだから・・・、
 ―――もう、セントエディナだけで解決できる問題ではないのよ。
 どれだけ、・・・どれだけの犠牲を出せば、分かるというの、クロリス?
 ―――あなたの答えを、・・・みんな、待っていたのよ。ずっと―――。」




 マーシャにその女は時空剣を振りかざす。その度、空間が歪む。
その勢いも、ますます激しさを増してやがった・・・。
「―――でも、もう、待てないわ。私たちは、もう、動き出した・・・。」
「動き出す・・・、どういう事!?」
「あなたは、その娘の動きだけ、いつまでも見物していればいいわ・・・。
 ―――もう、クロリス、あなたに用なんてない。すべて、私たちが動かしてみせる。
 あなたのやり方は、―――間違っているのよ。」

 マーシャの表情は、その攻撃の勢いも合わせて、焦りへと変わっていた。
「・・・ダメ・・・、あなたが、しようとしていることは―――、
 それをしてしまえばどうなるか―――」


「分かってるわ!!怖いほど分かっているわ!!もう、後戻りはできない―――、
 ―――そろそろ、あなたも、限界かしら・・・、クロリス。」


 ドルカの力が、マーシャの放つ波動をも跳ね返し始めてやがった・・・。
 俺は、アーシェルの方に振り返った。
「・・・アーシェル、俺たちには、・・・何もできねぇのか?」
「俺たちに、・・・できること―――」

「―――俺の助けがいるようだな―――」
 それは、アーシェルの意思に関係なく、突然、姿を現した・・・。
「―――女の喧嘩なんざ、見苦しいわ。」
「どういう、つもりだ?ラストル・・・。」
「いいか、人間・・・。喧嘩ってのは、喧嘩で止めてやるのが一番・・・。
 悲劇の少女の分際で、過ぎた真似しようってのがそもそも間違いなんだからな。」

「クロリス、・・・あなたは、もう逃げられないわ。」
「―――あなたの干渉能力だけじゃない・・・。この次元界に顕在化させるだけで、
 これだけの・・ダメージを受けている。それでも・・・、
 あなたは・・、影響を受けないというの・・?」

「ちっ、女共!!お前らの喧嘩には華ってもんがねぇんだよ。
 くだらねぇことをしやがって。ほらよ、悲劇の少女。目を覚ましやがれ!!」




 ラストルは、クロリスからマーシャの意識を取り戻す。クロリスの力から、
マーシャは解放され、同時に、ドルカもその魔力の圧力から解放された。
「何を―――」
 その言葉を最後に、マーシャの表情が、普段のものへと還っていく・・・。
「ラストル―――、クロリスとともに、葬る!!」

「・・・もう、・・・やめてください、レイさん―――、いえ・・・。
 レイさんの力を操る、・・・闇の住人!!!」


「なんだと?・・・こいつ、―――まさか、ヒメさんの言ってた奴の力か?!」
「―――ゴッド・・・トライフォア!!」
「私は、時空魔導士・・・、その力、神の光をも跪かせられる!!!」
「アーシェル、お前も、俺を使いやがれ・・・。」
「勝手に出てくるようになりやがって・・・。そうかよ、じゃあ、行け!!」
 マーシャの力―――、クロリスと呼ばれたその力と、ラストルの力は、
即座にかき消されながらも、その力を衰えない・・・。
「・・・闇属性・・・究極魔導法―――」
 ドルカの周囲のあらゆる魔力が集結する・・・。

「―――私たちも呼ばれたようだな・・・。」

 それは、ドルカの結界によって、干渉魔術を跳ね返しながら進むセニフの姿だった。

「―――ラストルの奴は、好戦的だからな。まぁ、いい。行くぞ!!」

 内に秘める力とともに、シーナも姿を現す・・・。

「マーシャお姉ちゃん!!アーシェルさん!!シーナお姉さん、セニフさん!!
 ―――力を、・・・お借りします!!究極魔法―――エナジースパーク!!」


「―――分かっているはずよ?あなた達が動けるということは、もはや、
 干渉魔術は、万物の私への干渉を一切排除する。何もできないのよ・・・。」




「―――そうかよ、なら、再戦と行こうじゃねぇか。
 ・・・ヒメさん、それに、死に損ないのガキ!!もう、寝ぼけてんじゃねぇぞ?!」

「・・・わかってらぁ、これ以上、ドルカに負担掛けられるかよ!!」
 手が震えていた―――。恐怖でも、怒りでもなかった。
それは、邪を討つという名を与えられた、あたしの手にするレイピアが教えてくれた。
「テメェの攻撃は、俺の剣にも効かねぇんだよ・・・。」
「ザヌレコフ、てめぇ、動くんじゃねぇぞ!!
 ・・・すべての人間の悲しみと痛みを癒すその時まで、
 俺は、・・・テメェらをゆるさねぇ、くらえやぁっ!!」

 2人の武器が、その女―――、いいえ、闇の住人に突き立てられる―――。

「・・・ホイッタ、ネーペンティ・・・。ごめんね、あたしじゃあ、守れなかった。
 ―――許してもらえるなんて、・・・思ってない。
 ・・・そんなの、あたしが、・・・あたしを許せない。だから、せめて・・・、
 ―――最後まで、あたしのことを、・・・あたしがやることを、見届けていて・・・。」


 あたしは、レイピアを構えて、走り出した・・・。
「とどめよ!!!」
 すべての力を、願いを、祈りを込めて、レイピアで貫き通した・・・。

「ヒメさんの想い、・・・俺が受け止めてやらぁ。ドルカァ!!行くぞ!!」
 ザヌレコフの剣の輝きが、ドルカの放つ魔力に同調する・・・。

 一瞬、すべてを支配する干渉魔術が途絶え、闇の気配は、静かに消え果てていった・・・。
 そこに居たのは、ただ1人の、・・・今にも儚く消えてしまいそうな、女性だったわ。

「―――ドル・・カ・・・。」

「・・・えっ?」
「やっと、・・・あなたに、会えた・・・。たった一人の、可愛い、・・私の娘―――。」

「―――お母・・様・・・・。―――お母様・・・。」






「・・・私は、レイ=シャンティ。信じてもらえないかもしれませんが、
 ・・・この世界とは異なる、別の世界に生きる者・・・。」

「―――ドルカのかあさんだって人が、なんて言おうと、もう、驚かねぇよ。」

 ドルカの母。そう名乗ったのは、私とマーシャが教会で会った、あの女性だった。
 ミストホープ―――、幻界魔導士テルトの元に集まった皆は、レイ=シャンティを、
 ―――あの時感じていた、研ぎ澄まされた刃のような気配を、一切まとわない、今にも
この世界から消えてしまいそうなほど不確かな存在となった、その女性を取り囲んでいた。
「あなたは、知っているはずだ。・・・すべてを。
 ―――悲劇の少女という存在の、・・・本当の意味を―――。
 あなたが、・・・何を、成そうとして、・・・今、私達の前に居ることの意味を・・・。」

「私に残されている時間は少ない。・・・長い間、とどまることはもう叶わない。
 ―――時空魔導士であっても、この地にあるのは、私の幻影―――、
 クロリス=コロナが、そうであったのと同じように・・・。」


 ゆっくりと、顔をあげ、私達に告げた・・・。

「長い話になります。・・・順を追って、話しましょう。」




 どれだけの時が流れたことでしょうか。そもそもの元凶は、私達の祖、時空魔導師の
血筋の者が過ちを犯したことにあるのです。

 ―――時空に干渉する力を持つ者。ほんの一握りしかいなかったと聞きます。
その本質は、古来より全ての属性への干渉を司る者。光と闇。そのそれぞれの平衡を保ち、
秩序ある世の中を維持するため、代々、一部の限られた人間が役目を担っていました。
 しかし、時の流れを操る者にとって禁忌とされた、時空の歪みを操作する者。
その存在により、次第に均衡は崩れ、歪み―――、時空歪は巨大化して行きました。

 あろうことか、その者は、許された者にのみ行使できるはずのその力を、
別の魔導士へと伝え、次第に、それは邪な理由で使われるようになりました。
 恐るべき事が起こったのは、それからすぐの事でした。本来、同一の空間にあっては
ならない、別の空間と空間が、時空歪によって結びつけられました。

 その往来が容易なものとなって、均衡が崩れ果てるのに時間は掛かりませんでした。
その地にあってはならぬ者達は、数多くの者を巻き込み、やがて、空前の戦いが勃発
しました。その時点で、最初に時空の歪みを操作した者は行方知らずでした。

 そして、崩壊した時空歪は、より深刻な事態を巻き起こしました。

 ―――闇の住人と呼ばれる存在、あってはならない時空魔導士という存在です。




 クロリス=コロナ。彼女は、その混乱の世に現れました。そして、提案したのです。
より強大な力を持つようになっていった、闇の住人を自ら封印するとともに、
残されたわずかな、純粋な属性魔力を持つ魔導師の力を借り、乱れた属性の力を、
一振りの杖―――、聖杖の元に再び統制をしようと。

 私達は、その命を込め、その杖を、―――聖杖を創り上げました。
 ・・・ただ、誤算があったのです。その力が、巨大化した乱れた属性魔力に打ち勝つ
ためには、あまりにも、―――あまりにも、長い月日を要してしまう事。

 クロリス=コロナは、その事実を突き付けられた瞬間、確実に敗北することを
悟っていたことでしょう。それでも、彼女は、・・・自らの命を捧げ、
闇の住人との戦いを選んだのです・・・。




 戦いの末、クロリスは、闇の住人を自らとともに封印しました。戦いの直前、私に、
約束を残して。これから先、この聖状を手にし戦う運命を担う者を探し、その者とともに
生き続けることを。どれほど気が遠くなるような年月が掛かろうとも、絶やすことなく、
見続けることを。再び会える時、―――運命を担う者の持つ、聖状に力が宿るその時まで。

 果てしなく流れる時の中で、クロリス=コロナの運命を辿る者達が、どれだけ、
その身を犠牲にしたことでしょうか。聖状を持つ資格を持つ者たちも、力が集うに従い、
より強力でより純粋な魔力を操ることの出来る少女に限られるようになり、また、
その力をただ一振りの聖状に保つことさえも、ままならなくなっていきました。

 ―――それでもなお、未だに、あまりにも力は足りなかったのです。

 その膨大な力ゆえに、使用者のみが封印されるだけでは、済まなくなりました。
封印する度、属性の均衡は著しく壊され、連鎖的に被害が周辺へと拡大して行きました。

 惨状は月日が流れるとともに大きくなり、いつしか「悲劇」と呼ばれるようになりました。




 ・・・私はクロリスに問いました。これ以上、続けても、何も変わらないと。
変わらないのなら、それでもまだいい。このままでは、悪くなるばかりではないかと。

 「悲劇の少女」・・・、そう宣告された少女に、一般の者の攻撃の焦点が向くことも
しばしばありました。その存在は、確実に世界を崩壊させかねないほどの惨劇を
起こすのですから。

 クロリスは、答えてはくれませんでした。いつの頃からでしょうか、もう、私に、
クロリスの声を聞くことは、出来なくなっていたのです。

 それでも、クロリスの言葉だけを信じて、「悲劇の少女」を支えるであろう
魔力を持つ者を育てることにだけ専念していました。

 唯一の力となってくれるであろう、仲間という存在となる者達を―――




「クロリス=コロナ。・・・今、マーシャに宿る守護神の名がそうであるのならば、
 ・・・その時が、来たということなのか・・・?」

 レイが、続く言葉を紡げなくなったのを見てから、私は、そう訊いた。
ただ、何も答えが返ってくることはなかった。
 葛藤。今の話をそのまま受け止めるのならば、私が見ていた目の前の女性の行動は、
辻褄が合っていない。それを、本人が一番わかっているのだろう・・・。

「―――闇の住人。動揺していた私の心につけこまれたのは、今よりずっと前の事かも
 しれません。その絶対的な崩壊とともに闇の住人を封印する、聖杖を持つ者。
 闇の住人、そして、あってはならぬ時空魔導士から見れば、そのようなものを
 生み出そうと画策する私達を、ある意味で、超越した存在と見做していたのでしょう。
 ―――ありとあらゆる魔術を使いこなす存在、あらゆる武器を使いこなす存在、
 闇に呼応し強大な力を与える武器を生み出す存在―――。そして、この世界を、
 「悲劇」により崩壊させぬように、・・・悲劇の少女を御する存在―――。
 ・・・そう、あなたなら、・・・分かるはず。―――ラストルの力を宿すあなたなら。」


「ラストルの四使徒―――。・・・悲劇の少女を、・・・御する存在―――。」

「・・・気付いていなかったわけではありません。見て見ぬ振りをしていたと言われても
 否定できません。私達という存在は、―――自らの命を永らえるがために、
 向かい来る矛先を全て、そのような者達に押し付けているようなものなのですから。
 闇の住人を絶対的な崩壊と共に封印する者達を御する、超越した存在であり続ける。
 ・・・そうしなければ、―――クロリスとの約束を、・・・果たせなかった。」


「見逃されたってことかよ、都合のいい存在だって理由で。」
「・・・悲劇を繰り返さないというマーシャの言葉を信じ、もう手を出すことをやめるか、
 ・・・敵となって、力づくで止めるか―――。そう訊いたのは、・・・あなたの行動を、
 ―――存在意義を、確かめたかったから―――」


「―――何を信じていいか、・・・それすら分からなくなっていた・・・。
 ・・・信じるべきものなんて、簡単に変えていいものなはずがないのに・・・。」


 そう言って、初めて、レイは、マーシャの目を見た。

「―――気付けなかった・・・。ナロムアデルに魅せられた者―――、マーシャに、
 クロリス=コロナが守護神として宿ったという事実の意味することを。
 気付くより前に、・・・私は、取り返しの付かない過ちを、・・・犯しました・・・。」







「・・・トルティアの者が告げたのは、そのことでしたか・・・。」
「あなたは・・・?」
「幻界魔導士のテルトという者です・・・。」
「・・・幻界魔導士。」
「もし、あなたの言う言葉にあった、運命を担う者の持つ、聖状に力が宿るその時が、
 ―――今でなければ。そして、それが、マーシャでなかったのならば・・・」

「・・・数多の犠牲が、・・・すべて、無に帰します。
 ―――私は、時空歪の統制をとるという、永遠に続く戦いの運命を、マーシャに
 押し付けてしまった。・・・クロリスの言葉を、純粋に信じられていたのならば、
 それは、悲願を―――、成就させられたことを意味するでしょう。」

 だが、そんな意志は、・・・レイ=シャンティには、もう残されていなかった。
ならば、その言葉の意味するところは、・・・残酷な感情でしかない。
「慢心もあったでしょう。・・・私自身が、時空魔導士であり、・・・闇の住人と接触し、
 すべての動向を、監視できている・・・。そう思いあがっていたのでしょう。
 ―――突き付けられた真実は、残酷なものでした。・・・掌握していたと思っていた
 闇の住人も、・・・そして、時空魔導士としての私自身もまた、そのすべてを含めて、
 より大きな謀略から、遠ざけられていた・・・。それに気付けなかった。」


 デスティ=ノーム。・・・そう小さく告げた。
「あなたが、封印することを運命付けられた、闇の住人の名です。
 ―――その結末を、意図的に知らされなかった。知ることが許されなかった・・・。
 ・・・その結末がどうであったとして、・・・彼らの謀略は、達成されてしまうのです。
 今の聖杖により引き起こされる、悲劇―――。その規模は、この世界と、
 彼奴らの本拠となる次元界と、これまでとは比較にならないレベルの強固で広大な
 時空歪により接続することを可能とします―――。」

「そんなこと・・・。そんなこと、マーシャにさせるわけ―――」
「止めるという選択肢はもう取れないのです!!これ以上、悲劇の少女と呼ばれる
 存在を、―――この世に生み出すことは、・・・もう、私には出来ないのです。
 ・・・私自身が、―――聖杖を持つ者、マーシャの導き手となったのですから・・・。」

「―――聖杖を持つ者の担う運命に、―――自らのすべてを、託したというのか?」
「・・・これ以上、・・・悲劇の少女を生み出すことを、・・・選べなくなっていた。」

「教えてくれ!!」

 アーシェルが、話を止めた。誰かがしなくてはならないこと。その役目を負った。

「ならば、全ての戦いが終わり、・・・それに打ち勝ったならば、マーシャは―――」



「・・・お、お母様!!」
 俺の質問は、ドルカの、その絶叫にも近い呼び声でかき消された。
いや、かき消したのは、ドルカだけではなかった。突然、苦しみの声を上げ、
今まで以上に存在が希薄となってしまったレイに、皆が動揺を隠せていなかった・・・。
「―――ドルカ・・・、あなたには、・・・何もしてあげられ、・・・なかったわね・・・。
 ・・・こんな、・・・ダメな親で、・・・ごめんなさいね・・・。」

「お母様・・、わ、・・・私は!!」

「心配なさらないでください。」
 マーシャが、口を開いた。
「・・・どんな結末になったとしても、・・・悲しみに打ちひしがれるのは、
 ―――もう、私で最後にします。・・・そう、決意したのですから・・・!!」

 その明るく、優しい声に、ほかの皆も続いた。
「・・・そ、そうだな。闇の住人も、なんだかんだ3人は倒してんだ。
 残り1人じゃねぇか。デスティ=ノーム?倒しちまえばいいんだろ?俺に任せろ!!」

「1人で暴走してんじゃないわよ、あんたは。・・・でも、マーシャがそう言うのなら、
 それでいいのよ。私は、それを、最後まで見届けてあげる。」

「・・・これ以上、悲劇なんて、繰り返させはしない。行けるところまで、
 俺たちは、マーシャについていく・・・。すべての敵から、マーシャを護るために。」

「―――私達が、必ず、闇の住人―――デスティ=ノームを討ちます。」
「・・・悲劇の少女を支えてくれる、・・・仲間―――。それを、・・・私は―――。」

「レイ=シャンティ・・・。」

 静かで落ち着いた、その声は、マーシャのものではない。それでも、
込めた想いは、マーシャと変わらないだろう・・・。
「―――あなたは、もう、・・・元の場所で待っていて。・・・私を、
 ―――マーシャを、信じてあげて・・・。」

「クロリス・・・。」
 レイは、マーシャを見る。・・・瞳からは幾筋もの涙が流れていた・・・。
そして、最後に、もう一人、消えゆこうとするレイ=シャンティの元へ近寄る者がいた。

「レイ=シャンティ・・・。」



 あたしが、こんな事を言うのは、きっと許されないこと・・・。

「あたしは、あなたをレイピアで攻撃した。ヴィスティスの影を討つため。
 でも、・・・きっと、あたしは、―――あなたも同時に討とうとした・・・。
 いいえ、・・・曖昧にしたくない。あなたを、あたしは、討つ気だった。」


 ドルカの顔を見ることができなかった。会いたいと願い続けていた母親との再会、
あっという間の別れ、・・・それを、そう簡単に受け入れられるはずなんてない。
 そんな場面で・・・、あたしは―――。
「・・・あなたを巻き込んでしまったこと。―――今の私なら、・・・言える。
 ごめんなさい。・・・許されることだとも、・・・今は、もう―――。」

「そう・・・しなければならなかった―――。そうなのでしょう?」
「―――悲劇の主人公・・・。悲劇の少女とともに、その舞台を終焉まで演じる者。
 ・・・やがて、導き手となる者として、選ばれた、・・・悲劇の犠牲者。
 かつて、・・・ラルプノートの国で、1人のエルフが、選ばれた―――、
 ・・・いえ、私が選んだように。でも、もう、・・・これで、最後・・・だから。」

「犠牲・・・。違う、・・・私は、自ら選んだ。確固たる、自分自身の意思だ・・・。」

「あたしは、誓いますわ―――。この悲劇を、・・・マーシャの物語を、
 ―――あたしの物語を、・・・最後まで、演じ切ることを。
 ティスターニア=ガルディック、・・・ガルド王国の血を継ぐ者として、
 ・・・女王であった者として―――。―――マーシャの、・・・仲間として!!」


「・・・ありがとう―――。そして、・・・ごめんなさ―――」
 最後に言いかけた謝罪の言葉を、・・・誰も、もう、望んでいなかったその言葉を、
ドルカは大きな声で、遮った。
「お母様!!私、・・・お母様の行く道を、・・・同じ道を歩みます!!
 ―――マーシャお姉ちゃんを、・・・聖杖を持つ者と共に行きます!!
 ・・・だから!!・・・待っていて下さい!!!必ず、待っていてください!!!」

「・・・ドルカ。・・・ええ、・・待ってるわ―――。」

 そうして、静かに微笑んで、静かにその場所から消えていった―――。

 最初に静寂を破ったのは、大剣を振りまわすあの男だったわ。
「・・・よっしゃ。・・・もう、・・・行くしか、ネェんだろ?」
「ああ、・・・最後の大仕事だ・・・。」
「そうね。行きましょ、マーシャ!」
「・・・はい!!」

 これは、あたしの物語―――。この悲劇の、―――最後の悲劇の、主人公を演じる。
1人の女の子が、―――悲劇のヒロインが、世界の運命を決めるまでの・・・。

 全員が、・・・笑顔で居られる結末となる。・・・そんな、あたしの物語を・・・。

2012/03/14 edited (2011/07/27 written) by yukki-ts next to