[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

悲劇の少女―第6幕― 第36章

「―――マーシャ様・・。」
「・・・だれ?」
「代々受け継がれた聖杖を通じ、あなたの守護神として、行動を見守る者・・・。」
「・・・ル・・・・アート・・・?」
「―――我の名は、クロリス=コロナ・・・。―――聖杖を生み出した者・・・。」
「クロリス=コロナ・・・。あなたが、最初の・・・、悲劇の少女―――。」
「幾千の悲劇の果てに、数多の少女が力尽きました・・・。
 ・・・この忌まわしき運命の鎖を―――「悲劇」を断ち切る力を・・・
 永遠とも思えるこの乱れし時の氾濫の中で待ち続けた・・・・。」

「―――だが、それも・・・・叶わぬ夢と成り果てるのかもしれません・・・・。
 悲劇の少女―――秩序に縛り付けんとする光と、混沌へと向かわせんとする闇との
 間に存在する、生に仇をなし、世に邪を蔓らせ、やがて自らを滅する・・・。
 ―――汝は、その身を滅ぼし、汝は、その世に「悲劇」をもたらす―――
 ・・・いずれの時にか、あなたの中で、その力は完全に目覚め、
 あなたが、滅する時が訪れるでしょう。―――その時・・・。」

「・・・その時―――」     
「あなたと共に歩く者にすべてを託し、新たなる悲劇の少女を
 この世へいざなう果てしなき旅へと旅立ちなさい・・・。
 ―――数多の悲劇の少女が・・・・そうしたように・・・。」


「いいえ。」
「・・・何を・・・・?」
「まだ私は、・・・みんなと一緒に歩きたい。
 私が悲劇の少女なら、・・・最期まで悲劇の少女としてみんなと・・・。」

「いずれあなたと共に歩くものは引き裂かれるのが運命。
 その時、共に歩く者を仇なす事もありうる。・・・それでも構わないというの?」

「・・・。」

「・・今は悩みなさい。・・・「悲劇の少女」に課せられた使命は、
 私でさえ計り知れないほど重いのです。―――あなたの決意はわかりました。
あなたに、すべての行方を賭けてみましょう・・・。
 ・・・あなたのその目で見るのです、あなたの行く道を。・・・マーシャ!!」




 ―――私は、ベッドの上にいました。それは、見たことのないところでした。
 ふと、窓の外を覗きました。辺りは白い霧と闇で何も見えませんでした。
「・・・起きたのか。」
 私はその声の方向へと目を向けました。それは、セニフさんの声でした。
「・・・突然マーシャの声がしたものだから、驚いた。
 ・・・何か、辛い夢でも見ていたのか?」

「わ、私、・・・な、何か・・・喋って・・。」

「―――変わってないな。」
 セニフさんは、私の顔を覗き込みながら話されました。
「・・・え?」
「今度、マーシャが目を覚ました時、・・・もう私のこと・・・、
 シーナやアーシェル達も覚えてないのではないかと、思っていた。」

「みなさんは?・・・そ、それに・・・ここは?」
「・・・エリースタシア―――ミスト・・・ホープ・・・・。」



 まだ、自分の意識がはっきりとしていないマーシャを、私は連れ出した。
セリュークの話というものが確かならば、この地に必ずいるはず・・・。
「・・・どこに行かれるのですか?」
「―――マーシャには、話しておかなければならない事。
 ・・・1つは昔話、もう1つは、これからの先の話だ・・・。」

「昔話・・・ですか?」
「1つの戦乱―――、それに関わった者達の話だ・・・。」

 しばらくして、その人物の家は見つかった。扉をノックし、中へと入った。
部屋はいかにも魔術士らしい、妖しげな置物や装飾で飾られていた・・・。
「・・・まるで、セリューク様のお部屋のようですね。」
「ああ、ここには、1人の魔術士が棲んでいると聞いている・・・。」
 妙に薄暗い部屋の中へと私達は進んだ。その部屋は、これまでの部屋と違い、
ごたごたとした荷物は何もなく、巨大な魔法陣の中心に机と椅子だけがおいてあった。
「―――お主達が、この地に訪れるという迷える者たち・・・。」
「ど、どなたですか?」
 セリュークとは違う、不思議な雰囲気を醸し出す女性だった。
「あなたが、幻界魔術士―――テルト・・・?」
「いかにも・・・。」



「大魔導師、セリュークからもお主たちのことは聞かされておったし、
 ・・・ほら、お主たちの目の前にあるこの水晶にも、幻界の住人から、
 お主達のような、迷える者が来るというお告げもあった・・・。」

 その人は、私の顔をまじまじと見ていました。
「―――クロリス=コロナ・・・。お主のことか・・。」
「わ、私は、マーシャ=ルカ=エディナと言います・・・。」
「よいよい・・。水晶を見ておれば、そんなことは、訊かずともいずれ分かる事・・。」
「あなたにお願いがあって参りました。―――幻界の住人たちの
 声を聞くことの出来る、あなたの力を頼るために・・・。」

「―――よかろう。ただし、知っておるだろうが、まずは、この水晶を通し、
 お主らのことを、幻界の者に問う必要がある・・・。この水晶に映し出されることを、
 全て、偽りなく受け入れる覚悟は、出来ておるだろうな?」

「ああ・・・。」
「は、はい。」
 わけも分からず、セニフさんに合わせてそう答えました。

「―――されば、心を開かれん・・・。」

 その瞬間に、私の目の前の光景が、少しずつ揺らいでいきました。
ゆっくりとそれは崩れていき、やがて、真っ暗な世界へと私は落ちていきました。



 1人の女の人・・・とても綺麗な人がそこにはいました。
「決して許されぬ所業をした・・・。だが、今ここに居る以上は、
 ・・・私達の言葉に従ってもらう。どんな人間であろうともだ・・・。」

「―――ああ。」
 その周りには、3人の人が居ました。顔の見えた2人は、どこかで、
見た事のある・・・、けれども、知っているものよりも、とても若い頃の姿が
そこにはありました・・・。
「話をまとめるならば、―――仲間からはぐれた・・・、いや、追放されたと
 言うべきか。・・・この醜い争いから、国を守る為に・・。」

 その女の人は、決して何も話そうとはしませんでした。表情には、
怒りも悲しみも、何も浮かべることなく、ただこころもなくそこに座るだけでした。
「もしも、あなたの言うように、この女性の国が―――、舞台となるのならば・・・」
 そう言われた残りの2人の人は、別々のことを言いました。

「許されるのならば、即座に止めてやる・・・。だが、それを許しはしないだろう?」
「膨大な魔力の持ち主に頼るしかあるまい―――。」






「既に聞いているだろう。向かうべき場所は、遥か北の地・・・。」
「ガルド王国―――、恐らくは、隣国、エリースタシアと手を組み、
 決して、こちらにとって好ましくない行いをとるだろう。先手を打つのだ。
 戦争でも、略奪でもない。完全なる掌握を・・・。」

 部屋を出た廊下を歩く数人の者たちの姿がそこにはあった。
「ヘルクス・・・、直々にお前に命が下されたということは、ついにあの女を・・・。」
「そう容易くは済むまい。四使徒―――、その中でも正使徒と呼ばれる者だけが、
 本来の力を得られると言う。まず、その者に会い、助力を仰がなくてはならない。」

「兵士長が自ら赴かれてから、既に半年―――、膠着状態を抜けることは、
 ・・・闇魔導法でも、時空魔導法でも、かなわなかった・・・。」

「先に往った者達が状況を把握する間に、・・・我々が行うこと。
 全てがその者達に注力する間に、北へ向かい・・・、
 あの女の力を、掌握する事―――。」




「オグト。闇の住人の名だ。覚えておけ、この血生臭い戦いの中心に立ってるのは、
 彼奴に踊らされてるお前らの国の兵士共だってことをな。」

「・・・闇の力を借り、魔力を行使する。それの何が悪いというんだ?
 戦いに負けてはいけない。その為の手段を選ぶことなど―――。」

「その顛末がこれだ。この有様、もう、人間が束になったって、止められやしない。」
「・・・何よりも恐ろしい事。それは、時空魔導士の影が垣間見えることです。
 この戦いに乗じて、どんなおぞましいたくらみを企てていることか・・・。」

「もっと・・・、この戦いに参加するために必要な知識を、くれないだろうか?」
「兵士長に、我々が加勢するために・・・。」
「下らない連中ばかりだことよ、―――そうは思わないかい?」
「ババァ、何しに来た・・・。」
「セリューク様。」
「ふん、・・・クラリス教、とか言ったかねぇ。どんな温い信者かは知らないけども、
 1人だけ、心当たりがあってね。ちょっと、入れ知恵しに来たのさ・・・。
 それと、お前。その口の利き方、戦場で抜かしたら、消し飛ばしてるよ?」

「下らない・・・、俺達の事を言ってるのか?!」
「邪教徒も意に沿わぬ魔導士も皆殺し、・・・それが、今のルシャンナゼルとかいう
 神聖な新宗教だと、そう聞いているが・・・。もしかして、違うとでも言う気かい?」

「よせ、ババァ。また、老けるだけだろうが。」
 一瞬のうちに全ての出来事は起こっていた。それを、その場にいた多くの者は
知覚することは出来なかった。
「―――身の程知らずなことよ。・・・ブロンジュールが来たら力を貸してやれ。
 助け甲斐のなさそうなのが、どっちかくらいは、お前さんにも分かるだろうさ。」




「そうですか。セリュークには、断られたと。」
「正確に言えば、歯牙にもかけなかったというべきか。」
「ですが、私も同じことを言うでしょう。セリュークとは別の理由で。」
「まぁ、いいさ。いざとなれば、―――とっておきの方法がある。」
「あまり褒められた方法とは思えませんが。」
「・・・隠し立てしたところで、その水晶で全てお見通しか。
 やはり、恐ろしい力だな。幻界魔導士・・・。」

「セリュークはいつ如何なる時も、ラグナを注視し牽制し続けている。
 だからと言って、あなたがおいそれと行動できると・・・?」

「騙すならば、まずは味方からという言葉もある。うまくいくようにするさ。」
「思わぬしっぺ返しをくらいますよ?」
「テルト様直々の予言・・・、覚えておきましょう。」
「幻界の者たちの言葉に従うならば、・・・これ以上は、胸に秘めておきましょう。」
「ならば、あの者のところへ行きましょう。ええ、分かっています。
 既に、セリューク様に私達の考えなど透かし読まれていることも。
 ・・・ですが、その本心を知っているのは、恐らく、・・・あなただけだ。」




「綺麗だろう、・・・この世界。」
「人間の尺度で測った価値観を、共有する気はないな。」
「なぁ、教えてくれよ。神って奴なんだろ?その力で、セリュークやテルトを
 どうにかできるんじゃないのか?」

「―――浅はかな計算で気まぐれを装ったところで、お前にはこれ以上の力を
 くれてやる気などない。1つだけ教えてやれるとするなら、何かをしようとしたなら、
 お前の力ではその人間の力を止めることは敵わないことだけだ。」

「・・・それを聞いて安心したぜ。その言葉、俺の心が完全に読みきれてねぇ
 言い訳にしか聴こえないからなぁ。安心しろ、そんな事のために、
 せっかく頂いたお前の力、無駄遣いしやあしねぇさ。」

「小癪なことを抜かす人間だ、つくづくそう思う。」
「そんな無謀なことやろうとする奴を知ってるからな、安心して任せてんのさ。
 それよりも、・・・そろそろ連中が来るか?」

「ああ。もう、近くまで来てるだろうよ。」
「おもしれぇ。ルシャンナゼルの連中なんざ、返り討ちにしてやる。」



「・・・無下に突き放したならば、どうなるかぐらいは想像がつく。
 どうだろう、悪い条件には思わぬが・・・。」

「選択肢は残っていない。この中の誰もがそう思っているだろう?」
 その部屋に居る人たちは、いつでも武器を構える準備を整えていました。
「・・・穏やかな話には思えぬが、ここまでの混乱を招いた以上、
 お前達のような方法で始末をつけるしかないか。・・・だが、こちらの条件。
 それを厳守することが絶対条件だ・・・。」

「ああ、いいだろう。いずれにせよ、これだけの人数を揃えれば、
 敵わぬものはない。」

 その時、1人の女性の方が静かに部屋に入り、何かをその人に告げました。
「―――そうか・・・。よかった、無事に生まれたか。」
「・・・ほう、それは素晴らしいことだ。ならば、ここで、一度散会しようではないか。
 クリーシェナード国と我がディメナ国の友好が続くことを・・・。」

 その人は、ゆっくりとその女の人に連れられていきました。
「そうか、・・・女か。ヘルクスよ・・・、お前の力を継ぐ者・・・、そういうことで
 間違いないのだな・・・?」

「もう名前は付けられたのですか?」
「そうだな・・・、ここはヘルクスよ。お前に名付け親となって欲しい。どうだろう?」



「なるほど・・・、それが、テルト様の真意なのですね。」
「そう言われると、なんか、悔しいな。元々誰が考えたと思っているつもりなんだ。」
「誰もそう思いなどしないでしょう。テルト様ならともかく、
 あのセリューク様であっても、思いもしないことを、あなたのような、
 ラストルの四使徒といわれる人が思いついているのならば・・・。」

「あの魔導師の性格を聞いた。好む人間のタイプも把握している。
 ―――なら、このくらいの博打は踏む必要があるだろうさ。
 ムチャなことをする人間が好きだなんて抜かす女に取り入るためにはな・・・。」

「アドの紋章を刻む者が、悲劇の少女と聞かされたときも驚きましたが、
 ・・・まさか、ルカの紋章という言葉を、・・・あなたから聞くことになろうとは。」







「―――どうなさいました?」
「テルト。・・・ずっと、そばに居てくれたのか?」
「悪夢・・・。あなたの心を蝕むようになっているとわかっていながら、
 お救い差し上げられないことを、お許しください・・・。」

「顔を・・・見せてくれるか。」
「・・・ええ。」
「―――もう、長くはないだろう。・・・自由に生きてくれても、もう構わない。」
「何をおっしゃるのですか?この、エリースタシアを束ねるあなたという方が・・・。」
「後のことはラグナに託しておる。あの2人を導き、やがて、民を束ねられるように。」
「あなたの本心でそうおっしゃってるのならば、私は、何も申しません。
 ・・・ですが、私に偽りは通じません。そのこともご存知のはず。」

「―――もう10年になるのか。・・・十分だ。どれだけ、・・・救われたことか。
 何も見えぬようになっていたあの頃に比べれば・・・。・・・本当に大切な者は、
 いつもそばに居てくれた。・・・言わぬとも分かるのだったな。」

「いいえ、・・・こうして、目を見て口にしてくださる事。
 ただ、それだけで、幸せでございます。―――もう往かなくてはなりません。」




「お引取り願おう・・・。」
「・・・話し合いの席も持ってはくれぬのか?」
「ディメナ国王ともあろう方の頼みとあらば、耳にお入れせぬわけにもいかないが、
 ―――優先されるべきは、同盟国。主義、思想の違う者達を受け入れられる
 そなたほどの大きすぎる器など、持ちかねるのだよ。」

「・・・もうよい。お前達、下がれ。」
「しかし・・・。」
 ディメナ王の微動だにせぬ厳しい視線を浴び、その場にいた多くの者は
そのまま静かに部屋を後にした・・・。
「―――話を聞かぬとも、これだけは言うておかなくてはならぬ。
 同盟国たるガルド王国と、・・・戦をしようとしているのならば、やめておくがいい。
 両国にとって、災厄しか導くことはあるまいぞ・・・。」

「心配などされる覚えはない。もはや、ガルド王国とともに、手中には
 全ての手駒を揃えている。」

「ラストルの四使徒・・・、ラグナか。」
「元帥に取り入る魔導師が、目障りではあるが・・・、それも、もはや時間の
 問題だ・・・。そなたになら、告げてもいいだろう。もう1人、我々は、
 既に手中に入れているのだ。名を、セレナ=アド=エルネスという・・・。
 ―――正しく言うのならば、既に、その力は我々の制御下というべきだろうが・・・。」

「力・・・、まさか、お前達は―――。」
「察しのいいそなたなら、意味が分かるだろう。我々が決定権を握っているのだよ。」
「―――そうか。もう、口出しをしたところで、・・・時、既に遅しと。」



「―――あの・・・。」
「話し掛けるんじゃあない。既に話を聞いているだろう。何をしてきたか。」
「あなたは、・・・その行いを、望んでしたわけではないのでしょう?」
「していなくとも・・・、させたのならば、同じことだ。
 ここに居る理由も、そうせざるを得ないからだ。お前達と与す気は、これまでも、
 これからも決してない・・・。」

「・・・私は、・・・信じています。あなたに、この小さき命、救われたのですから。」
「元凶を導いたのも、・・・私達の国だ。それに、何も救ってなど居ない。
 失ったものがどれだけ大きいと思っている?お前は―――、・・・そして、私も。
 ・・・このまま、生き永らえたとして、・・・生き恥以外の何を晒せようか・・・。」

「今、ここに私が居る事は、掟を破る重大な過ちです。私には、生きてこの罪を
 贖うことなど、許されておりません。ですが、あなた方は違います。
 ・・・あの方も仰っていました。あなたには、成すべきことがあると・・・。
 あの子が、やがて、裁神の加護を受けたあなたの後を継ぐ者と邂逅し、
 互いに助け合うように。あの方の言うように、繋がなくてはならないと・・・。」




「・・・いつまで、俺の邪魔立てしようって気だ。」
「ふん、・・・今やってる事が邪魔だなんて言ってる間は、やめやしないさ。
 事が全部終わっちまうまでは、何もさせない覚悟さ・・・。」

「―――やろうと思えば、・・・お前など。」
「思えば・・・だろう?そして、お前は、そんな事思やあしないのさ。」
「ラストル・・・。」
 ラグナはラストルを自身に宿らせたまま、セリュークを睨んでいた。
「表情1つ、変えようとしないか。・・・本気で、俺が何もしないと?」
「そう言ってるだろう?覚えの悪い子だよ。」
「・・・やってやろうじゃねぇか。」
「人間―――、どうするんだ?」
「―――そのうちにな、必ず。」
「・・・そうかい。それが、分相応ってもんさ。あんたにとってはねぇ。」
 そう言って、そのセリュークの影は消えていった。
「何の用だ、テルト・・・。」
「セリュークに言われたわ。・・・本気で、あなたを打ちのめせと。」
「試した・・・、そういう気か。」
「確認した・・・、と言った方が正しいわ。でも、それは、私が・・・、
 というわけではないわ・・・。」

「―――ラグナ・・・。お前が、正使徒・・・。」
「とうとう、現れやがったか・・。だが、俺は―――」
「・・・必要なくなった。今、それを確認したからな・・・。」
「なんだと・・・?」
「もし、あの魔導師の幻影に本気でラストルの力をぶつけたのならば、
 その力を確かめた上で、確かに、本使徒であるお前に助力を仰ぐつもりだった。
 ・・・だが、それをしなかった。」

「幻影に攻撃したって仕方がないだろう?」
「いや、・・・仮に、本物であったとして、攻撃はしなかった・・・、そうだろう。
 ―――我々の目的、・・・悲劇の少女の掌握。それに、関わるつもりがない・・。
 それが、お前の考え・・・、そうだろう?」

「・・・何を言って・・・やがる。」
「それに、あいつが幻影だったと思ってんなら、・・・お前は、まだ甘いってことさ。
 ずっと、ここでお前の面を見てたんだからねぇ・・・。」

「―――誰が・・、そうだと言った?」
「この国にずっと居る人間なら分かるさ。この国がやろうとしてることに
 ついてく気がないってことも、・・・逆に、お前の言葉が全く届いてないってことに
 いらだってるって事も、全部な。」

「・・・止める気は、最初からない。決めたのは国だからな・・・。」
「止められなかった・・・だろ?」
 真空の刃が周囲を切り裂いた・・・。
「―――それが、お前の答えだろう?」
「・・・ラグナ、我が名はラストルの四使徒が1人、ヘルクス。
 お前の力になろう。今、・・・お前がなそうとしていることの―――」







「・・・先にあの男1人だけで行かせてもよかったのか?」
「ええ。それに、1人ではないと聞いています。」
「だがなぁ・・・、もし、失敗したらどうする気だ?」
「何も変わらないでしょう。この争いを止められる術が1つ失われただけ・・・。」
「―――他人事みたいな口の利き方だな。」
「彼の計略ですから。それに、それを十分遂行できるだけの能力が、
 彼にあるのも事実・・・。私達は、それを手助けることよりも、まず、
 その計略を成功した彼の後を引き継ぐための準備をすることが先決なのですから。」

「後先考えないってのは、俺達の専売特許なんだがなぁ。まぁ、いいぜ。
 急ぐんだろ?とっとと戦地に殴りこみに行くとするか!!」

「ベラ様・・。敵はあのオグト・・・。その恐ろしさは身をもってご存知のはず。」
「ああ。今回の成功のカギは、グロートセリヌ国が、その闇の住人の所業を
 把握しているというところにある。」




「その話は本当なのか?!」
「そ、そのようでございます。エリースタシアがガルド王国との合同で、
 東の国、戦地に乗り込むと・・・。」

「―――エルネス家の、・・・あの女の力を使う気か。」
「もともと、歪の研究に対して圧力を感じていましたが、もはや、
 これまでかもしれません。これ以上続けていれば、私達は無事には・・・」

「続行だ・・・。」
「し、しかし?!」
「何故エルネス家にだけ研究を続けさせようというんだ?連中に悟られやしない。
 それに、―――こちらにも、それ相応の反抗をする用意はある。」

「何をされようとしているのですか?」
「気は進まないんだがなぁ・・・。これも、互いの利益の―――、
 いや、あの男に限って、利益という言葉はふさわしくないかもしれないがな・・・。
 出かけるところがある。・・・後のことは、任せるからな。」




「―――お前からそんな言葉が聞けるとは思わなかった。」
「だが、それは、お前の望んでいる事・・・、間違いないな?」
「・・・望んではいない。これからこの国が向かおうとしている方向よりは、
 明るい結末になろうとは思うが・・・。」

「それは、この国の利益になるということだろう?」
「・・・利益。お前らしい言葉だな。」
「だが、俺1人にどうにか出来る話ではない。そこでエルネス家のつながりがある
 お前なら、・・・その可能性が少しでも上がると踏んだ。」

「―――日取りが決まれば、・・・知らせよう。ただし、あくまで、協力をしようと
 言っているだけだ。・・・私が何をしようとも、裏切られたなどとは思わないことだ。」

「いいだろう。たった1回だけ、チャンスを作ってくれりゃあ、あとは、
 お前達全員、戦地でやられちまおうが俺らは目的を遂げる・・・、それだけだ。」




「―――どうせなら、その日取り。教えてくれないか?」

「お、お前、・・・一体何者?」
「どうやって入って来た?!」
「扉を開いて、入り口が入って来たが・・・。あらためて、扉の開き方を
 教えて差し上げた方がいいのか?」

「まず名乗れ。名前次第じゃあ、生きては―――」
「ゾークス、という名だ。・・・ヴィスティスがお前で、ホイッタという名だったな?」
「どこで知った?俺は、お前の名を聞いた事など、ない・・・。」
「チャンスを作る・・・、そう言ったな。ならば、その役目、買ってでてやろう・・。
 だが、1つだけ。―――悲劇の少女にこう告げるといい。」

「悲劇の―――、セレナの事を言っているのだな?」
「そうだ。・・・ラストルの四使徒が1人、ゾークスが力を貸そうとしている・・とな。」



「話は聞いたぜ。・・・お前ともあろうババァが、まさか、見逃すなんてな。」
「なんとでも言っておけ。どうせ、いつか始まることさ。頃合もちょうどいい。」
「セリューク様がテルト様と一緒に監視されていた人が、
 動いているわけではないと聞いています。実際に動き始めているのは、そのうちの
 数割の戦力。しかも、その比率もガルド王国側に偏っているとの事です。」

「・・・そろそろ、決めたらどうだい?この前、訊いただろう?」
「訊かれるまでもねぇぜ。こっちにゃあ、この戦いを終わらせるだけの決定的な
 戦力なんかねぇんだ。手を出さねぇわけにもいかない。
 リネージュ・・・。お前なら、・・・分かってくれるだろ?」

「助けてあげるのでしょう?あなたならそうおっしゃるはず。」
「セリューク・・・、今回、ババァは出る幕はねぇ。あの連中に対する物言い・・・、
 協力する気はねぇんだろ?」

「―――お前に行く先を指図される覚えはないのさ。まぁ、いいさ。
 それに、―――戦力がないってのは、・・・高望みも甚だしい奴だことよ。
 そうだろう?・・・ブロンジュール、それに―――」

「・・・ブロンジュール、任せてくれ。決して、足手まといにはならない。
 そんなこと、セリューク大魔導師に許されはしないだろうからな。」

「もう、これが最後かもしれんなぁ。いいのか?まだ、言い残すことはないのかい?」
「とっとと行っちまえ、ババァ。」
「ふん。最後くらい可愛げのあることを抜かしたら、気も変わっただろうに。
 いいさ。勝手にするんだね。―――そういえば、お前さんの名前、
 訊いてなかったね。」

「・・・ディテール。ディテール=エディナと申します。」
「そうかい。じゃあ、しっかりやるんだよ。」



「―――こんなことをして、許されると思っているのか?!」
「ええい、そいつらを取り押さえろ!!」
 2人の男が周りの兵士たちに取り囲まれた。
「ホイッタ・・・、お前まで一体、・・・どういうつもりだ?!」
「ヴィスティス―――、貴様が入った段階で、きな臭いとは思ってた。
 そうか、ホイッタを丸め込みやがったのか・・・。」

「・・・ホイッタ。どうだ、これでいいんだろ?」
「良かったかどうかは、これから先の未来に生きる者達が判断すること。」
「ホイッタよ・・・。話す時間はやろう。考えがあるのだろう・・・。
 お前を失うことは避けたいのだ。・・・皆を納得させる答えを申すが良い。」

「・・・そのような答えを、・・・持ち合わせてはおりません。」
「バカ正直に答えないだけの賢さはあるんだろうが、黙ってろ。
 ここは、俺が片付ける。」

 ヴィスティスが1人、兵に近付いていく。
「情けねぇ兵士共だ。取り押さえろって命令だろ?」
「言わせておけば!!」
「中枢が動かない理由を把握した・・・。つまり、こういう事だったのだな。」
 2人を白く光る魔力の鎖が拘束する・・・。
「失敗などして我が国に戻る事、これは許されないことだ。続行させていただく。
 よろしいな?ガルド王国の者よ・・・。この我の力があってこそ、悲劇の少女の力も
 拘束したのだ。案ずることなどない。我なくして、何が出来るという?!
 成功の暁に我が力を国に知らしめる・・・。邪魔はさせない、誰にも。」







「先程の者達、追ってくる気配がないようだな。」
「・・・この拘束を施した者には分かるのでしょう。この拘束によって、
 力の行使を制限されている私に、何もできないということが・・・。」

「―――それでは、説明がつかないだろう。2つの意味で・・・。
 まず、俺を追ってこない理由にはならないだろう。
 ・・・そして、その力は決して、悲劇の少女ともあろうお前の力を
 抑えきれるものでもあるまい・・・。」

「その2つとも簡単に説明がつくわ。この拘束を解くことは今でも出来る。
 ・・・あの2人のうちの1人でも、十分それは可能と思うわ。」

「・・・ヴィスティスという名だったな。」
「それは、・・・今ではないわ。もう、想像は付いているのでしょう?」
「―――ラストルの名を授かっているからな・・・。」
「つまり、放って置いてもなんら害はない。何も出来はしない。仮にしたとして、
 むしろ、勝手に命を散らさせた方が好都合とでも思われているのでしょう。
 あくまで、この力を持つ私を、制御下に置きたいというのが目的でしょうから。」

「・・・考えがあって、その発言をしている。―――そうだろう?」
「そうね、・・・この辺りで試してみましょうか。」

 男をその場に立ち止まらせて、女は壁に近付いた・・・。
「あなたは光魔導法の力がいると言っていたわね。でも、私のこの力は時空魔導法。
 その力で、この拘束具は解放できる。同時に、―――あの力の引き金も同じ力。
 つまり、・・・この拘束を解き放つときが、クライマックスということかしらね。
 ―――この拘束技術の根幹にあるものは、全ての力を打ち消そうとする力の作用。
 拘束するもの自体にはなんらの効力もなく、それが拘束する者の力に呼応して
 作用する。・・・あの力であれば、身を滅ぼす程度には呼応するでしょうね。」

「・・・ならば、どうやって目的を達成しようと言う?」
「全てを同時に行うわ。・・・私自身の力で、私が滅ぼされる前に、
 それ以外の全ての力を相殺し合わせる。この光の拘束具の作用を、
 逆に使わせてもらうのよ。」

「可能なのか・・・?そんな事が・・・。今からしようとする事、理解している上で、
 その発言をしていると考えてもいいのだな?」


「タイミングは一瞬よ。全てを同時に終わらせるわ。
 ―――召喚、闇の住人よ。今、ここに現れたまえ!!」




「―――始まるぜ、覚悟しろ・・・。」
「来たか・・・?」
「ラストル、力を貸せ・・・。悲劇の少女の後始末―――、それが役目だろう?」
「―――自覚してたんだな、人間よ。」
「さぁ、どこから来る?!」
 次の瞬間、その場所の上空で大爆発が起こる。・・・巻き起こった爆風が、
周囲の木々をも根こそぎ抜き去る勢いだった・・・。

「いいぜぇ、ここはよぉ。久しぶりに、・・・思う存分、力を爆発させられらぁ・・・」

「ラストル・・・、奴を切り刻め。」
 その闇の住人の左腕を、どんな風よりも鋭い1つの刃が一気に切り落とした。
「・・・何者だ・・てめぇは?!」
「答えてやっても構わないが・・・、それまで、生きてることだな!!」
「人間の分際で・・・なぁにを言ってやがる?!」
「トルネードスラッシュ!!」
 その闇の住人の放った爆風は全て、闇の空へ向かい、その暴風によって吹き飛ばされた。
「ラグナ・・・。まだ、次が来るぜ。ほどほどにしろよ?」
「そうさせてもらう。お前と違って、こっちは、単体なんだからな・・・。」
「・・・ラストル。そうかぁ、どうやら、オモチャまで用意してくれてるのかぁ・・・」
「―――人間よぉ、誰が誰を、遊具だぁ抜かしやがった?」
「知らねぇ奴が、ラストルのことをオモチャだって言ってたぜ。
 聞こえなかったんなら、もう一度言ってやろうか?仕方がねぇなぁ・・・。」

「歯ぁ食いしばれよ・・・。」
「・・・上等だぜ。」

 闇の住人は、次の瞬間、自らの体を鋭い風の槍が貫いたことにすら気付けず、
そのまま、その空間から消え去った・・・。

「―――正使徒・・・、こんな真似が出来るのか?
 だが、俺が・・・、防御障壁を風で作り出さなかったら、どうするつもりだった?」

「・・・死んじまってたって言いたいのか?そりゃあねぇぜ。生きてるだろ?俺。」



 その人は、はっと目を開きました。その場所は、深い森の中でした・・・。
「・・・何が・・、起こった?」
 周りには、誰もいませんでした・・・。
「ここは・・・一体―――」
 すぐ近くから、爆発するような音が響いてきました。
「何事だ?・・・この森、まさか―――。」
 豊かな森の様子は、その音がした辺りだけ一変していました。
「戦場・・・。空間転移したのか・・・。」
 再び、その音が今度は全く逆の方向からしました。
「―――兵士の姿・・・。無残だ・・・。この様子では、・・・もはや、
 息をしている者もいない・・・。」

 その森の様子がおかしいことに気付くのに、それほど時間はかかりませんでした。
「・・・草木の生長のスピードが早過ぎる。ここの光景だけが異常なのではない。
 周辺全てが、・・・異常なスピードで森の姿を回復しているのか?」

 男の人は走り出しました。少なくとも、この場所で異常な事が起こっている。
今、ここに居続けることは危険だと判断して、とにかく、森から出ようとしました。
「どうすれば抜けられる?ここは・・・、森のどの辺りだと言うんだ?」

「何故・・・自由に動ける人間が、・・・まだこの森に残っている・・・?」

 その声に、初めてその男の人は敵の存在を認識しました・・。
「・・・足が、・・・動かない―――、どうなっている?!」



「ゾークス様を探しに行かれたようですね・・。そのお方のご様子―――」

「ま、待ってください。これは・・・。」

「・・・何も見なかったことにしましょう。」


「決して、やましい気持ちは・・・」

「―――そちらをもう見ていません。早く、あなたの成すべき事を続けてください。
 ディテール・・・。そのお方は、まだ目を覚ますか否かの境目にあるのですよ。」

「分かっています・・・。」
「セリューク様がどこまでのことを把握していらっしゃるのか・・・。
 とにかく、セレナ様・・・、あの女性の方の成した行為に、未だ理解が
 追いついていません。一体、どれだけのことを、同時に―――」

「目を覚まされましたか?!」

「・・・ここが、―――私の呼ばれた・・・場所。」

「ディテール・・・。もうしばらく、横になっていただく方が良いでしょう・・・。」
「ええ・・・。1つだけ、確認させて下さい。あなたが、
 ―――ルカの紋章を宿す者。その名は、・・・ルシア?」


「・・・あなたが、・・・私を、呼び起こした者―――?」






「・・・この気配、闇の住人。ただの闇の住人ではないな?!」
「この地に足を付ける者ならば、既に支配は終わっている・・・。なぜ動ける?」
「まさか―――、もしそうなら・・・。」
「もう遅い・・・。この地に足を着けた時点で、お前ら人間の自由などない・・・。」
 突然、周囲の地面が持ち上がり、えぐられた地表の下にある岩石が襲い掛かってきた。
「他愛もない・・・。だが、お前ではない・・・。あの人間は、どこに隠れた?!」
 その場所もまた、やがて静かに、ゆっくりとしたスピードで緑の草木が芽吹き、
それから、何者の姿も現れることはなかった。



「見覚えがあるのか・・・?」
「―――クリーシェナード兵・・・。」
「・・・この森で、―――戦乱が・・・、本当に、そうなのか?」
「怒りを買った・・・、そう考えるしかないでしょうね。」
「―――荒れ果てた戦乱の地を、・・・森に変えたって言うのか?」
「闇の住人の所業だけでは説明が付けられなさそう・・・。もっと、
 複雑な出来事が、この場所では起きている・・・。」

「・・・先に行った連中が帰ってこないのも、それが原因か・・・。
 奴等は、結局明けても帰ってこなかった・・・。」

「追ってきてはいけないとも言われました。それでも、行くのでしょう?
 もちろん、・・・あなた方も―――。」

「・・・行かせて・・欲しい。」
「このまま、・・・このままでは帰れない―――。」



「・・・そんなことを、あの女が、―――1人でやってのけたって言うのか?」
「お前の言葉と、・・・私の知る限りのセレナの能力を総合すれば、
 あの遺跡での一連の出来事を、そう説明するより他はあるまい・・・。」

「―――確かに、あの男の話にはあった。・・・ラルプノートのカギ―――、
 そう言ったな。エルフ・・・、そんなものが実在するのか?」

「恐らくは、召喚法の類・・・。もちろん、そんな術式を行使することは、
 彼女に科せられた封印では不可能・・・。」

「歪式なら可能だ。・・・それは、もう、確認しただろう?」
「だが、それもまた行使できない。」
「・・・それも確認した。全うな方法で、・・・封印は解けない。」
「悲劇の少女―――、その力を行使することが意味することを、セレナが
 理解できぬはずもあるまい。力を行使する者に、それ以上の反作用で、
 その力に制限を掛けようとする力・・・、それが、この幻界魔導法の正体。」

「唯一、歪式で、術式そのものを消し飛ばせば、可能・・・。」
「消し飛ばしたわけではない。別のものでそれを再び打ち消したに過ぎない。
 私の光魔導法でそれを実現できた。・・・いや、正確には、私達に見える範囲内で、
 ということになるだろう・・・。術式の相殺連鎖が完全に止まりはしないはず・・・。」

「あの女も、時空魔導法を研究していた。そんな危うい方法で相殺などしない。
 仮に、同じく光魔導法を使ったとして、そのさらに反作用として、
 闇魔導法を行使するだろう。理論から言うならば、闇から光へと遷移させるものが、
 時空魔導法に他ならない・・・。それらの全てを計算した上で、全てを同時に行使し、
 自らもまた、時空転移した―――。」

「セレナという女性だから、・・・いや、それだけではない。
 ―――悲劇の少女という力を持ち、あの封印を施されたからこそできたのだろう。」

「・・・いや、話は終わらない。結局、どうやって封印を解いた?
 どうしたところで、封印を解けば―――、まさか、未だに・・・」

「最初から・・・目的は、封印を解くことになかった・・・ということだろう。
 それに、―――闇魔導法を行使したのならば、・・・それ相応の代償を伴う―――」

「・・・それは、俺達も同じ―――。闇の住人の気配にだけは、・・・気をつけろ。」



「話はだいたい把握できたぜ、ラストル。つまり、こいつらは―――」
「―――悲劇の少女によって呼び出された本体についてきた雑魚共・・・。」
「本体・・・、いいのかよ、そいつらに任せても。」
「何をごちゃごちゃ抜かしてやがる、人間どもが。」
「エリースタシアに少しずつ近付いてきている・・・。止め切れるのか?」
「ラストル―――、そろそろ行くぜ・・・、覚悟できてるな?」
「―――やっと、頃合ってのが分かるようになったか、人間。そうだぜ、
 これが最高のタイミングだ・・・。」

「ラグナって名だ。・・・覚えやがれ、そろそろな。ヘルクス―――、後は頼むぜ・・。」
「また勝手なこと―――」
 そのただ一度の攻撃で、その場にいたであろう無数の闇の住人は跡形もなく
消え去った。ヘルクスは、ただその光景を立ち尽くしてみていた。
同じく、ラストルの名を宿している者でありながら、その正使徒という宿命を
背負った者の力に圧倒されている自分が居る事に気付いていた・・・。
「ヘルクス!!」
「・・・ラ、ラグナ、・・・お前は。」
「片付いたぜ・・・。どうだ・・・。」
「無理をすれば、お前は・・・。」
「死ぬって言いたいのか?冗談を言ってんじゃねぇよ。」
「確かに冗談で済まされない力だな、人間よ。離れてみていて正解だったようだな。」
「・・・もう一度、訊くぜ、ラストル―――。こいつら、・・・雑魚、だよな・・・?」



「―――よかったわ、目を覚ましたようね。」
「・・・セレナか。まだ、・・・この世に居ると思っても、いいのか?」
「どうでしょうね・・・。ここを正確に言うなら、―――幻界・・・。」
「・・・エルフの民の国、―――ラルプノートか?」
「綺麗な所でしょう。私の最期の場所としてしまうには、もったいないわね・・・。」
「オグト・・・、闇の住人に襲撃された。恐らく、普通ならば、既に息絶えていた。
 なぜ、この地に、・・・招き入れられたのだろう・・・。」

「あなたが、・・・私の最も近くに居た人間だから。―――恐らく、
 もうしばらくすれば、私に少しでも関わる者もまた、・・・この場所に導かれる・・。」

「・・・悲劇の舞台―――、この場所が、そうだと言うんだな。」
「―――行きましょう。関わった者が、・・・人間だけとは限らないのですから・・・。」



「ラグナ?!」
「この野郎・・・、ここから、外には、・・・出させねぇ。俺の命に代えてでも・・・」
「―――これだから、人の言うことを半分しか訊かない奴は嫌いさ・・・。」
 巨大な火柱がその闇の住人を包み込み、闇に染まる空を焦がした・・・。
「・・・奴等の子分は、ザコだらけって言ったのさ。本体を叩くために、
 力を温存しておけって意味を履き違えたのかい―――」

「セ・・・セリューク。」
「そいつの相手は、引き受けるよ。本当の敵は、そいつじゃあないのさ。」
「な・・・、なんだと?」
「―――闇の住人、・・・マルスディーノ。それこそ、命を賭して封印しなければ
 ならない者・・・。その役目を負う者が、あなた方―――」







「ここまで来て・・・、足止めか。」
「それが懸命な判断でしょう。―――これは、闇の住人の気配・・・。もし、その心
 まで闇に支配されているのだとすれば、―――起こさぬことも1つの選択肢・・・。」

「このまま、見捨てろと。ここにいるエリースタシア兵全員、
 ―――このお方に従って、 お前らを見逃してやってるってのを、
 忘れてんじゃあないだろうな?」

「ホイッタよ・・・。既に同じ症状が十数人。原因は、どこにあると考える?」
「・・・それは。」
「―――敵襲だ!!」
「何事だ?」
「ヴィスティス?!どこに行くんだ?」
「・・・お前は、そこでじっとしているんだな。誰か、そこに残ってる必要がある
 だろう?任せろ・・・、お前が何もしなくとも、俺がお前らを守れば済む話だ。」

「そうはいかない。敵がどの程度の力量なのかも分からずに向かって―――」
「まだわかってないのか、テメェは?!!」
「・・・な、なんだ?」
「―――必要とされてんのは俺じゃねぇ。お前だけだ・・・。来るな、目障りだ。」



「セリューク・・・、ここは、もういい。俺達4人でも、―――こいつに、勝てない。」
「・・・なんだい。腰抜けだったのかい?お前は。」
「いえ、もう覚悟を決めたこと。―――その力を、他の仲間の為に・・・」
「・・・心外だねぇ。」
「大魔導師としての力を知っている。・・・それに及ばないことも自覚してる。
 ―――その俺が頼んでんだ。きいてくれやしないのか?・・・頼む。」

「こいつに負けると、そう思ってる奴が、この中に本当に居るのかい?!」
「・・・。」
「何を言われなくとも、ここから逃げるつもりだったさ。勝てない戦いなんて
 意味のない、バカらしい事をしやしないのさ。
 ・・・どこの誰が、大魔導師としての力を知っているだと抜かしたのか
 知らないけども、―――そんなに知りたいのなら、見せてやろうじゃあないか。」

「な、何を・・・するつもりなんだ?」
「まだ、あのババァ呼ばわりしてくる
 小癪な若造にしか見せてなかったんだがねぇ―――」


「―――い、一体・・・、何を?」
「・・・ど、どうなって―――」
「・・・最期に、おしえてやろう・・・。お前らに―――。
 この、・・・わしは、―――お前らより、・・・歳は、若いんじゃ・・とな。」


 セリュークの姿は、その2人が見る前で、急激に変化していった。
容姿だけでなく、声も、それまでの見た目よりも、圧倒的に年配の老婆のものへと
変貌をとげていった・・・。

「―――ムチャをする小僧の言葉、・・・命を賭してでも、負けてはならぬと
 言う馬鹿者共に、―――力を貸しちまうのも、・・・もう、これが最後だろうねぇ。
 ・・・若さ、美しさ―――、そんなもんを呪って手にしたのがわしの力よ―――。」

 セリュークの両腕にその力は凝集していた・・・。
「勝てんのは分かっておった。・・・じゃがなぁ、のさばらす気もさらさらよ。
 ムダに、死なせやしないさ。―――デュークリューナ、召喚・・・」




「ここは、・・・王城?」
「ラルプノート―――、そうでしょう?」
 セレナの呼びかけに、ゆっくりとその姿が現れた・・・。
「―――光魔導法による封印のようですね・・・」
 ルカの紋章―――、それを持つというその女性は、ゆっくりと扉に手を触れ、
硬く閉ざされているはずの扉を開いていった・・・。
 その3人は、静まり返ったその冷たい廊下を進んでいった。
「この王城全体から感じられる力・・・、これが、あの森に力を与えているのか・・・」
「でも、酷く弱っている・・・。これほどの力では、もはや何も―――」
「闇の住人の力が、既に、浸食しているということなのか?」
「―――ここは、幻界。闇の力もまたかき消されるほどの強力な魔力結界を、
 ここまで打ち破っているのは、紛れもない、時空魔導士の力・・・。」

 セレナの左手首の辺りを、不気味な翠色の細い光が現れ、やがて消えていった・・・。
「・・・それが、悲劇の少女としての宿命を約束される者の印―――。」
「もう、聞かされているのね・・・。残酷な話だと思ったでしょう・・・。」
「どうすれば、―――あなたのように、・・・受け入れられる日を迎えられるのですか?」
「―――受け入れる・・・。違うわ、・・・これは、ただの敗北―――。
 受け入れるつもりなどなかった。自分に科せられた運命というものに
 立ち向かえる力、それこそが時空魔導法だと信じて、今日までその力を呪い、
 朝も夜も、寝食を忘れ研究してきたのよ。―――でも、絶望しか答えは
 見つからなかった・・。・・・こうして、私が生きる今、この呪われた力が、世界を、
 破滅させていくのを、―――日に日に強くなるそれを、
 ・・・背負いきれなくなる、その日まで―――」

「俺の力―――、ラストルにより導かれた4人の者の使命は、
 それを打ち破り、崩壊してゆく世界に、均衡をもたらすこと―――。
 ・・・その役目を、最も近くで担うことになったのが、ラストルの四使徒が1人、
 このゾークスだ―――。俺は、・・・担い手を誘う道を選んだ―――。
 それは、同時に・・・、正使徒―――ラグナののぞみでもあった。
 ・・・賛同してくれる者達も見つけられた。決して、次なる悲劇の少女が、
 ―――絶望することのない世界を生きられるように・・・。」




「命の灯火が・・・、また、消えていく。森の力が、―――失われていく・・・」
「もういい―――。この地に留まって、何か意味を成せるとは思えない。
 クリーシェナードの同胞を、誰一人として救えないような人間に、
 何が成せるという?」

「災厄を導きいれたのは、私―――。贖うことも許されぬまま・・・。
 ならば、いっそのこと・・・。この命に代えて―――」

「後に繋ぐ事なくして、命を賭しても―――、何も残りはしない・・・。
 1人で成せぬとも、・・・2人なら、3人ならば―――」

 先へと行こうとしたその女性の腕をつかみ、共に立ち上がった・・・。
「あの男ならばそう言うだろう。止められぬのなら、―――その後に残された者が、
 繋いで行くしかないと・・・。」


 扉を開く・・・、その先に見えた光景は、地獄のものであった・・・。
「―――ようやく、観念したか・・・。人間―――。」
「闇の住人―――オグト・・・。許しはしない・・・。」
「もう、何を喚こうと、闇の住人の前に、人間は無様な格好を晒すより他に
 出来ることなどない・・・。」


「―――ないかどうか、よく反省しながら詫びるんだな!!」

 その声にオグトが振り向く。そこに居たのは、スピアを携えた1人の男であった。
「テメェの始末だけは、俺が付ける。お前に葬られた、数え切れない奴等の
 想いってのを、未来に繋いでやるためになぁ!!」

「チャンスは一度きり。リネージュ様と、
 この私の結界陣が打ち破られるまでの間に!!」

 ベラの攻撃がオグトの体を貫く。だが、その攻撃にも、余裕の笑みを見せる・・・。
「残念だったようだな。もはや、お前の体も地に着いた。
 支配下に置き、無様に―――」


「歪って力を知ってるか?闇の住人―――。
 光も闇もない、あるのは純粋な破壊・・・」


 既にその魔法陣の行き届く範囲にオグトを捕らえていたヴィスティスの姿だった。

「これが、お前達、人間の求めていた顛末だ・・・。」
「美しい結末よ。互いに、互いを愛し、守ろうとする余り、自らの身を滅ぼす。
 ―――その様を滑稽だと思えぬとは、悲しいことだ・・・。」

「全てを仕組んだのは、悲劇の少女―――、お前だ・・・。
 お前さえ居なければ、この争いも、反吐の出そうな闇の住人共も、
 ・・・この私達でさえ、存在し得ないのだから―――。」


 セレナは、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「全てをさらけ出してしまえ。全ての醜い心の叫びを―――。今、この次元界に、
 お前以外の人間の姿はない。哀れな、エルフの民の魂を除いてな・・・。」

「・・・最後に残った、このエルフの男―――。随分と手間取らせてもらったが、
 これが、最後だ。いい機会だ・・・、これが時空魔導師の―――」


「―――させないわよ・・・。」

「・・・気に食わない台詞だ。醜い心の叫びをと言った―――」

「私の後を繋いでくれる者達がいる限り、
 ―――絶望は、希望へと変えて見せる!!」




「・・・どういうことだ?!何故、力が行使できる?!」
「あなたに、・・・全てを、託す。その代わりに、―――この命を、
 ・・・最後に、あのエルフの少年を救うために―――。」


「セレナ・・・。必ず、遺志を継ぐ者を、育ててみせよう。」
「・・・こういうことでいいんだろ?ゾークス―――」
「セリューク・・・、来てくれたのか。」
「俺達もだ。ここに集まった人間が、―――全て、後のことを引き受けた!!」


「―――次なる悲劇の少女・・・。そうか、ナロムアデル様の枷を―――」

「みんな・・・、ありがとう。―――もう、振り返らない。これから先の未来を
 繋いでくれる者達の為に・・・、この力が使えるのならば。」


 セレナの腕を拘束していた光の環が砕け散る・・・

「―――時空魔導法、歪式―――」 



「・・・もう、永くはないだろう。それでも、添い遂げるというのだな?」
「―――それが、この人の・・・望んだこと。そして、私の望み・・・。」
「人間とエルフの間に結ばれし子・・・。その未来を、俺に託すと、そう言うのだな?」
「ラストルの四使徒である、あなたになら・・・、分かるのでしょう?」
「・・・その時が訪れたとき、―――運命というものが、導いたのなら・・・、
 約束しよう・・。その時には、・・・お前にとって一番大切な者と、引き合わせよう。」

「―――あの子を、―――よろしくお願いします・・・。」



「この杖が・・・。」
「やがて、運命に導かれし時、その手にすることになる。
 それまで、これを封印する。」

「そんな役目を・・・、俺達に―――?」
「悲劇の少女に・・・関わっていないお前達ならば、・・・時空魔導士に狙われることも
 ねぇだろう。セレナが託した未来を、・・・お前達がつなげ・・・。
 ―――それが、同郷の者達が繋ごうとしたもの・・・。」

「クリーシェナード・・・。」
「さあ行け。今、こうしてるうちにも、俺達、関わった者を、血眼で捜してやがると
 訊いてる・・・。俺達は、ほとぼりが醒めるまで、逃げ回る必要があるって話だ。
 ・・・そろそろ、ゾークスらがここに来る。その時には・・・。」

「ええ。分かっています・・・。」



「―――全ては、私の力が及ばなかったため・・・。」
「・・・テルト様。もう、顔を上げてください・・・。」
「あなた方2人に、―――この国を担うあなた方2人に、何も、私は・・・。
 ―――私の力では、・・・あなた方2人にとって大切な人を、
 誰も守れませんでした。」

「ネーペンティ、・・・俺が、お前を守る。この国を・・・、父さんの代わりに。」
「―――テルト様。失われたもの・・・。取り返しが付かないほど、大きな犠牲・・・。
 それでも、・・・あなたは生き延びてくれた。ティルシスと共に、力を合わせれば、
 ・・・乗り越えられぬものなど―――」




「―――どうしてだ。どうして、お前が、・・・守れなかったんだ?」
「・・・すまない。」
「お前を信じていたんだぞ?!陛下は!!お前を信用していない民が、
 あの国に居ると思ってでもいるのか?!どうなんだ、お前は!!」

「・・・なぜ、私だけが・・・、生き延びてしまった―――。
 どう、告げればいいのだ・・・。王妃には、―――残された王女に、民に・・・」

「―――お前は、・・・お前のままでいればいい・・・。」
「・・・ヴィスティス―――」
「陛下を近くで守る立場だったお前に、・・・俺が、―――どうのこうのと言える立場
 じゃあない・・・。分かっていた事だ―――。」

「お前を責める者など、誰も居ない!!」
「分かるものか・・・。―――民に、俺の心など・・・。そして、お前にも―――。」



「・・・もう、わしはここを離れる気など、ない・・・。」
「私も、近くに棲みましょう。今のセリューク様を、・・・放ってはおけません。」
「余計な心配を、するんじゃないよ・・・。お前まで、ババァ扱いするのかい?」
「・・・いいえ。あなたの姿を、ずっと見てきましたから。
 今もあなたは、―――あの頃の美しい姿をした、若く麗しき女性のままです。」

「―――皮肉に聞こえちまうのも、・・・ババァになった証拠・・・かねぇ。」
「今はゆっくりとお休みください・・・。」
「ああ・・・。まだ、・・・やらなくちゃあ、ならないことがある―――。
 ラストルの四使徒―――、ゾークスの奴を連れて、
 ・・・弔い合戦に、行かなくちゃあ―――、ならんの・・・だから―――」





 それぞれの想いを胸に、悲劇の少女―――セレナに関わりし者達は、それぞれ、
ただ1つの事を心に誓った。次なる悲劇の少女―――、そのルシアという
女性の身に宿す、新たなる命に科せられた者と、その運命を共にする者達に、
幾多の者達の意思を繋ぐことを・・・。





「―――その後も、多くの命が時空魔導士によって奪われた・・・。
 それが、悲劇の少女に関わる者の宿命―――。」


「・・・あなたは、この地にとどまり、何を成そうとされているのですか?
 幻界魔導士―――テルト・・・。」

「―――この地が、最も幻界に近い場所。・・・あの人にとって、忘れる事の出来ない
 一番大切な人の声が・・・、聴こえるはずだった場所―――。
 でも、今は・・・。あなた達が来ることを待っていた。あなた達の事を―――、
 大魔導師、セリュークから・・・聞いていた・・・。」


「―――もう、セリュークは、・・・この世には居ない―――」

 そうおっしゃられたセニフさんの言葉の意味を、すぐには理解出来ませんでした。

「水晶からも影が消えた・・・。―――恐らく、幻界にも・・・」

「セニフ・・・さん?―――い、一体、何を・・・?セリューク様は・・・?」
「・・・。」
「もう一度・・訊きます・・、セリューク様が、この世に居ない・・。そんな事・・」

「―――ならば、今再び心を開くがよい。この水晶に・・・」

「マーシャ・・・。隠すつもりも偽るつもりもない・・・。
 ―――その水晶が映すものが、全て真実・・・。
 お前の、・・・目覚めぬ間に起こった全てを、・・・その目で見て欲しい―――」


 再び、あの感覚が戻ってきました。目の前の光景が、ゆっくりと少しずつ
揺らいでいき、やがて、それは崩れていき、真っ暗な世界の中へと私は
どこまでもどこまでも、落ちていきました・・・。

2009/09/09 edited (2008/08/08 written) by yukki-ts next to