[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

悲劇の少女―第5幕― 第33章

 (109日目朝)

「待ってくれ!!」

 あたしは、そう誰かが叫んだように聞こえて、足を止めた。
あたり一面、真っ白の雪景色だった。何処にも、人影なんてなかった。

 また、あたしは1人で歩き出した。次に、誰かに呼ばれたら―――、
それはきっと、あたしの追っ手。連れ戻そうとしてるのか、そうでなければ、
あたしの命を狙っているかの、どちらか―――。
「頼む・・・。俺は、テメェをどうかしようなんて、思っちゃネェんだ!
 ・・・だから、だからよっ、・・・待ってくれぇっ!!なんで、1人きりなんだよ?!」

「あ・・、あたしは、貴方達に、みすみす殺されたりなど、しないわ!!」
 あたしは、振り返らなかった。でも、それからも、ずっと、その声は続いてた。
いつの間にか、あたしは、立ち止まってたわ。ゆっくりだったけど、
・・・だんだん、その声は、あたしの方に近付いてきてた。

「―――待って、くれよ・・・。」
 背後で声が聞こえた。あたしは、そいつの目の前にレイピアを突きつけた・・・。
「・・・なぜ、・・・動かないのよ・・・。」
「こんな・・・、危ないもんまで、持ってよ―――、何処、行くってんだ・・。
 テメェさ・・・、あの国のヒメさん、なんだろ・・・」

「何よ・・・、目の前の、このあたしの命を、・・・狙ってる輩では、ないの?」
「訊いてるのは、俺だ―――、なんで、・・・ヒメさんが、・・1人きりで行くんだ?」
 レイピアをしまって、あたしは、その男をおいて、また歩き出した。
「・・・あたしは、1人で往く。これ以上、誰も、関わらないで。」
「ヒメ・・さん―――。」
 いい加減、あたしも我慢できなくなった。

「そのヒメさんって呼び方、止めてくださらない?!」

 振り返ったあたしの前にいたその男は、じっとしたまま、・・・動かなくなった。
「―――ちょっと・・、何よ?・・どうして、黙ってるのよ?なぜ、動かないの?!」
 あたしはすぐに気付いた。その男の体が、ボロボロになってるのを。
服は傷だらけで、足の近くの雪は赤く染まっていた・・・。
「ちょっと?!しっかりなさい!!こんな、こんな体で、あたしを追いかけていたの?
 ・・・このあたしの前で、死んだりする事は、いかなる者であっても許されないのよ。
 ―――光魔導法、ヒーリングフラッシュ。・・・かの者の傷を癒したまえ―――」




 俺は、はっきりと目を開けた。
「―――気付いたのね?・・・もう、1人にしても、大丈夫―――」
 ヒメさんを連れて、俺は走り出した。人数は2人―――
「ヒメさん、走れるか?!」
「何よ、放しなさい!!どうして、関わりあいになろうとするの?!」
「俺も昔、1人で旅した事がある。だが、何も解決しやしなかった。」
「あなたとあたしは、人生が違うの。男なら、あたしの言う事を素直に聞いて下さる?」
「違うだろうぜ・・。けどよ、追っ手が来てる事に気付いてるか?・・・ヒメさん。
 命を狙われてるって言ったな。どいつに、命を狙われてるかは、知らねぇ。
 けど、こうとも言ったな・・、―――みすみす、殺されはしない・・・ってなぁ。」

「・・・数は、分かるの?」
「一番近くに居る奴は、2人だ。」

「あなた・・、強いの?」
「・・・ヒメさんが、そう信じてくれるなら、・・な。」

 真っ白な雪道を、ただまっすぐ俺達2人は走った。すぐに息が上がってきやがった。
まだ、吸い込んじまったあのガスが、体に残ってやがるらしい・・・。
「ちぃ、スピード、上げやがったな・・・。すぐに追いついて来やがる。
 ―――このままじゃ、逃げ切れネェ!!」

 ヒメさんも、息を切らしてた。これ以上、走って逃げるのは無理みてぇだった。
「・・出来るだけでいいから、走り続けろ・・。俺が、追っ手をぶった斬る!!」
 俺は、走るのをやめて、そいつらの方に振り返った。
「来やがれ、テメェら!!なんなら、こっちから行ってやらぁ!!」
 俺は、ロベルタクスソードを持って、そいつらの方に走り出した。
すぐに視界にそいつら2人が入ってきやがった。
「右の野郎、覚悟しやがれ!!シャドー―――」
「ま、待て?!ひょっとして、ザヌレコフなのか?!落ち着け、俺だ!!!」



「・・・まさか、ティスと、一緒に逃げている男が、・・・ザヌレコフだったなんて。」
「追っ手だなんて言うから・・・。」
「っせぇ・・。思いっきり走っちまったから、とんでもねぇ距離滑走しちまったぜ。」
「お怪我は、ありませんか?その・・・、ザヌレコフさん?」
「だ、だだ、大丈夫。俺、こんな傷、痛くもかゆくも―――」
「・・・ずいぶんあからさまに態度を変えるわね。このあたしを、
 あんなに走らせておいて・・。万死に値するわ。」

「いいじゃないですか、ティスターニア様。守って下さったんですよ?
 ―――それに、私達のことも。ザヌレコフさん、本当に、ありがとうございました。」

「いいって事よ。あ、リークの奴は、ついでに助けてやったんだ。間違えんなよ?」

 マティとリーク、それにこの男・・・。3人も、あたしについて来てくれた・・。
「そう、・・・あなた達が、来てくれたのね・・・。」
「なぁ、―――楽しそうに笑ってるとこ、なんだけどよ・・・、
 説明しちゃあ、くれねぇか?とりあえず、まずは、・・・ヒメさんの目的からよ。」

 そいつは、あたしを、真剣な表情でみてたわ。
「・・・あたしは、・・・西に、行くつもりで、城を出たわ。」
「行き先は、氷河牢獄―――。」
「氷河・・・牢獄?」
「かつて、この国の飛行艇ドックのあった場所―――。」
「距離は?どれぐらいで着く?」

「まっすぐ行く事は出来ないわ。まず、寄り道をしなくてはならないから。」

「ティスターニア様・・・、やっぱり、最初から、そうするつもりで・・・。」
「・・・きっと、お父様は、いい顔して下さらないわね。
 ガルディック家最後の1人娘が、何を言ってるのだ・・・って。
 けど・・・、結局、ホイッタにも、相談出来なかった。だから、自分で決めた。」

「よっしゃ、決まりだな。」
 その男は、勝手に1人で歩き始めた。
「ちょっと、あなた。・・・どこに行くのか、分かっていて?」
「知らねぇさ。・・・それとよ、ヒメさん。俺の名は、ザヌレコフ=ディカントだ。
 あなたとか、そいつとかって、そんな名前じゃねぇ。」

 あたしは、笑ってた。なんだか、とても懐かしい気持ちだった・・。
「ヒメさんじゃないの。ティスターニア=ガルディック・・、一女王よ!!」
 そのザヌレコフって男を追いかけることにした。案内しないといけないらしいから。
「・・・ティスターニア―――さん。私、ホイッタさんの言葉・・・、
 ・・叔母様の言葉の意味が、分かったような気がします・・・。」

「言葉の意味って・・・、何のこと?」

「―――三人は、ともに手を取り、往くだろう・・・。
 ・・・ザヌレコフ=ディカントさんが、・・・照らしてくれる、この路を―――。」







 (109日目夜)
「ヒメさん・・・。ここが、王家の墓なのか?」
「ガルディック家の紋章があるわ。」
「・・・ちっ、腹減っちまった。よく考えてみりゃ、結局、ディナーショーで、
 飯もろくに食ってねぇんだったな・・・。」

「マティ・・、そういえば、確か・・・。」
「では、お食事にしましょう。」
 俺のもってたテントで、マティーヨちゃんが俺達にありあわせのもんで
料理を作ってくれた。流石は酒場の女なだけあって、料理も一級品だった。
「ごちそうさま、マティ・・。」
「ごめんなさいね、こんなものしか出来なくて。」
「とんでもねぇ。空腹がどうにかなりゃあいいって思ってたのに、
 まさか、こんなとこで、こんな食事にありつけるとはなぁ。」

「少しだけ、休んで行きましょうか。」
「そうだな。これから、王家の墓ってとこに入るんだろ?もう、歩き疲れちまった。」
「それじゃ、出て行ってちょうだい。」
 俺とリークは顔を見合わせた・・・。
「・・・しゃあねぇか。ヒメさんの命令じゃ、断われねぇだろう。」



 (110日目早朝)
「ザヌレコフ・・、起きろ。早く、起きてくれ。」
 まだ、太陽も顔をのぞかせてない時間だった。
「・・・けっ、もう、体が冷えきっちまった。で、なんだよ?」
「いつまでも起きないザヌレコフを置いて、ティスとマティは先に行った。」
「なんだと?!」
「ほら、急いでくれよ。もう、見失っちまって結構経つんだ。
 こんなとこで、放っておいたら、多分、無事じゃすまないだろうからな・・・。
 ティスと行動を共にするなら、お前も―――」

「ほら、さっさと、手伝いやがれ!!」

 テントをたたんで、俺達は、王家の墓ってところの入り口まで辿り着いた。
「おい、・・・何ぼさっとしてんだ?急ぐぜ、ヒメさんとこによ。」
「誰を待ってたって思ってるんだ・・。」
 道なりに進んでいった先で、俺はヒメさん達を見つけた。
「あら、もう追いついたの?」
「さ、待たせたな。行こうぜ。」
「あたしが先に行かないと、道が分からないのではなくて?」



 上り坂を抜けた先から、あたしは、遠くを見た。
「ひやぁ、随分と高いとこまで上って来たな・・・。」
「―――王城が見えるわ。あたし・・・、今まで、あの場所にいたのよね・・。」
 朝日が王城や街を照らしていた。何もかもが白に染まるあの国で、
あたしはこれまで、女王として生きていた・・・。

「きっと、もう・・・、あたしは、戻らない・・。」
「けどよ、ヒメさん。・・・この世のどっかに故郷があるってのは、いいもんだぜ?」

 急に声色が変わった。あたしは、そう言った男の方に振り返った。
「なによ・・・、旅人の分際で、このあたしに意見するの?!
 故郷を捨てて来たのでしょ?―――あたしとは違うわ。」

「・・・ルストローノって町が、俺の故郷・・、海沿いの静かな町だ・・・。」
「聞いてなんていないわ。」
 あたしは、歩き始めた。これ以上見るのは辛かった。

「―――ま、違うだろうなぁ。こんなデカい国のヒメさんと・・・、
 死の大陸なんて縁起でもねぇ名がつけられちまうようなとこにある町じゃ・・。」


 あたしは、そばにいる、そいつの言葉を聞いて、動けなくなった。
「死の・・・大陸―――。」
「・・・ザヌレコフ、お前―――。」
「ほら、まだ上り坂が続くみてぇだぜ。それとも、疲れちまったか?」
 その男は、何もなかったみたいに、あたし達に背を向けて歩いて行ったわ。
「ティス・・・。俺、知らなかった。あのザヌレコフが・・、
 あのクリーシェナード出身だったなんて・・・。」


 あたしは、無言でその男を追いかけ始めた。
 生まれながら女王として生きてきたあたしにとって、旅人とは、
何にも縛られることもなく、ただ自由に、飛び回ってる人間だった。
 あたしのように、重い責任を背負う事も知らず、故郷を捨てて旅立つ人間を、
うらやましく思ってたし、・・・きっとどこかで憎くも思っていた。
 目の前にいる、その旅人に会うまでは・・・。



 俺はそこで立ち止まった。ただの岩壁のトンネルとは違う、開けた場所に出た。
「ここが、王家の墓・・・。」
「そう・・・。」
「ヒメさん?元気ねぇな。やっと着いたんだし、元気だせって・・。
 これからここで何するんだ?ご先祖様の墓参りか・・?」

「あたしが前にここに来たのは、・・・まだ、生まれたばかりの頃よ。」
「2回目、か・・・。」
「ガルディック家の血筋にある者は、この地に2度訪れる。
 先代から王位を継承する時、・・・そして、この地を離れる時。」


 ヒメさん達はゆっくりと歩き出した。俺もその後を追いかける。
「―――挨拶くらい、しないと・・・、失礼よね。」
 見た事もない妙な模様が壁に刻み込まれてる部屋に、入っていった。
床にも、その模様が刻まれていた。そのうちの1つの上で、ヒメさんは立ち止まった。
「我の名は、ティスターニア。ガルディックの血を引く者。
 ―――我の願いを聞き届けよ。この地を離れ、邪を裂き悪を絶つ力を、
 今再び、その刃に宿し、我に与えよ。我の名は、ティスターニア―――。」

 最初、俺は目の錯覚だと思った。薄く、ぼんやりとした光の束が、
少しずつ集まって来て、やがて、その部屋の中を巡り始めた・・・。
「こんな形になるのは、きっと、もっと後だと思っていたわ。
 ―――でも、お願い。・・・こんなあたしだけど、・・・受け入れて。」

 俺は、つい声を漏らしそうになった。だが、その言葉の相手は、俺ではなかった。
「俺は、フィエスタの血を受け継ぎ、マティは、エルネスの血を受け継ぐ・・・。
 仕方がねぇって。受け入れるしか、ねぇんだからさ。ティスターニア・・。
 ―――我の名は、リーク。フィエスタの血を引く者・・・。」

「我の名は、マティーヨ。エルネスの血を引く者―――」
 そう口にした瞬間、マティーヨちゃんの周りに光が集まる・・。
「・・・今再び、この地に宿り、我の願いを聞き届けよ!!」

 その瞬間、俺は、なんかの壁にはじかれた。
俺は、その見えない壁ん中にいる奴の姿を見た・・・。
「―――我が御手に携えし、邪を裂き悪を絶つ刃・・・。
 ・・・王位を持つ者よ、その証を、持てる力をここに示せ。
 我は試練を与える者・・、資格を持つ者を、見極めん―――。」

 ヒメさんとリークは、武器を構える。マティーヨちゃんは、静かに眼を閉じて、
両手を前で組んでいた・・。

 次の瞬間、3人は動いた。






 (110日目昼)
 狙いはたった1つ。あたし達を試すと言った、その幻影が手に持つ刃。
王家の証―――ノーブルレイピア。
「こんなところで、立ち止まってなんて居られないのよ!!」
 ノーブルレイピアであたしを攻撃しようとするその幻影をかわして、
あたしは、背後から攻撃を仕掛ける・・。手ごたえはあった。
「思っていたより遅いわね、あなた。」
「ティス、油断するな!!」
 リークの剣がレイピアと激しく斬り付け合う音を聞くまで、
あたしには何が起こったか、分からなかった・・・。
「後ろだ!!」
 リークの声で、魔法攻撃の直撃は避けられた。すぐに振ったレイピアは空を切る。
「なに・・、何が起こってるの?!」
「時空魔導法、干式―――、スピードウィーク。」



 俺の目で追いきれるギリギリのスピードで動いてやがったそいつを、
マティーヨちゃんは的確な魔法で縛りつけ、リークは、それを合図に、
まっすぐそいつをぶった斬りやがった。
 ヒメさんも、リークに気付いて、レイピアを持ってそいつに向かう!!
「捕まえる!!」
「ティスターニアさん、ダメっ!!」
 リークの野郎の攻撃は奴に効いてなかった・・・。深手を負ったのは、リークだった。
「なに・・してんだ。早く、しろ・・ティス。」
 ヒメさんの一瞬の躊躇で、そいつはリークらを跳ね飛ばして、振り切った・・。
「リーク・・、あなた!!」
「ティス・・。奴は、一度受けた攻撃を、無効化しやがる気だ・・・。」
「・・・最初の、あたしの攻撃で・・・倒せなかったから?」
「もう一度、私が止めます。ティスターニアさん・・・、その時に。」
 マティーヨちゃんが杖を構える・・・。
「魔力を落として・・・、マティ。」
「ええ、そのつもりですわ。時空魔導法、干式―――、ディスターブマインド!!」
「攻撃が効かないなら、魔法でしとめるまで。」
 右手に魔力を凝縮させる。これで倒せなければ、あたしには・・・。
「―――マジックスパーク・・・、集いし我が力、今ここに示さん!!」
 ヒメさんの右手から放たれたその光の玉が、そいつを中心にはじける・・・。



 ノーブルレイピアをもったその幻影は、もう、動かなかった・・・。
「・・・止めた・・わよ。」
 その幻影に近寄ろうと、足を踏み出す―――

「動くな。」

 リークの声があたしを止める。
「足元を見ろ・・・。」
 足元の魔法陣が何を意味するものかは、マティの説明を待つまでもなかった。
わずかにその結界から出たあたしのレイピアの先端が、音をたてて溶けていた。
「―――ガルディックの血を引く者よ、・・・証を示せ。示さぬのならば―――」
 魔法陣が光り、少しずつ狭まっていく・・・。
「どうする気だ?ティス・・。このままじゃ・・・。」
「心配しないで、リーク。分かっているわ。」
 そう口では言っていた―――、けれども・・・。

「迷わないで・・・。」

 そう言ってマティは、あたしに迷いを振り切るきっかけをくれた・・・。



「・・・あたし、召喚術士よ。だから、分かるの。・・・力を召喚すれば、
 ―――今のあたしの力では、制御しきれず、暴走する・・・。」

「私も、止めます・・・、だから。」

「―――氷床に旧くより宿る気高き精霊たちよ、我が声に耳を―――ああっ!!」

 目の前が真っ白になった直後、俺を弾き飛ばしやがった結界にヒビが入った・・。
「続けろ、ティス!!」
「・・耳を、傾けよ!!・・・我は、契約し、召喚する者!!」
 ヒメさんの声が、だんだん小さくなる・・・。
「な、なにが・・・始まりやがるんだ?!」
「ティスターニアさん!!」
「今こそ、我の声を聞き、その力をここに示せ!!―――アークティクス!!」
「うおあぁっ!!」
 後ろの壁まで俺は突き飛ばされちまった・・・。



 力にひきずられそうになった。意識が支配されそうになる・・・。
「ノーブルレイピアを・・・。」
 アークティクスの放つ寒気が、幻影を包み込む。
「・・・ちくしょう、何がどうなっていやがる?!」
 足元の魔法陣が力を失った・・・。あたしは、少しずつ
ノーブルレイピアを持っていたその幻影の近くに歩いていった。
「ノーブルレイピア・・・」
 手に触れた・・・。
「―――ダメ・・・。このままじゃ、・・・引きずり込まれる。」
 アークティクスの力は、もう、あたしの命令を無視して、暴走を続けていた・・・。
「おい、・・・リーク。リーク!!」
「・・・ザヌレコフ?お前、なんで・・・。」
「そんな事どうでもいいだろ!?このままじゃあ、ヒメさん・・・。」
「俺にも、お前にもどうにもできやしない。」
「・・・お願い・・、もう、・・・いい、わ。―――たす・・け・・・。」
「ちっ、冗談じゃねぇ。」

「―――時空魔導法・・・、歪式。」



「えっ・・・。」
 ドルカが小さく声を上げる。
「お、おい・・、どうしたんだよ?」
「ディッシェム・・・さん。」
 その異変は、やがて、その王城・・・いや、憎悪と慟哭、殺気が覆い尽くす、
この国にいた全ての者に知られる事となる。
「―――この光、・・それに・・・。」
「この地に旧くより宿る、精霊の力・・・、アークティクスの光―――。
 恵みを・・、災いを・・・、全ての者にもたらす―――。」

 私達に刃を向けていた城の兵達は、ただ、呆然とそれを見て、立ち尽くしていた・・。

「ホイッタよ・・、やはり、これは・・・。」
「―――ティスターニア様であろう。だが、フランチェスコよ・・・、
 ・・・恐らく、ティスターニア様は、―――既に、ガルド国の女王では、ない。」


 ホイッタはそう告げた・・・。






 (110日目昼)
「・・・ねぇ、アーシェル・・。何が・・・どうなってるの?」
「―――ドルカが、あいつを倒した後・・・。俺達は、兵士長らに見つかった。
 そりゃあそうだろう。・・・あの部屋の状況を見られたんだ。」

「何よ・・、私達は―――。」
「あのスパイ達が入ったとき、既に女王は居なかった。」
「フランチェスコ兵士長にだって、説明したわ。それに、・・・そいつらも、
 すぐに、認めたじゃない・・・。結構、疑ってたけど・・・。」

「ホイッタの・・言葉か。」

「―――あなた、・・・悲劇の少女、だったの・・・?それに、あなた達は・・・、
 それを知っていて、・・・一緒に居ると言うの?」


 俺達にとっては、もう、当たり前のように思っていた、その事実・・・。
でも、それは、この国の人間―――、ホイッタの言葉を聞いた者、目の前にいる女性、
・・・そして、この王城へ武器を持ち入ってきた、街の人々にとっては・・・。



「時空魔導法、歪式・・・。」
「―――歪とは、どういう事だ?ホイッタ!!」
「ドーラがそう告げた・・・。歪の使い手は、限られる・・・。」
「ティスターニア様の近くに、時空魔導法、歪式の使い手―――、マティ・・。」
「恐らく、フィエスタ家の・・・リークも共に。」
「王家の墓か――。なんという・・・事だ。」

「―――君達は、歪式を知っている・・。そうだな?」
 ホイッタさんは、私達を見ました。
「ああ・・・。時空魔導法の高等術―――。」
「誰から聞いた・・。何故、知っている・・・?」
「ある大魔導師から聞きました。・・・対象の幽体に干渉し、術者の能力を縛ることを
 目的とする、時空魔導法、干式―――。それを超えて、より広い範囲に、
 より大きな影響を及ぼすものが、歪式。その強さゆえ、多くが禁術とされます・・。」

「・・・あの娘からではない・・、そう言うのだな。」
「―――ドーラという人物は何者だ?・・・何を聞いた?」

「今の悲劇の少女は、―――時空魔導法もろくに使えぬのだな・・・。」

「―――ドーラ・・・か?」
「・・・フィエスタ家に居ただろう。翠色の枷に繋がれし、悲劇の少女の仲間よ。
 フランチェスコ・・・、あの時と同じさ。あの、セレナ=アド―――」

「言うな・・、その名を・・・言うんじゃない!!」



「・・・なぜ、そんな事を聞く・・・。」
「そ、・・・そんな事・・、ですって?」
「ホイッタさん・・・、今までに見た事ない目で、私達のこと見た後、
 ・・・ロナルドに私達と、―――マーシャを、あなたのとこに案内させたわ。
 そこらへんでぼんやり立ってる連中の中にも、―――悲劇の少女がどうだって・・・。
 いったい、何が・・・どうしたって言うのよ?」

 そこにいる者は、皆、黙り込んでいた・・・。
「教えてください・・・。」
 そう言ったマーシャの方を、皆、振り返った・・・。
「私の、この・・・杖を持っていた人。もう1人の、・・・悲劇の少女の事を。」
「この国の人間にとって、悲劇の少女って、・・・それだけの特別な意味を持ってる。
 そんな人が、・・・目の前に居るなんて事が、・・・まだ、信じられないの。」

「―――全てを破壊し、無に返す・・・、そう言われていた奴は、
 20年前、この国にいた。・・・俺達がよく知ってる人間で、・・・その女の力で、
 ・・・俺達は、今も、生きている。皆の命を、・・この国を、救った―――。」

「・・・そ、そうよ。こ、この、マーシャが・・・世界を滅ぼすだなんて―――」
「ここより南方の国を1つ・・・、自らを巻き込み、滅した―――。」
「なっ・・・。」
「それが、彼女の力―――、・・・歪と呼ばれる、この国が研究していた力・・・。」
「・・・歪―――。」
「お願いがあるの・・・。聞いて、・・くれる?・・・マーシャ。」



「・・・この吹雪―――。何故だ・・。何故、ティスターニアは・・、まだ・・。
 バーミルとの連絡も途絶え―――、・・・レイよ。どうしてだ?!」

「関わった者・・全てを、―――悲劇と言う名の舞台に上らせる・・・。
 理由・・・、それは、彼女が、―――この地を訪れたから・・・。」

「悲劇と言う名の舞台―――、何を言う・・。このどこが、悲劇だと・・・。
 ティスターニアは生き延び、・・・民は、武器を手に持ちながら、目的を失い、
 この吹雪の中・・・立ち尽くす―――。バーミル・・・、リーク・・。」

「あの娘は、・・・悲劇の少女。それも、―――これまでの誰よりも、
 大きな加護を受けている、特別な存在・・・。そして、その絶対の力を持って、
 ・・・やがて、全てを―――、悲劇の結末へと導く・・・。」

「悲劇の結末―――か。ならば、レイよ・・・。まだ、続くの・・だな?
 ・・・我に、・・・ついていてくれるか?」


「・・・これまでと同じように、・・・これからも私は、あなたを見守るわ―――。」



「フランチェスコ・・・。民に説明してくるがいい。それが、兵士長である
 お前の役だろう。女王が、自ら向かった事・・・。」

「―――民は気付いておるさ。あの者―――、ヴィスティス=フィエスタは
 気付いたのだろうから・・・。」

 ホイッタの野郎が、少し顔をゆがめた・・・。フランチェスコ兵士長は、
ゆっくり、俺達のそばから離れていった・・・。
「前の悲劇の少女―――、名は、・・セレナ=アド=エルネス・・・。」
 そうセニフは口走った・・・。
「・・・歪式を行使し、―――ラルプノートの地を・・・。」
「セニフ・・・さん?」
「マーシャは、その力を持たない。・・・私達に、見せた事はない。」
「紛れも無く、セレナ―――、悲劇の少女の力じゃよ。悲劇の少女は、
 関わった者全ての運命を巻き込み、悲劇の舞台へと上がらせる・・・。
 今ある、この状況は、・・・全て、定められし筋書き―――。」

「望んでなど―――、いない。」
「・・・ならば、何も言わぬ―――。」

 急に、外の吹雪の音が弱まった気がした。窓はもう、白く凍り付いてやがったが、
何か、嫌な感じが、俺の周りを取り囲むみてぇだった。
「セニフさん・・、ディッシェムさん・・・。」
「・・・ドルカ?」
 ドルカは、杖を強く持っていた・・・。
「・・・時空歪の波動に乗ります。離れないでください。
 ―――私は、セリューク大魔導師の力を受け継ぐ者、ドルカ・・・。」

 そう言ったドルカを、セニフが止める・・・。
「私にも分かる。―――止めに行くのだろう?・・1人でやる事はない・・・。」
「な、何を・・・言ってやが―――」

 何かが、俺の頭上を通り過ぎやがった・・・。何かは分からない―――。
けれど、何か、・・・とてつもない何かが、この城に覆いかぶさりやがった―――。






 (110日目夕方)
「・・・マーシャ?・・・おい、マーシャ!!」
「―――私は、・・・大丈夫・・・、です。」
「マーシャ?」
 私も、アーシェルも、今のマーシャの様子に、慣れてたのかもしれない。
―――そこにいた私達以外の人の反応を、・・・もう、きっと、忘れていた。
「これが、・・・あなたの―――、力なの・・・?」
「―――も、もう・・・、終わった・・・のか?」
「今のは・・・、私の・・・力では、ありません。」
「何を言ってんだよ?その杖が・・・、光ってるのは、力を使ったから・・・」
「私の力では、この部屋を囲う結界が限度―――。
 ―――これは、このお城だけでなく、周りの街までも、みんな囲う結界―――。」

「誰かが、・・・守ってくれたって言うの?」
「・・・これが、・・・本当の―――、悲劇の少女と呼ばれた者の、力―――。」



「おい、・・・マティーヨちゃん?どうしたんだ?!」
「目を覚ませ、マティ!!」
「―――わ、・・・私。」
「気付いたか・・。それにしたって・・・、さっきのはいったい―――」
 俺の目の前に、急に、その3人が現れた。あんまり突然過ぎて、一瞬、
何が起こったのかわからず、混乱しちまった。
「・・・セリュークで慣れているとはいえ、10年も昔の話だからな・・・。」
「―――セ・・ニフ?」
「って、あ?!お前、こんなとこに居やがったのか?!・・・って、ここ、何処だ?」
「・・・大丈夫です。完全な時空歪は発生してません。―――術の行使の過程で、
 この部屋に充満していた多くの魔力が吹き飛ばされたようです。」

「な、何の事だ?」
「お前、・・・目の前で何があったか、見てたんじゃねぇのか?」
「・・・あなたが、この力を行使したのですか?」
 ドルカはそう言って、マティーヨちゃんに聞いた。
「―――ごめんなさい。」
「ドルカ・・・。私が言う事ではないかもしれないが、・・・結果として、
 それが、最善の結果を生んだ・・・。咎める事はないだろう。」

「・・・いえ、わたしは・・・ただ―――。」
 その時、セニフがドルカに近づく。
「―――ここから離れろ、ザヌレコフ。ディッシェム!!」
「な、なんだよ急に――」
 俺とディッシェムは、急にヒメさんに引っ張られた。



 アークティクスの魔力が部屋の中心に残っていた。頭の中に声が響く―――。
「あなたも・・聞こえるのですね?アークティクスの声が・・・。」
「アークティクス―――、そうか。あなたが・・・。」
「知り合い・・・ですの?」
「・・・仲間なんかじゃ・・、ねぇよ。けど・・・、何が、聞こえるんだ?」
 魔力が残っていた事も気になったけど、少しずつ大きくなるその声が邪魔をした。
「―――邪を裂き悪を絶つ刃を持つ者よ・・、我は氷河にて待つ―――。
 ノーブルレイピアを手にしてから、ずっと、あたしの頭の中に聞こえてくる。」

「セニフ!!俺がそこにいる。お前が代わりにこっちに来やがれ!!」
「お前を必要としているのは、ティスターニア達。ドルカではない・・・。」
「何を勝手に決めやがる・・・。俺は―――」

「助けてあげて下さい・・・。」
「・・・ドルカ?」
「信じています。ディッシェムさんなら、・・・助けてあげられる。
 もう一度、私とセニフさんでこの力を押さえ込みます。―――だから!!」

 それまで騒いでたその坊やが黙り込んだ。
「任せる・・・からな、セニフ。頼むぜ・・・。」
 あたしは、残った2人の事を見た。
「あなたたちも・・行くわよね?リーク・・・、マティ―――。」
「リーク・・、先に行ってあげて。ティスターニアさんを・・・守って。」
「―――マティ・・、先に行くからな。」
 あたしとリークは、先に走っていった2人を追いかけ始めた。



 (110日目夜)
 私達は、猛吹雪の中で、歩き続けてた。
「シーナさん、・・・大丈夫ですか?」
「だいじょうぶな・・わけ、・・・ないじゃないのよ―――。
 なんでよりにもよって、こんな時に、・・・出かけなくちゃ、なんないのよ?」

「―――マーシャや、・・・あるいは、女王・・、いや、もう違うのか・・。
 とにかく、この吹雪なら・・・、追いかけてくる輩は限られる―――。」

「当たり前よ!!前も後ろも何にも見えないのよ!!どっちが、西よ?!」
「こちらです。・・・この方角から、・・・なんだか、とても強い力が・・・。」
「そんな真面目に答えないでくれる?マーシャ!!」
「・・・そろそろよ。」
「シャノンさんのお兄さん達が施した、・・・封印。」
「―――この封印のお陰で、これ以上の兵の不明者はなくなりました。
 ・・・行ってしまった兵達が還る道筋を、絶つ事にもなりましたが・・・。」

 岩壁で狭くなった場所に、薄く輝いている透明の壁のようなものがあった。
「そうか・・・。これが、この国中に響いていた・・・、咆哮の正体か。」
「封印が破られています・・・。」
 吹雪がその隙間を通り抜ける時に、そのどことなく恐ろしげな音が鳴っていた。
「バーミルの仕業よ・・。そうに、決まっているわ。
 ―――兄さん達を、ここから引きずり出した・・・。」

 そんなことしたら、どうなるか・・・。私もアーシェルも見てきた。
「どちらにせよ、このままじゃあ、先に進めないわ。」
「封印を解除します。皆さん、離れてください。」

「待て・・・。」
 そいつは、マーシャにそう言って、前に出てきた。
「―――悲劇の少女・・・だったな。その力なら、無理矢理、封印を壊せるだろう。
 いいか・・。それが、何のための封印か・・・、よく考えろよ・・・。」

「何を・・するんだ?」
「この封印は・・・、誰もこれ以上、犠牲にさせまいという証―――。」
「そう。―――これ以上、誰も・・・。兄さん達のような人は、私達が出させない。」
「我が召喚獣よ・・・。今、この一時・・、我らに道を示せ・・・。」
「―――結界・・が。」
「と・・、通れ。全員、今のうちに!!」
 召喚獣たちが・・、封印の隙間を押し広げていた・・・。
私達は、その子達が苦しんでいるのを横で見ながら、その場所を駆け抜けた。
「まだリーク達が来てねぇ・・・。俺はここで待つ。先に行け!!」
「グルダ・・・。私達は先に氷河牢獄で待ってるから!!」

 私はアーシェル、マーシャと一緒に、その2人が進む方向を
追いかけて走り始めた。少しずつ、白い雪の色が濃くなってきた・・・。


2007/02/22 edited(2006/10/28 written) by yukki-ts To Be Continued. next to