[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

悲劇の少女―第6幕― 第38章

 客室は、重い空気が支配していた・・。
「いろいろと考えましたわ。・・・セーシャルポート。そこに、向かいますわ。」
「・・・それならば、セリュークのところへ向かえる。
 それ以上に安全な場所は、―――この世にないだろう。」

 ティスターニアは、席に座り込んだ。自動航行に入ったのだろう。
「・・・不思議なものね。・・・ほんの数日よ・・。
 ―――運命というものは、ここまで、・・・何もかも変えてしまうものなの?」

「マーシャお姉ちゃんと一緒に、私もセリューク様のところへ行きます!!
 ・・・セニフさん。・・・きっと、・・・きっとセリューク様なら!!」

「あぁ・・。・・・そうと信じたい。」
 私は、静かに目を閉じて下を向いた。
「勝手なことばかり言って、・・・あなた達についてきたわ。
 これは、ただの・・・単なるわがままだったのかもしれない・・。
 ―――いつまでも、あたしは、みんなのそばにいたい・・・。
 信じたいのよ。・・・あたしが、・・・いつまでも、マーシャの仲間であると。
 ・・・みんなの、仲間だって事が!!」

 再び沈黙が流れた・・・。
「・・・けれど、あたしは、・・・帰らなくてはならない。」
 その言葉の意味することを、もう、見誤りはしない。ティスターニアもまた、
――― 他の者達と同じものを、その向かう先に見ているのだから。
「―――すべてを失う前に、・・・みんなに伝えたい。
 ・・・あたしの、・・・思っていることを。・・・王国のみんなに―――」

 飛行艇は、セーシャルポートへと向かい、進んでいった・・・。



 夜明けだったわ。東の海から、太陽が昇り、
辺りを暖かい橙色に染めていく。すべてを包み込むように・・・。
 ―――そんな、過去の情景を脳裏に霞めながら、操縦席から外を見つめたわ。
 空に立ち込めるものは、分厚い雷雲。時折、激しい雷雨となって、
飛行艇をたたきつけた。遠くから、得体の知れないうめき声が響き、
それに混じって、人々の悲鳴と、爆音が遠くから轟く―――。
 セーシャルポートの空港に飛行艇をつけ、あたしたちは、外へと出た。
セニフは、目覚めないマーシャを背中に背負っていた・・・。
「―――とにかく、人を避けて行こう。・・・まだ、朝も早い。
 ・・・行くなら、今しかないだろう・・・。」

「セニフさん・・・。行きましょう・・。」
 
「・・・おや?まぁ・・。セニフに、・・・ドルカじゃないかい・・。」
「ドルカちゃん!!」
「帰ってきたんだ!!」
「おひさしぶりです。メリーナさん、サリーナさん・・・。」
「セリューク・・・、頼む。今すぐに、結界を張ってくれ。―――この森全体に。」
 セニフさんは、マーシャお姉ちゃんを椅子に優しく座らせました・・・。
「・・運がよかったのぉ。・・・ついさっきまで、・・・ディシューマの人間が、
 あのセーシャルポートにうろついておったようじゃが・・・。」

「もう、・・・マーシャを護れる場所は、ここしか残っていない。」
「今、レイティナーク、ディメナが戦争を始めようとしているんです・・・。」
「戦争・・・、ならば、あの爆音は・・・。」
「両国とも、突然何かに取りつかれたかのように、争いを始めました・・。
 ・・・何が、原因なのかはわかりません。・・・でも。」

「セニフ・・。・・・・・もう、・・・言いたいことは、・・・わかっておるの・・。」
「―――ルシアのときと、・・・同じだ・・・。」
「じゃが、・・・今回は、・・・さらに厄介なことになっておるんじゃ・・。」
「すべての大陸に、こんな手配書が・・。」
 メリーナさんは、セニフさんにその書を渡されました。それを読んですぐ、
顔を歪め、紙を強く握り締めました。
「―――本格的に、・・・世界を・・・敵にまわさせるのか・・。」
「むろん、結界はしばらくの間、張ってやろう。わしも、最期にやらねば
 ならんことが、残っておるしの・・・。」

「セリューク―――。」
 それは、ティスターニアさんが、静かに目を閉じて立ち上がろうとした時でした。
「なんだい・・・。」
「・・・あの時、私を救い出してくれた。記憶をなくしていた私には、
 ―――この紋章の封印が刻まれたバンダナしかなかった・・・。」




「―――人間の業じゃあないことぐらい、見てすぐにわかっておったさ・・・。」
 セリュークは、あまり見せた事のない表情で話を続けた・・・。
「悲劇に逆らった者の運命を、誰よりもよく知っておる。お前を、放っておく事が
 正しい事かどうか・・・、それはすぐには決められんかった。
 ―――そうは言っても、わしはずぅっと、お前を見ておった。やがて、人間たちと
 お前は共に暮らすようになった。―――それが、セニフにとって幸せじゃと思った。」

 そこまで矢継ぎ早に話した後、深く息をついてから、最後にこう言った・・・。
「―――セニフが、わしの所を訪ねる・・・、その時まではなぁ・・・。」
 周りの人間と自分は、同じだと思っていた。だが、それは違っていた―――。
「森の、・・・精霊達の声が聞こえるようになってから、私は、私自身のことを
 知る為に、旅へと出た。精霊は、多くの事を私に語りかけてきた。
 ―――ある時、私はモンスターに襲われた。
 致命傷だった―――人間であったならば。」

 ドルカとティスターニアは、ただ静かに私の声に耳を傾けていた・・・。
「その時の精霊達の会話を、一言一句まで覚えている。―――そなたは、森を束ねし
 エルフの民の王位継承者。この森を救える、最後の希望―――。」

「セニフは、再びわしの前に現れた・・・、見て居れなかったのは、わしの方じゃった。
 ―――このまま、本当のことを知らせずに、苦しませるのが本当に正しいのか・・。」

「その後、・・・私は『悲劇の少女』という存在を知った。
 ―――その時から、私は、精霊達の声を聞くことはなくなった・・・。」

「案の定、・・・彼奴らは、わしだけでなく、セニフをも狙い始めた・・。
 ―――わしは、セニフを戦いに巻き込んでしまった・・。
 ・・・それが正しくないと知りながらの―――。」

 セリュークの性格上、この後、どう言うかは検討が付いていた。
昨日までの私が、自分自身で忘れていたその言葉を―――。
「―――やめようかねぇ。そんな、昔話なんて。」
 その言葉に拍子抜けする暇を与える、大魔導師ではなかった・・・。
「お前は、行くべき所に行くんじゃろう・・・?」
「封印を解きに向かう。マーシャと・・・共に。20年探し続けた過去の封印を。」
「セニフさん、私も行きます。―――ティスターニアさんは・・・」
「ドルカや・・・。お前は、ここに残るんじゃよ・・・。」
「え・・・。」
「・・・やっぱり、―――ドルカは・・・。」
「セリューク様!!」
 最後に、セリュークはドルカに・・・、こう言ったのだった。

「おまえを、・・・わしの、―――大魔導師の力の、・・・正当後継者とする。」






 私は、背中にあるその暖かく柔らな吐息を感じながら、森の北の外れの泉を訪れた。
「―――導かれし少女の光に満ちたその御手に、天秤を掲げ泉に向かい祈れ・・・」
 マーシャは、眠り続けたままだった・・・。
私は、導きの天秤を、そんなマーシャの手にそっと持たせた・・・。
 瞳をゆっくりと閉じる・・・。どこまでも深くへと落ちてゆく感覚だった。
―――空間がゆっくりと崩れ始める感覚に、意識を保つことは出来なかった・・・。



 ―――静寂に支配された空間・・・。聖なる力の宿る恵みの泉のほとり・・・。
「―――セニフ・・・さん。」
 優しく包み込むようなその声に、私は振り返った・・・。
 暗闇に目が慣れるに従って、辺りの様子が朧気に見えてきた。
聖なる恵みの泉には、大地の恵みに護られた古城がそびえたっていた・・・。
「・・・マーシャ。」
「ここは・・・?」
 記憶も何もないはず。だが、確かにそれは、そこに存在している・・・。
「―――ラルプノート。」
 バンダナの紋章は、不思議な淡い光を放っている・・・。
「―――静寂を破る者・・・。」
 私とマーシャは、その声にはっと息を飲み、周囲を見回した・・・。
「・・・誰ですか!?」
「―――私の声を聞く者よ・・・。私は、心の石像・・・。」
「心の・・・、石像・・・?」
「―――幾月日が流れたでしょう・・・。再びかの力を持つ者が現れるまでに・・・。」



「・・・あなたは・・、どこに・・・?」
 私は、その声のする方にある、不思議な石像を見つけました・・・。
「なんだろうか・・・。懐かしく・・・、暖かい。」
「―――セニフ様・・・。この日が来ることを、どれだけ待ちわびていた事でしょうか。」
「・・・セニフさん?」
 それから、急にとても弱い声へと変わりました・・・。
「―――今、・・・ラルプノートは、・・・主を失い、次第に闇へと解け始めました。
 もはや、・・・私達も、・・・心の石像を、・・・保つことが・・・。」

 それとともに、石像が、ゆっくりと透明になっていきました。
「・・・ま、待ってくれ。・・・一体、・・・ここで、何が?」
「セニフさん!!!」
 何かが近付いてくる―――、そう思ったときに、石像が砕け散りました・・・。
「・・・あれは!?」
「―――セニフ様!!」
 最後に、とても力強くなった、心の石像の声とともに、私達を不思議な結界が包み、
同時に、何かとても大きな姿をしたものが、すぐ横を通り過ぎていきました。
「セニフさん・・・。」
「このまま引き下がるわけには・・・、いきそうにないな・・・。」
「それに、あの、―――モンスターからは、・・・闇の力の気配が・・。」
「やはり・・・、そうか・・。―――後を、・・・追いかけよう・・。」



 心の石像。それは、私達の行く先々にありました。
「・・・これも粉々に―――。」
「玉座―――」
「セニフさん?」
「・・・心の石像が私に話しかけてくる。玉座に参られよ・・・と。」
 セニフさんを追いかけながら質問しました。
「ラルプノートって・・・、あの、いったい・・・。」
 セニフさんは、私の声でない、その別の声に導かれて真っ直ぐ歩いて行かれました。
「―――セニフ様!!」
 その声がはっきりと聴こえた瞬間、また、あの大きな影が現れました。
それは、はっきりと、私達の前に止まり、こちらを振り返りました・・・。
「皆、もう・・・私に構わないでいい。これ以上、皆を傷つけたくない!!」



 その姿を見たのは、ここから北の湖。守護神などと呼ばれるその異形の者は、
幸せや平穏のみをもたらすものではない。災厄と試練をももたらすからこそ、
神として、畏怖の対象となる。そして、そこにあるのは、おおよそ、後者だけが
行動原理となっている、荒れ狂う獣であった。
 ラミア―――、闇に支配された、おおよそ神などと言えぬ者が、雄叫びを上げながら
私に向かい迫り来る。
「セニフさん?!止まってください!!」
 そうマーシャの声が聞こえた瞬間、ラミアを魔力を帯びた大爆発が巻き込む。
「何だ?!」
「ドルカちゃんの声・・・。」
「・・・今のは、ドルカか?」
 ラミアは、突然のことに驚き、奥へと逃げ去る。
「―――セニフさん・・・。」
 マーシャが私をつかむ。追いかけるなという事だろう。
「・・・あれだけの爆発を受けても、さほどダメージを受けているように見えない。
 迂闊に手を出しても、砕かれた皆と同じ末路を辿るだけ・・・。」

 マーシャは、私を見ていた・・・。マーシャの前でバンダナを外したことはない。
「追いかける・・・。この先で、奴が追い詰められる・・・。」



 先に行くセニフさんの束ねられていた長い髪が揺れているのを見ながら、
私はセニフさんを追いかけました。私は、そんなセニフさんを止めることも出来ず、
やがて、セニフさんの足が止まったとき、目の前には湖が広がっていました。
「皆に導かれてここまで来た。―――その言葉・・・、信じてみよう。」
 湖では、あの大きな姿をしたモンスターが待ち受けていました。そして、
セニフさんがゆっくりと手にしたバンダナを、湖面に落とすのを合図に、
魔力の衝撃波を繰り出してきました!!
 衝撃波がセニフさんの長い髪を揺らしたとき、湖面に落とされたバンダナから、
光があふれて―――
 セニフさんが攻撃しました。クローがモンスターを重力で押しつぶして、
その攻撃のあとすぐに、背後に飛び退かれました。
「目を覚まして―――」
 セニフさんがモンスターに突き飛ばされる!!
「ゴッド・・・トライフォア!!」
 追撃しようとするモンスターが足を止めるのを見て、私はセニフさんに駆け寄りました。
セニフさんは、そんな私をかばうように、前方に立ちふさがれました。
「・・・怒りを買うのは、・・・もう、私だけで十分だ―――」
 セニフさんは飛び上がって、クローでモンスターを頭上から押しつぶしました。
モンスターはその攻撃に激しく暴れ、怒りにまかせて、セニフさんを湖底へ
突き落としました!!
「セニフさん・・、―――セニフさん?!」
 その私の声が、セニフさんに届く事は、ありませんでした。






「―――セニフ・・・。起きなさい・・・。」

 私は、幻影を見ていた・・・。

「―――よく、・・・帰ってきましたね。・・・どれほどこの日を、待ちわび・・・、
 この日が来ることを、恨んでいたことか・・・。」


 それは、私を導いていた声の主であった。

「・・・大地と、森を司る守護神を、代々監視するのが古よりの運命。
 闇が、この世を乱し、我々をも闇に引きずりいれようと、しています・・・。」


 次の瞬間、私は、言葉を失った。それは、知らなかった真実を知ったからではない。
改めて、それを現実のこととして、客観的に知らされたからだ・・・。

「最後の希望を・・・、お前に託しましょう。我々は、・・・永遠に眠り続ける。
 ・・・お前は負けてはならなりません。このラルプノートが遺した、最後の民。
 ―――セニフ=ラルピノ=エル=ラメルド・・・。」


「ま、・・・待って―――」

「・・・信じなさい・・・運命を共にする、仲間と―――己に流れる、
 誇り高き、ラルプノートの血を―――」




「・・・我は、大地と森を司る守護神を監視する者―――、ラルプノートの民。
 今こそ、我に・・・、その偉大なる力を・・・、蘇らせたまえ!!」


 私は、湖面に舞い戻っていた。不思議な光の衣に包まれたような感触だった。
現状を言葉にできないことに、知らされた直後となんら変わる事はない。
だが、それは、現状を冷静に捉えられたからに他ならない。
抱えていた心の迷いは、・・・既に消えうせた。
 導かれたのは、―――私自身だったのだから・・・。
「闇の化身よ・・・。その悪しき心を封印せん。」
 周囲をまとっていた光の衣が、ラミアの体を包み込む。
それに抵抗し、ラミアは、凍てつく無数の氷の結晶を放つ・・・。
 それは、おおよそ、人間の身であったならば、耐えることの出来ないもので
あっただろう。その強力な結界が、私の体を包み込んでいた・・・。
「・・・あるべき姿へと還れ!!」
 私の周囲に集う膨大な魔力が一点へ集中し、ラミアを中心に大爆発を起こした。
 それを境に、私の意識が遠くなっていくのを感じた・・・。
それは、私に託された使命の1つが、終わりを告げたことを意味する。

「―――ようやく、私達も・・・、あるべき場所へと還れます・・・。
 ・・・己の運命に、・・・打ち勝ちなさい―――」




「・・・おや、・・・ようやく、起きたかい・・・。」

 私は、ベッドの上にいた・・・。
「全く、・・・一時はどうなることかと、思ったが・・・、大丈夫そうじゃな。」
「私は、・・・何故、ここに・・。」
「セニフ・・・、泉のほとりで倒れていたのよ・・・。」
 メリーナが、私に話しかける・・・。
「・・・そ、そうなのか?」
「そうだ・・・、これ、・・・渡しておくわね・・。」
 サリーナは、私にバンダナを手渡す。
「な、なぜ・・・、サリーナが・・・?」
「倒れてたセニフの横で、マーシャがしっかりと握り締めてたのよ・・・。」
 そこで、ようやく直前まで脳裏に残っていた情景を思い起こした。

「マーシャ・・・、マーシャは!?」

 それぞれが、一様に黙り込んでいた。
「ど、・・・どうしたんだ?何故、黙り込むんだ・・・。」
「一体、・・・あの泉で、・・・何があったの・・・?」
「わ、私は、マーシャと共に封印を解き、ラルプノートで、民に―――、
 ―――いや、・・・民の幻影と出会った・・・。マーシャは・・・?
 あの時、確かにマーシャは目を覚ましていた・・。私に、話しかけてきた。
 ・・・私と共に、戦っていた!!」


「マーシャは・・・、今も、眠りつづけているのよ・・・。」

 私は、呆然としていた。
「セニフや・・・。お前は、確かに民―――、エルフの民に出会ったのやもしれぬ。」
「ああ。」
「・・・じゃが、それで、・・・何か、答えが見つかったのか?」
 答え―――。冷静に問われてみれば、これで何が得られたというのだ?
「・・・何の為に、お前は今まで生き、・・・ルシア、・・・マーシャ達と共に
 歩きつづけてきたんじゃ・・。―――今、お前は、何をするために、
 ここに生きておるんじゃ・・?」

 セリュークは私に問いかけた。マーシャ―――、悲劇の少女とともに歩き、
 その導かれた道の先にあるものが何かを見つける。それこそが、これまで、
 私が生きてきた意味。これから先も、私が背負う運命・・・。
「私は・・・。」
「誰もが、何かしらの運命を担っておる・・・。―――時に、それは
 非情なものにもなろう。・・・お前は、それをも受け止めマーシャと共に歩んでおる。
 ・・・そうじゃ、ないのか・・・?」




 定められし運命。悲劇の少女に関わりし者達に背負わされる運命の存在を受け止め、
共に歩く者達のそれを支え、導くべき者であると、そう考えていた。
 それは、今も・・・同じはず。・・・迷いや戸惑いがあることも、今は否定しない。
既にそれは、歴然たる事実として、私の目の前に突きつけられた。
 ―――それは、私にとっても同じことだったのだ。
 他に歩む者達の意味。それは、決して、私の考えていたそれと、
違うことはなかった。それならば、今の私に―――
「今の私に、・・・何が、出来る・・・?私は、・・・何をすれば、いい?」
「ドルカを、見てくるといい・・。」
「・・・ドルカ?」
「あの子は、自分の使命を理解し、大魔導師の力を継承した。
 ・・・あんな幼いあの子に、ここまで出来るとは、正直、わしも信じられん。
 ―――他人を、助けるなんて余裕が、あの小さい体の何処にあるっていうんじゃ?」

 マーシャだけではない。ドルカの力なくして、私は、ラルプノートの民の声を、
受け止めることは出来なかった・・・。
「他人の運命を支えることが出来るほど、この子が担う運命は軽いものじゃない。
 ・・・じゃが、必死に、マーシャを・・・支えようとしておる・・。
 今、ドルカを支えているのは、マーシャじゃ。・・・そして、マーシャも、
 ドルカ達に支えられて、今日まで生きてきておるんじゃ・・。」

 そんな単純な事実を、私は、今まで、理解できていなかったのだ。

 私は、マーシャとドルカのベッドの元へと駆け寄る。

「・・・マーシャ、ドルカ・・・。」

 死んだように横たわるマーシャの傍らに、体中からすべての力が奪い取られたように、
衰弱しきったドルカが、静かに座っていた・・・。
 ―――ドルカは、動くこともままならない状況の中、マーシャの手を
ぎゅっと握り締めていた・・・。

 私は、ただ、それを、いつまでも見続けていた。






「・・・まだ、起きんなよ。横になってろ。」
 目が覚めた私に、そうディッシュが話しかけてきた。
「―――ずっと、そこに居たの?」
「他にすることがなかっただけだ・・・。」
「ずっと、私の前に居たんだったら、良かったわ。あんたのことだもの、
 怒りに任せて、何失敗しでかすか分かったもんじゃない。」

 その言葉を選んだのは、それで沸点まで行くのが分かってたから。
「俺は後悔なんかしねぇ!!最初からずっと言ってきた事じゃねぇか!!
 ―――俺は、国のみんなを守る。敵がどんな野郎だろうと、関係ねぇ。
 ・・・そいつが、―――世界を滅ぼす力を生み出せる、・・・野郎だともな。」

「そうしようと、思ってなくても?」
「そう信じてない奴が、正義だなんて言いやがって戦ってきやがる。
 そうすることが、当然だと抜かす奴等も同じだ。俺達は、信じてるからそいつらと
 戦ってる?―――もう一回思い出しやがれ。・・・もし、マーシャがそんなこと
 絶対しねぇんなら、俺達の戦い、運命ってのに、意味なんか、ねぇんだよ・・・。」


 ディッシュと一緒に来たあの女の言葉。―――それは、10年前のことを目の前で
見た人間にとって、一番聞きたくない、真実の言葉だった。

「どうして、俺達は戦っている?マーシャを信じているから・・・。
 10年前の俺達を襲ったあの悲劇を、―――もう繰り返させないって言葉を。
 ・・・だったら、俺達は、何と戦っているんだ?」

 ただ、目の前に居る、マーシャという悲劇の少女が、この世を滅ぼす力を
もたらす杖を携え、生み出すことが出来るという、事実から目を逸らしているだけ・・。
「―――世界を滅ぼす奴を消そうとする奴、・・・避けられない悲劇を前に、
 覚悟を決めてやがる奴、―――そんな連中を集めて、結束させようとする奴・・・。
 そんな奴等に、・・・当の本人は、―――文句の1つ言ってやることができねぇ。」


 私は、ベッドに横になりながら、そんな事を言うディッシュに、何も言えなかった。
「・・・どっちにしろ、決めなくちゃあならねぇ。―――俺達は、マーシャを信じて
 もう手を出さねぇのか、・・・それとも、敵になってでも、マーシャを止めるのか。
 ―――姿を消したっていう、セニフの野郎みてぇにな・・・。」


 マーシャの言葉を、・・・信念を信じるならば、私達に関われる事など何もない。
もし、関わるのならば、それは、マーシャの言葉を信じず、悲劇の少女の行動を、
持てる全ての力で止め、打ち滅ぼす覚悟を決めたという事に他ならないのだから―――。



 今も眠ってるマーシャから、目を離すようなことをしたら、ただじゃあおかない。
―――それが私と、ディッシュが決めた、・・・精一杯の気持ち。
 それだけで、ディッシュの気が収まるなんて思ってないわ。
こんな話を聞かされた今、どうやって、マーシャの事を真っ直ぐ見れるっていうの?
 それは、酷い話だったわ。

 けど、今、どれだけの人間がそう思ったとして、・・・今のマーシャの耳には入らない。
マーシャは、反論の1つをすることも、許されてはいない。
 そんな状態で私がそう思うのは、―――ずるいと思った。それが、正直の今の気持ち。

「で・・・、どうして、こんな状況になってんのかしらね?」

 辺りは薄暗くて、ギリギリ間合いに入らないようなところで、こっちの気配を
窺ってるモンスター連中が数体。
 叩っ斬ってやろうにも、私は、後ろ手に縛られていた。
「―――あんたが、パートナーじゃ・・、心細いわね・・・。」
 その声に、その訛り交じりの奴はあからさまにびくついてたわ。
「ひ、ひぇぇえ、すまねぇだがぁぁ!!!」
「大声あげるんじゃないわよ!!」
 私は、そいつの腹をひざで蹴る・・。
「うぐぅ・・・。」
「・・・どうするのよ?腕、縛られちゃってるから、ナイフも使えないじゃない。」
 すぐに分かった。モンスターの中のリーダ格っぽい奴がこっちに向かって
足音なしに近付いてきた。
「ぐ・・・、ぐぅはぁっ。」
「な、何してんのよ?!さ、・・・避けなさいよ!!」
「・・・あ、あんだが・・・蹴ったんでねぇがい。」
 そいつの攻撃を合図に、他の連中が一斉に襲い掛かってきたわ!!
「た・・、助けてくでぇぇ・・・。」
「―――っつ・・・。なんで、私が、あんたなんか・・・、かばわなくちゃ
 ・・・ならないの・・・よっ?!」

 思いっきり、モンスター連中に肘鉄を食らわせてやった。
「・・・お、おい・・、け、ケガしてるでねぇが!!」
「っさいわねぇ!!よく見れば、あんたと私!!ロープでつながれちゃってんのよ!!
 ・・・分かる?・・・この状況!!!―――だったら、黙って・・・、うっ・・・。」

 私の攻撃によっぽど頭に来たのか、そいつらが私に向かって集中的に攻撃してきた。
「こ・・、このままじゃ・・・。―――せめて、・・ナイフが、・・使えれば・・・。」



 一番、私に近くに居た奴にダガーが突き刺さった。ひるんだそいつらは、
一旦、間合いを取り直し、それから一目散に去っていったわ。

「―――大丈夫だった?・・・・よかった、・・・間に合っていて・・。
 ・・・まさかって思ったけど、・・・やっぱりそうだった・・・。」


「・・・あ、あんた。・・・ひょっとして。」
 私は、そいつの顔を、見た事があった。
「ザヌレコフお兄ちゃんの・・・妹。・・・ジュネイルです。
 ・・・本当に、ごめんなさい・・・シーナさん。」


 中に案内された後、取り巻きの連中がケガの治療を始めた。
「みんなが、兵の奴らが少し余ったから、しばらく外に出しとく・・・と言ったので。
 気になってはいたんです。・・・本当にごめんなさい!!」

 歳は私と同じか少し上くらい。そんな女のセリフにしては、この場所も、周りに居る
連中も、ついでに言えば、あの自称大盗賊の妹って話も、何もかも場違いだったわ。
「・・・あんたが、頭領で命拾いしたわぁ、
 ―――なんて、言うとでも思う?・・・そもそも、なんであんたが頭領なわけ?」

「おい、お頭に向かって、どういう口利いてんだ?!」

「静かになさい!!お兄ちゃんの大事なお仲間なのよ?!」

 そいつら盗賊連中が、揃いも揃って小娘1人の言うことに従っていた・・・。
「・・・盗賊の血を引く人間は、所詮、盗賊なのね・・・。」
 一瞬、何か答えようとしたのを、私は見ない振りしてあげた。
目の前に居る私が、それを蔑もうと思って言ってるわけじゃないって事に
すぐに気付いたみたいだったから。
 きっと、ここに居る連中は、お互いがお互いにとって居なくてはならない存在。
たとえ、この娘がそれを断っていたとしても、そこから何も生み出せはしない。
 人は1人じゃあ生きていけないから。それに、ここに居る連中は、確かに、
ここに居る1人の女の子を、―――兄の後釜なんかじゃあなく、1人の頭領として、
その腕を見込んだ上で、慕ってる。
「少しくらいなら、話は聞いてたわ。あんたたち、・・・イガーアトルの連中と
 つるんでるんだってね?―――そんなことしようって発想がまず分からないわね。」

 言っちゃえば全く異質の集団同士。むしろ、互いのメリットなんて考えるより前に、
そんな事無理って、まともな頭なら考えそうなもの。

「―――ここで、今、私が巻き込まれてること。それが、あんたたちを結び付けた
 一番の理由ってわけ?」







 空に暗雲が立ち込める。時折激しい稲妻が大地に降り注ぐ。
西方海域は、数え切れない程の飛行艇と戦艦で埋め尽くされる。
狂ったようなその戦場は、この世の破滅を予感させた。
「時は満ちた。そして、今再び、こうして・・・集結した。」
 ゾークス隊長の話は耳に入っていなかった。立ち上がってその向かう先に、
マジックガントレットを向ける一人の男をにらみつけていた。
「お前に・・・、まだ、資格がある・・・のか?」
 シオンが俺を止めていた。そう言われた当の本人の態度が、俺をさらに困惑させた。
その男―――、ネーペンティは、うなだれたまま、その場に立ち尽くしていた。
「ラストルの四使徒が集結・・・しただけ。・・・それだけ・・・なのよ。」
「そしてまた、・・・悲劇に関わる者が、この地に集った・・・。」
「悲劇に・・・関わる?」
「―――お前とシオン・・・。」
「・・・。」
「20年前・・・。悲劇の少女―――セレナ=アド=エルネス・・・。
 ラルプノートの悲劇・・・。」

 それに続いて、静かな沈んだ声で、ネーペンティが話し始めた・・・。
「10年前、悲劇と呼ばれた惨事、ルシア=ルカ=エディナによって引き起こされた。」
「クリーシェナードの悲劇・・・、そう呼ばれていたわ。
 ・・・あの時、ネーペンティの弟、―――ティルシス=ディーリングは・・・」

 そこまでしかシオンの口からは言葉が出なかった。そのまま彼女は泣き崩れた。
「―――ネーペンティの・・・、弟?」
「血のつながる実の弟だ・・・。」
「知っていたのよ。ティルシスの・・・兄さんが、四使徒の1人であることは。」
「話が・・・見えない。何か知っているのか、シオン。
 どうして、・・・四使徒であるその男が―――、俺達を・・・。」

「仕方がない事は分かっていた。・・・お前等にとって何の言われもないことと、
 ・・・最初から、俺は分かっていた・・。弟の敵が・・・、お前等とは違うと、
 俺には、理解・・・できた・・・。」

「答えになってない!!」

「私だって!!・・・私だって・・・、悲劇の少女なんて奴・・・、
 ・・・殺してやりたいって・・・、何度・・・何度思ったことか?!」

 シオンが、必死の形相で俺に迫る!!
「分かる!?アンタに私達の気持ちが!?・・・私が一番、
 ――― 一番好きだった奴が、簡単に死んじゃった時の気持ちが!!
 ・・・アンタは・・、アンタは分かるって言うの!?どうなのよ!?
 答えなさいよ・・・。答えてみなさいよ!!」


「・・・もう・・・よいじゃろ。・・・仕方のない・・・こと・・・、なんじゃ。」

 ―――長い沈黙が流れた・・・。



「・・・最初は、ディシューマ兵の姿をしていました。その中に少しずつ、
 イガーアトルの人達の姿と、・・・ザヌレコフお兄ちゃんの仲間だった人の
 姿も混じっていくようになって・・・」

 知り合いのバカがよくしていた、親父とお袋の自慢話って奴に出てくる、
闇の住人の名前―――。
「オグトの仕業・・・。イガーアトルの人たちも、すぐに気付かれたようです。」
 地に足を付ける者全てを、意のままに操る、悪魔みたいな力を持つ闇の住人・・・。
「・・・つまり、そいつらと一緒に、私は捕まっちゃったってわけね。
 ま、早とちりだったわ、私も。―――つるんでんじゃなくて、操られてたなんてね。」

 最初は、ただ、なんでつるんだかって事が知りたかっただけ。
「総意ではない・・・、きっと、それは間違いありません。
 だから、今、一緒に集まっている人たちが、操られてつるんでいるのか、
 本当に、手を取り合っているのか、―――誰にも分かりません・・・。」

 冷静に考えれば、今の状況を説明できる。私とディッシュを、こいつらと
つるませようって奴の意図も。
「ある女に言われたわ。・・・悲劇を繰り返さないというマーシャの言葉を信じて、
 もう手を出すことをやめるか、・・・敵となって、力づくで止めるか・・・。
 ―――大方、そいつらも、同じような事を考えたんでしょ?
 操られてる連中は、敵になってでも止めようと思ってる心に付け込まれて・・・。
 つるんでる連中は、争おうとする連中を止めようとして―――。」

「―――シーナさんの言うその人と、会った事があるという話を、
 何人かから聞いています。その人は、前者の立場を強く推していました・・・。
 そして、同時期に、もう1人・・・、後者を促す男の姿も目撃されています。」

 どっちにしても言えることは、そうやって、10年前のことを経験してる連中の心を
都合よく利用してやろうと考えてる奴が、あの女と、もう1人居るってこと・・・。
「・・・シーナさん、・・・あなたは?」
 私と一緒にディッシュが居ないってことは、きっと、私とディッシュの考えが、
違っているってこと。ディッシュが、あの国を見捨てる事なんて選ぶはずはない。
 それなら・・・。
「私に、誰かのために戦う理由なんてない。けれど、―――誰かに、私達の心に
 付け入るように利用されるなんて、そんなのはまっぴらごめんよ。
 ・・・いつまでも、10年前の悲劇に取り付かれてるって思われてるなんて、
 私達の心が、どれだけ弱いって思われてるんでしょうね・・・。」

 私は、今の気持ちを、こう整理した・・・。
「―――手は出さない。何も関わらない。けど、それが、マーシャの言葉でない以上、
 ・・・ただ、何から何まで全部従うだなんて、・・・私には出来ない。」




「あっしからも、お詫びさせていただきやす。お頭だけに頭を下げさすなんて、
 あっしらには出来やせんから―――」

 そいつは、私たちの話に突然横から入って来た・・・。
「ザヌレコフ前頭領の御仲間様・・・。あっしが、そのナイフ・・・、最強の名に
 ふさわしいものにして差し上げやしょう・・・。」

「最強・・・ですって?」
「信じてください・・・。この方は、世に名高い名工、グラッジ様の元で、
 その腕を買われ、その技術を受け継いだ者・・・。」

「そんな奴の名前聞いたこともないし、信用できないわね。」
「・・・お頭の言うことにうそなどありやせん。・・・あっしが研いだナイフが、
 ザヌレコフ様の御仲間に使われるのでありゃ、これ以上の喜びはありやせん・・・。」

「・・・。」
 正直、悪い話には思えなかった。ほんとのところは分かってた。そいつも、
気付いている。この前の戦いで、限界を迎えていたことに。
「なんかとってもやだけど。・・・分かったわよ。―――売り飛ばすんじゃないわよ?」
「しません!!・・・信じてください。」
 すぐに渡してもらえるものだと思ってたそいつは、私の顔を見上げてきた・・・。
「ジュネイルさん?・・・ちょっと、いいかしら。」
「え、ええ・・。」
「ナイフが出来るまで。時間があるわよね。」

 挑発するような声で、ナイフをジュネイルの首元に向かってナイフを突きつけた。

「お、お頭を、どうする気だ?!」






「なんでだよ?!なんで、こんな争い、誰も止めようとしねぇんだよ?!
 何度繰り返したら分かるってんだよ?!」

「テメェの立場・・・、わかってんのか?下手に騒いで後悔すんのは、
 もう、テメェ1人じゃあねぇんだ・・・。」

「この争いは、私達の手では止められない。
 そして、お前に、・・・安全な場所はもう残っていない。」

 イガーとアトルの奴がそう言って、俺をなだめていやがった。
「安全だと?・・・別に今に始まったことじゃねぇ。
 ・・・殺し屋に入った時となんも変わっちゃねぇ。・・・もう、慣れっこよ・・。」

「戦火は、西方海域全域に広がっている。何の目的も持たず、ただ殺し合う・・・。
 ・・・何者かに操られるかのように・・・。」

 グラッジが俺に近付いてきた。
「お前さんのスピアから、不思議な力を感じる。・・・セニフ様のものとも違う・・・。
 ・・・お前さん自身の心に同調するものが、スピアを包み込んでおる・・・。」

「このスピアに・・・?」
「ディッシュ。・・・あなたに言わなければならない事があるの・・。」
「リサ・・・、・・な、・・なんだよ?」
「私は、代々この大聖堂を末代へと継承する者を護り育てる事を役目とする、
 ゾシュードゥ家の血を引く者。」

 俺以外の連中は、リサが急に言い出した言葉を何の戸惑いもなく聞いてやがった。
その場で何も知らされてねぇのは、俺だけだった・・・。
「先代の司祭から、しばらくの間、私が代理をつとめる事を仰せつかりました。
 先代の血を継ぐあなたが、このグロシェ大聖堂を継承する資格を得るまでの間。」

「大聖堂を継承?・・・なんだよ・・、ワケわかんねぇことばっかり・・・。」
「・・・大聖堂の司祭としての力を持ってたテメェの母親と、
 ラルプノートの悲劇に関わったテメェの父親・・・。」

「15年前にこの戦乱からこの国を救った英雄。その力を受け継ぐお前以外に、
 この争いを止める術を持つものは、・・・誰も居ない!!」

 その言葉の直後、大聖堂の扉が荒々しく蹴破られた。ディシューマの兵の格好を
した連中がなだれ込んできやがる。
「ディッシェム、・・・上の命令だ。テメェはここで消す!!」
「上だと?!・・・誰だぁ、そいつは!!」
「とりあえず、今は・・・立て込んでんだよ!!テメェらは、すっこんでろ!!」
 アトルとイガーの攻撃を嘲笑うかのように兵達は攻撃をかわす。
「イガー!!気をつけろっ!!こいつらあぁ!!」
「ア・・・アトル!?」
 イガーの奴の叫び声が、別の兵の攻撃でかき消される。
駆け出そうとした俺の腕を、そいつは強くつかみやがった。
「何しやが―――」

「ディッシェム=フランシス!!お前を、・・・グロシェ大聖堂、
 司祭の、正式な継承者とする・・・。」

 俺は、そう言ったリサの真剣な表情を、ただ、呆然と見上げていた・・・。



「黙りなさい!!」
 私は、少しだけ笑った。認めたくないけど、目の前に居るのは、
大盗賊なんて名乗ってる奴の妹として、名に恥じない人間だった。
「・・・私とハルトゥ火山まできてくださらないかしら・・?」
「・・・わかりました。・・・お手伝いします。」
「お頭?!」
「―――ごめん。・・・みんな。大丈夫よ。・・・シーナさんはそんな人じゃないから。」
「ナイフが無い代わりの護衛として、あんた達の頭領。それと、ナイフで釣り合うわね。」
「ぐっ・・・。」
「それはそうと、あんた・・。いつまで座りこんでんの?行くわよ?」
「お、おらもだかぁ?」
「当然でしょ?誰が盾になるってのよ・・・。」



 焼け付くような、溶岩の熱さは少しも変わっていなかった・・・。
「ありがとう・・・、もう、ここまででいいわ。」
 火山の一番深いところ・・・。1人で来たあの時の私とは、もう違う・・・。
それを証明するためには、―――過去の私と決別する以外にない・・・。
「ここで、・・・いったい何を?」
「気にしないで・・・。因縁の対決を、してくるだけ・・・だから。」
「・・・気をつけて、くださいね。」
 私は、フレイムバードと奥に走っていった・・・。
「・・・私に教えてくれたわよね。―――私が、意識を失ってる間。
 あなたの、言うことが分かったような気がするのよ・・。
 私は・・・炎の民。・・・そして、・・・その力を持つもう一人の者。
 ―――それが、・・・あなた。フレイムバード。―――そして・・・。」

 持ち合わせていたナイフに炎を宿らせた・・・。すぐに分かることだった。
もうただのナイフなんかじゃあ、私の炎に耐えることはできないことくらい・・・。
 溶岩の中から、―――とても美しくて、殺戮に満ちているそのドラゴンが現れたわ。
「私から、気付くのを、ずっと・・・待ってたんでしょ?
 ―――母さん・・・、父さん・・・。」

 フェアリードラゴンの近くにフレイムバードがゆっくりと近付いていった・・・。
「私・・・、強くなるから・・・。」
 フェアリードラゴンがゆっくりと、私に向かって、その体にまとう灼熱の炎を放つ。
「・・・最期に見てほしいのよ。・・・私に、炎の民としての力が、あるかどうか!!」
 ナイフの刀身をはるかに超える炎があがっていた・・・。
「バーニングスラッシュ!!」
 ナイフでドラゴンの体を鋭く斬り裂いた。フェアリードラゴンの放つ猛烈な炎が
私を取り囲むが、それを振り放って、攻撃を続けた・・・。
 燃え尽きそうになっていた。ナイフの刃はもう跡形もなく溶けていた・・・。
「・・・負けない。・・・・私は、・・・・絶対に!!!」
 私は、頭上高くに飛び上がって、フェアリードラゴンに激しい一撃を加えた。



 火山の噴火を思わせるような咆哮の後、力尽きて倒れた・・・。
 しばらく、私はその巨体の背で立ち尽くしていた・・・。
「・・・何、あれ・・・?」
 尾に輝いていたもの。それは、一本のナイフだったわ。
私がそのナイフを手にした瞬間、体中を熱い炎がめぐるのを感じた。
体のあらゆる部分から炎が立ち上がり、ナイフからも猛烈な火柱が上がる・・・。
「―――聞こえる。・・・父さんの、・・・声。」
 フレイムバードがゆっくりと私に近付いてきた・・。
「・・・母さん?」
 フレイムバードが、そのナイフを通して、私に話しかける・・・。

―――右手に握られているナイフ。伝説の秘刀「フェアリーベルジュ」。
 それこそが、炎の民としての証であると―――。






 雪は、まだ降り続けていた。厳しいその寒さは、あらゆる物を凍り尽くし、
その生命をたやすく奪い尽くす。それでも、白き大地のあちらこちらから、草木が芽生え、
生命の息吹を感じられた。
 身にこたえる寒さの中、時折、春の風に似た、やわらかなそよ風がほほをなでた。

 そんな変化は、あたしにとって、とても小さなことだった。
辺りを支配する・・・、言い様のない圧力に押しつぶされていた・・・。
「これは・・・。」
 城下町―――、その荒れ果てた様子にあたしはただ愕然としていた。
物が散乱し、建物の壁のいたるところが、ぼろぼろに破壊つくされていた。
 誰一人として、街に人影を見ることはできなかった・・・。
「あたしの・・・せい・・・。」
 あたしに駆け寄ろうとする足音・・・。それは獣達の吐息、咆哮とともに現れた。
「どうして街の中にモンスターが?」
 雪のように白い毛並みを持つそのモンスター達が、次から次へとあたしに飛びかかる。
「アークティクス!!」
 猛烈な冷気がモンスター達を取り囲み、やがて、その体を冷たい刃で切り刻む。
「元の世界に還りなさい!!」
 最後の一体をレイピアで突き通したときだった。
どこからか、あたしの名を呼ぶ声が聞こえた。
「誰?・・・あたしを呼ぶのは?」

「女王様・・・。こちら、・・・宿屋です!!」



「・・・ティスターニア女王様!!」
「ど、どうしたの?・・・ねぇ。落ち着いて。一体・・、何がありましたの・・?」
「お願いします。マティーヨを・・、―――妹を助けてやってください!!」
「・・・マティーヨの事はよく知っていますわ。・・・でも、・・・教えて下さる?
 ・・・いったい、・・・いったいあたしがいない間・・・。何がありましたの!?」

「ティスターニア様!!」
 扉から入って来た顔を、しばらくあたしは、ぼんやりと見つめていた・・・。
「・・・お会いしとうございました。・・・ティスターニア様・・・。
 ―――あなた様が、帰ってこられることを、どれだけ長くお待ちしておったことか。」

「心配かけて本当にごめんなさい。でも、ホイッタ?今、このガルド王国は・・・?」
「奴めが・・・、ヴィスティスが・・・。」
「ヴィスティス・・・。」
「だから、本当は反対だった・・。リークとマティーヨが一緒になるのは・・・。」

 ホイッタはあの後の街の様子を教えてくれた。
先頭に立ってくれたのは、マティーヨとリークだった。あたしがこの国に居ないという
事実が伝わっただけで、あの争いは止まった・・・。
 そう聞いて、少しだけ寂しく思ったけど、あの時から、王国の事を思わない日なんて
なかった。その言葉だけなら、あたしはきっと、許されなくとも救われていた・・・。
「奴・・・、ヴィスティスが、突如として王城を占拠し、―――このような・・・。
 兵は、すでに奴の配下についた、・・・妖しげな術によって。
 こうして、街中にモンスターを放ち、・・・王国を乗っ取ろうという―――」

「あたしに口出しする権利・・、そんなのないことは分かってる。
 けど、―――ここは、あたしの生まれた国。黙っているなんて、・・・出来ない。」


 あたし達は、全員が立ち上がっていた。その声―――、悲鳴は、全員を宿から
飛び出させる理由として十分だった。



「だ、・・・だ、だれか?!だれか助けてください!!」
 その娘のまわりを取り囲んでいた、飢えたモンスター達が一目散に飛び掛かる!!
「?!」
「・・・大丈夫?」
「あ、・・はい、ありがとうござ―――、ティスターニア様?!」
「あなたが無事ならそれでいいわ。ここは、あたしに任せて。さあ、早く!!」
 あたしは、モンスター達にレイピアを向けた。
「みんなが笑って街を歩けないなんて、―――そんな国、あんまりじゃない!!」
 モンスターの数は、あたし達の数よりもずっと多かった。それでも、流れは
ずっとあたし達の方にあった。

 ・・・それは、西の方角―――、王城からだった。
「な、・・・なによ、これ―――、立てない・・・。力が、・・・入らない・・・」
 レイピアを手から取り落とす・・・。それを見たモンスターが飛び掛ってくる!!
「・・・ティスターニア、・・・様!!」
 ホイッタが、ロッドで打ち倒してくれた。そのまま、その場にうずくまっていた。
「ホイッタ?」
「構わずに、ティスターニア様!!・・・王城へ!!」
 あたしは、この力、―――言いようのない圧力を知っていた。
「―――エリースタシアの時と同じ力・・・。」
「・・・エリースタシア。ティスターニア様、・・・ネーペンティ様に・・・?」
 隠す理由なんてなかった。あたしは、素直に言った。
「ええ、会って来たわ。でも、もし、そうなら・・・、あたしなら、止められる。」
 レイピアをもう一度、手に取りなおす。邪悪な力に立ち向かう―――、
その名を持つ、王家の血筋を受け継ぐ者に与えられたそのレイピアを手にした時から、
あたしの使命は運命付けられた・・・。
 静かに目を閉じ、レイピアに全魔力を集中させる・・・。
少しずつ、あたしは、その圧力に抗いながら、ゆっくりと立ち上がった・・・。

「―――闇の住人、・・・ヴィスティス。あたしが、・・・止める!!」



 時代の移り変わり・・・。生まれてすぐの頃・・、マティやリークと初めて
出会ったあの頃。―――国の民が争うきっかけとなったあの時、そして、
あたしが、・・・この国の女王でなくなったあの時―――。
 人の心や、国の形が変わっても、その王城の姿は、いつまでも、記憶のまま、
変わることはなかった・・・。
 思い出を思い起こす余裕は、どこにもなかった。
 今度、戻ってくるときは、どんな顔をして戻ればいいんだろう・・・。
あたしが、戻ったとき、どう迎え入れられるのだろう・・・。
 この国を離れるときには、そんなことばかりを考えていた。

 でも、きっと、答えは、最初から分かっていた。きっと、この先も、
この国に、留まることは出来ない。許されない・・・。
 もう、あたしの帰る場所は、ここには、・・・どこにも残されていない。
今、あたしは、―――決して、戻ってきたわけではない・・・。
 この国を離れるときに出会った―――、悲劇の少女。世界を滅ぼす力を持つ者・・・。
すぐ近くで、歩いて分かった事。帰る場所を・・・、故郷を失くした・・・。
 そこに居たのは、・・・あたしと何も変わることのない、1人の女の子だった・・・。

 どうして、・・・そんな女の子が、―――世界を滅ぼす力なんて、持ってしまったの?
そのために、・・・いったいどれだけの幸せを、・・・あの娘は、失ってしまったの?
 この世界―――、この壊れ始めた世界は、悲劇の少女―――マーシャにとって、
どう見えているというの・・・?

 あたしは、その部屋にたどり着いた。かつてのあたしの居場所―――、
過去と決別するための、―――宿命の決戦の地へと・・・。


2011/06/22 edited (2009/11/28 written) by yukki-ts next to