[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

悲劇の少女―第6幕― 第37章

 (115日目昼)
「・・・自動操縦に入りましたわ。」
 ティスターニアが、客室へと戻ってきた・・・。俺は、それを合図に、
そこにいた皆に話掛けた・・・。
「―――エリースタシア・・・。入るメンバーについてだが、慎重に決めたい・・・。」
「先に言っておくぜ。気にくわねぇ奴がその国に居やがる・・・。そいつを
 ぶった斬るのは、俺だ。ディッシェムの野郎も、何か勘付いてやがったんだろうよ。」

「ディッシュの奴はともかく、・・・セニフとドルカまで―――。
 一体、エリースタシアって国に、何があるっていうのよ・・・。」

「俺の目的は、・・・隊長を連れ戻す事。だから、俺も行かなくてはならない。
 だが、待ってくれ・・・。今回は―――」

「もちろん、私も行くからね?」
「待ちなさい・・・。それでは、あたしがアーシェルと一緒に行けなくなってよ?
 アーシェルのことをあたしに任せて、あなたは、ここで待機なさい。」

「何をあんたはバカな事言ってるわけ?!私が居れば、どんなモンスターが
 出てこようと関係ないわ。全員ぶった斬ってやれるわ!!
 それに引き換え、あんたなんか居たところで、何が出来るってんのよ?!」

「そっくりそのまま返してさしあげますわ。あなたこそ、何が出来ると仰るの?
 ―――エリースタシアの事、何も知らないんでしょう?」

「あんたは、どうなのよ!!!」
「あたしは、何度もエリースタシアに入っていますの。
 中の様子も把握していますわ、ね?アーシェル!!」

「どうして、俺に同意を・・・」
「アーシェル!!どうなのよ、はっきりしなさいよ!!
 誰と一緒に行くつもりなの?!私?それとも、この高飛車女?!」

「ヒメさんがついてきてくださりゃあ、どんな奴が出てこようが関係ねぇな・・・。」
「誰があんたに訊いたのよ?アーシェル!!どうなの?!」
「確かに・・・、これから行く場所について、・・・俺達は、何も知らない。」
「なら、あたしと一緒に行くってことでいいのよね?アーシェル。」
「ヒメさん!!案内を頼むぜ。」
「ヒメさんではなくてよ、・・・あたしは、女王。」
「勝手に決めてんじゃないわよ?!どうして、私じゃなくてこの女を選ぶの?!」

「お前ら、俺の話を聞け!!!」



 (114日目深夜)
「セニフさん!!」
「この騒ぎは、一体何が・・・?」
「―――エリースタシア兵にまで囲まれたわね。無事には済まされないわよ・・・。」
 数人の者が、兵士達に囲まれているようだった。だが、それは、先程までの騒ぎ声を
上げていた者達のようにはとても見えなかった・・・。
「大人しく捕まっているのか・・・?」
「何人かここから抜け出していくのを見たわ。」
「・・・ならば、―――これは囮か・・・。」
「王城に向かっている・・・そう言う事か?」
「今、この国には、ラストルの四使徒が集結している・・・。
 ―――そんな時期に狙い済ましたようにやってきている連中だ。
 ・・・何の目的があるかは計りかねるが、見過ごすわけにもいかないだろう。」

「それなら、先に行く場所があるわ・・・。」
「行く場所・・・?」
「―――ネーペンティの向かった先に・・・。」
「どこに居るのか、分かるのか?」
「王城とは逆の方向へ向かっていたわ・・・。」
「私達のいた場所に向かっているのか?」
「いいえ、・・・違います。けれど、早く追いかけないと・・・、本当に、
 どこに行かれたのか分からなくなりますよ・・?」


「ああ。―――だが、・・・あちらから姿を見せたのなら、都合がいい・・・。」

「・・・セニフさん?」
「見失う前に追いかけてくれ、・・・ドルカ。」
「え、あ・・。はい。」
「・・・すぐに追いかけよう。どうやら、この御仁とは話の続きをしなくては
 ならないようだ・・・。」

「―――王城に、・・・向かう。今、行くしかない・・・。」



「ちっ・・・。まだ諦めねぇつもりか?」
「このままいつまで逃げていても仕方がないんだがな・・・。」
「―――この際訊いちまうけどよ、・・・どうして、お前ら・・・ディシューマの
 飛行艇に乗ってやがったんだ?」

「どうしてお前に教えてやる必要があるんだ?」
「・・・興味なんかねぇよ。けどよ、お前らまで逃げる理由が見当たらねぇ・・・」
「どうせ隠してても意味ない・・・。それに、信じないだろうからな。
 ―――この際だ、教えてやる。俺達、ザヌレコフ盗賊団と、ディシューマの
 スラムを取り仕切る連中とで、・・・手を組んでんのさ。」

「・・・イガーアトルとか?いくらウソでも、それはねぇぜ・・・。
 どうみても、あいつらの態度は、お前らを敵視してやがっただろうが?」

「どうとでも言え・・・。奴等の飛行艇に乗りこんでここまで来たってだけの話だ・・」
「だが、何のためにこんなとこに居やがる・・・?」



「時間がない・・・。必要なものは、目的のものだけ・・・。」
「どこまでのことを・・・、話せばよい?」
「知っている全ての事を訊いた所で、私が調べた以上の事は、もう得られない。」
「・・・そう言うだろうとは思っていた。いや、正確に言うのならば、
 その場を見ていた人間の経験すらをも上回る知識を、既に持っているのだろう?」

 そう言いながら、私にある文字が書かれた紙を見せた・・・。
「―――ここに向かえばいいのか・・・。」
「既にこの文字まで読めるのか。」
「・・・数段階ある中で、最も単純な部類の文法規則と字形だ。」
「その場所にあるのは、書物庫だ。その一角に、かつて、この国の者達が
 集めたものが置いてあると聞いている。そなたのように、人間を遥かに上回る
 知能をもち、長い寿命を持つ―――エルフと呼ばれる種族の国、ラルプノート・・・。」


 改めてそう他人から言われると、不思議な感覚を覚えた。末裔・・・、
そんな単純な言葉で片付けていいかどうかは分からない。既に失われたいくつかの
私を支配する感覚は、流れる血の成せる業だったのだろう・・・。
 ほどなくして、目指すべき部屋は見つかった・・・。
「ここは見張って置こう。先に目当てのものを探せ。――― 万が一という事もある。
 ここには戻ってこなくていい。目当てのものを見つけたなら、すぐに王城から
 離れるといい・・・。」

「ああ・・・。」

「1つ・・・、確かめたいことがある・・・。答えたくなければ、それでもよい。」
 質問の内容は想像がついた。だから、黙っていた。

「これまで、その全てをそなたの意思で動いてきたのだろう。
 ―――その意思の動機は、 そなたにとって、・・・今も真実なのか?
 それとも、偽りなのか・・・?」







 (115日目昼)
 アーシェルの奴が急に大声を出したわ・・・。
「なんだよ、・・・大声なんざ出さなくとも、聞こえてらぁ。」
「俺が言いたいのは、エリースタシアに入るメンバーじゃあない。
 ―――ここに残り、・・・マーシャを護衛するメンバーの話をしているんだ!!」

「・・・そうね。1人にしてしまうのは、不安ですわ、けれど・・・。」
「―――俺には、ラストルの話が、どうしても気になるんだ・・・。
 ・・・嫌な予感がするんだ―――」

「それなら、私がいるじゃない。」
「だがよ、アーシェル。俺もテメェも、・・ヒメさんも誰も・・、
 メンバーから外せネェんだろ?」

「何よ?私じゃあ不安だって―――」

 突然、飛行艇が高度を下げ始めたわ。
「ちょっと?!乱暴すぎるんじゃない?」
「・・・なんなんだ?この窓の外の風景・・・。―――真っ白じゃねぇか!!」
「この一帯は、年中濃い霧に包み込まれていますわ。・・・だから、
 上空から中に入るのは危険極まりない―――」

「本当に、絶対に安全なんでしょうねぇ?」
「心配される覚えはあなたにはなくてよ。事故が起こったらその時はその時よ。
 なんとかあなたですることね。・・・あたしは、操縦室に入りますわ。」


 高飛車女が奥に消えてったわ。
「何にも見えねぇ・・・。この下は・・・、どうなってやがるんだ?」
「とにかく、絶対に、私がマーシャを守ったげるわよ!!文句あるの?!
・・・誰もマーシャに近づけるもんですか?!」




 (115日目早朝)
「最初は当事者だったのだろう。だから、姿を見ていなくとも
 不思議ではない・・・。その後、ある者の母親とともに歩み、そして、今に至る。
 今一度訊く、―――その意思の動機は、そなたにとって、今も真実なのか?」

 はっきりと覚えている。―――続く者の導き手になる・・・、そう宣言をした。
その言葉に疑いはない。ルシア、マーシャ・・・。私が、悲劇の少女と呼ばれる者に
関わることは、20年前には、運命付けられていたこと―――。
 全て納得の上だった・・・、心にそう誓っていた。今、ここで揺らぐことが、
どれだけ自分という存在を、行動する理由を否定することか、分かっていたから、
心を偽ってでも、そう信じていた。だが、最初の私の心に浮かびあがった感情・・・。
―――黒く、光の届かない陰に潜む感情・・・。それがあることを否定することが
できるほど、強い心は持っていない・・・。
 ―――なぜ、私が悲劇の少女という存在に関わらなければならないのか?
その理由を、実際に関わることで、ただ無闇に追い続けていただけなのだろう。
それが答えであり、それ以上でもそれ以下でもない。

「・・・今だけでも、信じてくれる者がいると、・・・そう思うだけで救われる・・・、
 そういう事もあるだろう。たとえ、それが、偽りであっても―――。」


 私は、そのまま黙って部屋へと入った。分かっていたはずだ・・・。自分が抱えた
不安―――、そんなものを消し飛ばすほどの大きな運命が、悲劇の少女―――、
マーシャ1人の体、心にのし掛かっていることを・・・。私が逃げようと逃げまいと、
―――その重さは、決して軽くなることはないのだということを。



 (114日目深夜)
「奴等、・・・まけたのか?」
「時間の問題だろうぜ。」
「待って・・・、もう少し、先の方に行けば・・・」
「この状況を打開するには、もう、お前の能力に頼るしかない。頼む!!」
「分かったわ。こっちよ・・・。」
 そいつらが、走っていく先を追いかけた。
「お前ら、急げ!!まだ誰かつけてやがる!!」
「なんだと?」
「とにかく急ぎやがれ!!」
 まだひどく弱かったが、それは間違いなくヤバめの殺気だった。それが、
確実に俺達の方に向かって近付いてきやがった。
「まだか?!」
「もう少し・・、もう少しで。」
「もういい、お前ら・・・。先に行け。ここで迎え撃つ。
 ―――もうそろそろいいだろ?なんでテメェらがここまで来てやがるのかを教えろ。」

「・・・今のお前になら、教えてやってもいいのかもしれない。」
「は・・・?どういう意味だ。」
「この状況になってまで、お前が単独で動いてるのなら・・・」
「・・・俺以外の奴等に聞かれちゃあ、まずいって話か・・・。」
「イガーアトルと組んだ理由、俺達がここに居る理由・・・。全部、ある人間に
 お前らの行動を把握するように言われたからだ・・・」

「―――ちっ、早く答えやがらねぇからだ。時間切れらしいぜ。」
 巨大な棍棒を持ったモンスターが2体・・・、その後ろに1人の人間が居やがった。
そいつの殺気―――、俺をイライラさせ続けてやがった張本人だってことは
すぐに分かった。
「俺をつけてきやがったのか?それとも、こいつらなのか?」
 そいつが何も答えないうちに、モンスター共が俺をめがけて襲い掛かってきた。
そいつらの振り回す棍棒が風を切る音だけで、実力が並じゃねぇってのが分かった。
 一方の奴がいきなり踏み込んできやがった。スピアでそれを捌く・・・。
「左よ!!」
「!!」



「もう、・・・なんてことなのかしら。見失うなんて・・・。」
「―――く・・・、なんて力・・・、だ?」
「私のせい・・・、ですね―――。」
 シオンさんの声が少し低く、小さくなりました・・・。
「・・・それだけの力を持っていながら、どうして、・・・悲劇の少女の仲間なの?」
「セリューク・・・。あなたの力は、その大魔導師のもの。訊かなくてもわかるわ。
 あなたが、こうしてエリースタシア兵に狙われたのだから―――」

「どうして・・、私のことを?」
「知らなかったもの。もし、知っていたなら―――、私も、あなたを・・・」
 杖に力を込めました・・・。けれど、すぐに、その必要はなくなりました・・・。
「―――だからこそ・・・、仲間でいられるのね、きっと。
 ・・・あなた達がいる限り、私達だけでは、止めることは、・・・出来ない。」

「セニフさんにも言いました、もう一度言います。私は、マーシャお姉ちゃんを
 裏切ったりしません。それがセリューク様の願い・・・。私の想いです・・・。」

「どうして・・、そう訊いたわね。・・・力を受け継いだあなたに言って
 どうなる話ではないって事は分かってるわ。―――力を持つこと・・・。
 それは、その力を使うことで、何かを変えることが出来るということ―――。」

「何かを・・・変える・・・。」

「争いを平定させ、・・・世に平和をもたらすこと。そのために、力を使うことを、
 あなたは、・・・正しいと思う?」


 マーシャお姉ちゃんの言葉―――、それが正しいのなら、迷わず答えられる・・・。






 (115日目昼)
 兵士たちそれぞれが慌てた様子で城内へと入っていたわ。
「何かあったのか・・・?」
「んなこと関係ねぇ、この際。どっちにしろ乗り込むんだろ!?城ン中によぉ!」
「そうね・・・、行きますわよ。」

 城へ向かう階段にひしめきあう兵士達の様子は平常時のものではなかった。
「―――どうだろうか・・・、歓迎されるとは、思えないんだが・・。」
「この様子だと、あたし達よりも気になることでもあるんでしょうね・・・。」
「うっ、うわぁぁぁッ!!」
 兵士達が叫んでいたわ・・・。
「な、何!?」
 城内でその巨大な姿をしたモンスターが、兵士達に襲い掛かっていたわ。
「ヒメさん!!」
「な、何よ!?」
「この騒動に紛れて先へ進もう―――」
「おい、この状況でそんな台詞吐きやがるのか?・・・あの、デカい奴どうすんだ!?」
 ソードを引き抜きながら、あたしが声を掛けるまでに走り出してた。
「うらぁぁ!!巻き添えになりたくねぇ奴は、下がれやぁ!!」



「来た―――。」
 私は、ナイフを両手にきつく握り締めた・・・。
「護衛の1つや2つくらい・・・、私に出来ないことなんてないのよ!!」
 私は、飛行艇を飛び出した。目の前に居た連中は、この国の兵士共の姿をしてたわ。
「・・・死んでも、あんたたちはこの中―――」
 少し悩んで、それでも私はすぐ口から出していた。
「―――マーシャのところには行かせない!!」

 クロスパニッシュを手前に居た奴に放つ・・・
 そいつの剣が、私に向かって振り落とされる、そのスピードが
とてもゆっくりに見えた。こいつらは、普通じゃあない!!
「フレイムバード!!」
 斬り裂かれるすんでのところで、そいつらにナイフを激しくぶつける!!
フレイムバードの放ったヒートバーストドームで怯んでるところを見れば、
まだ、こいつらにも余裕で勝てると思っている自分が居る事にも気付けた・・・。
 少し前の自分になら、どうしてそんな風に思えていたかが分かる。
「・・・絶対に守ってみせる。私は、こんな奴らにマーシャを殺させたりはしない。
 ―――でも、・・・でも!!!早く、・・・早く戻ってきてよ!!!」




 (115日目早朝) 
「いいえ・・・。」

「そう。決して、そんな綺麗事で、物事は片付かないわ・・・。
 必ず、大きな力には、―――それ相応の代償が伴うもの・・・。
 そこにいるエリースタシア兵も、私も、―――その代償の大きさを知っているから。」

「それでも・・・、それでも。マーシャお姉ちゃんは・・・、その力をきっと、
 使わなくてはならない・・・。セリューク様も、・・・そして、私も―――。
 ・・・皆さんの、―――シオンさんの言葉。その全てを背負って・・・。」


「強いのね・・・、あなた。でも、・・・誰しもが、・・・この私も含めて・・・、
 ・・・そうではないのよ・・・。」




「ごめんなさいね。なかなか見つけられなくて―――」

「レイ=シャンティ・・・。」
「誰・・・だ?お前、・・・どこから出てきやがった・・・。」
「あら・・・、まだ話してないようね。自己紹介は、クロリス=コロナ―――、
 いえ、確か、マーシャという名前だったわね―――、彼女以外には―――」

「マーシャの知り合い―――、お前も、マーシャの仲間なのか・・・?」

「―――お前も・・・ね。」

 そいつは冷笑ってのを浮かべていやがった。だが、その感情を共有している奴が、
その場には何人かいやがった―――。
「やっぱり長く一緒に居るとそうなるのか・・・。」
「理由や立場は違うとも、やろうとしていることはそう違わないはず、
 そうだろう、レイ=シャンティ・・・?」

「そう思ってない人間が、ここに1人だけ居るのなら、引き込むだけのこと・・・。」

 レイとかいうその女が、俺に近付いてきた。
「今なら、あなたに選ぶ権利があるわ・・・。」
「まともにお前と戦えば、お互い無事には済むまい。今だけは見ぬ振りをしよう。」
「何を言い出しやがる・・・?」
「イガーアトル・・・、ザヌレコフ盗賊団。既に、私の言葉に耳を貸した者達。
 あなたも、彼らに力を貸してあげて欲しいの。」

「・・・なんで、そいつらがつるんでやがる?まさか、お前が、そいつらを・・?
 ―――どういうつもりで、そんなことをしてやがる?」

「グロートセリヌに居た者なら、すぐに受け入れられる話のはず・・・。
 ―――クロリス=コロナ。彼女がどれだけ無謀な事をし、その結果何を導いたのか。」




「これが・・・、天秤―――。」

 それには、バンダナにある紋章と同じ紋様が刻まれていた。
「だが、・・・どうして、今まで、このような形で保存されていた?
 ―――これでは、誰の手にでも、・・・触れることが出来る・・・。」


 長居は無用だった。元の所有者が誰だったか、それは今の私の立場とは無関係だ。
立派な窃盗に他ならない。だからこそ、この不自然な状態が引っかかったのだ。
 辺りの様子に警戒しながら、私は部屋を後にした。
案の定ではあったが、そこにゾークスの姿は既になかった。

「・・・ドルカ。」

 注視すべき人物は2人居た。そして、私は瞬時に判断した。合理的に物事を
考えるのならば、今とっている行動以外に最適解などない。現に目的は達せられた。

「―――これで、良かったのか?」

 もう1人・・・、本来ならば何者よりも最優先で注視しなければならなかった人物。
私の行動が監視下に入らぬことの裏を返すならば、私もまた、その人間の行動から
目を逸らすことに相当する。考えがそこまで回っていなかったことは事実だ。

 どうかしていたのかもしれない。何故、その人物はこの場所を離れている・・・?



 (115日目昼)
「何の音でしょうか?!」
 それは、今まで私達が居たほうから聞こえて来た、大勢の人の叫ぶような声でした。
「―――今の状況から判断するしかないわね。今の音を出させた張本人を・・・。」
「・・・先ほどのつかまっていた方々ですか?」
 シオンさんは何かを考えていらっしゃいました。
「まず、確かな事は、この先にネーペンティが自ら追いかけに
 行かなくてはならない、それ程の何かがあるということよ・・・。」

「では、・・・今、あちらでは何が?」
 少しずつ、シオンさんの表情が変わっていくのが分かりました。
「―――もう1人のあなたの仲間。その判断が正しかったのかもしれないわね。」
「・・・セニフさん、ですか?」

「注意を分散させること・・・。それが目的だったのよ――― 」






 (115日目昼)
 ザヌレコフは、そのモンスターに斬り付けていた。それをものともせず、
そのモンスターの棍棒から繰り出される攻撃は、床を破壊し、
四方に強烈な亀裂を走らせていた。
「ちっ、・・・なんて攻撃しやがる。」
「ザヌレコフ!!相手はそのぐらいにしておくんだ!!」
 判断を間違えたらいけない・・・。これは、足止め―――、しかも、
判断を遅らせたなら、取り返しの付かないことになる・・・。
 ザヌレコフの声を待たず、俺は走り出した。ティスターニアもまた、その後を
追いかけてくるのを目の端で捉えた・・・。
「なっ・・・。―――お、おうよ。」
 ザヌレコフもまた、攻撃の手を休め、俺の方へ向かおうとしていた。

 つまりこう考えればいい。奴は、―――既に、俺達がこの国に侵入していることなど
とっくの昔に把握しているのだと・・・。



「―――なるほどな。話が見えてきたぜ・・・。」
 俺は、スピアに込めていた力を少しだけゆるめた・・・。
「とんだ勘違いをしちまってた・・・、ってことかよ―――」
「大丈夫・・・。まだ、あなたには選択権が残っているから・・・。」
「レイ=シャンティ―――、お前の気配をたどり来てはみたが・・・、
 ―――本当に、それだけが、お前の出しゃばって来た理由か・・・?」

「不満そうね・・・。私が、あなたを邪魔しようとしていたと思っていたのかしら?」
「相容れることはない・・・だろうがな。好きにするといい―――」

 1匹とそいつの気配が霧の中にゆっくりと消えて行きやがった・・・。
「ちっ、・・・1匹忘れていきやがったな?!」
「あくまで、俺達は始末しちまおうって気か・・・。」
「―――あの様子・・・。何かに感づいたようね。」
「そいつは、―――おめぇらの言う、クロリス=コロナって奴のことか?」
「いいえ、違うわ・・・。もし、ここに居るのなら、それが、
 私が気付くことのないほど弱々しい気配なはずがないもの―――。」


 つまり、マーシャの奴等は、この国にまだ来ちゃあいないという事・・・。

「いいぜ。だが、まず、そいつをぶっ倒すのが先だろうがなぁ!!」



 どさくさに紛れてとっとと先に進みやがったアーシェルとヒメさんの方向を見て、
そいつらに背後をとった瞬間だった。
「うあぁぁっっ!!」
 俺は何かに突き飛ばされちまったみてぇに、城の正面扉の前に叩き付けられちまった。
周りにいた連中の叫び声を聞いたあと、振り返った俺の目の前の光景を見た。

「あ、あぶネェ・・・。」

 そいつの姿はもう虚空に吹き飛んじまってた・・・。いや、吹き飛んじまったのは、
―――そいつだけじゃあなかったはず・・・。
「・・・・な、なんだ・・・。今のは・・。」
「ザヌレコフ!!!行くぞ!!!」
「い、いいのかぁッ!?こいつら、ほっといて!?」
 アーシェルとヒメさんは、無言で奥へと走り出した・・。
俺も、その後を追いかけるために、立ち上がって城に近付いた―――

「こ、こいつは・・。―――こ、この殺気は・・・。
 な、なんだ・・・・。俺を、・・・この俺を挑発した、あの殺気・・・。」

 今のをやった奴―――、そんな野郎が、・・・この城に居やがるっていうのか?



 懐かしい廊下も、記憶のそれと同じものだと信じるのを、少しためらっていた。
それは、間違いなく記憶の中にある気配。けれど、その気配に込められたものは、
恐ろしいほど凍てついた、殺意・・・ただ、それだけだった。

 やがて、あたしとアーシェルは、その部屋にたどり着いた。
「・・・ネーペンティ・・、あなた―――」
「ティスターニア女王。・・・また、お会いしましたね・・・。」
「テ・・・、テメェ!!いい加減、この殺気―――、どうにかしやがれ!!
 ディッシェムのガキじゃなくてもわからぁ・・・。テメェの挑発に乗って斬りかかりに
 行きゃあ、何もできねぇうちに返り討ちに出来る準備ができるってな!!」

「ザヌレコフ・・・、落ち着け―――。この殺気、・・・人間のものじゃあない。」
「・・・な、・・・なんだと?」
 あの普段から勢いのある男ですら、怖気付くような殺気・・・。
「・・・アーシェルだな・・。お前は・・・。」
「―――俺の名だ。」
「・・・ラストルから、すべては聞いた。お前が、・・・四使徒の一人であり、
 ラストルを打ち倒したと・・・。」

「お前も、・・・ラストルの名を持つ者―――」
 ネーペンティは、少しだけ笑みを浮かべたわ・・・。

「・・・ラストルの名など、捨てた・・・。」



「・・・どういう・・・、意味だ・・・?」
「ラストルは俺に必要な力・・・。名は、呪縛にすぎない・・・。」
「ラストルは、俺に告げた。―――闇の力に支配されたのは・・、闇と契約した使徒。
 ―――お前の影響だと・・・。」

 ネーペンティの周囲に突然、魔方陣が浮かび上がった。それは、召喚の印―――
「何が、始まるというの・・・?」
「そうだ・・・、ティスターニア。―――あなたが居るこの場に、
 ―――悲劇の少女は居ない・・・。」

「そ・・・、それが・・、どうしたと・・言うの?」

 さっき浮かべた笑みとはまた別の、この場にそぐわないような笑みを浮かべた。
「・・・覚えていないはずはあるまい。・・・互いに契りを交わした間柄である事を。」
 ザヌレコフの奴が反応して何か叫んでいたが、俺はただこれからその男が、
何をしようとしているのかだけを見ていた。
「な、何よ、突然!!あ、あんなの、お父様とお母様が勝手に、
 あなたを許婚にしただけよ!!・・・もう、あんな勝手な話は消えてるのよ!!」

「悲劇の少女―――、世界を混乱と恐怖に満ち溢れた世界に
 変えんとする力を持つ者に、あなたは、手を貸そうとしていた・・・。
 今一度訊こう・・・。俺となら、悲劇の少女を共に打ち倒せる・・・。」


 マーシャの姿がない事を、そういう意味に捉えてそう言ったのならば、
ティスターニアの燃え盛る心の炎に、油を注いだことに他ならない・・・。
「・・・たとえ、これが間違っていたとしても・・。
 あたしは、信じる。―――マーシャを・・・。」


 足元の魔方陣が、少しずつその輝きを失っていった―――。

「―――召喚完了・・・。」

 俺は、そいつの攻撃を見た瞬間に、ヒメさんの手を無理矢理引いて後ろに下がった。
そいつは、人の攻撃と思うのが間違ってるような力だった・・・。

「後ろの連中に注意する余裕すらないお前に、何が出来る?
 防ぎきった事は、褒めてやってもいいと思う。正使徒としての立場から言うのなら、
 ほんの少し前まで、ラストルが手でも抜いてでもいたのかと思っていたのだから。」







 (115日目昼)
「ゾークス隊長、それに、シオ―――」
「攻撃を休めていることに、まだ、お前に余裕があるとでも感じたのか?」
 アーシェルに、その攻撃を防ぎきるだけの力があると、俺にも思えなかった。
「離しなさい!!あたしの命令が聞けないの?」
 ヒメさんの声が聞こえない振りを出来るのも、もう限界みてぇだった。
「答えてやっても構わない。それぞれが、それぞれの役目を果たすために
 ここに呼ばれた・・・ただ、それだけのこと。―――先刻、1人の男が、
 身の程を弁えず、牢に自ら向かったとは訊いたが・・・。」

「ティスターニア、ザヌレコフ!!」
 その瞬間、ヒメさんが俺の元から離れた。俺達2人がやるべきことを一瞬で把握した。
「分かってるわ!!場所なら、把握しているわ。」
「死ぬんじゃあねぇぞ!!」
「何故、何も手を出さず、見逃すような事をしている、―――そう訊きたいのか?」
「・・・あくまで、俺以外の人間に、何をしようという気がないから・・・?」
「―――これで、後ろに居る者に注視する必要もなくなっただろう、お互いに・・・。」
 ようやく、俺にも、今の状況が分かっちまった・・・。

「―――仕方が、・・・ネェなぁ・・・。」

「・・・お前は、出てくるんじゃない!!」



 あたしの周りの殺気が、格段に濃くなったわ・・・。
「―――ヒヒヒ・・・。手、貸してやる。・・・そこらの人間共、任せな・・・。」
 闇から、4体のモンスターが召喚される・・・。けど、その本当の殺気を放っている
本人の姿はなくて、声しか聞こえなかった。
「ヒメさん・・・。先に行ってくれ。場所を知ってんだろ?」
「ええ・・・」
「早くしろっ!!」
 あたしは強く突き飛ばされた。体が宙を舞うように・・・。

「―――いよいよ、始まるのかよ。ヒヒヒヒヒ・・。
 ・・・他の3人も、好き勝手暴れ始めるゼ・・・。よォし、テメェら、やっちまえ。」


 次の瞬間、その突き飛ばした本人は、モンスターの総攻撃を受けていることが、
聞こえて来る咆哮だけで分かった・・・。けれど、振り返ることも、
追いかけてくるかどうか確かめることも、今、あたしがするべきことではなかった。
 ただ、あたしの記憶にある、地下牢獄への道を走っていった・・・。
「何故、力に走る?何故、闇と、契約を結んだ!?」
「何を差し置こうと、悲劇の少女は必ず、世界を崩壊させる。
 ・・・だが、そんな悪夢ももう終わりだ。
 心配せずとも、確実に俺がこの世を平和に導いてみせよう。
 ―――その為ならば、私は、闇であろうとも手を組む・・・。」

「―――ヒヒヒヒヒヒ・・・。そうだ・・・。そうすればいい・・・。」



 あたしは、その真っ暗な廊下をただ走っていた。頭の中にあったのは、
あの闇の住人の言葉―――、それの意味するところだった・・・。
「他の3人も、・・・好き勝手暴れ始める―――。」
 直接見たわけでもない・・・。もちろん、今、あたしが考えている通りのことが
起きているとするのだって、想像に過ぎない―――。
 ―――国を離れたからと言って、・・・国の民を憂う気持ちがなくなりなどしない。
だから、その言葉の意味を、―――最悪の方に考えてしまう気持ちをなくしたいと
思うと同時に、・・・もし、それが本当だったのならば、一刻も早く、それを、
民に知らせなくてはならない―――、そんな想いのせめぎ合いに心を支配されていた。
「今、・・・あたしは、こんなことをしている場合・・・なの?」
 一瞬でもそう思ってしまったあたしは、強く首を振って、今はただ、
1つの事だけにだけ集中するようにした。他ならぬ、アーシェルの頼みなんだから・・・。

 あたしは、懐かしさを覚えながら、その部屋に足を踏み入れた・・・。
 リーク、マティ・・・、それに、ネーペンティ―――。
あの日のあたしは、ここに居た。そして、あたしは・・・覚えてる。
 いろんな話をした。楽しげに話をするリークと、それを聞いて、
困ったように笑うマティ・・・。そんな話を聞いて、あたしは、王城で学ぶ以上の、
本当はこの世にありふれているはずの、素敵な心を躍らせるような出来事を学んだ。
 今思えば、・・・それすらも、はかない幻でしかなかった。
少し前までしていた想像を消すことは出来ても、その心に広がったもやもやを
吹き飛ばすことまでは出来なかった・・・。



「―――この野郎!!」
 2体目に蹴りを付けたところで、俺は構えるソードの重さに気付いた・・・。
血を流しすぎたらしく、体が悲鳴を上げてやがるのを無視しちまったツケらしい。
「ザヌレコフ?!」
「ちぃっ。―――アーシェルよぉ。」
 そんな考えを持っちまう奴を、俺は情けねぇ野郎だと思ってた。
当然、俺自身、そんな考えを持つ野郎をけなしてた。
 だが、そんな考えよりも先に、声が先に口を割ってやがった・・・。
もう、そんな情けない口を閉じるだけの力も、・・・残ってやしなかった。

「―――絶対に、・・・マーシャを―――」

 俺が負けちまっても―――、そう言っちまうのだけは、無理矢理にでも止めた。
「・・・まだなお、悲劇の少女の名を・・・?」
 どうやら、そいつらは攻撃を容赦してくれそうにはなかった。
「ちくしょう!!」

 そいつは俺の身代わりになって、攻撃を受けきりやがった。
―――だが、あの様子じゃあ、まともに防御してるようには見えなかった・・・。
「―――お、おい?!」
「・・・一撃だけは、―――止めた・・・。」

 一撃だけ止めても意味はねぇ・・・。そいつらの攻撃が終わるわけでもねぇ!!
だが、セニフはそいつの事を、見た事もねぇような目で睨んでやがった。



 私は、ただ、その様子を見ているだけでした。
「私は、ずっとマーシャを守ってあげてた。みんなとそう約束してたから・・・、
 意地でも守ってやるつもりだった。けど、どうして、こんなに苦しいの?
 なんで、こんな思いをしてまで、私は、戦い続けなくちゃあいけないの?
 それでも、それでもやめるわけにはいかなかった。やめようとするなんて、
 私が私を許せなかったから。だから・・・、だから、ずっと、私は考えていたの。
 この中のたった1人、たった1人でいいから、―――私の攻撃をすり抜けて、
 マーシャに手を掛けてくれないかな・・・って。
 きっと、それは、私のせいじゃあない・・・。
 ―――私はこの苦しみから解放されるのよ・・・。」


 シーナさんは、涙を流しながら・・・、笑っていました。
「そう、マーシャが。・・・マーシャさえ、居なくなってくれれば・・・。」

 そんな声を聞きたくなくて、私は、その場所を離れました・・・。
「私のこと・・・、軽蔑するでしょ?―――ねぇ、そう言ってよ、・・・ディッシュ。」






 (115日目夕方)
「ここが、牢獄・・・。」
 冷たい空気が流れてた。一度迷い込んだことがあって、その時は、
ホイッタ達に酷く怒られた・・・。
「―――けど、・・・こんな所、どうやって探せと言うの?」
 間違っても、牢獄に入るような真似事はしていない。
それに、もし、そんな事をしたのなら、あたしは牢獄に繋がれるまでもなく、
―――死で贖うより他に道はないはずだから・・・。

「何をされてるの?」
「誰?!」
 突然、声を掛けられた。気配すら気付けなかった・・・。
「そ、そんなに驚かないで・・・。こっちがびっくりするわ。」
「あなたは、アーシェルの―――。助かりましたわ・・・。」

 あたしと2人で、その暗い廊下を進んでいった。
「―――それでも、どうして・・・、こんな牢獄に。」
「表向きには、エリースタシア―――、帝国の意向に反逆したから・・・。」
「・・・ネーペンティ。どこまで、心が歪んでしまったと言うの?」

「ねぇ、あなた・・・。」
 声が少しだけ変わったような気がした・・・。
「ガルド王国の女王―――、そうだったわね。」
「そうですわ・・・。」
 少しだけ遠くを見るようにして、それから、何もなかったように先に進んで行ったわ。
何かひっかかったけれど、続けて口から出た言葉には少し興味を引かれた。
「・・・本当のことを言えば、ここを指定したのは、他でもない。・・・ゾークス様よ。」



「ザヌレコフ?セニフ!!」
 2人とも、完全にヘルスフィンクスに追い詰められていた。俺は気付いている。
この状態から逃れるための方法が1つだけ用意されていることを。
「もうそろそろ、答えを出してくれ。―――何故、お前を生かさず、殺さず・・・、
 相手にしているのか―――。分からないわけではないだろう?」

 その声に誘われるように、残りのヘルスフィンクスがザヌレコフに牙をむく。

「いい加減に・・・しないか?!」
 放ったアローは不思議な輝きを伴っていた。ヘルスフィンクスの体を貫き通し、
その体を粉々に砕き散らした・・・。

「一撃で・・・。」
「俺は誓った。マーシャは、マーシャとして、―――俺達が護ると。
 ・・・世界が崩壊するのを、お前が止められるのならば、それを妨害はしない。
 お前や―――ゾークス隊長、シオンの言う通りにすればいい。それは分かっている。
 だが、その代償に、―――マーシャを失うことを選ぶことは出来ない!!」


 激しく魔力を伴ったアローが、ネーペンティを貫く・・・。
「―――口で言っても分かるまい。進むべき道を、見誤ろうとする人間を諭すには、
 ・・・死と言う粛清を持って、向かうしかない。悲劇の少女という存在―――」

 ネーペンティは、ハリケーンアタックを放ってきた。
「その存在と、お前という存在は、―――矛盾するものだ・・・。」



「・・・そういえば、そうだったわね。」
「どうされましたの?―――ここが集合場所なのでしょう?」
「やけに大人しく捕まる人間が多かったの。・・・全部、ワザとだったのね。」
「話が見えませんわね。」
「あなた・・・、爆薬とか、持ってる?女王様でしょ?」
「・・・それにどんな関係があるか存じませんけど、―――どこを壊せばよろしくて?」

 案内されたそこは、周りの鉄格子よりも明らかに古く硬く閉ざされた牢でした。
「・・・でも、どうする気?」
「下がりなさい・・・。」
 魔力を両手に凝集させる・・・。それを一気に放出させ、壁もろとも粉塵にした・・。
「―――少し、激しすぎたかしら。」
 あたしの魔法の直後に、その子はあたしを置いて、先に中へと入っていったわ。
「ゾークス様?!ご無事ですか!!」
 そこに居た人間の様子は、少し前にアーシェルと一緒に見た姿とは違っていた。
「・・・牢を待ち合わせ場所に指定するなんて、・・・少し納得しかねますわね。」
「私です、シオンでございます!!」
 返事がなかった。気絶していらっしゃるのか、あるいは・・・。
いずれにしても、あたしに何か出来ることがあるなら、考えるよりもする方が先・・・。
「―――見ていられませんわ。こうなる事くらい、想像付きそうなものなのに。」

 気絶させるほどの深い傷だった。それでも、あたしの魔法であれば癒せる程度だった。
「お、・・・おまえは?」
「ティスターニアと申します。・・・アーシェルの仲間ですわ。」
「アーシェル・・、アーシェルなのか?!」
 まだ意識がもうろうとしているみたいだった。余程のダメージを受けている・・・。
「向かわねばならぬ・・・、ディメナへ。もう時間は残されては居らぬ。
 恐れていたことが、現実に始まろうとしている。―――闇の、・・闇の住人を、
 解き放ってはならぬ・・・。」

「とにかく、ここを離れますわよ。どうして、こんなところに―――」
「ガルド王国、女王よね。・・・そんな人に言っても仕方がないかもしれないわ。」
「言ってみなさい。」

「・・・20年前、あの悲劇に関わった者で、ラストルの四使徒と呼ばれる者たちは、
 この地に集った。繰り返される悲劇の幕が開き、再び集うこととなる日を約束して。」

「20年前の悲劇・・・。アーシェル、お前には言っておらんかったな。
 ―――お前は、シオンと同じ・・・。あの、悲劇の生存者の子の1人。」

「―――あなたは・・、20年前に・・・、悲劇の少女と・・・何を?」

 関係なくはない。お父様やホイッタ・・・、ガルド王国で関わった者は多いのだから。

「―――悲劇の少女とともに、行動していた。あの悲劇の中心に居た・・・。
 エルフの国、・・・ラルプノートの地で―――。」

 そう言って、ゾークスという名のラストルの四使徒は深く息をした。
「・・・20年、これが出した結論だ。―――ラストルの四使徒は、4人全員が
 集わなければならない。悲劇を繰り返させぬ為に、1人で立ち向かってはならない。
 ―――お前だけでなく、・・・ネーペンティも。あの時、1人の力では、
 何も変えられなかった。離れて戦っていた2人に手を貸すこともできなかった。」


「―――ネーペンティ、・・・四使徒と共に戦う意思を見せるために・・・、
 こんな、牢に自ら捕まった―――、そう言うの?」


「・・・ネーペンティではなく、お前に伝わったのならば、まだ、救われるな・・。」
 アーシェルには伝わってない。そんな事を、あたしに言われても、あたしには・・・。
「アーシェル・・・。お前だけでも先に向かえ。ここに残り、
 最後の最後まで、説得する。―――もし聞けぬなら、アーシェル。お前にもだ・・・。」


 少し時間が開いた・・・。
「・・・アーシェル、―――の仲間の方にも説得するほうがいいわね。」
 その女の声が、その沈黙を破ったわ。

「アーシェルは、悲劇の少女から離れる―――。全てを悲劇の少女から引き離して、
 ラストルの四使徒―――、ゾークス様の話す流れになる事を、望んでる者がいる。
 その大きな流れの中に、あなた達は巻き込まれてる―――。」







 (115日目夕方)
「俺が、・・・俺が、ラストルの四使徒であるというのなら、
 ―――ラストルの名を捨てたなどというお前が、闇の力と手を結び、それでもなお、
 ラストルの力を濫用することを、止めなければならない。そうではないのか?!」

「力を持たぬものに、何者も応えはしない!!」
 その男の言葉に、間違いはなかった。同じ、ラストルの四使徒と言えども、
本当にラストルを召喚している者と、そうでない者とで、対等の力があると
言うことなど出来ない・・・。

「セニフ・・・、お前、動けるだろ?!」
 そう言ってる本人が、なぜ、動けるのが自分ではないのかと考えていることは、
声を聞けば分かる。いや、むしろ、なぜ、私が動かないのかと怒りにも似た何かを
私に向けているとする方が正しいのかもしれない。
 私が、動くべきか動かざるべきか。―――即断し兼ねていた。

 迷い―――、既に、何をどう迷っているのかすら分からなくなっていた。
一体、何を私は恐れていた?マーシャの力が私の手の届かぬところにいくことを?
それとも、マーシャの仲間が、私と同じようにそれに恐怖し、離れていくことを・・・?

 ―――後者の考え。少し前まで、我を忘れているときには気付きもしなかった。
 マーシャが離れていくことを恐れる余り、我々自身がマーシャから離れていくことが、
どういう意味を持っているかということを・・・。

 そう考えるならば、―――今、私がしようとしている行動は・・・。
 なぜ、今、私が行動を躊躇しているか。それは、私の取った行動全てが、何者か、
―――いや、恐らく、その相手は検討が付いている―――、その者の思惑通りだから。

 もし、それが本当ならば、―――私の行動、その全ては、あの瞬間から・・・。

「セニフさん!!」
 私の意志が定まった。後悔をしている場合ではない。
「アーシェル、私は、ドルカとともにティスターニアに加勢する!!」
「セニフ?!」
「必ず、勝つんだ・・・。」
「ザヌレコフさん・・・。アーシェルさんのことを、最後まで。」



 突然、ネーペンティの目が変わった。
「気が変わった・・・。一度、お前に、ラストルの本当の力を刻み込むのも
 悪くない―――。圧倒的な、その力量差の前に、従うべき者が誰か、
 分からせることも必要な事かもしれない。」

「なんだと?」
 そう俺が言うのを待つこともなく、それまで見せなかった好戦的な笑みを浮かべて、
俺に一気に間合いをつめてきた。まるで、もう手を抜いて戦うのに飽きたとでも
言うかのようにして・・・。
「アーシェル!?」
 防御する手段などなかった。恐らく、全力と思えるその力を完全に、
俺1人に向けて放って来た。もはや、目の前に居る者に、同じラストルの四使徒で
あるという仲間意識のようなものはかけらも感じなかった。
「ラストル?お前の主はこの俺だ!!こんなものではないだろう?!お前の力は!!」
 恐らく、その問いかけも間違いない。続く攻撃は、今を下回ることはない!!

「―――?!」
 目の前にいる人間の姿が、半透明になる―――。ネーペンティの目が再び変わる。
それは、驚きと、戸惑いの混じったものだった・・。
「―――まさか、お前のアローがつけたこの傷が・・・。そんなバカな?!
 ・・・待て、ラストル!!お前を召喚した者は、俺だ・・・。何故だ?!
 何故、俺の命に逆らう?!!」


 次の瞬間、ネーペンティから、膨大なネーペンティの魔力が解放される。

「―――アーシェル・・・。この俺が、しばらく、お前に力を貸してくれよう。
 お前の力も知りたい。―――我が力、・・・お前の使いたいように使うがいい。」


「何故だ?・・・何故、召喚し続けることが出来ない?・・・前の時もそうだった。
 ―――どういう事だ、・・・貴様の言っていた話と違うじゃあないか?!」

 その問いかけが部屋をこだました。そして、答える声はなかった。
 そのネーペンティの声に、それまでの気勢はなかった。
まるで、それまで、この世の覇者であったかのようなその勢いは、それが、
ひとときの夢であったかのように消え去り、目の前に居るその男は、
目が覚めたときのように、ただ、呆然と立ち尽くしていた・・・。



「・・・ラストルの四使徒が1人・・・、アーシェル―――。」
 俺は、無言で目の前にいるその男の言葉に耳を傾ける・・・。
それを合図にしたかのように、突如、地が激しく揺れ始めた・・・。
「な、なんだ?!この揺れは・・・」
「ラストルは、・・・お前を選んだ。―――残りの者は再び集結する。約束の地に・・・」
「・・・約束の地?」
 そう言い残したネーペンティの体が、さらに透明になっていき、やがて、
その姿を捉えることが出来なくなった。最初からその場所に居なかったように、
その気配は、既にどこにもなくなっていた―――。
「ま、待て・・・、どういう、事だ?!」

「―――アーシェル・・・。」
 俺は、その声に我に返って、ザヌレコフに近付いた。
その傷は、マーシャの力を施さなければ癒すこともできそうになかった・・・。
「大丈夫か・・・?」

「―――それはテメェの方だろ。」

 ザヌレコフの目は、とても、それまで共に旅をしてきた仲間の物には見えなかった。
「奴の言う言葉の意味、・・・わからねぇって抜かすつもりじゃあねぇだろうな。」
「お前に、分かるのか?」
「―――お前の向かうべき場所が、奴等、それに、お前にとっての、
 約束の地って所だっつう話だ。―――常日頃から、同じことを繰り返しやがる
 お前の意志がどうであろうとな・・・。」

「約束の地・・・」
「あの殺気を放ってやがった奴。とんでもねぇ事を口走りやがった。
 ディシューマ、ケミュナルス、グラニソウルのそれぞれの地に、
 闇の住人共が集結し、好き勝手に暴れ始めたってな・・・。」

「なんだと?!」
「約束の地・・・、そいつは、ディメナって国だ。」

「―――マルスディーノ・・・。」
 闇の住人の名・・・。そして、その名に、持つソードを強く握りなおした
ザヌレコフの顔も、深い怒りに満ちたものに変わっていった・・・。

「―――これまで・・・だな。」
 ザヌレコフは、1人立ち上がる。
「待て、―――俺も行く・・・」
「・・・待つ気はねぇ。俺も、―――お人よしじゃあねぇんだ。」

「一度、皆の元に戻ろう・・。それに、お前もその怪我を―――」

 それは、口走ってはならなかった言葉―――。

「―――貴様は、誰の所に戻ると抜かした?!・・・もう、お前は、選ばれちまった。
 悲劇の少女―――マーシャらの向かう先なんかじゃあねぇ・・・、
 ・・・ラストルの四使徒、そいつらの約束された地に向かう運命って奴にな!!」







 (115日目夕方)
 私達がたどりついたと同時に、その3人の方の姿は消えてしまいました・・・。
「――― 一瞬だったわ。ネーペンティは、このあたしの顔をみて、
 もう、笑ってもくれなかった。」

「こんな、・・・こんな酷い傷を・・。」
「ねぇ、あなたなら、・・・止められたの?」
 ティスターニアさんは、振り返らずに、セニフさんにそう問いかけました。
「―――あの顔、あたしは知ってるの。・・・もう、ずっと昔。10年も前・・・。
 ネーペンティの顔は、あの時と同じ―――、復讐を固く誓った顔・・・。」


 それから、少しだけ間を空けて、続けられました・・・。
「あたしだって、・・・ネーペンティの気持ちは分かる。でも、それを、
 ネーペンティは許さなかったし、・・・あたしも、それを望んでない。」

 その後、初めて、私とセニフさんを振り返られました。
「あたしたち、―――マーシャの共に歩く、仲間ですわよね?」
 私は、ティスターニアさんのその声を聞いて、セニフさんの方を向きました。
「―――ティスターニア。案内してくれ、マーシャの元へ。」
 私は、ティスターニアさんの手を取りました。
「・・・分かりましたわ。」
 セニフさんの答えに少し安心して、それでも、私は、真剣な顔で言いました。
「セニフさん、急ぎましょう・・・。マーシャお姉ちゃんのところに!!」



 その光景―――、ドルカの表情を見る限り、恐らく、知っていたのだろう・・。
そこに居た人物に、私は、右のこぶしを握り締めるしかなかった・・・。
 飛行艇の周囲は、多くの兵士の服を身にまとう、異形の者達の姿―――。
飛行艇に近付こうとするものはいなかった。それは、飛行艇を取り囲む一定の距離に、
転がっている多くの倒れた動かぬ者達の亡骸が物語っていた・・・。

 その女性は、―――柔らかい微笑みを浮かべていた・・・。
「・・・全ては、―――この国で起こった全ての騒動は・・・、お前が仕掛けたのか?
 ―――全て、お前の・・・思惑通りに、事を進ませたと言うのか?」

 ティスターニアはレイピアを向けて、ドルカはただぼんやりと、
その姿を見つめていた。

「その質問に答えることで、―――私は、その質問の答えを否定することになるわ。
 ・・・本当なら、あなたもまた、この場所で、こんな質問をすることなどないと、
 想定していたから。・・・聡い人ね。」


 皮肉だった。これ以上の皮肉などあろうものか・・・。
「導き手になる―――、そんな戯言を抜かしたこの私に生じた心の迷い・・・。
 ―――ただ、それだけの事実が、お前を行動させ、・・・結果、マーシャとともに
 歩む者達を、導くどころか、・・・つなぎとめることすらも叶わず―――、
 ・・・それでもなお、おめおめと、私は、ここに居残っている―――。」


 今回の騒動―――、この国に訪れた多くの者たち、そして、
―――導いてしまった結末、その全て・・・。それを、目の前にいる女性の手が、
その大きな流れを作り出したというのなら・・・。
 それだけの大きな力があることに、納得するのは難くない。それだけの能力が
あろうことは、容易に想像のつき、そして、他に思い当たる者もいなかった・・・。
「あの時・・・。マーシャとともに、お前に邂逅した、あの時には、
 既に、―――気付いていた・・・のか?」


 一瞬だけ、ティスターニアとドルカを見たあと、再び、私を見つめてきた。
「・・・あなたのように、私の考えを見透かすだけの聡さを持たずとも、
 まだ、2人も、―――残っていたという事実。これもまた、
 クロリス=コロナという者の成せる業・・・。そう、決して、この私だけで、
 今の流れが、導かれたのではないわ・・・。」


 私は、考えることをやめた。もはや、私の思考しようとすることで、
読まれていないことなど、ありはしない。そして、その言葉は、もはや、
小さな意地から出たものでしかなかった。
「何故・・・、飛行艇で、私達を待っていた・・・?」
「交換条件―――、2人には、そう突きつけられたわ。」
 ドルカは、ゆっくりと肩を落とす。

「―――あなたの言葉に従う。けれども、その代わりに、この飛行艇―――、
 ・・・クロリス=コロナを、この私が全ての敵から護ること―――。」


 その女性の笑みは、その行いに対する自嘲を含んでいた・・・。



「・・・それは、マーシャのそばに居た方がそれを条件に放棄した・・・、
 そういうことですわね?」

「ティスターニアさん!!シーナお姉ちゃんは、それに、ディッシェムさんも!!」
「分かっていますわ。」
「あの2人の力は、魅力的だったわ。クロリス=コロナとともにたやすく
 消えてしまわせるにはいかないもの・・・。」

「ディッシェム・・・、シーナ―――。アーシェル、・・・ザヌレコフ。」
 セニフは、がくっと膝をついた・・・。きっと、それは、
セニフ1人のせいになんて出来ないこと。それでも、セニフの顔には、全ての責任が
自分1人にあると信じきってる表情しか浮かんでなかった・・・。
「そう、これは、それぞれの意志―――。それぞれが、決めたこと。
 だから、あなた達も・・・、それが正しいと思うのなら―――、後悔しないことね。」


 そう言って、その女の姿は幻と消え果てていった・・・。
それを合図にするかのように、周囲にいたモンスター達が、声を上げ始めた・・・。
「ティスターニア、操縦席へ。ドルカも先に、・・・マーシャの元へ。」
「ええ。でも、あなたは―――」
 そう言った直後、不思議な光が周囲に舞い降りてきましたわ。
それは、真空の刃―――。無数の光の矢が、荒れ狂う嵐となった真空波の渦となって
全てを巻き込み、大地をなぎ倒していく・・・。
 それは、とても、美しく、殺戮に満ちたこの世と思えぬ神々しい光景―――。
「・・・私は、まだ・・・信じて続けていても、―――いいのだろうか。」
 セニフは、そうあたしに話した。簡単に答えることなんて、できそうにはなかった。
それでも、こう答えるしかありませんでしたわ。
「もう操縦席に向かいますわ。―――せっかく、アーシェルが援護してくださるの。
 ・・・それに応えること。これが、あたしの役目―――。」

 
 その大地から、飛行艇は、雷鳴の轟き始めた暗き空を切り裂くように飛び立った。
私の心など見る事も叶わぬマーシャは、変わらぬ微笑を浮かべていた。

 ただそれだけでも守れたことに、―――私は、救われたと思うしかないのだろうか。

 これは、私が導いた結末―――、だが、それを選択したのは、私ではない。
それぞれが、自らの意志で選んだこと。そして、その道を選ぶ先に居るのが、
―――マーシャであり続けること・・・、それもまた、変わらぬ事実・・・。

 決して、マーシャを裏切ったのでも、信じられなくなったのでもない―――。

 今は、ただ、そう信じている2人が、マーシャのそばに居続けてくれること、
―――自らの過ちに気付かせてくれた、そのことに感謝するしかないのだろう・・・。


―――運命の歯車は激動の中で、急速に時を先へと進める。
・・・世界は今、確実に『悲劇』へと近付きはじめた・・・。


2009/11/04 edited (2009/09/08 written) by yukki-ts next to