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[stage] 長編小説・書き物系
eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~
悲劇の少女―第5幕― 第34章
(110日目深夜)
ドルカは、目を閉じて結界で魔力の影響を抑え続けていた・・・。
「・・・源を断たない限り、力があふれ続けてしまうようです。」
「このアークティクスの暴走・・・。恐らく、アークティクス自身だけが
原因ではない。だが、それにしても、・・・ここまでの暴走を、
もし、何者かが引き起こしたとするならば、―――人間の業とはとても思えない。」
私は、そこにいたもう1人の女性―――、どことなく、その瞳が、私のよく知る、
人間の業と思えぬ力を秘めた女性のそれに似ている者と話していた。
「・・・ごめんなさい。私、・・・何も出来ないくせに、ここに残って・・・。」
「私やドルカのことは気にするな・・・。」
「あなた方は・・・。」
「―――マティ・・とは、あなたの事か?」
「え、・・・は、はい。マティー ヨ=エルネス・・・と申します。でも、どうして?」
「私の名はセニフ、そこにいるのが、ドルカだ・・・。―――質問には答えた。
もし、答えられるのなら、もう1つ訊く―――。
・・・セレナという女性の名を、・・・知っているか?」
その女性の目は私をじっと見ていた。
「かつて、この国が研究していた事―――、私の叔母の研究していたもの・・・。」
「叔母・・・、直系ではなくとも、血縁者か―――。」
「どうして、私の叔母の事を・・・。」
「セニフさん・・・。私も、聞いていいですか?」
私は、そう言ったドルカを見た・・・。
「あの時からですよね・・・。洞窟の中で、石碑を見たときから―――。
ずっと、セレナという人の事を気にしている。・・・その人を知ろうとしている。」
「・・・理由は、・・・まだ、自分でもよく分かってはいない。
だから、・・・口にして説明できない―――。いや、・・・いい。」
私は、ただ、知りたかった・・・。そう、漠然と思っていた。だが、何か、
身の毛もよだつ恐ろしい感情が、少しずつ心に芽生えるような気がして、
私は、自分でその感情を押し殺すのに必死だった・・。
「―――私は信じていなかったし、信じたくなかった・・。けれど、やっぱり・・・、
今、氷河牢獄で起こっている事・・・、この国で起こっている事・・、
ティスターニアさんを、・・・みんなを苦しめているのは、
・・・私と同じ力―――、叔母が持っていた、力のせい・・・。」
悲劇の少女、セレナの力―――。かつて、ラルプノートと呼ばれる地を、
滅ぼしたとされる程の強大な・・・、時空魔導法の使い手―――。
夜の闇の色と、降り続く吹雪の色しか見えなくなっていました。
「み、皆さん・・・、本当に、近くにいらっしゃるのですよね?」
誰かが答えてくれたような気がしました。けれど、吹雪の音にかき消されて、
何も私には聴こえませんでした・・・。
急に不安になって、私は、一度立ち止まりました。
「アーシェルさん・・、シーナさん・・・?」
すぐ隣に、何かの影を見ました・・・。
「・・・このまま、まっすぐ行けば、いいのですよね―――」
杖が激しく光り輝いていました・・・。それは、私の知っている人ではない―――
「フラッシュリング!!」
光が照らした先に見えたものは、私が想像していた人達ではなく、
いつの間にか、私に牙を向けている、モンスターの姿に変わっていました・・・。
「ど、どうして?!皆さんは、どこに!!」
「寒いのに・・・、誰よ、立ち止まれなんて言う奴―――。」
「この視界では、バラバラになるのは危険です。常に確認しながら進みましょう。」
「そうね・・・。氷河牢獄っていうのは、周辺の雪原に散在する、
複雑な地形から付けられた名前。もし、はぐれて迷い込めば、
この氷河の牢に、囚われるわよ・・・。永遠にね―――。」
「そんな自然の牢獄なんかに用は無いでしょ?!早く行くわよ!!
分かってるの?アーシェル、それに、マーシャ―――」
返事が聞こえなかった・・・。
「小さな声で答えてんじゃないわよ。聞こえないでしょ?
あれ、それとも、私の耳に雪でも詰まっちゃったのかしら・・・。」
「それなら、どうして、私達の声が聞こえるの?」
「―――あんまり答えないと、・・・ぶった斬るわよ。」
私は、全力で背後にバーニングスラッシュを放つ。
吹雪を斬り裂いて開けたところに、その2人の姿は・・どこにも見えなかった。
「ムチャな事するわね・・・。」
「いいわ・・・。私達だけでいい。案内してくれるかしら・・・。」
「足跡・・・。これをたどれば、追いつけるな・・・。」
声も気配も頼りに出来ず、俺は、ただ、足跡だけを頼りに歩き続けた。
「あとどれぐらいで着くんだ・・・。」
「―――何を言ってるんだ、アーシェル。もう、見えるだろう・・・。」
俺は、立ち止まった・・・。シーナたちとはぐれてから俺は1人だったはず。
いや、それよりも、・・・その声の主に、俺は、戸惑った・・・。
「もう、着くさ。街の灯りだ―――。」
「―――そんな、バカな・・・。」
「・・・変な顔してんだな。それとも、何か、おかしなもんでも見たか?アーシェル。」
「隊長・・・。」
自分の頭の中では、分かっていた。そんなはずはない・・・。そんなはずは―――。
「疲れてんなら、さっさと休めよ。モンスターズハンターは、
何者にも負ける事なく、常に強くあるべきなんだからな・・・。」
だが、間違えようがなかった。全部、ガーディア隊長が俺に話しかけた言葉・・・。
「どうしよう・・・。みんな、いなくなっちゃった・・・。」
「―――マーシャ・・・。」
マーシャは、その声のした方を振り向く。だが、振り返りながら、気付いた。
その声が、・・・アーシェルや、ほかの誰の声とも違う声であることに・・・。
「本当に、・・・本当に、―――マーシャ・・・、なんだね・・。」
マーシャが、その声の主が誰なのか気付いた時にはもう、全ての意思を奪われていた。
見る事も、聞く事も、・・・何かを話すこともマーシャの意思で出来なくなっていた。
「―――本当に、・・・長かった・・。今日の、この日が・・・来るのが・・・。」
その人物の声は、マーシャの頭の中に直接、響いていた。
マーシャの意志と関係なく、ぼんやりと、その姿がある方向に、目を向けていた。
「もう、この口から言う事もないようだね。お母様の事も、マーシャ自身の事も。」
マーシャが知りたいと思っていた事・・・。皆が隠していた母親の事。
長い旅の果てに、マーシャは、何故、母親が皆に隠していたのか・・・。
そして、母親や自分自身の秘密を、知ることとなった。
「―――マーシャ、・・・私の、たった1人の、可愛い娘・・・。
お前のお母様と同じように、重い運命を背負う者―――。」
マーシャは、頭に響くその声を、自分の意思で拒むことも出来ず、
ただ、受け入れるしかなかった・・・。
(111日目早朝)
お父様―――。マーシャはそう口にしようとしたが、それは出来なかった。
全ての意思を奪われ、考えることすらも、許されていなかったのだから・・・。
「あの日から、この牢獄に囚われました。・・・これから先も、永遠に・・・。
―――悲劇の少女という者に関わった、全ての者達の行く末と同じように。」
マーシャは、何も出来なかった・・・。
「私には聞こえます。―――悲しみに喘ぎ嘆く者達の声が・・・。
私は、神に仕える身であるというのに、そのような者達の、
心を癒すことも出来ない。
―――なんて、無力なのだろう。マーシャ・・・。」
「・・・どうして、知ってしまったのだ・・。何も知らずにいたのならば、
今も、これからも、ずっと、永遠に幸せに生きる事が出来たというのに。」
マーシャの周りに少しずつ、白い幻影が集い始めた。
「もう、気付いているのではないのですか?マーシャ・・・。
少しずつ、マーシャ自身の心が、・・・失われつつある事を。
悲劇の少女としての力が、―――マーシャの全てを
支配しようとしている事を・・。」
無表情のまま、マーシャは、立ち尽くしていた・・・。
「破壊と殺戮をもたらす者に感情など必要ない・・・。人間からしてみれば、
そのような力を持つ者など、・・・邪悪な敵、・・悲劇をもたらす存在でしかない。
憎しみや恨みをただぶつける、対象でしかない・・・。
―――今のように、何も考える事も出来ず、感じることも出来ず、
何もかも破壊し尽くす運命に縛られるだけの者、それが・・・悲劇の少女―――。
・・・どうして、そんな運命を知ってしまったのだ?なぜ、背負ってしまった?
憎むべきは・・・誰だ・・?―――私は、・・・誰を、・・憎み、恨めば良い?
この、黒き悪しき感情を鎮めるには、どうすればいいというのだ?!」
マーシャの周りの白い幻影が、少しずつ、マーシャを縛りつけ始める。
だが、それを無表情で拒む事もなく、ただ、マーシャは立ち尽くしていた・・・。
―――やめて・・・。聞きたくない―――。そんな意思は全てかき消された。
「・・・ここに、・・・魂を宿しなさい。私は、・・・いつまでも、一緒にいたい。
あの頃のように・・、マーシャと・・、この場所で、永遠に・・・。
そうすれば、もう、何も迷わず、そして、誰にも邪魔はされない・・・。
―――悲劇の少女として、誰にも憎まれず、恐れられず、そして、
マーシャ自身も、傷付かずにすむ。私は、そんな事をさせたくなど・・・ないのだ。」
幻影は、ゆっくりと、拒むことを知らないマーシャの体を、
牢獄へと引きずり込み始めた。
「私の、可愛いマーシャや・・・。永遠の静寂を・・・、共に・・・。」
幻影の動きが止まる・・・。
「迷っているのか・・・、マーシャ―――。あの日、私はマーシャを置いて、
聖堂を抜けてしまった・・。もう、あの過ちは誓って繰り返さぬ。
もう、二度と・・・、手を離したりなど、・・しない―――。」
―――お父様は、そんな事を・・・言ったりなど、しな―――
「・・・悲劇を望む者などいない。悲劇の少女を認める者などいない。
やがて、全ての者は悟るだろう。―――悲劇の少女は、滅すべき存在だと。」
―――全ての・・・者・・・。
「誰も止められない。やがて、悲劇は起こるのだから。滅しようとする者がいたなら、
ためらいも無く消すだけの力と、感情に支配される。その時、マーシャは、
もう、今のマーシャではなく、・・・ただ、殺戮と破壊だけをし尽くす、
悲劇をもたらすだけの、存在になり―――、
誰もが、それを恐れ、怒り、敵とみなす。
傷つけあい、痛めつけあい・・・、信じあう者達の心でさえも・・・削る―――。」
―――そんな事、望んでいない。・・・そんな事、・・・させない―――。
マーシャが、そういくら望んだところで、もう、マーシャの魂は、
牢獄へと縛りつけられていた。逃れようとする意思を持つことも、もう出来なかった。
「・・・傷つけたくないと願う心は、―――悲劇の少女の意思ではない・・・。
まだ、マーシャは、―――マーシャ自身の心を持っている。
今なら、大切な人間を、みな、傷つけず、苦しめる事も無く済むのだよ・・・?」
―――お父様に会う事・・・。私は、望んでいました。
誰も傷つけたくない。それは、疑いようもない私の心の言葉・・・。
いくら望んでも望んでも・・・、悲劇の少女としての意思は、お父様の言う通り、
みんなを傷つける・・・。私にとって、大切な人達でさえも―――。
お父様や、・・・村の人たちも、―――みんな・・・。
それは、私が、―――悲劇の少女であるから・・・。ただ、それだけの理由・・・。
「村の皆も・・・、ここにいるんだよ。また、ここで暮らそう・・・。」
村の人達の笑顔や、青い空・・・。どこまでも続く花のじゅうたんや、
さえずる小鳥達―――。それは、まだ私が、お母様を知らなかった頃・・・。
―――あの頃に、・・・戻りたい―――。
「さぁ、おいで・・・。マーシャや・・・。今のままのマーシャでいたいのなら・・・。」
―――もし、戻れるのなら、・・・そう望んで、みんなを傷つけずに済むことが
出来るのなら・・・、どれだけ、幸せなのでしょうか―――。
淡い翠の光が白き幻影に染まる・・・。それは、やがて、少しずつ強く、輝く・・・。
「・・・その願いを、・・・叶えられるのだよ、・・・ここに来れば―――。」
マーシャは、魂を引き止めた。輝く光の鎖が、それをつなぎとめていた・・・。
「―――今の私を、消す事は出来ません・・・。これまで、皆さんと出会って、
ここまで歩いてきた・・・。今の私に、・・・消す事は出来ません!!」
(111日目昼)
「―――あなたが、・・・どうして、ここに・・・。」
あたしは、ノーブルレイピアを差し向けた・・・。
「ガルド王国女王・・・、ティスターニア―――。」
その表情は、・・・あたしの記憶にあるのと、少しも違わなかった・・・。
「全員を・・・、解放して。・・・あなたと戦う理由なんて、見つけられない。
教えて・・・。何が、あったのか・・・。どうして、こんな事をしているのか・・。」
「納得のいく答えが・・・あるんだろうな?」
「―――マティ・・。あの娘なら、・・・気付いているだろう。」
そこにいたのは、あたしとリーク、そして、長い間、行方不明だった人・・・。
「アークティクスを、・・・暴走させた理由も、あたしには分からない・・。」
「俺は、討たなくてはならない。邪悪なる者を・・。祖国の為に・・。」
あたしは、少し声の調子を上げた・・。
「・・・正義でも、語るつもり?―――せっかく、あなたに逢えたっていうのに、
そんな事を話して時間を潰したくなんかないわ。邪悪なる者・・、祖国の為・・・。
―――そのためならば、悪魔にでも魂を売るというの?!」
「―――絶望。それが、代わりに得たものだった。だが、・・・後悔はない。
この力で、討つ事が出来るのならば・・・、本望だ・・・。」
「誰を・・・、誰をよ?!」
あたしが問いかけたその人の表情が変わった。けど、その表情の意味を、
あたしはすぐに理解出来なかった。
「・・・正しい事を、追い求める為の犠牲・・・。そんなものが、何故必要なんだ?
何故、これ以上の犠牲を望むのだ?!」
そこにいたのは、淡い光を放っている杖を持って、あたし達を見ていた、
女の子だった・・・。
(111日目昼)
あたしは、まだ、レイピアをネーペンティに向けていた。
「あなたが、アークティクスを暴走させた事・・・。兵達を牢獄に閉じ込めた事・・。
・・・女王であった者として、いかなる理由があろうとも・・・、
民と王家を争いに至らしめた事を、許すことなど、出来ないわ・・・。」
でも、その言葉の意味を知らない人間が、その部屋にいるわけなんて、なかった。
「もはや、この氷河牢獄ですら、悲劇の少女の心を捕らえられないか・・・。」
「悲劇の少女―――、この・・・、女がそうだって言うのか?!」
すぐには、信じられなかった・・・。
あたしが覚えていないくらい小さかった頃・・・。この国やエリースタシアは
世界中を巻き込んで争っていた・・・。その中心にいて、戦乱を治めた者・・・。
自らの命と共に、1つの国を滅ぼし・・・、お父様達の命を巻き添えにした者。
マティの叔母さん―――、それが、かつて、悲劇の少女と呼ばれた女性―――。
その力を受け継ぐ者が、・・・今、ネーペンティの敵として目の前に居る―――。
「我が名は、ネーペンティ=ディーリング。エリースタシア帝国にて
病床に臥す父に代わり、この世に仇成す者を滅ぼさんとする者―――。」
あたしは、レイピアを持ったまま、後ろに引いた・・。
ネーペンティの怒りが、魔力と合わさって、物凄い勢いで集い始めた・・・。
「なんて力なの・・・。こんな・・力―――。」
そんな、あたしたちの前で、その女の子が初めて声を出した。
「―――私は・・・、まだ、自分を、信じていたい。
・・・だから、今、・・・ここで、決めましょう―――。」
「アークティクス―――、召喚!!」
あたしは、ただ恐ろしくて、壁にもたれたまま、座り込んでいた。
「全力を尽くして放ったはず・・・。」
召喚術の威力なんてものじゃなかった。あたしが放った時の暴走と同じ破壊力を、
ネーペンティは、完全に制御しきっていた・・・。それを、たった1人の、
その女の子にぶつけた・・・。
「・・・なんてこと・・・なの―――。」
その女の子の周りの地面も壁も、空気でさえも凍り付いていた・・・。
とても強い光を放っているその杖を持ったまま、その女の子は、
じっとネーペンティの事を見ていた・・・。
「―――闇の住人の気配・・・。いったい・・、あなたは・・・?」
「やはり、その杖の力が、・・・恐ろしいな。」
ネーペンティは、一気にその女の子に近づいて、アークティクスを放つ!!
それでも、その女の子の目は、ただ、まっすぐ向いていたわ。
「・・・ゴッドトライフォア。」
その女の子の攻撃と、アークティクスがぶつかり合って、相殺する・・。
ネーペンティは、最小限のダメージで、背後に飛び退いていた。
「―――ただの魔法では、倒せない・・・。」
闇の住人の気配・・・、けれど、モンスターのものでもありませんでした。
・・・そこにいた他の人達と変わらない、ごく普通の人のはずなのに・・・。
「あれが・・・、悲劇の少女の力・・なのか?」
「・・・国を、・・大陸を滅ぼす・・・力。悲劇を・・・もたらす者―――」
「ティスターニア女王―――。今の俺なら、・・・倒せる。」
その男の人は、ソードを私に向けました。
「さっきの攻撃・・・、それが、貴様の限界―――」
私はただ叫んでいました。凍りつくような痛さが、体中を襲い掛かってきました。
「ただの召喚術だと思っているのなら、それは、見当違いだ・・・。」
私は、シールドチャージで攻撃を防いでいました。けれど、その人の攻撃は、
それも突き抜けてきました。
「2人とも、見物しているだけではつまらないだろう?手を貸してくれ・・。」
「・・・ティス、やるぜ。3対1なら・・・。」
「ちょっと、待ちなさい・・・。」
「ティス?」
「―――やっぱり、・・・あたしに、納得なんて、できないの・・・。」
「どうした・・・、ティス。」
「忘れないで・・・。あたしは、兵を―――、あたしが、見捨ててしまった
皆を呼び戻すためにここにきたの・・・。解放しなさい。それが、
―――ガルド王国女王としての、あたし自身の言葉・・・。」
「本当にそれが、・・・ティス自身の言葉なのか?」
あたしは、レイピアに込めていた力を少し抜いた・・・。
「きっと、正しい事を言っているのは、あなた。」
「ならば、止めるな。俺の太刀筋を、・・・妨げるな!!」
アークティクスの力がそのソードに凝縮していた。
「悲劇の少女よ―――、この地にその魂を封印せん!!」
あたしは、動いた。ただ、そうしたかったから。あたしは、動いていた・・・。
「アークティクス、・・・召喚。」
(111日目昼)
「―――ちくしょう。ザヌレコフの野郎も、あの女も消えやがった。」
まとわりついて来やがる、嫌な感触の雪だった。
「冗談だろ・・、ここで、迷っちまったら、生きて還れねぇぞ?」
もう、俺は生きては還れねぇ―――。昔、殺し屋だった頃・・・。
俺が、ふと我に返って、一人ぼっちになっちまったとき、よく、そう考えていた・・・。
いつ死ぬか、明日生きてるかも何も分からない。ただ、命じられる事だけを、
確実にやる・・・。やれなければ、待つのは、―――死。
「お前、―――ガキならガキらしく、そんなシケた面するな・・・。」
なぜか分からねぇ。その時の俺は、そんな声を聞いたような気がした。
まだ、俺が、こいつらと出会っていなかった頃―――。
「お前の力は、頼りにしてる。――― 一級殺し屋だろ?」
ガーディア隊長・・・。俺の目の前で亡くなった。今、俺の目の前にいるのは、
幻影―――。わかってはいた。それでも、懐かしかった。
目の前にある幻影は、・・・俺にとって、忘れる事のできない人間のもの・・・。
そいつは、俺の意思に関係なく、ガーディアの心を、隠しもせず、映し続けた。
俺の記憶にはないはずの、―――ガーディア自身の、心の中の闇までも・・・。
「俺は・・・、俺は・・、一体、どうすれば・・・いい・・・?」
その幻影の中にいたガーディアの姿は、紛れもなく、俺が知っている隊長の姿。
けれども、・・・俺は、そんな姿を、見た事も、―――想像したことすらなかった。
「何処に、行ってしまったんだ・・・。」
何度も、その言葉が心の中を反響し続けていた・・・。
幻影の中のガーディアは、やがて、俺達から離れていった。
俺が知らなかった事・・・。その時、ガーディアが、何を考え、
何を感じ、何を求めて去っていったのか・・・。
俺は、その幻影を、ただ、静かに見ていた。
心にあいていた、その穴を、埋めていくかのように、
その幻影は、ただ、ガーディアの心を映し続けていった・・・。
(111日目昼)
最初は、俺の知っている、ガーディアだった。けど、いつの間にか、
それは、ガーディアの話した事から、―――奴の考えていた事に変わって行った・・。
奴は、自分の部屋にいた。それは、誰の目にも届かない、
グロートセリヌ城の奥にあった・・・。
「―――ディシューマ軍の持つ情報・・・。手を組み、初めて、
ディシューマ軍の提供する、その情報の量に、何度も驚かされた・・・。」
そう日記につけていやがった。俺には、それが、幻影自身の心の中の言葉として、
俺の耳の中に聞こえてきた・・・。
「・・・謎の病気についての研究。その詳しい資料を目にして、
最初は、素晴らしい事だと思っていた。だが、いつしか、膨大な量の情報に、
正しい事を判断する力が、麻痺してしまったのかもしれない。」
謎の病気―――。奴や、アーシェルらの仕事、モンスターズハンターは、
動物の凶暴化って言っていた奴の事・・・。
「・・・ただ知りたかった事。その情報を提供するための条件として、
より高度な実験結果の報告が命じられた。モンスターズハンターの隊長としての
立場は、その為に、どうしても必要なものだった。
結果として裏切る事になるとは、わかっていた・・・。」
俺は、耳をふさぎたい気持ちでいっぱいだった。何か、足元で俺を支えていた、
いろいろなものが、ガラガラと音を立てて崩れていくような気持ちだった。
なぜ、ガーディアは、奴らの言う事に、ただ従っていた?
ゾークスや、俺達を裏切ると、そう知っていたのに・・・。
「―――真実に近づこうとすればするほど、俺は、その人間の名を、
深く関わる者として、心に留めるようになった。
この国の者は、その人間を、悲劇の少女と呼んでいる・・・。」
悲劇の少女―――。幻影が、その言葉を発する声は、とても冷たく響いていた。
「実験―――。この国の研究者達は、そう称して、症状が発現したモンスター達の
研究をしていた。その真の目的を知ってしまった時の事を、
今も忘れることはできない。あの日の実験は、俺も立ち会っていたのだから。」
その幻影は、俺の心の動揺につけ入るかのように、それに続く言葉を発した。
「・・・人体実験。それは、もはや、人間の行いではなかった。
―――何のためらいもなく、研究者達は、グロートセリヌ国の傭兵隊長を、
その実験に巻き込んだ―――」
1人の顔が思い浮かんだ。続きの言葉を、方法があるのならば、
俺は、その幻影が発する言葉を止めたかった。もし、その男が、これから先、
その幻影が発した言葉を聞く事が、あるとするならば・・・。
「その力は人智を超えていた。その力に近づく事こそが、目的・・・。
その男が、傷付き倒れた時―――、その場にいた誰もが成功だと、そう口にした。
目指すべき目標に限りなく近付いたのだから・・・。」
体中が、熱くなっていた。何も考えられなくなってやがった。
けれど、次の瞬間、そいつが言った言葉で、俺の中の何かが、壊れちまった・・・。
「―――生きていたんだ。その男は・・・。あの力を目の前にして・・・。
その男は、その強い意志で、生き続けようとしていた・・。
俺は、この手で、その男を、―――ベラ=フランシスを、暗殺した・・・。
それから、グロートセリヌが陥落するまで、さほど、時間はかからなかった。」
ガーディアの言葉から、心が消えた・・・。
「スフィーガルの地を離れ、ディシューマ軍についた。
もう、戻ることなど出来ない。ゾークスのところへも、・・・人間へも。
何百、何千という殺し屋達を束ねる事の出来る地位。
それが、与えられたものだった。
―――それでも、俺は、求めていた真実に、近付く事ができなかった。」
この国を壊して、親父を殺し、人間を捨てて、俺達、殺し屋を束ねる程の権力までも
持ちやがったこいつが、まだ、望んでいる物―――。
俺に、それを想像する気は起こらなかった・・・。
「そんな俺の前に現れた男が、ドミアトセアだった―――。」
俺の記憶にあるそいつが、俺に笑顔を見せた・・・。
「―――悲劇の少女・・。その仲間が、知っていると。」
悲劇の少女の、仲間・・・。
「研究者達には、研究の為などと説得して、多くの殺し屋にその場所を探させた。
だが、すぐに見つかった。深い森―――、そこに、隠れ棲んでいた。」
セリューク大魔導師―――。
「・・・やっと、答えにたどり着いた。そう信じていた。
けれども、―――如何なる手段を使っても、決して、答えようとはしなかった。
・・・俺は、絶望した。もう、戻れない所まで来てしまった。
もう、何も俺を支えるものなど、なかった・・・。」
それまで感情がなかったガーディアの言葉に、少しだけ、暖かさが流れてくる・・。
「―――ただ、一度だけでいい。たった、それだけでよかった。
だが、それを願えば願う程、俺は、それ以上のあまりに多くのものを失くした。
・・・ただ、探していただけなのだ。こんな今の俺を、支えてくれるもの・・・」
「―――愛すべき妻と、・・・我が娘の、姿を―――。」
俺は、その時、ガーディア隊長の言葉、―――最期の言葉の意味を理解した。
その言葉の後、ガーディアの奴の姿が、真っ黒に染まっていきやがった。
「―――たどりつくための手段が絶たれた今、俺は、ただ、
この力の可能性だけを考えている。残されたもの・・・。
それがどのようなものであろうが、それは、これまでの俺、そのもの・・・。
―――俺が関わってきた、悲劇の少女と呼ばれる人間の力に近付くもの―――。
それこそが、我が人生の産物―――」
ガーディアは、そこで書くのを止めた・・・。
暗闇に包み込まれたその部屋に、そいつは入ってきやがった・・・。
悪魔―――。いるとするなら、そいつのような事を言うんじゃねぇだろうか。
どんな暗闇よりも暗く深い闇から聞こえるような声だった―――。
「―――スフィーガルの谷に行きなさい・・・。」
その声の方に顔を向ける。
「・・・その地に住む神官の娘―――、悲劇の少女を、殺しなさい・・・。」
その男―――、ドミアトセアはそう言って、部屋から消えた。
「悲劇の少女―――。」
隊長は、静かに椅子から立ち上がり、扉へ向かう。
少しずつ、その光景が薄くなっていった。
幻影は、深い闇の中に少しずつ溶けていった・・・。
俺の脳の中に響く、小さな声―――、それが、隊長の心の中の言葉だと気付いたのは、
少しずつ、その声が大きくなり、その鈍い頭痛が、やがて、耐えられないほどの
痛みに変わり始めた頃の事だった。
「―――悲劇の少女・・・。俺から全てを奪う者―――。関わる全ての人間を、
悲劇の舞台へと向かわせる存在・・・。俺は、全てのものを失った。
真実を求めるために―――。今ならば、・・・娘を、
―――ドルカを求めても、これ以上、失うものなど、・・・何もない。」
(111日目夕方)
私は静かに目を開けました。
「どういうつもりだ・・・。」
「今まで、アークティクスが暴走している理由なんて、考えてもみなかった。
―――こんな目にあえば、怒りを爆発させたくなる気持ちもわかるわ。
・・・今のあたしが、そうですもの―――。」
私の目の前で、ソードを持っている人は、立ち止まっていました・・・。
その女性の方が召喚したアークティクスが、私への攻撃を抑えていました・・・。
「ティスターニア・・。これは、召喚ではない。―――支配だ。
支配下にあるアークティクスを召喚し、その力を行使することは不可能だ。」
「あたしの力を、相当みくびってなくて?」
アークティクスは、そう話す女性に、時折攻撃を仕掛けていました。
けれども、いくら、傷つけられても、その女性は、
決して、その表情を崩しませんでした。
「やめろ、ティス!!」
「あたしは、止めない。」
「それも、ガルド王国女王として・・・なのか?」
その言葉に、ティスターニアさんは、はっきりと目を開いて、答えました。
「リーク!!今、あなたがなすべきことは、
ガルド王国を治める者がなすべき事。争いを絶ち、民を正しく導く事・・。
―――それは、今、あなたたちの目の前にいる、このあたしを、止める事。」
「どういう気だ?ティス・・・。」
「もう、これ以上、―――誰も、争いに巻き込みたくない。
傷つけあうのを見たくない・・・。ガルド王国の民や、兵達・・・。
マティ、リーク・・・、ホイッタ。それに、ネーペンティ、あなたも。
そんな事、あたしだけで・・・、十分だから―――」
「何の為に、ティスが犠牲となる必要がある?
争いたくないというのならば、関わらなければいい―――。」
「このノーブルレイピアは、ガルド王国を治める者に受け継がなくてはならないもの。
その武器をこうして持つ理由。それは、戦う理由があるから。そして、
―――そうしてしまった責任を、・・・罪を、償うため―――。」
あたしは、全力を込めて、アークティクスの声を聞いた。
「その代わり、容赦はしないわ。攻撃してくるなら、全力で立ち向かう!!」
一瞬、あたしの声を聞いてくれたアークティクスの力の一部が、
ネーペンティの支配を絶って、あたしに従ってくれた・・・。
「くっ、本気で俺達を?!」
「リーク・・・。私達は、・・・ティスターニアさんと戦わないといけない。」
体が急に重くなった。あたしの言葉を聞いてくれたマティの魔法だった・・・。
「・・・マティ?」
「ティスターニアさんの気持ちが分かったから・・。
みんなを、守ろうとしているのよ。―――王国のみんなを、・・私達を。
・・・きっと、リークのお父様達も、全て・・・。」
「革命派の・・・連中までもって言うのか?」
「そうよ・・・。みんな、ティスターニア様1人で、背負おうとしているのよ。」
その男の人は、アークティクスを一度戻しました。
ティスターニアさんは、苦しそうにその場で、ひざをつきました・・・。
「何をしてもいい。だが、結果は同じことだ。下がっていろ。
もはや、女王でないというのなら、それでもいい。
俺は、エリースタシアの民の命を預かっている。悲劇の少女を見過ごす事は、
民の期待に背く事だ。分かるだろう?それでも、・・・意思を貫くのか?」
「気持ちは、ずっと変わらないわ。・・・きっと、あなたが正しい。
―――けれど、あたしは、このノーブルレイピアを持った。
・・・今のあたしにとっては、こっちにいる方が、ふさわしいのよ!!」
男の人の目が変わりました。まるで突き刺すかのような視線で、
ティスターニアさんを見ていました。
「―――20年前、この国が選んだ道と、同じ道を選ぶのか―――。
忘れたなら、教えよう。・・・その結果が、今のこの様だと言う事を!!」
私は、聖杖を構えました。それは、今までの、どんな攻撃よりも、
強い思いが込められた力でした・・・。
「何も変えられなどしない。同じ事を繰り返しているだけならば!!!」
それは、私の体全てが凍てつく程の、激しい攻撃でした。
「―――あなた1人で、こんなにも大きな悲しみを、背負わないでください。
・・・ただ、見ているだけなんて、・・・私には、出来ません―――。」
「・・・あ、・・・あなた―――、なんて、・・・事を・・。」
「この先に、・・・私達に、何が起こるのか。それは、決して分かりません・・。
それでも、私は、・・・願っています。―――少しだけでもいい。
目の前で、苦しみ嘆いている人を、・・・その悲しみを、軽くしてあげたい・・・。」
とても、やさしい声に聞こえた。苦しそうに吐く息は、真っ白に染まってた。
「あなたに・・・、あたしの、・・・何が、分かると・・言うのよ?」
静かに振り返ったその人は、あたしに、精一杯の笑顔を見せた・・・。
その姿を見て、あたしは、・・・ただ、息を飲むばかりで、何も言えなかった。
「あなたの優しい心は、今、・・・悲しみの色に染まっています。
そんな色は、・・・きっと、あなたのような人には、似合いません―――。」
あたしは、ノーブルレイピアを、強く握り締めた。
「だから・・、だから、このあたしを、・・・あなたは―――。」
ネーペンティの攻撃から、守ってくれた。今でも、暖かい魔力の衣が、
あたしを包んでくれていた。それなのに、その人は、・・・一切、何も、
自分の体を守る力を、使ってはいなかったわ。ボロボロになる事が分かっていたのに。
「声が、・・・聞こえますか?」
あたしは、アークティクスの声を聞いた。
「ええ・・・。この声、・・・あたしには、聞こえる。」
(111日目昼)
「なんで、・・・こんな所に、居やがるんだ・・・?」
俺は、幻を見ていやがった。けど、どうそいつを振り払っても、
そいつらは、消えようとはしなかった・・。
「せっかく、また顔を見せてくれたってのに、・・・そんな事言うのかい、あんたは?」
「騙されやしねぇぜ。俺はよ・・・。やってみやがれ・・。」
「そうか、ザヌ・・・。もう、お前も、ガキって歳じゃあねぇんだな。」
「―――ジュネイルは、今も、・・・元気なの?」
わかって言ってやがるのか、―――それとも、本当に、ただの幻影にすぎねぇのか。
それでも、俺は、まだ、わかっているつもりだった。いくら、そいつらが姿形を、
―――親父やお袋に似せようと、決して、本物じゃあねぇって事くらい。
「無駄だ・・。俺は、・・・こんな幻影に―――。」
「―――思えば、俺の最期は、・・・ああなる事が運命だったんだろうな。
それだけの事をしたんだから。当然の報いだ。なぁ、そうだろ?ザヌよ・・・。」
「それだけの・・・、事・・。」
(111日目昼)
「雫の結晶・・・。その力の揺らぎは、このハルトゥの神の御許に生を受けた
我々にも、強く感じ取ることが出来る・・・。」
「ならば、・・・行くと言うのですか?」
「・・・告げなくてはならぬ。この地に降りかかろうとする、災いの事を。」
ハルトゥ火山・・・。その地名は、全ての記憶を取り戻した時に、
何よりも深く、心の中に刻まれたわ。そこは、幼い頃、私が、生まれ育った地・・。
「探せ、探し出せ!!」
「賊を神殿から逃がすな!!」
その光景には見覚えがあった。ついこの間、私がこの目で見た光景・・・。
中から人が出てきた。見覚えのある奴、―――クダールだった。
「捕らえられたのは2人だけか・・・。北の町の連中め。」
クダールの見た目から分かること。それは、まだこれが、10年以上も前という事。
少し気になったのが、クダールの言葉。―――北の町の賊。
「やっぱ、正面切って突っ込むなんて、無謀だ・・・。」
「あの野郎だ、クダール。あいつがまず、ヤバい。奴をどうにかしねぇと。」
「・・・弱気ね、アンタも。雫の結晶―――、盗むんじゃないのよ。取り返すだけ。」
「―――そうだったな。」
俺の記憶から、こいつら2人の事が消えることなんて、ありえねぇ。
ただ、賊に加担してやがったなんてのは、初耳だった。
こいつら、・・・自分の息子も、あざむいてやがったって事なのか・・?
「高貴なる炎の民の長が、直々に王家を訪れるとは、まことに光栄な事だ。
―――して、どういった御要件であろうか?」
「我らがハルトゥの神の言葉を伝えに参上した。
この国に災いが降りかかろうとしている。暗い闇の衣を纏う魔の者が・・・。」
「・・・ご忠告感謝致しますぞ。しかし、だが、ご心配には及びませんな・・。」
「我が兵の強さは、かつての戦においても証明された。神殿にまつる雫の結晶も、
我が国が世界に信用されている証拠であるのだ。
―――何よりも、そなた達が居るのだ。我らは、期待しているのだぞ・・・。」
炎の民―――。確か、そんな奴が居たな。こいつらは、あの女の一族ってことか。
だが、そこに居る連中は、俺の目からみても、まず、真面目に話なんか聞いちゃあ
なかった。信じれるわけねぇ。胡散臭ぇ連中としか思っちゃあない。
炎の民の連中もそう感じたんだろう。話を切り出しやがった。
「雫の結晶を、・・・神殿に案内してもらえるだろうか?」
空気が変わりやがった。
「―――お帰り願いしてもよいだろうか?これでも、丁重におもてなししている
つもりなのだ。悪くは思わないで頂きたい。」
「多くは口にする気はないが、・・・賊共が侵入したのだ。何人たりとも、
中には案内できないのだよ。」
「諦めるのは、早いわ。いい考えを思いついたのよ。」
その女は、その思いついたって事を口にした。私は、黙って右手をきつく握った。
「ハルトゥ火山の麓・・・、炎の民の連中に、盗ませるって言うのか?」
「盗ませるなんて言い方―――、
そんな事、あの人達に頼めるっていう気、アンタ?」
「詳しく、話を聞かせてくれやしねぇか・・・?どうするって気だ。」
「私に任せて。うまくやるから・・・。」
周りの連中さえいなければ、その女の顔を見て、賊だなんてきっと思わない。
今の私は、クリーシェナードの王家が闇の住人に支配されていた事も知っているし、
マーシャの母さん達が来なければ、・・・あの神殿にあった雫の結晶は奪われていた。
正しいことを言っているって確信してる目。マーシャが時折見せるのと同じ。
けど、それでも、私には、許せなかった。
「私達が、賊と同じだと言う気か?クリーシェナードの人間達は。」
そいつらは、怒っていやがった。あの女の様子を見てりゃあ分かる。
俺がこれまで見た光景・・・。間違っても、あの女にだけは見せられやしねぇ・・・。
「このままでは―――。賊め・・・。」
怒りに共鳴するみてぇに、雷鳴が轟きやがった・・。
「猶予はない。把握しなければならない・・・、雫の結晶の今の様子を。」
女が炎の民の集落を歩いてた。時折、空を見上げる。
もう、この頃には、昼かどうか分からないくらい、空は暗かった・・・。
「―――こんな天気になっている原因。あなた方みたいに、自然の力を操る人って、
こういうのに詳しいんじゃなくて?」
「・・・あなたは?」
「たとえば、・・・・雫の結晶とか。」
「―――まぁだ、飲んで行く気か?」
「いいだろ?それで、・・・儲けてんだからよぉ。」
「良く言うぜ・・・。」
そいつは、ゆっくりと立ち上がった。
「―――俺はよぉ、・・・正しい事を信じるってのを疑うなんて、させたくねぇんだ、
あいつらにはよ。―――こんな俺を、親に持っちまったあいつらを、
・・・騙しちまってるってのは分かる。お前が、いなけりゃあ、・・・今頃。」
「言うんじゃねぇよ。お前にゃあ・・・、恩があるんだからよ。」
「万が一のときにゃあ、・・・息子と娘を、・・・頼むぜ。」
「テメェが真人間だって事、誰よりも知ってんだ。だから、信じてやる。
ちぃっと俺が損しちまってる気もするけどよ・・・。
・・・なぁに、息子の出世払いって事で、勘弁してやらぁ・・・。」
「迷惑は・・・、かけねぇ。」
「ったりめぇだ。お前に、金は一銭もやる気はねぇ。行っちまえ。」
正しい事を信じる・・?盗賊の言う事なんか、何も信じない。自分のやってる事が、
どれだけ人を傷つけるかも考えられないような奴のことなんて・・・。
「リズノ。街の方で騒ぎがあったらしい。俺は行く。ここを、任せる。
なぁに、・・・わざわざ神殿の前で待ってなくても、暴れる賊など、街で潰せばよい。」
遠くから、それを見ていた人達がいた。その中の1人は2本のナイフを持っていた。
やがて、静かに神殿へとその人達は歩いていったわ。
「―――ハルトゥの山の神よ。我が使命、成就したあかつきには、
かつての者と同じく、御許へ参り、炎の民とならんことを、ここに誓う―――。
我にその熱き焔の力を宿せ・・・。」
私は、それからしばらくの間、見ていた。それから、何が起こるかを、知っていた。
リズノが、何をしたのかを。でも、耐えられなかった。それ以上見るなんて、
私には出来なかった。目をきつく閉じ、耳を塞いだ。
許せなかった。リズノは自分の人生を悔いていた。全ての原因が自分にあると信じて。
けれども、全ての原因は、自分の欲望を満たそうとした、薄汚い賊だった。
それなのに、どうして、リズノは苦しまなければならなかったというの?
どうして、炎の民は虐殺されなければならなかったの・・?
こんな、・・・こんなことが、私が求めていた、真実だと言うの?!
(111日目夜)
「アークティクスよ、我が願いを聞きたまえ。悪しき者を罰する力を、
我に与えたまえ。その力を、・・・我が手に宿せ!!」
それまで苦しみの声を上げていたアークティクスは、あたしの声にしたがって、
ゆっくりとネーペンティの支配から逃れて、集い始めた。
「流石は召喚術士と言ったところか・・・。だが、これで十分だ。」
「光魔導法―――悪しき志を持つ者を討つ聖なる光を、・・・フラッシュリング!!」
あたしは、その魔法に合わせてアークティクスを放った。
「逃げられるものなら、逃げてごらんなさい!!」
あたし達の力がマティに抑えられていて、全力を出し切れないことと関係なく、
ネーペンティの力は強かった。
その女の子の力をもってしても、ネーペンティの力が揺らぐことはなかった。
「・・・そんな。―――まだ、戦えるって言うの・・・?」
魔力を使い果たしそうになっていた。きっと、その女の子も。
「リーク、俺について来てくれ。」
ネーペンティの様子が変わった。顔つきに今までの余裕さがなくなっていた。
「俺の攻撃の隙に、あの女を倒せ。」
「何をする気?!」
突然、私の目の前が真っ白で何も見えなくなりました。
「・・・見えない!!」
何かの気配に気付いて杖を目の前に向けた瞬間に、剣が私の目の前に現れました。
「くっ、気付かれたか?!」
その人はすぐに身を翻して、また、視界から消えました。
「悲劇の少女・・・。今、俺の目の前にいる女が、・・・悲劇の少女―――」
左肩に耐えられない痛みがはしりました。
「・・・俺の攻撃でも、・・・見えなければ当たるんだな!!」
私は走りました。すぐ背後で空を切り裂く音がしました。
「逃がすか?!」
「悲劇の少女・・・。あなた達にとって、いったい・・・。」
「倒すべき敵だ!!」
私は、杖で剣を受け止めました。驚いた表情で私を見ているその人に、
ただ、こう聞いていました。
「―――あなたの憎しみの源・・・、悲劇の少女とはあなた達にとって
いったい、どういう存在なのですか?」
「急に動きが、・・・鈍ったのではなくて?」
ソードの攻撃に切り替えたネーペンティの動きは、今までよりずっと遅くなっていた。
「あなたの攻撃、見切れるわ。」
技にキレがなくなって、これまで感じていた圧倒的な強さが薄れていた。
「―――見ない間に、・・・強くなったんだな、ティス。」
その声に、あたしは、一瞬攻撃の手を緩めた。昔の、あたしの記憶の中にある、
ネーペンティのやさしい声だった・・・。
そんなあたしの目の前にいたネーペンティの影が、急に薄くなる・・・。
「えっ?」
「・・・もう、時間切れらしい。」
それまでの力強い声とは違う、ひどく弱い声でそうささやいた。
「時間切れ・・?」
「アークティクスを解放する。・・・ティス、また、どこかで会うだろう、それに・・。」
ネーペンティの影はゆっくりとあたしから離れ、その女の子の方を向いていた。
「―――悲劇の少女・・・。その歳ならば、知らないだろう。
この国にも、かつて、悲劇の少女の名を与えられていた女性がいた。
このすぐ近くに、ドックがある。ガルド王国の飛行艇はそこで造られている。
マティの一族―――エルネス家と、リークの一族―――フィエスタ家が、
大きな2つのグループだった。・・・そうだったな、ティス。」
「・・・ええ。」
「そのエルネス家に1人の女性がいた。―――セレナ=アド=エルネス。
歪式と呼ばれる、空間を歪めるほどの強力な魔術の使い手・・・。」
「その人が、・・・悲劇の少女?」
「・・・今は、まだその片鱗を見出だせない。ならば、様子を見るまでだ。」
「様子を見る・・・ですって?・・・手に持っている杖は、紛れもないわ。
悲劇の少女の持つ、聖杖―――。ガルド王国の兵を拉致し、民を混乱に至らしめ、
・・・その果てに得られた結論が、・・・様子を見る?!」
「ティス。それが、お前の選んだ道―――。もう、俺は、お前の知る俺ではない。」
ゆっくりとその男の人の姿が溶けていきました。
「どうして・・。何故?!あたし達から離れていくの?!何があったというの?!
あたし達から離れていたときに、・・・あなたの身に!!―――答えなさい!!」
「・・・アークティクスの力は解放された。ドックに、ガルド王国の兵達がいる。
じきに目覚めるだろう・・・。」
「ネーペンティ!!!」
あたしとマティ、リーク。そして、もう1人がそこに残されたわ。
「マティの叔母さん、セレナの力―――、それが国中の皆に伝わったのも、
・・・その力を実際に行使したのも、20年前の戦争のときの事。」
「―――戦争・・。」
「あたしが生まれた時には、父は戦死、母もまもなく病に倒れた。
あたしは、直接知らない。けれど、話は幼いときから、養育係―――、
かつてのガルド王国兵士長の位にあった者から聞いたわ。
この戦争が、エリースタシア帝国と、南方の大陸の国、クリーシェナードとの
国の教義、―――リトゥラーティアとその最大宗派の1つ、ルシャンナゼルとの
争いを発端として勃発した事を・・・。」
「争い・・・。どうして、そんな事を・・・?」
「もともと、リトゥラーティアは幻界と呼ばれる世界の神を崇める教え。
この世界の祖から伝えられたと考えられています。エリースタシア帝国は、
その教えを説く代弁者の血筋によって古き時代より治められていました。
その教えが南方に伝わり、時代の流れとともに、
一宗派、ルシャンナゼルへと変わりました。」
「その教え、経典の最終章に記される言葉、―――それは、この世の行く末。そして、
・・・あなたのような、存在。この世を滅する力を持つ者の事―――。
ルシャンナゼルの教えが民に及ぼす影響は計り知れない。
リトゥラーティアは、それを行き過ぎた解釈に基づく、危うい思想と非難した。」
「事実は―――違った。リトゥラーティアの教えの下、生きてる俺達のすぐ近くに、
・・・マティの叔母、セレナ=アド=エルネスが居たんだからな・・・。」
「叔母は、最期には自らの命を絶つ事を選び、争いを鎮めました。
もし、ルシャンナゼルの予言が正しいのならば、この世は、
―――悲劇の少女の力により、無に返るであろうと。叔母の研究は、
自らの力が持つその計り知れない力を知る為。けれども、―――結果として、
叔母の最期は、悲劇の少女の力を、戦争に関わった全ての者の目に焼き付けました。
・・・この世の行く末を記す、ルシャンナゼルの予言とともに・・・。」
(111日目深夜)
「分かるだろう・・?悲劇の少女―――。その存在がある限り・・、
ルシャンナゼルの予言は現実となる。事実、あの後、エリースタシア帝国は
その栄華を失い、その友好国だったガルド王国も、
王の崩御とともに世界から孤立した。」
「私は信じています。決して、叔母が・・・、予言に記される結末を
望んでいなかった事。ただ、あの争いを鎮める為に、その力を行使したと・・・。
それだけは、誰になんと言われようと、・・・私は、今でも信じています。
―――けれど・・・。」
「何を信じればいい・・・?リトゥラーティア・・、ルシャンナゼル―――。
俺は、自分の目を信じる。実際に、悲劇の少女は、・・・目の前にいる。」
「マティ・・、リーク―――。」
「この国が選んだ道。それは、悲劇の少女自身に、
その舞台へと踏み出すかどうか、決めさせることだった・・・。」
私は、その場所にいた全ての者にそう言った。
「何故ならば、悲劇の自身の力、そしてその強い意思を知ったからだ。」
「・・・セニフ・・、さん―――。」
「今、目の前にいる、悲劇の少女の存在で、この世の行く末がどうなるか。それは、
私にも、お前達にも決められない。ただ、マーシャ自身のみが、決められる事だ。」
「あたしは、・・・召喚術士。幻界の住人の力を借り、自らの身を守り、そして戦う。
これまでも、・・・そして、これからも。だから、あたしが信じるものは、
・・・幻界の者が伝える教え、リトゥラーティア―――。」
あたしは、自分の想いをそのまま言葉にした。
「とても、あたしには信じられないもの。目の前にいるこの女の子が、
―――世界を滅ぼそうとするって考えているなんて事・・・。」
「ティス・・・、お前、いったい、何を・・。」
「マティや、マティの叔母さん。―――その女の子、そして、 あたし。
想いは同じよ。・・・人々の争いを見たくなんて、ない・・・。それだけの事。」
「―――女王・・。」
あたしは、そこに現れた者達の姿をみた。
それまで、必死で押さえていた気持ちが、一気にあふれて出てきた・・・。
「いったい、なぜ・・・、こんな所に?」
「ティスターニア様!!ありがとうございます。女王様が、
私の兄を・・、いえ、―――全ての囚われた皆を、救ってくださったのですね?!」
「・・・あ、あなた達―――、よく、・・・よくぞ、無事で・・。」
「囚われた・・・。―――シャノン、いったい、俺達は・・・。」
「もういいの。何も、・・・何も言わないで。」
「・・・帰還しなさい。それぞれの、家族のもとへ。」
「セニフさん。・・・私、他の人達も探しに行きます。」
「・・・ガルド王国の兵達と、ザヌレコフ・・・、それに、アーシェルか―――。」
「・・・ザヌレコフさんとアーシェルさんをお願いします。2人とも、
なんだか様子がおかしくて。きっと、シーナさんやディッシェムさんも・・・。」
アーシェルさんとは、少しだけ話が出来ました。けれど、
ザヌレコフさんは、いくら話しかけても、何も応えてくれませんでした。
「ちょっと見せてくださる?」
その女性の方はゆっくりとアーシェルさんに近づきました。
「幻影に囚われているわね。ゆっくりと起こしてあげた方がいいわ。」
「アーシェルさんは、私が―――」
「そう、この人、・・・アーシェルって言うの?いいわ、あなたは関わらなくて。」
「あとの2人を探す。マーシャを、・・・頼む。」
「分かりました。」
「私は、大丈夫です。だから、セニフさん、私も―――」
「ドルカ。・・・あまり、この地に長居するべきではない。例の場所で待っている。」
そう言われて、セニフさんも先に行きました。
「―――ザヌレコフさんは、私が!!」
「マーシャ。」
セニフさんの静かな声が響きました。
「・・・忘れていたわ、あなたの事。起こすのなら、これで十分よ。」
「な、なんだ?!・・・お、俺は、・・・いったい―――。」
ザヌレコフさんは、何が起こったのか全くわからないような目をしていました。
周りにいた人は、私も含めて皆さんとも、ただ目を丸くしていました。
「・・・ティス、何も、あんな本気で、ザヌレコフを―――。」
「アーシェルさん?・・・行きますわよ、あちらへ。」
「聞いてないな・・・リーク、いや―――これからの、ガルド国を治める者・・か。」
「・・・そうか。もう、ティスは―――。」
「リーク。あなたなら、きっと・・・」
「マティ。―――あの時、マティも、俺と同じ場所にいた。
だから、ティスの後を継ぐのは、俺とは限らない。」
「ティスターニア様が・・、女王・・・で、なくなった?」
「何を言ってるんだ?我々とともに、・・・ガルド王国に―――」
「―――ティスは、恐らく、・・・もう、帰らない。」
「説明をしてくれ。・・・一体、女王の身に、何があったのかを。」
「―――話す。けれど今は、皆で帰ろう。それが民の望み。ティスの・・・願い。」
「ヒメさんは・・・?なぁ・・・、ヒメさんは・・?」
「いいから、付いて来てください。セニフさんが待っていますから。」
「ヒメ・・・さん―――。」
結局、ザヌレコフさんの意識は戻りましたが、私達の言葉は届かないようでした。
「マーシャさん。セニフさんが聞いていました。これから、何をしますか?」
「・・・これから、・・・何を―――。」
「―――セニフさんの言葉、忘れないでください。」
「セニフさんの・・・言葉。」
私は、マーシャさんの方を向きました。
「これから先のことを決められる人は、・・・マーシャさん。あなただけです。」
「・・・私、・・・だけ―――。」
「やはり、ディッシェムもシーナも、・・・目覚めようとしない。」
「それほど、この地の影響は強いのでしょうか?」
「アークティクスの暴走―――、最初はその力にだけ要因があると思っていたが、
こうしてみると、よく分かる。この地自体に、―――何かの強い力場が存在する。
ここは、そういう土地なのだろう。歪式を行使する者が現れたのも、恐らくは・・・。」
「セニフさん。―――私、決めました。」
私は、そう話しかけたマーシャの方を静かに振り向いた。
「・・・私は、マーシャの言葉に従う。これから、何をする?」
「私は、戦いました。アークティクスを暴走させるほどの力を持つ人でした。
その人には、・・・全く、私の力が及びませんでした。今のままでは、きっと・・・。
―――もっと、強く、・・・なりたい。」
(112日目早朝)
俺はまだ、目の前の光景が現実なのか、幻なのか、区別がついていなかった。
ただ、これまでの幻影と違う事は、目の前に居る者達に、見覚えがない事だった。
「何度でも言うわ。あたしは、もう、・・・女王ではないの。そうよ、追放されたの。
あたしに、あの国を治める資格はない。それが、民の出した結論―――」
「我々と共に帰還し、・・・ホイッタ様、―――フランチェスコ兵士長に・・・」
「関係ない。もう、あたしには、誰も、・・・関係ないのよ。」
「兵は皆、女王に仕える身。女王が女王でないならば、我々は―――」
「出なさい。―――ここから、出て、・・・下さい・・・。」
「ホイッタの事も・・・、関係ないって言ったのか?」
俺の声に、それまで誰も見ようとしなかったその女性が静かに振り向いた。
「あの人は、・・・信じる者を、必死に守ろうとした。
それだけは、ほんの数日会っただけの、この俺でもわかる。
もう一度聞く。―――本当に、・・・心の底から、そう思っているのか?」
「―――逃げたのよ。」
あたしは、目を閉じた。まぶたの裏に浮かんだのは、ホイッタの顔だった。
「あたしは、1人の男に会ったわ。その男、・・・このあたしに向かって、
ヒメさんだなんて、呼びかけてきたわ。
ガルド王国女王、・・・この、ティスターニア=ガルディックに向かって。
―――あたしが逃げたのは、きっと、女王と呼ばれる生き方から。
こんなあたしに、・・・女王という呼び名は、―――ふさわしく・・ない。」
あたしは、自分の口から出た言葉に、少し驚いた。なんて、恥ずかしいことを、
あたしは、口にしているのだろうって。
「女王として以外のあたしなんて、・・・これまで、想像もしなかった。
リークや、マティのように、―――自由な生き方にあこがれても、
それは、女王としてのあたしには、縁のないこととずっと、そう思っていた。
・・・どうしてかしらね。あたし、そんなに嫌じゃないのよ。
ずっと、女王としか、呼ばれてこなかったから・・・。」
その部屋にいた3人の兵は、それから、何も言わずに出た。最後の1人だけは、
何か言いたそうにあたしに振り向いたが、あたしは、その兵を見ようとしなかった。
「ティスターニア・・・。逃げて、何を・・・する?」
「・・・普通の女の子が、どう振る舞うのか、―――あなたは、ご存知?」
「普通の・・・?」
あたしは、望んでいた。けれど、女王としての立場で、それは許されないこと。
今ならば、あたしには、―――叶えられること。
「教えてくれない?―――アーシェル。」
まともに歩いていたのは、私とドルカ、マーシャ、そしてザヌレコフの4人だった。
氷河牢獄の外は、未だ、白い雪に閉ざされていた。けれども、もう、
身を突き刺すような凍える吹雪は収まり、ほのかに暖かい朝の光が降り注いでいた。
「この先に、飛行艇のドックがあると聞く。まず、そこに向かう。
これからどうするかを考える前に、回復を図らなければならない・・・。」
「・・・これから、飛行艇に乗るのですか?」
「乗ることが出来るならば、いいのだが。」
ほどなくして、その場所へとたどり着いた。
「―――床も壁も、冷たく凍り付いている。」
「誰の気配もしませんね・・・。」
「その部屋に入りませんか?少し休みましょう。」
私達は、その誰も居ない部屋の中へと入った。
「・・・人が居なくなってから、相当の月日が流れているな。
この調子では、恐らく、まともに動く飛行艇もあるまい・・・。」
「今は、休みましょう。シーナさんも、ディッシェムさんも眠っていますし、
・・・それに、・・・アーシェルさんも―――。」
「そうか、アーシェルは、今・・・。」
部屋の外に意識を向ける。ドルカも、杖を構えていた。
「マーシャ・・・、皆のそばにいるんだ。何者かが外に―――」
「・・・だーれか、なかにいるんだか?」
私が警戒するまでもなく、突然、その男が中へと入ってきた。
「―――いるん・・・だか?」
聞き覚えのある、そのひどい訛りの声で私は目を覚ましたわ。
「どなたですか?」
「おれはロギート。・・・ここの飛行艇を管理して、清掃、点検するために
雇われたんだか。んだども、他にはだぁれもおらんし、雇ったもんもおらんだか。
・・・そうか、あんたがただっただか。」
「・・・で、この人、誰?」
「あ、シーナさん。―――ごめんなさい。私、全然知りません。」
「―――私も知らない。」
「あんだとは、たしか、イガーアトルのスラムで会ったでねぇか?!」
「あ、そういえば・・・そんな奴―――、いたっけ?」
「んなー、働き続けて何百日になるんだか・・、
ずっと、寒さで震えていたんだか!!」
「・・・残念ですこと。」
私が聞いたことのない女の声がした。
「あれだけの見事な整備が出来る者だと、もっと前に知っていたのならば、
・・・あたし直属の、名誉ある整備士として雇って差し上げましたのに。」
「・・・誰よ、あんた。それより、なんで、アーシェルと一緒なわけ?!」
「シーナ・・・。俺は、ただ、ティスターニアに―――」
「こちらにいらして、アーシェル!!」
なんだか分からないけど、ものすごくムカっとする態度の女だった。
私達は、ティスターニアさんとアーシェルさんの後を追いかけました。
「さぁ、アーシェル!!この飛行艇で、世界中をめぐりめぐって、
あたしと一緒に、諸国漫遊の旅へ出かけますわよ!!さぁ、お乗りになって。」
アーシェルさんは、言われるままに先に入り口へと上がりました。
「・・・だが、操縦できるのか?こんな巨大な飛行艇を―――。」
「まかせて!!このあたし・・、に―――」
ティスターニアさんが、段に足をひっかけて倒れそうになりました。
「―――おい、大丈夫か?」
「・・・ありがとう、助けてくれて。あたし、なんかうれしい・・・。」
そう言って2人で中へと入っていきました。
「・・・あ、あの、・・・女―――」
「シーナ・・・さん?」
「行くわよ、マーシャ。セニフ、ドルカ!!そこで突っ立ってる盗賊と、
ちっこいの!!あんたたち、ぼさっとしてんじゃないわよ!!」
シーナさんはそう言って先へ入ってしまわれました。
「・・・乗りかかった船、か―――。」
それから私達8人は、飛行艇へと入りました。
白い雪に包み込まれたこの国で、こうして、私達は、
ティスターニアさんと出会ったのでした。
2007/04/19 edited(2007/01/06 written) by yukki-ts To Be Continued. next to
No.35