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[stage] 長編小説・書き物系
eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~
悲劇の少女―第5幕― 第32章
(105日目昼)
しばらくは、俺達の事を直接話題にすることもなく、
特に重要ともそうでないとも言えないような、ごく一般的な確認だけが行われた。
「全体への確認は以上だ。指示した班のみここへ残り、後の者は全て解散。
持ち場へ戻ってくれ。―――連絡事項は、各班の班長を通じて行う。以上だ。」
その場にいたほとんどの兵達がこの部屋を出て行った。
「さて、残り人数を絞った上で、本題へと移る。その前に、お互いの自己紹介を
しておきたいと思う。この中には既に、疑念を抱いている者もいるだろう・・。
―――まず、私が名乗ろう。ガルド王国の現兵士長を務める、フランチェスコだ。
そして、この2名が、ホイッタ殿のご紹介された者達だ・・。」
「・・・自己紹介か。名をアーシェルという。」
「シーナ・・。け、けれどさ。私はただ・・・。」
「そうか、ホイッタの代理というわけだな。」
「ホイッタさんは、何処に?どうして、ここにいない?」
「―――今、この王国に、スパイが紛れ込んでいるという噂がある。
何処にいるか、何人なのか、・・・全く分かっているわけではない。
だが、ホイッタ殿は、その噂の信憑性を高いと考えておられる。
―――自ら、率先して、スパイのしっぽをつかもうと行動されている。」
「その噂は、・・あまり、簡単には聞き流せないな・・。」
「スパイ・・・。何よ、誰かがクーデターでも起こそうって気なの?」
「・・・本当に、何も知らないのか?」
「知ってるも何も、私はここに温泉に入りに来ただけよ!!そう約束したじゃない?!」
俺は、周りの様子を伺った。どう考えても、場違いな発言としか思えなかった。
だが、あえて、誰もそれに突っ込もうとする者はいなかった・・。
「スパイがいるとするなら、それは、恐らく、我々を欺くために、
味方の者、顔見知りの者が最も適任となるだろう。だから、あえて、ホイッタ殿は、
積極的に君のような外部の人間を、信用に足る人間として迎え入れた。」
シーナの奴は、明らかに、目的を履き違えているような気がするが・・。
「そうだな・・。疑わしいのは、全ての味方・・か。」
「我々は、あえて、君達を常に疑う。君達も、この私を含め、積極的に疑え・・。
それが、結果的に警戒網となるだろう・・。」
私とアーシェルはその後、1人の女に案内されて、廊下を通ってた。
「温泉ね・・・。そうね、今夜にでも地下に行くといいわ。」
「本当にあるのね?!」
「・・・そればっかりだな、お前。」
「それ以外に何の目的があって、お城なんかに来てると思ってるわけ?」
「―――スパイは、何の目的があって、この城に潜入している?
・・・昨日の負傷した3名の兵士に関係があるのか?」
「あなたに行動目的を教える事が私の役割。
―――王国を二分しようとする戦いを回避し、女王を危機にさらさぬ事・・・。」
「じゃ、その女王様って人が、命を狙われてるってわけね・・・。」
「話の横から邪魔をしてくるな・・・。」
「誰が邪魔ですって?!」
「だが、この国の女王が、危機にさらされるような事態・・・。
それが、国の民の何者かが、王宮にスパイとして潜入するほど、
深刻な状況になるまで、・・・いったい、この王国の人間は何をしていたんだ?」
その女はアーシェルに向かって、叫んでたわ・・・。
「私達は、信じていない。・・・信じたくない!
女王は、・・・ティスターニア様は、何も企んでいない。
だから、この国の民が、・・・クーデターを起こす理由だって、ないのよ・・・。」
「どうかしらね。そんな態度が、意外と原因になってるんじゃないの?」
「王家の者は、ホイッタ様を中心として、何度も和解も試みた。
・・・どうして、こんな事態になったのか・・・、本当に、分からないの。
けれど、昨日―――、もう、噂だとか、信じたくないとか、そんな事を
言ってる場合ではない事がはっきりとしたわ。」
「・・・あの3名が、意識を取り戻せば、誰が悪者なのか、はっきりする・・・。」
「それまでの間は、―――ただ、警戒するしかないわ。
とにかく、侵入者・裏切り者・スパイには気をつけて・・・。
今、あなたの目の前にいる、私も、・・・スパイかもしれない。」
「確かに、あんた・・・、なんとなくだけど、怪しいもんね。」
「シーナ・・・、お前は、すぐにそういう事を・・・。」
その女は意味ありげに笑って見せたわ・・・。
「いいわ。それが、フランチェスコ兵士長の言う通りだから。」
「さ、そんな堅苦しい話はともかく、早速、温泉に行きましょ!!」
(106日目朝)
私達は、フィエスタ家邸宅へと向かっていた。
「・・・レイさんは、どうして私達を招待されたのでしょうか?」
「行けば分かるだろう。ただの道楽なのか、深い因縁があるのか・・・。」
「―――あ、あの・・、せっかくですし、・・・お話、しませんか?」
マーシャは、どうしてもその2人の事が気になって仕方がないようだった。
「・・・きっと、あなた達がベテランの旅人である事を知っていたのでは?」
もう1人の女は、黙っていた。昨日の夕方の話である。
私達の帰る道の途中、その女を止めるために、この男が追いかけていたのを、
女は、武器を手にして抗おうとしていた・・。とっさに動いたのは、マーシャだった。
「昨日は、ごめんなさい。私・・・、いきなり、あんな事をしてしまって・・。」
「突然の事に、少し驚いただけですよ。大事には至らなかったですし。
でも、偶然ですね・・・。あなた方もフィエスタ家に御用があったとは。
これも、何かの縁かもしれませんね・・・。」
その男の笑顔からは、・・・どこか空虚な感じを受けた。
「―――懐かしいわね、ロナルド。」
女性が初めて、そう口に出す。ロナルドと呼ばれたその男は、
わずかに口をゆがめていたが、私達に悟られまいと、笑顔のままだった。
「ここが、フィエスタ家の邸宅か・・・。」
「と、とても・・・、お、大きな家ですね・・・。」
「あなた方、・・・招待状をお持ちでしょ?まっすぐ行けば正門があるわ。」
そう言ってその女性は、静かに離れていった。
「・・・私の責任だから、待っててあげたの。リークはもう入ってるわ。
私達、招かれざる客は、正面から入るわけには行かないでしょ?
たとえ、あなたが、元フィエスタ家ご子息付きの使用人であったとしても・・・。」
「シャノン?!」
ロナルドも、その女を追いかけていった。
「行きましょう、セニフさん・・。」
私は、マーシャの後を歩いた。やがて、正門の前の警備の者に
招待状を見せ、確認が終わると、扉を開けられた・・・。
「―――招待状を確認致しました、開始の刻まで今しばらく中でおくつろぎを・・。」
大広間には、多くの人間の姿があった。このうちの、果たして何人の者が、
今日のこの宴の本当の目的を知っているのだろう。そして、あの3人は、私達に、
いったい、何を隠しているのか。レイ=シャンティという者の企みは・・、
そして、この宴の主催―――、ヴィスティス=フィエスタとは、一体何者なのか・・。
(106日目昼)
司会の方が始まりの挨拶をされたあと、パーティは始まりました。
「この方々は、皆さん、飛行艇技師の方なのですね・・・。」
「・・・フィエスタ家は、その内の大きな派閥の1つなのだろう。
正確には、既にその職を退いたか、親の代に莫大な財を築いた者達だろう。」
周りの方々は、みんな、難しそうな専門用語を使われていて、
私には、どういう事を話しているのか分かりませんでしたが、
どの方も、大きな笑い声を上げられたり、とても楽しそうに談笑されていました。
「・・・わ、私、ちょっと、手を洗ってきます。少し、待っていて下さい。」
私は、奥の扉から中に入って、廊下の先の洗面所で鏡を見ていました。
「やっぱり、・・・わ、私、こんなパーティに来ては・・・。」
隣の扉から人の話し声が聞こえました。
「―――どうなっているんだ?とにかく、早く状況を確認し、報告せよ。」
「招待状を持つ来賓の方々に、決して危険が
及ぶ事のないようにするのだ。よいな?」
「・・・ご報告致します。3階バーミル班からの伝達でございます。」
「バーミル班か・・、何か変わりはあるか?」
「階下に異常は見当たらない、引き続き、警戒を行うとの事であります。」
「・・・待て。一度、ヴィスティス様の元へ向かうよう伝達してくれ。」
「―――えぇ、長年の絶え間なき努力により、我らの研究に基づく、
動力機関とその伝達機構における経年劣化と
術者の魔力干渉の緩和に対する理論は、
フィエスタ家の今日の栄華をもたらすものであり、そして、その成功は、
ひとえに、皆々様方の莫大な寄金、ご支援の賜物であります―――」
飛行艇―――。この世界で、それは、必ずしも、全ての民にとって、その存在を、
喜んで受け入れる事の出来るなどではない。
漆黒の闇を埋め尽くし、人々に恐怖や災厄を振り掛けるもの・・。争いの象徴・・。
私は、煌びやかな衣装をまとい、宝玉を体中余すところなく飾りつけ、
心をドロドロとした欲望で満たすその人間達の話など、全く、興味を持てなかった。
「―――時に、4年前の新理論に関する理解が進んだ事は、
我々、フィエスタ家にとって、確実なる前進であると、
私はそう確信しております。しかしながら―――」
時折耳に入る、その言葉に私は、何か良く分からない感情を覚えた。
心の中の何かがざわめく、不安と動揺が入り混じったような何かを・・・。
「・・・一言、『歪』と呼べばいいものを・・・、下らぬ事よ・・・。」
その老婆の言葉に、明らかに周囲の者達に動揺が広がる。
私は、その老婆の方を向く。振り返った瞬間に、その老婆は私の目を、
心の底まで見透かす程、じっと見つめているように感じた・・。
「セニフさん・・・、どうか、されましたか?」
そのマーシャの言葉で、私の周りの時間が再び流れ始めたかのように感じた。
「・・・い、いや、なんでもない・・。」
ふと、周りの様子が変わる。ステージの方で何かが始まったようだ。
「―――えぇ、皆様方、・・・永らく、お待たせいたしました。
我らがフィエスタ家の主、ヴィスティス様でございます!!」
やがて、奥からその男と、もう1人、その女性の姿を見た・・・。
「・・・マティ?」
それは、ずっと長い間待ち望んでいた者の呼びかける声であった・・・。
「だめよ・・。それ以上、・・・私に近づいたら。ここは、・・・フィエスタ家。」
それは、フィエスタ家とエルネス家の間の決して越えてはならない境界線だった。
「―――奴が、・・・呼んだんだな?マティ、・・・あの吹雪の日に・・。」
「言わないで。私は、・・・聞きたくない。」
「・・・奴の望みは、・・・マティの叔母の研究―――。」
「もう、選べないのよ。」
「だから、・・・その為に、・・俺達は―――。」
「裏切れるの?」
マティーヨの言葉が冷たく廊下に響く・・・。
「・・・ホイッタさんを、あなたの仲間を、―――女王を裏切れるの?
私が、・・・言う事さえ聞けば・・・、みんな、助かるの・・・。だから―――」
リークは、その境界線を越えた・・・。
「―――だめって・・・言ったじゃない―――。」
それは間違いなく、レイ=シャンティ、その人の姿だった。
「あぁ、既にご存知の者も多いと思う。・・・我がフィエスタ家が為に、
その深い博識と洞察をもって、絶大なるご支援、ご鞭撻を頂いた・・・、
レイ=シャンティ嬢だ・・・。ここに、感謝の意を表したい。」
周りからは拍手が起こる・・。
「古くよりフィエスタ家に仕える者ならば存じているであろう。
20数年という途方も無き年月を経て、ようやく、その重要性は、
もたらされるであろう数多の恩恵に支えられ、最高潮に達したであろう・・・。」
何者かが、―――今こそ革命を―――と口にした。
「嘆かわしい事に、今、この国において、
王家と民の間には、深い軋轢が生じている。
本来、発展のために力を尽くすのが王家の役目であり、それを手を取り合って、
支援するのが、我々、民の役目ではないか?・・・ならば、我々が崇高なる目的を
遂行する事は、―――何よりも優先すべき事項ではあるまいか。
どうして、それを躊躇する必要があるだろうか・・・、あるはずなどなかろう・・・。」
「あれ・・、セニフさん・・・?」
マーシャの声が隣からした・・・。
「いつの間にか・・・、レイさんの姿が―――。」
数人の兵が控えていた者に何事かを告げる。言葉の終わると同時に血相を浮かべた。
やがて、その者は、ヴィスティスに近づき、そっと耳打ちする・・・。
「・・・何かあったな、マーシャ―――、?!」
「―――えぇ、皆様方、失礼を詫びる。不躾な使用人達のご無礼を許して欲しい。
さて、今宵の宴はまだ始まったばかり。皆には、
これよりディナーを振舞いたい・・。」
「あら、・・・今日も、杖を持っていないのね?」
「レイ・・・さん?」
いつの間にか、私のそばには、レイさんが立っていらっしゃいました。
「私は、・・・教会の時の姿の方が、素敵なあなたには似合ってたと思うわ。
でも、いいわ。招待したのは、私なのですから・・・。こちらにいらっしゃい。」
私は、レイさんに連れられて、その扉の中に入りました。
「・・ちょっとした余興を、手伝って欲しかったの。急なお願いで、ごめんなさいね。」
「わ、・・私に、出来る事・・・でしたら・・。」
「あなたが杖を持っていない事が、少し、残念だけれど・・・、
あの娘も、結局、来れなかったようだし―――、仕方がないわね・・。」
私は、ステージの袖まで連れてこられた。
「少し前に歩いていって。足元が暗くてよく見えないだろうけれど、
気にせずにまっすぐ進むの。いいわね―――」
「は・・・はい。」
言われた通り、私は、まっすぐ、その暗いステージの方へと歩いていきました。
「では、ディナーの準備の合間に、皆様方には、素敵な余興を、
心行くまで楽しんで頂きたいと思います―――。」
(106日目夕方)
「なぁ、お前はこんな事をしていてもいいのか?心配じゃあねぇのか?」
「だから、エスティナを行かせた・・。今頃は、リークの近くにいるだろうよ。」
「―――1日中連れ回しやがってよ・・、おかしいと思わねぇか?
どうして、お前は気付かなかったんだ?こいつらが、こうなっちまってるのを。」
「敵も、高等な召喚術士だって・・、それだけの事だろうよ・・、ちっ―――」
「どうすんだよ?このままこいつらみてぇに、やられっ放しのままでいいのか?!」
グルダの野郎は、目をつぶっていやがった・・・。
「・・・雷使い、バーミル=フォンロート。俺も、召喚魔術を行使する者よ、
テメェの足・・・、つかんでやろうじゃねぇか?!」
「出来るのか?!」
「無駄に1日歩き回った甲斐があったってもんだぜ。これだけの数を、
奴が自ら手を下した。そいつらから、逆に辿ってやるのさ。まぁ、見てな・・。」
グルダは、右手をゆっくりと、まだわずかに放電してやがるそいつに近づける。
ものすごい電気が辺りを走りやがった。俺は、その勢いに跳ね飛ばされる!
「ぐあっ・・、な、何をしやがった?!!」
グルダの野郎が走り出しやがった。
「あ、あの野郎、お、おい、待ちやがれ―――、ちっ、・・・足をやられちまったか。」
(106日目夜)
その声に気付いて、リークは目を覚ました。
「はっ・・、リーク様?!今、開けますわ!!」
エスティナの鮮やかな鍵開けにより、リークは、ようやく解放された・・・。
「―――エスティナか・・。ありがとう。」
「リーク様のためならば、私は、どんな事でも致しますわ!!
―――リーク様?どうなされたのですか?・・・何かあったのですか?」
「・・・いや。エスティナ、聞かせてくれ。ここに来たって事は、・・・グルダが。」
「そ、そうですわ!!―――早く追いかけないと、あ、あいつが、バーミルが!!」
「バーミルがどうしたんだ?」
「エルネス家に関わる者に・・・、鍛冶屋の主人や、酒場の―――、
それに・・、そ、その為に、―――リーク様や、シャノンの・・お兄さんまで・・・、
―――シャノンは?!と、止めないと・・・、これは全部、罠です!!」
リークは、エスティナの手を引いて、走り出した。
「リ、・・リーク様!!」
「奴を止めるのは、フィエスタ家の人間である俺の役目。
他の誰の役目でもない!!」
「見つけたわ。・・・もう、何処にも逃がさない・・。」
ロナルドは、シャノンの腕をつかみ、止める。
「あせらなくても、もう、追い詰めたのですから・・・。だから―――」
「―――罠よ。」
シャノンはそう静かに言った。
「・・・わかってる。けれど、―――フィエスタ家の人間の1人なのよ。
もう、手段すら選ばないって言う気なの?・・・ただ、1つだけ言える事は、
―――兄に手をかけたという、その事実よ。」
バーミルは、ゆっくりと歩いていき、やがて、その姿を見て足を止めた・・・。
「―――こんな無茶をするのも、・・・何年ぶりの事だろう。」
上から見ていた2人は、そこに姿を現したその男を見て、息を飲んだ・・・。
「ここは、フィエスタ家の敷地内。―――侵入者は、お前だけか?」
「・・・1人かどうかは知らぬ。ヴィスティスに会わせろ・・・、話がある。」
「排除する・・・。」
バーミルは、両手に雷を宿らせる・・・。
「老いたとはいえ、元、兵士長の職に就いていた者。
おいそれと、やられはせん!!」
ホイッタは、手に持つ棒を目に止まらぬスピードで突きつける。
「・・・この王国の兵士長にあった者か。」
最初は、ホイッタの方がいくらか優勢に見えた。
「雷よ、迸れ!」
ホイッタの右足が捕らえられる。だが、ホイッタは棒を再び突き出す!
バーミルはそれを、不敵な笑みを浮かべて、右手で受け止める。
「おのれ、・・ただの雇われ用心棒などとは違うな?!
・・・我に宿りし、光の精よ。今こそ、ここにそなたの力を示せ!!」
至近距離に立つその2人の間に、光があふれる!!
「―――殺し屋という職をご存知だろうか?・・・知らぬのならば、ここで教えよう。」
リークは、ロナルドの姿を見つけた。
「ダメだ!!罠だ、これは・・・、だから―――」
「・・・止められなかった。」
2人の力量の差は、始まる前から歴然としていた。
最後の一撃で、恐らく、ホイッタは命を落とす事となっていただろう・・・。
「―――雷使い、バーミル。兄の仇・・・。」
「・・・2人目の侵入者か。抵抗は、死を意味するという事が分からないようだな。」
バーミルは、再び雷を宿らせる。
「降りかかる魔力より我を守り、反撃の刃となれ―――、スクエアミラー。」
「・・・魔導法か。だが、もう遅い。」
バーミルを中心として、雷光が辺りを駆け抜ける・・・。
「リークさん!今行ってはいけません!!」
「止めるな・・、このまま見ているだけでどうなる?!」
「リーク様、ダメですわ。もう、・・・出て行くわけには―――。」
「―――これは、・・・結界?!」
「・・・逃げるがよい・・、もう、フィエスタ家の者が集い始めた。
ただでは、済まされない―――、結界の解ける前に・・・。」
「ホイッタ―――。このまま、・・・引き下がるわけに・・、なんて・・。」
無謀だった。シャノン1人の力ではどうにもならない事だった。
「シャノン!!」
「・・・新たなる、侵入者か―――。」
「グ・・、グルダ?!」
グルダは、一気にバーミルの背後まで走りぬける!!
「俺の召喚獣どもに食らわしたもん、全部返してやらぁ!!受け取れぇっ!!」
グルダは、右手に凝縮したバーミルの雷を投げつける!!
それは、バーミルの背中に直撃する瞬間に炸裂し、爆音を上げた!!
「離れろ!!」
グルダの声の直後、それまでシャノンがいた場所をえぐる程の落雷が起こった。
「―――追え、仕留めろ。・・・必ずだ。そして、殺れ・・・。」
「冗談じゃないわ。・・・あいつの目、完全にイッてるわよ!!」
シャノンは、グルダに助けられながら、フィエスタ家の奥へと逃げだした。
バーミルらはそれを追いかけていった・・・。
「・・・俺達も追うぞ!!奴を―――」
「あのおじさんは、・・・どうするの?」
エスティナは、ホイッタの事を指差した。
「今は奴を―――、・・・いや、ホイッタ・・さん。・・だ、・・・ダメだ。」
リークは、これからしようとする事が、何を意味するかを悟っていた・・・。
(106日目深夜)
結局、俺は、あの女の言う通りの行動をしちまっていた。
「―――宿か・・・。」
足の痛みが限界を超えちまいそうだった。
「マーシャ――、そうだ、あの女ならなんとか・・・」
俺は、我に返った。何を考えてやがる、俺・・。この程度のケガ、これまで、
何度も受けてきたじゃねぇか。たった1人で全部やってきた俺が、
・・・なんで、今頃になって、誰かに頼ろうとしやがる―――。
「けっ、・・・こんなもんツバでもつけといて、―――酒でも浴びりゃあ、治る。」
入ってすぐの印象は、やけにしけた酒場じゃねぇかってところだった。
「・・・ご注文の方は?」
腰を落ち着けて、いざ、そのウェイトレスのお姉ちゃんに酒を頼もうって時に、
俺は、有り金全部、あのシーナの奴に奪われちまった事を思い出した・・。
「・・・お客様?」
「み、・・・水を。」
「―――はぁ、・・・水、ですか?」
「・・・ちっ、一番・・・や、安い奴、頼む・・。」
「かしこまりました。」
俺の持ち金は、雑魚のモンスター共を倒して手に入れただけの小銭だけ―――
習性―――、気配を絶って歩くような、そういう奴に勘付いちまう・・・。
俺は、外に抜け出た・・。そいつは、俺が出てきたのに気付いたのか、
また走り去って行きやがった・・・。
「・・・あの様子・・、ここに戻ってきたんじゃねぇのか?
―――酒場の人間・・か。・・・なかなか、いい女じゃねぇか・・・。」
だが、どうしてそんな女が、こそこそするような真似をしなくちゃならねぇ。
そんな事を考えてる俺の背後から、酒くせぇ男が話しかけて来やがった。
「おうおう、兄ちゃん。あんたも、酒場の四姉妹バンド、
ボーカルのマティーヨちゃんの追っかけかい・・?!そりゃ、残念だったなぁ。
今日は、ステージには立たないんだよぉ・・・、ヒック・・。」
「誰がおっかけだと?!・・・まさか。それは、テメェの方だろ?!」
「冗談・・・。俺は、今、走り抜けてった、マティーヨちゃんの熱烈なファンさ。」
「ファン・・か。―――今の娘、マティーヨって言うのか・・・?」
「ま、まさか、マティーヨちゃんを知らないなんて・・・、酔ってるのか、お前?」
「酒臭ぇのはテメェの方だろうが・・。」
「・・・まぁ、いいぜ。どうせ、金を持ってねぇ奴は、マティーヨちゃんの
美声を聴く資格も顔を拝む権利もないのさ・・・。時々、ここの酒場は、
そりゃあ高い入場料とって、ディナーショーを開くのさ。
―――そりゃ、この俺もよ、・・・い、一度しか、彼女の・・・、そう、
マティーヨちゃんの透き通った声を聴いた事はねぇがなぁ・・・」
その男はとうとう酔い潰れて倒れこみやがった・・・。
「で、ストーカーまがいの事をしてやがるってのか・・・。悪い野郎だぜ・・。」
「・・・ありゃあよぉ、・・・天使さまが、地上に舞い降りたみてぇだったぜ―――」
「―――天使さま・・・ねぇ。」
俺は、酒を注いでったその女を見ながら、さっきの男の話を思い出してた。
「ウェイトレスの姉さんで1人。―――奥で、ピアノを弾いてる女・・・、
それに、カウンターの娘で四姉妹か・・・。悪か・・・ねぇな。」
俺は、財布の中身を見る。
「・・・ま、こんな仕事してて良かったって思える一瞬は、こういう時だけ・・か。」
「どんな仕事をされてるんですの?」
「っと・・・、俺、酔っちまったのか?姉さんの気配に・・・気づかねぇ、なんて。」
「・・・まぁ。あまり無理されないでくださいね。」
「―――金ならあるぜ・・・。無理なんかしちゃぁねぇさ。ほらよ・・・、グラスが、
・・・空じゃ・・・ねぇか。さ、酒を―――」
「はい、これを飲んでね・・。」
「さ・・さすが、・・・分かってるぜ――。」
頭がふらついて来やがった。
「・・・なぁ、―――いつ、・・あるんだよ、・・・ディナーショーとかいう・・奴。」
「あら・・・、そんな事言ったら、その時にしか来て下さらないじゃないの。
毎日来てくださいな。・・・そのうち、開きますから―――」
それ以降、俺の記憶は飛んじまっていた・・・。
「それじゃあ、私とそんなに歳・・変わらないじゃない・・・。」
温泉でさっぱりした後、戻ってきた部屋にいた女の子と話をして時間を潰してた。
「―――そんな歳で女王やってるなんて・・。親とか、いないの?」
「女王様がお生まれになってすぐ、先の国王は戦乱でお亡くなりになって、
王妃も、病に倒れて、女王の顔もろくに見る事も出来ず、息を引き取られたわ・・。」
「そっか・・・、親、知らないのか・・。なんだか、私に似てるのね・・。」
「女王様は、きっと、ホイッタ様の事を親だと思ってらっしゃるわ。
養育係として、誰よりも長く、一緒に居られたのだから・・・。」
「養育係・・・って?鍛冶屋の人じゃないの?」
「―――かつての戦乱の世では、国王のお側で、誰よりも先頭に立って、
兵達を率いていた、兵士長という職にあった方なのよ・・・。」
「・・・鍛冶屋で会ったときは、そんな偉い人だなんて、思いもしなかったわ・・。」
私は、ふかふかのベッドから下りて、窓のそばに歩いてったわ。
「ねぇ、・・お生まれになってすぐって、―――まだ、私は生まれてなかったんだけど、
・・・戦乱の世ってどういう事なの?この国、何処と戦争してたの?」
女の子は少し黙ってたけど、小さくこう言ったわ。
「世界中・・・よ。」
「それで結局―――」
なんで私、そんな事聞いたんだろう。自分でも不思議に思ってた。
女王様って人の話を聞いてたり、アーシェルが、いろんな資料に
目を通したりしてるのを見てたりする内に、どうしてか分からないけど、
私も、なんとなく、放っておけないって気分になってたのかもしれない・・・。
「・・・あれ?」
シーナは、真っ暗な窓の外の、何かに気付き、城門の近くを眺めた・・。
「誰か・・・いるわ・・。」
その女もシーナに近づいてきて、外を眺めた。
「あら、女の子じゃない・・・。こんな時間に、何してるのかしらね―――。」
「え?・・ああ、そうね・・・。」
確かにその女が1人でいる姿もシーナは見つけた。だが、シーナが見ていたのは、
城門の近くにいた、別の3人の姿だった・・・。
その中の1人には、見覚えがあった―――。
「・・・ちょっと、出かけて来るわ。」
シーナは、ローブをまとってから、部屋を出て行った。
女は、その姿を確認した後、ゆっくりと城門の方へと視線を向けた・・・。
「―――リークと、・・ロナルド。・・・フィエスタ家の人間ね・・。」
(106日目夜)
マーシャの姿が見えなくなったが、私はそれほど気に止めてはいなかった。
ディナーの用意が行われている間、どうやら、ステージでは
何かの舞台が始まったようだった。
演じているのは、恐らく一流の者であろう。上流階級の者にとっては、
このようなものを余興と言うのか・・。
場面が変わり、暗転する。そして、その後、スポットライトに照らされた、
その登場人物の姿を見て、私は驚いた・・・。
「・・え?」
マーシャはどうする気だ?そう考えていた時だった。
「―――それが、私の運命だから・・・。」
誰よりも一番不思議な顔をしていたのは、マーシャ自身だった。
だが、その後も、マーシャは役を続けていた。声も、マーシャ自身のものだった。
操られている様子―――、私には分からなかった。催眠が掛かっているのなら、
意識をはっきりと持って、しかも、どことなく、感情を込めて演技しているマーシャの
様子をどう説明すればよい?
私はふと思い出し、先程の老婆の言葉を繰り返した。
「歪・・・。時空魔導法、歪式―――。」
そう口走って、私は、現実に、目の前で起こっている事を、もう一度疑った。
あのセリュークをして、高等魔導法であると言わしめた、そんな代物を、
一体、どんな人物が行使したというのだ?
「あの役は、あの娘にぴったりだと思ったの。どう?なかなかのものでしょう。」
その声の主の方へ振り向く。まさか、この人物が・・・。
「演出、脚本は・・・、貴女なのか?」
「そうね。あの娘が演じてる役には、本当は、重要な意味を持つ杖が必要なの。
ちょうど、教会であの娘が持っていた杖のような―――」
準備が終わり、周りが談笑しながら食事を始めていた頃、マーシャは戻ってきた。
「見てくださいました?」
「あ、ああ。マーシャに、あんな才能があるとは意外だった。」
「本当は、私・・・、何もしてないんですよ?・・・暗い舞台袖から、表に出て、
急に明るくなったと思った後、先ほどの劇を、私は演じていました。
台詞や動作なんて、何も聞いてなかったのに、
自然と頭に思い浮かんでくるんです。」
私は、別にそこで、マーシャに、幽体がどうだ、時空魔導法がどうだと、
講釈をたれる気にはなれなかった。
マーシャは先程から、無意識のうちに、何かの違和感を感じているようだった。
それは、舞台にマーシャが立っている間中、私も感じていた事だった。
恐らくは、あの女も、気付いていたであろう・・。
「肩や腕の周り・・、足首の辺りに・・、何か違和感はないか?」
マーシャは、その質問に、首をかしげながら答えた。
「ええ・・、疲れてるのでしょうか。セニフさん?そんなことよりも、
食べられないのですか?せっかくのお料理が冷めてしまいますよ?」
別段、マーシャに異常は見られなかった。気のせいだと自分に言い聞かせ、
私も、食事に手をつけた。
「俺達の罠に、何匹かのネズミがひっかかったようだな。」
「我が息子ながら、・・・そこまでして、父親を悪者に仕立てたいというのか。
まったく、親不孝な話だ・・・。そうは思わないか、レイ・・。」
「ええ・・。ごめんなさい。少し、疲れたわ。もう、休んでも、いいかしら・・・。」
「役目を果たしてから―――、分かっているな?」
「・・・杖を持っていなかった。それに、あなた達の罠に、
結局、その娘はかからなかった。だから、断定をすることは出来ないわ。
・・・けれども、1つだけ、今回のパーティのお陰で、分かった事があるわ。」
「もったいつけるな。今回のパーティは、レイの言い出した事ではないか?」
「―――普通の人間では、決して、あり得ない事なの。あんな事は・・・。
そうね、あの劇のヒロイン―――、悲劇の少女や、それに類する存在でない限り。」
(107日目早朝)
会議室内には、重い空気が流れていた。
「フィエスタ家に、スパイとして潜入していた・・・、そういう事だな?」
「そ、・・・そうよ。気絶する直前に、私に、言ったのよ。
奴らに潜入している事がバレてしまったって・・・。」
「どうして、シーナが・・?」
「う、うるさいわね!!窓から見えたのよ・・・。」
「ホイッタ殿は、1人で帰ってこられたのか?」
「え・・、わ、私が見たときには、・・・あと2人いたような。
けど、出て行った時には、もういなかったわ!!」
「・・・ケガ人がこれで4人になった。目が覚めれば、情報が手に入るとか、
そんな事、言ってる場合ではないんじゃあないか?」
「―――だが、実際に、最後にホイッタ殿と会話されたのは、・・・シーナ1人だ。
今、現時点で分かる事は、・・・シーナが発した言葉だけだ。」
「そ・・、そう・・ね。」
「他には、何も言ってなかったのか?」
俺の質問に、シーナは、静かに返してきた。
「・・・信じられるの?私なんかの言葉・・・。」
私は、最後に、気絶する直前に、ホイッタさんが言った言葉を繰り返し、
頭の中で思い出してた。アーシェルは、私にうなずいてきた・・・。
「・・・冗談じゃないわよ。この国の人間の中に、本当に、・・・クーデターなんか、
起こそうなんて思ってる奴がいるなんて・・・。ホイッタさんのケガ見たでしょ?
あれは、本気になれば、人を殺れる人間の仕業よ―――。」
周りの人間は、私の言葉を聞いても、そんな動揺してなかった。
「まずは、ホイッタ殿の回復を待とう。解散とする・・・。」
他の人間が部屋を出始めた頃、アーシェルが私の方に駆け寄ってきた。
「クーデターを起こそうと、計画してる奴にやられたって言いたいのか・・・。」
「何も出来ることなんてないわよ?・・・聞いたのは私だけなんだから。」
「だからこそ、動くべきじゃないのか?」
「間違っても、女王様を隠したり何処かに行かせたりなんて動いたり出来ないわ。
あんたが言わせるから言ったけど、言っても言わなくても、大差はないわよ。」
マーシャは、考え事をしていた。もう、既に5分は遠くを見つめたままだった。
「恐らく、この会合もお開きになるだろう。そろそろ、退席しよう・・・。」
「あ、セニフさん・・。え、ええ。―――でも、その・・、私・・。
あの、レイさんに、ごあいさつしてきても・・、いいですか―――」
このパーティーは、革命派の集まりなどというものではない。薄々気付いていた。
だが、ここに私達を呼んだ理由。そして、この館に入る直前で別れたあの2人の人物。
このパーティーの途中、私達から見えない、舞台裏で起こった何か・・・。
一瞬、舞台のマーシャに、絡み付くかのように見えた、翠色の光―――。
それは、何か、胸騒ぎのする輝きを放っていた・・。
「・・・ご挨拶か。そうだな・・・。」
このまま帰れるはずなどない。終わったのは、ただのパーティーなのだから。
(107日目深夜)
部屋に戻った俺に、部屋ん中にいたそいつが、悪態つきやがった・・・。
「・・・また、酒場で飲んだくれてやがるのか?」
「うるせぇ・・。テメェのようなガキに、何がわかる・・。」
「けっ、完全に酔い潰れちまったテメェを、部屋に運んでやったのは、この俺だぜ?」
「ちっ、うるせぇ。俺は、もう寝る。起こすな・・・。」
「ふて腐れんなよ。酒が弱ぇくらいでよ・・・。大人だろ?」
今日も、マティーヨって娘は、姿を見せなかった。どうせ、やる事も見あたらねぇ。
金は、とりあえず困らねぇ程度にあるっつっても、このままじゃ、底ついちまう・・。
「・・・寝ちまったか。」
そのガキは、周りをよく見回した後、ベッドで寝てるその娘に小声で話しかけた。
「気分・・・どうだ?」
「―――ええ。もう、・・・だいぶ、よくなりました・・・。」
「早く・・、よくなれよ・・。」
(108日目夕方)
「今頃起きてくるなんて、気楽な人間だな・・・。」
ザヌレコフの野郎が、部屋から出てくるとこにかちあった。
「出かけるぜ・・・。」
「どうせ、飲めもしねぇんだし、俺らに迷惑掛けんなよ。」
ザヌレコフの奴は、俺の声を聞いちゃなかった。
「大丈夫なのか?あいつ・・・。」
「―――何も、悪いことが・・起きなければ、いいのですが・・・。」
「ド・・ドルカ?!もう、起きても平気なのか?」
「ええ・・・。それより―――」
ドルカの表情は、不安でいっぱいだった・・。
「・・・ねぇ、・・ジルお姉ちゃん?」
「なに?もうすぐ、夜よ。さぁ、準備して。」
「・・・誰もいないじゃない?!何よ、あの高い入場料!!
このままじゃあ、誰も来なくなっちゃうわよ!!」
「仕方がないよ、アニーお姉さん。マティーヨお姉さんが、そう決めたんだから。」
「マティーヨお姉ちゃんは、昨日やるって言ったのよ!!勝手過ぎない?!」
「アニー?マティの事は言わないって約束でしょ?マティは、マティなんだから・・。」
「もう、ジルお姉ちゃん!!」
「ごめん・・。今日、私・・・、ステージで歌うから・・・。」
「あっ・・、マティーヨ・・・お、お姉ちゃん・・。」
「聞いてた?マティ・・。歌ってくれるのは嬉しいけど、誰もお客さん、いないって。」
「前から言おうと思ってたけど、もう、あんな入場料取るの、やめようよ!!
わかってるわよ・・・。そうでもしないと、生活出来ないって・・、けれど!!」
「そう・・、今日は、誰もいらしてないの・・・。」
「今日はじゃないのよ?!今日も・・・だからね!!」
(108日目夜)
「ほら、見てよ?!こんな時間なのに誰もいないじゃない!!」
「あら、・・・閉店なんて看板ぶら下げてるの?」
「あ、う、・・・うそ?!」
「もう、アニーお姉さん・・・。」
「あ、・・あのよぉ。今日・・・、開いてんのか?」
俺は、入り口に来たその4人の娘に話しかけてた・・。
いい加減諦めて帰ろうと思ってた頃だった。
「あ、昨日も酒場にいらしてた・・。」
「・・・ご、ごめんなさい。お見苦しいところをお見せしてしまって・・。」
「き、・・気にしちゃあねぇよ。ディナーショー、・・・開くのか?」
「は、はい。・・・ごゆっくり、お楽しみください・・。」
俺は、席に案内された。ウェイトレスの娘が酒やら料理やらを運んでくれた後、
4人の娘達は、ステージに上がって行った。
こうして見ると、4人はそれぞれ、どの娘も可愛かった―――、
だが、その中でも、あのマティーヨって娘は、輝いて見えた・・・。
ディナーショーは静かに始まった。普段からピアノを弾いてる娘は当然として、
他の2人の演奏もなかなかのもんだった。
前奏が終わって、マティーヨはマイクの前に立って、大きく息を吸い込む―――
俺は、椅子から思いっきり音を上げて立ち上がった。
俺が期待していたのとは、全く違う音がステージから聞こえて来やがったせいだ。
「・・・な、ど、どうなってやがる?!」
ステージの隣の壁が轟音を上げて崩され、何人かの野郎が乱入して来やがった。
そん中の1人が煙幕を張りやがった。白い煙で視界が遮られる―――
「くっ、何処のどいつだぁ?ディナーショーを邪魔しやがった野郎は?!」
「あ、・・あら?マティ、・・どこ?!」
「ジルお姉さん!!マティーヨお姉さんがいないわ!!」
「なんだと?!」
俺は、ソードを構えて、ステージの上に駆け上がった。
「何処だ?!・・・どこに行ったんだ?!」
「ジルお姉ちゃん、さっきの人達、兵士のアーマーを装備してたわ。
―――マティーヨを連れ去ってったのよ!!・・・でも、どうして?」
「そんな事もわからないの?決まってるじゃない・・・、だから、言ったのに・・。」
「ここの兵がそこの壁から、かっさらってったんだな?!」
「え?・・お、お客様・・、すみません。こんな事に、なってしまって・・・。」
「俺が、助け出す!!・・・心配せずに、待ってろ。」
「あなたは・・・、いったい―――?」
俺は、壁の方に走りながら、残った3人の娘に答えた・・。
「ザヌレコフ=ディカント―――、恋人募集中だ!!」
外の冷気が体に突き刺さってきやがる。・・・奴等は城の人間―――。
「それなら、行く場所は1つじゃねぇか!!」
走り出そうとした段階で、俺は、初めて気づいた。
「―――この国の城・・・何処にあるんだよ?」
「うぅ・・、リークさまぁ・・・、リーク、・・さまぁ―――。」
・・・何処かで聞いた事ある女の泣き声が、どこからともなく聞こえて来やがった。
そいつは、角を曲がった所でうずくまってやがった・・・。
「・・・おい、お前―――、何、してんだ?」
その女は俺の方を向いてきた。
「リーク様が・・・、捕まっちゃったのよ―――。わ、わたし・・・」
また泣き始めやがった。どうにも、俺の苦手なタイプの女だ。
「リーク様―――、革命派の家の人だから・・、だから、きっと捕まったのよ。
・・・ここの、兵士達は・・、――― 王女 派だから・・・。」
「兵士―――、おい、見たのか?!さっきの連中を!!どっちに向かった?!!
理由はどうでもいい。許してられるか?!あぁ、じれってぇ!!案内しやがれ!!」
俺は、そいつを抱きかかえて走り出した。
「えっ・・、い、いやぁぁ!!このエスティナ様に、な、何する気よ?!!」
「どっちだ?!!とっとと案内しやがれ!!」
(108日目深夜)
「・・・おい、ここか?!ここで間違いねぇんだな!!」
「一本道だったのよ。分からなかったって言うつもり?」
その建物の扉に思いっきり力を込めた。
「な、なんだ・・、こいつ?!開かねぇぞ!!」
「そりゃ、無理でしょ?鍵がかかってるもの。」
悩んでる俺を、コケにしたみてぇに笑いかけてきやがった。
「腕っぷし―――だけは、良いのよね。・・・いいわ!私だって、許せないもの・・。
絶対に、彼を奪い返すの!!任せなさい、このエスティナ様に!!」
そのエスティナとかいう女は、俺の目から見ても、鮮やかに鍵を開けやがった。
「・・・へぇ、なかなかいい手つきしてやがる。素人じゃねぇな?
よっしゃ、ここの事もよく知ってやがるんだ。・・・テメェについていってやらぁ。」
「私のような可憐な乙女に、そんな物騒な剣振り回したりなんて似合わないの。
そういう事は任せるわ。いいわよ。お互い、その方が助かるんじゃないの?」
俺等は、その建物ん中に入ってった・・・。
「―――な、何者?どうやって、入ってきた?!」
「う、うそぉ!!」
「下がってろ、女!!」
俺は、素早くそいつを柄で小突いてやった・・・。
「・・・やるじゃん、あんた。」
「雑魚だ。小突いただけだぜ?―――ところでよぉ、お前、さっき抜かしてたな。
・・・革命派だとか、王女派だとか・・・。」
「何よ、このエスティナ様がどっちかって訊く気なの?」
「―――王女・・、ヒメさんかぁ。・・・一目でいいから、会ってみたいもんだなぁ。」
「・・・え、なに?それ。」
俺とその女は、階段を下りて、その部屋に入った。俺の目は、他の何よりも早く、
牢の中にいた、あの娘の姿を発見した。
「な、何奴だ?!」
「お、おい・・・。よくも、・・よくも、ディナーショーを台無しにしやがったな?!」
「あんた達!!どこの誰の許可を得て、私のリーク様に手を出してるの?!」
「リーク―――、フィエスタ家のまわしもんだな・・・。
全員、戦闘配置につけ。・・・そいつらを取り押さえろ!!」
「・・・よってたかって、その娘に何しやがるつもりだ?!!」
俺は、そいつら6人に向かって、ソードを向ける。
「抵抗する気か・・・。」
「黙って言う事聞きやがれ。―――その娘を解放しやがれ!!」
「リーク様を放しなさい!!じゃないと―――、こ、こいつが、あんた達なんか、
ケチョンケチョンにしちゃうんだから!!ほ、ほら、さっさとやっちゃいなさい!!」
「・・・て、てめぇは下がってろ。リークの奴も居やがるんだな?何してやがる・・。」
「こいつらと共に、みせしめにしてくれるわ!!」
「見せしめだとォ?―――テメェら、・・この俺を、誰だと思ってやがる?!」
「誰よ?・・あんた。」
「だから、てめぇは、下がってろっ。」
「ふざけた侵入者共だ。ゆっくりと牢で頭でも冷やすんだな!!」
「ちっ、名乗る暇無かったじゃねぇか!!」
所詮、そいつらも大した剣の使い手じゃなかった。
「お前ら、・・・俺の敵じゃねぇよ。」
最後の1人が、俺の剣を受け止めやがった。
「このまま、返すものか―――、我と道連れにしてくれる・・。」
そいつからさっと離れた瞬間、そいつは、周りに猛毒ガスを撒き散らしやがった!!
「けっ、くだらねぇ真似をしやが―――」
足の痛みが再発しやがった。あまりの激痛に、俺はがくっとひざをついた・・。
「ゴホッ・・、ゴホッ・・。もう少しで・・、あ、あけられる・・のに―――。」
エスティナとか言う女は、いつの間にか、俺の背後から抜けて、牢の近くの
操作盤の近くでうずくまってやがった。
「おい・・、女―――、こいつ・・、使って、・・・・た、助けてやりやがれ!!」
俺は、自分で使うつもりだったガスマスクを、その女の方に投げつけてやった。
だが、俺は、それを最後に、体中の力が抜けちまって、どうにも動けなくなった。
「(やったわ、ラッキー!!さ、今すぐ助けますわ、リーク様!!)」
エスティナのくぐもった声が小さく聞こえた後、ゆっくりと牢が開く音がした。
「(さぁ、早く!!リーク・・・さ、ま。―――う、うそ・・、うそよ!!)」
伸びてるザヌレコフの横の牢屋の中で、その2人は、強く抱きしめあってたわ。
「・・・もう、俺は、マティの背中ばかり・・、見たくなんてないんだ。
こうして、マティを巻き込んじまった。・・・守れなかった。
けれど・・、もう、俺は、―――放したくない。このまま、ずっと・・。
俺達に、家なんて関係ない・・。そんなものに、縛られるのは、もうたくさんだ・・。」
「リーク・・。許されるのならば、・・・私も。ずっと、・・・私の心は、あなたと・・、
リークと同じ場所にあったわ。・・・ねぇ、―――リーク?
みんな、仲良くして欲しい。・・戦って欲しくなんて、ない・・・。そうでしょ?」
「ああ、止めよう。・・今なら、間に合う―――、マティ?
・・・おい、しっかりしろ!!こんな所で、・・お前を死なせる・・・わけには・・」
「(リーク様ぁ、早く、一緒に、に、逃げましょう・・、い、今なら、私達2人だけで)」
「ありがとう・・。俺たち2人を、・・・ここから、助けて、くれて・・・。」
呆然としてるそのエスティナとかいう娘の前で、2人は出て行ったわ。
硬く、その手をつないで、ただの一点の迷いもなく、前に進んで行ったわ。
「(―――私、本当に・・・リーク様のことを、スキになりかけてたのに・・・。
・・・レイガル様・・・。この人もまた、違いました。だって、もしも、
あの人がそうなのだとすれば、たとえ、姿も心も他人に成り代わったとしても、
この私というものがありながら、あんなに強く、どこの馬の骨ともわからないような
女などと抱き締めあったりなど、しないはずですものね。・・・レイガル様。
私、・・・必ず、見つけます。―――だから、・・・天国で、見守っていてください。)」
言いたい事だけ言って、エスティナは、そのまま姿を消した・・・。
どれだけの時間がたっちまったのか。ただ、俺は、その冷たくて暗い廊下を、
壁にもたれながら歩いてた・・・。
息が苦しい・・、足はズキズキと痛みやがる・・。少なくとも、
俺は、地獄からの迎えを、振り切っちまったらしい。・・生かされちまった―――。
足が鉛のように重い・・。これ以上、動く気力が起こらねぇ・・・。
ロベルタクスソードを床に突き刺し、俺は、そいつにもたれかかった。
ぼんやりとした視界の先・・、月明かりで照らされた、その開け放たれた扉のそばで、
俺は、その人影を見た。その女は、周りを警戒してやがった・・。
長く伸びた髪―――、そこらへんの女とはどことなく違う、その服装や雰囲気―――。
俺は、どうにか、話しかけようとしたが、声にならなかった・・・。
やがて、そいつは、その出口へ向かって、1人、飛び出して行きやがった。
―――このまま、1人で行かしちゃあならねぇ・・。
俺の心は、・・・そう叫んでやがった―――。
(107日目朝)
「―――この部屋で、・・・いいんだな?」
「あ、・・ああ。も、もういいだろ・・、こ、こいつを、放してくれ・・・。」
セニフさんは、クローを、その人の喉下から離しました。
「・・・会う、会わないをお前達で決めるな。居る事は分かっているんだ。」
私達は、その部屋の中へと入りました・・・。
「レイさんの部屋に案内してもらうのに・・、あんな事を、しなくても・・・。」
「今は誰にも会わせられない?・・・見え透いた嘘だ。
何を隠しているのか、―――全てを知るまで、私は、ここから離れる気はない・・・。」
部屋の中には、誰もいませんでした。セニフさんは、そのまま、奥の方へ歩いていき、
一番奥のドアを開いて、中へと入りました。
「・・・お前、何をしている?」
セニフさんの声色が変わりました。私は、部屋の中を見ました。
そこには、レイさんも、ヴィスティスさんの姿もありませんでした。
部屋の中には、私達以外に、3人の人がいました。1人は、私の知っている人、
そして、もう1人は、今までに、・・・どこかで会った事のある人でした。
「―――ここに連れて来いと命じたのは、侵入者の類のみ・・・。」
「レイ=シャンティは居ないか・・。道案内などに頼るべきではなかったか・・。
―――その物騒なものを収めろ。少なくとも、私の目の前で、何人たりとも
手をかける事は、許さない・・・。」
「シャノンさん?!」
「あ・・、あなた・・達―――。」
「今、この家の主はお前達に会う事は出来ない。
それまで、お前達を監視するのが、俺に命じられた任務だ・・。
追加の者達の指示も仰がなくてはならない・・。」
「バーミル・・。あんたは強いわ。私達じゃ、手も出せない・・。けど―――、
兄さん・・、兄さんに手をかけたのはあなた。」
「シャノンさんの・・、お兄さん?」
「王家にとって、最後の派遣隊の中に、兄さんはいたわ。封印を施すという命を、
フランチェスコ兵士長に仰せつかっていたわ。私達、兄さんに頼んでたの。
あなたが、不穏な動きをするかどうか、常に監視していてって・・。」
「俺達の監視が、あの吹雪で途絶えた時か・・。お前は、その時初めて、
シャノンの兄貴の監視の目に気付き、手を下しやがった・・・。」
「―――今、兄さんは、王宮にいるわ。生死の境を彷徨ってるって・・・。
手紙の送り主の名前に見覚えがあったわ。あなたの配下―――、スパイの名よ。」
バーミルと呼ばれたその男は、静かに笑いかけた・・・。
「・・・流石は、主のご子息の仲間―――。主が恐怖する理由も分かる・・。」
「この国の人たちを・・、苦しめているのは、―――あなたなのですか?」
「お前達の言う、俺の配下という人間は、紛れも無い、王国の人間だがな。
言ってみれば、女王につく立場にある者が自らの明確な意思で動いた・・。
自らの立場に、疑問を持つ者達が、手を下し―――、今も、頃合いを伺っている。」
「頃合い―――、革命を起こそうという気か?」
「ここに居ない、お前達にとって、大切であろう人間―――。
・・そして、主が、その存在を、何よりも、疎ましく思う者達を・・・。」
(109日目朝)
ホイッタさんは、私達がベッドに様子を見に来たときには、
もう、目を覚まして、ベッドから起き上がっていたわ。
「もう、いいの?体、大丈夫なの?」
「・・・いったい、どれだけの間、眠っていたというのだ・・・?」
「ホイッタ殿―――、運ばれてから、丸2日です。」
「・・・フランチェスコよ。女王を―――、ティスターニア様を、守らねばならん。」
「相手は、フィエスタ家の者なのか?ここまでの手傷を負わせたのは・・・。」
ホイッタさんは、静かに小さくうなずく・・。
「・・・教えてくれぬか?帰還してきた、3人の者達の場所を・・。」
「しかし、あの者達は、今も意識を取り戻さぬまま・・。」
「―――いずれも、最後に派遣した者達・・。万一の時には、
西方の大雪原―――、氷河牢獄への道に封印を施す命をうけた・・・。」
「我の過ちだ・・。民にせがまれ、毎日苦悩し、時には吐血する事もあった。
だが、そんな我の小さな苦しみなどに負け、・・・多くの者を見捨てた・・。」
フランチェスコ兵士長は、肩を落として、力なくそう言ったわ。
向こうの方から、アーシェルといつもの女が私達の方に寄ってきた。
「ホイッタさん・・。あれほどの傷を受けていたのに・・・、もう、平気なのですか?」
「ああ。心配をかけてしまったようだな。アーシェル君にも、シーナさんにも。」
「ホイッタ様、フランチェスコ兵士長―――。侵入者やスパイの情報が錯綜し、
兵達の間に混乱と動揺が広がっています。・・・どうか、指示を。」
「・・・アーシェル、シーナの2人を、・・・女王の部屋へ、案内してくれ。」
「ホイッタさん・・?」
「私達なんかに、・・行かせるって言うの?」
「ただ、話し相手になってくれるだけでいい。女王に・・・会ってくれないだろうか。」
「・・・分かりました。シーナ・・、問題ないよな?」
「そうね・・。会ってみようかしら。」
「ホイッタ様。では、これから、お部屋までご案内します。」
「よろしく頼んだぞ。」
「ここが女王様のお部屋。ちょっと、待っててくれるかしら。」
そう言って、その女は右手の平をドアに向ける。
「―――結界なんて張ってるの?・・・閉じ込めてるって言うの?」
「・・・結界を解きました。中へどうぞ。」
シーナは、しつこく聞こうとしていたが、俺が入るのを見て、あきらめたようだった。
女王の部屋というだけあり、広い部屋だった。煌びやかな装飾が施され、
恐らくは相当高価であろう古い時代の絵画や美術品の類が壁に並ぶ・・・。
「・・・あれ、いないのかしらね。」
「ティスターニア女王・・、いらっしゃらないのです―――」
俺は、背後からの激痛に、力なく膝から崩れ落ちた・・・。
シーナに呼びかけようとした時には、背後から、悲鳴と倒れこむ音が聞こえてきた。
そんな俺の横を、案内してきた女を含め、数人の者が通り過ぎる。
「―――ティスターニア様が、幼かった頃から、ずっとついていたのよ。
もう、10年以上になるわね・・。私も、結界なんかで、本当は縛りたくなかったわ。」
出血が酷いらしい。意識がだんだん薄れていく・・。
「もう、お互い・・・、疲れちゃったでしょ?」
「・・・あ、あ・・んたたち―――、殺る・・気・・、なの?」
「シーナ・・・、お前・・、動ける・・か?」
「私の・・、言ったとおりじゃな・・いの。やっぱ・・・、こいつだった、のよ・・。」
「フィエスタ家の方には、もう、お伝えしたの?」
「ああ。・・これで、3人、あっちでも仲良くやれる事だろう。」
「そこに倒れている2人は、これから、いろいろとやる事があるから、
黙って、私達に従うのよ。・・・それじゃあ、女王様。
―――静かに、眠れるまま、・・・願わくば、安らかに召されん事を―――。」
殺気が流れる・・・。女は、ナイフを手にして、一直線に走る。
そして、ベッドに眠る、女王の胸元に、それを振り落とした―――。
(108日目早朝)
朝の光に目を覚ました。私は、フィエスタ家のベッドで寝ていた。
「・・そうか、あの後―――。」
傷を負っていたシャノンともう1人の男は途中で気絶し、また、マーシャも、
疲れていたのか、そのまま眠りに落ちた。しばらくは、バーミルを警戒していたのだが。
「私が招いた大切なお客人だという事が、どうも伝わって無かったようだ。
非礼を詫びよう・・。そして、もし、レイ=シャンティに用があったというのなら、
やはり、詫びなければならない。ここに、彼女は居ないのだから・・。」
ヴィスティス=フィエスタの姿がそこにあった。
「何処に行った?訊かなければならない事がある。
答えられるのならば、貴方でもいい。何を企んでいる?
私達を、何に巻き込もうとした?」
マーシャの姿はない。別の部屋に居るのだろう。
「20年前の話だ。この国は、大戦の中にあった。戦火の地はここより南東、
深き森の奥深く、―――今は亡き国。その戦いに、自ら参加し、
自らの身を捧げ、戦火を鎮めた者―――。エルネス家の一族の1人だ・・。
―――あの女が居なければ、今の王国・・、そして、我がフィエスタ家は、
無かったであろう。名をセレナという・・・。」
「セレナ―――、その名は何処かで聞いた事がある・・。」
「今、我々が欲する者は、彼女のような存在、
―――悲劇の少女と呼ばれる者だ。」
その瞬間、全てが繋がった。あの女、そして、この男の行動の意図が・・。
「この世に殺戮と破壊を招き、絶望と慟哭で覆い尽くすとされる存在・・・。
そう理解しながら、なおも、・・・欲すると言うのか?」
「繰り返すが、彼女の力により、今の我らがある。何を疑う必要がある?」
この男の口を動かすのは、心の中に渦巻く、醜い欲望か、あるいは、憎悪の感情だろう。
悲劇の少女という存在を、その運命を、個人の感情などで支配する事は出来ない。
「あ、セニフさん・・、おはようございます。」
セニフさんが、こちらの方へ廊下を歩いて来られました。
「ああ、おはよう。・・・マーシャ、ヴィスティス=フィエスタと、何か話をしたか?」
「いいえ・・、でも・・。」
私は、一度深呼吸した後、セニフさんに言いました。
「シャノンさんのお兄さん、今、お城にいるのですよね?だから、・・私、
・・・シャノンさん、きっと、お兄さんのお見舞いに行きたいと思うんです。」
「・・・未だ、復讐を遂げてはいない。フィエスタ家の人間が、
容易く解放するとは思えない・・。」
そう言って、セニフさんはまた、歩き始められました。
「これから、・・・どうするのですか?」
「―――この国が今、巻き込まれている騒動・・・。多くの者が嘆き、怒りの中で、
この先に何を見出すのか・・・。私は、この悲劇の顛末を、見届ける・・。
・・・マーシャ。これから、行く先々で、私達は、多くの者達と出会い―――、
その者達が抱える苦悩を、見続けていかなくてはならないのかもしれない・・。」
昼食の後、私は、セニフさんと分かれて、シャノンさんの所に行きました。
「あなた・・、どうして、ここに?」
「お兄さんの所に、・・・行きませんか?」
シャノンさんは驚いた顔で・・、でも、すぐに冷静な表情に戻って、私を見ました。
「・・・でも、無理よ。ここは出られないし、・・・城にも入れないわ。」
「心配ではないのですか?」
「―――お見舞いにも行かずに、怒りにまかせて、復讐に走った私に、
・・・心配だなんて、言う権利はないわ。けど・・・、ありがとう。
きっと、大丈夫だから。強い人だし、・・・私にとって、たった1人の家族だから。」
私は、1人で廊下を歩いていました。お城のお兄さんと会わせてあげるために、
私に出来ること・・・。それは、あの場所から外へ、そして、お城に一緒に行くこと。
でも、それは、シャノンさんも、セニフさんも無理だと言われました。
けれど、もし、・・・例えば、アーシェルさんや、シーナさんなら?
「皆さん、・・・今、どうしてるんだろう・・・。」
その時、私は、―――何か、心の中で、とても、不安な気持ちに襲われました。
(109日目朝)
次の朝、にわかに館の中が騒がしくなった。
「何があったか、聞いているか?」
「いいえ・・、セニフさん、ヴィスティスさんの所に行きませんか?」
マーシャの提案に私は従う事にした。既にヴィスティスの部屋の前には、
多くの者が集まっていた。そして、扉の近くにいた1人の男―――、バーミルは、
私達の姿を探していたのか、目が合ったと同時に、手招きしてきた・・・。
「主がお呼びだ。来てもらうぞ・・。」
部屋の中には、何か重苦しい雰囲気が広がっていた。
・・・やはり、そこには、レイ=シャンティの姿はなかった。
「マーシャ、セニフ・・。近くに来てくれ・・・。」
ヴィスティスの顔に、笑みは浮かんでいなかった。
「どうされたのですか?何か、悪いお知らせでもあったのですか?」
「我が息子、リークが、王城に囚われたとの知らせを受けた。」
「そんな・・・。」
言葉に動揺は見えなかった。息子の危機だという認識が、ないのだろうか・・・。
「明朝―――、王城にて、話を付ける。
我が息子の所業は、フィエスタ家の所業・・。」
「だが、何故、捕らわれた?理由も無く、拘束される事などないだろう?」
「我が息子ながら、・・・あの子供の考えは、分からない。この家を出て行き、
長い間、顔も見せず、・・・一体、何をしようとしているのだ・・。」
ヴィスティスの視線が、・・・マーシャに向けられた。
「明朝、・・・城へ向かって、くれないだろうか?この書状を持って・・・。」
マーシャは、ヴィスティスからその書状を受け取る・・。
「それを、王家の者に見せてくれれば、フィエスタ家の使いだと分かるだろう。」
「あなたはどうされるのですか?」
「―――囚われた者の父親だと、・・・そう、王家に紹介してくれるのか?」
最初から、マーシャと私に王家に行かせるのが目的なのか?だが、少なくとも、
これが王家に、正式な手続きに則って、入る事の出来るチャンスである事に違いはない。
「お願いがあります。」
マーシャはそうヴィスティスに話しかけた。
「何か、必要な物があれば、申し出てくれ。」
「シャノンさんと、グルダさんを、・・・一緒に行かせてください。」
私はマーシャの方を向いた。真剣な表情でそう頼んでいた・・・。
「―――あの2人を、解放しろと言うのか?」
「お願いします。お城に、一緒に行かせてください。」
ヴィスティスは目を閉じ、静かに答えた・・。
「・・・リークを、―――我が息子を、この家に連れ戻し、代わりに、
あの部屋に拘束すると、そう約束するのならば、・・・条件を飲もう。どうだ?」
「・・・拘束なんて、そんな事・・。」
「さらに、―――バーミルと共に向かう事を義務として課す。契約が破棄されれば、
例外なく、その命を代償とするという覚悟の上でならば―――」
マーシャが私の方を見る。私は、それ以上、マーシャが口出しする事を制した。
「いいだろう。」
(109日目昼)
「―――いない。そんな?!どうして?・・・気付かれたって言うの?
いえ、・・・私の結界で、封じていたのよ?逃げられるはずなんて・・・。」
「隠れているに違いない。探せ!!」
「そこまでにしろよな・・。」
わずかに残ってた聴覚は、俺達を襲ったであろう、その兵達が倒れこむ音を聞いた。
「―――アーシェル、シーナ・・、みじめな姿だな・・・。」
「その声・・・、ディッシェム・・、か?―――すまない・・。」
「あんた・・。もう、・・・いいの?」
「おう、こんだけ休んでたら、体がうずいて仕方がねぇ。お前の方が大丈夫かよ?」
「・・・あんた・・なんて、どうでも・・いいの・・・。ドルカちゃんは?」
ディッシェムが指をさす。俺は、ゆっくりとそっちに顔を向けた。
「ドルカちゃん・・・、元気に・・・なったみたいね。」
シーナは、ゆっくり体を起こした。
「ええ・・・。ここに、マーシャお姉ちゃんは・・、いないんですね。」
「・・・そうね。でも、よく来れたわね・・・、こんな場所。」
「あれだけ殺気出してりゃあ、はっきり分かるぜ。俺は、プロだからな。
―――で、そのプロとしての直感だけどよ・・、この状況、・・・マズくねぇか?」
「・・・既に女王は、この部屋には居なかった。言い訳になるかどうか・・。」
「とにかく、テメェらのケガだ。どうにか治しやがれ。俺が見張っててやるから。」
(110日目朝)
「ねぇ、どうして?・・・マーシャ。私達が―――、それよりも、
・・・どうして、バーミルが、一緒に居るって言うの?」
「主目的は、囚われたリークという者の処遇についての話し合い・・・。」
「シャノンさん・・。お城に着いたら、まず、お兄さんの所に行ってあげて下さい。」
「マーシャ・・、まさか・・、あなた、本当に―――。」
「主との契約―――、不履行は許されぬという事を忘れるな・・・。」
「契約・・・、マーシャ、あなた―――、これって・・・。」
「マーシャの気持ちが少しでも分かるのならば、・・・貴女は、マーシャの望む通り、
行動すればいい。後の事は、私達に任せてくれればいい・・・。」
王城にたどり着いた。門番に書状を見せるも、警戒された。だが、バーミルもまた、
別の書状を見せた事により、ようやく、入城の許可が下りた・・・。
「随分と警戒がきつくなっているな。何かあったのか・・。」
「―――私達は、革命派などという肩書きを持っている。
通された事の方が不思議だ。」
「シャノンさん・・、あとは私達がやります。だから、行ってあげて下さい。」
シャノンは、グルダと顔を見合わせたあと、頭を下げて、2人で私達から離れた。
「案内をお願いして良いか?ここの事を知る人間は、今、1人しかいない・・・。」
バーミルは静かに、私の横を通り、先へと進んで行った。
私達3人は、その部屋へと通されました。お城の兵士長である方が挨拶されました。
「フランチェスコ=エルネスと言う。フィエスタ家の使いの者だな・・?」
「私の名はセニフ、こちらがマーシャ・・・」
「・・・まず、いくつかの書類に目を通してもらう。」
私が、兵士の方にその書類の束をもらった時でした。
「―――バーミル、お前には話がある・・・。」
そう言われて、バーミルさんは、フランチェスコさんと一緒に行かれました。
「何処に連れて行く気だ?」
「―――リークの元に連れて行く・・と言えば、納得して頂けるだろうか?」
セニフさんは、そのまま黙って、書類に目を通され始めました・・・。
どことなく難しい言葉で書かれていましたが、それぞれの書類の最後には、
サインを書く場所がありました。
「・・・このような条項に、代理の者である私達が署名してもいいと言うのか?」
「形式的なものですから・・・。同意して頂けるのであれば、サインを。」
(109日目夕方)
ドアの外に人間の気配がしやがった。
「ティスターニア女王・・、いらっしゃるのですか?誰か、部屋に居る者は?」
「ちっ、・・・誰だ、こいつ。どいつだろうと、今、入って来やがったら―――」
「あの声・・、フランチェスコ兵士長って奴よ。・・・覚悟した方がいいかもね。」
「―――ティスターニア様なら、・・・先ほど、外にいらっしゃいましたよ。」
俺は、そいつの声を聞いて、少しだけ緊張を解いた。
「君は・・、どうして、ここに?―――それよりも、ティスターニア様は、外に?」
「傷付いたホイッタ様をお連れした時に、この書状を頂きました。また来る時は、
この書状を、王家の者に見せてくれればわかると・・・。」
「・・・た、確かに。そうか・・・。なら、この部屋に女王は―――」
フランチェスコとかいう奴もしつこかったが、やっと、諦めて離れて行きやがった。
しばらくして、ゆっくり、扉が開きやがった。別にそれを止めようとはしなかった。
「ナイス―――、また、お前に助けられちまったな。」
そいつは、部屋ん中を見てから、俺に話しかけやがった。
「やっぱり・・・、こんなムチャな事を・・・。」
「誰よ、そいつ・・。信用出来る奴なの?」
「ロナルドと申します。警戒されても仕方が無いですが、今だけは、・・・味方です。」
「ここに侵入する時に、やっかいになったんだ。ま、気楽にいこうぜ・・・。」
(110日目昼)
書類の内容・・、部屋の警戒の様子・・、あの兵士長の行動―――。
私が感じていた違和感。それは、階下で起こった、尋常で無い音で最高潮に達した。
「何事だ?!これは、何の騒ぎだ!!」
扉が勢い良く開かれた。血相を変えた兵士の姿があった。
「―――城門に、―――民が・・、ぶ、武器を・・・手に―――。」
「まさか・・・。」
私は、マーシャの手を引き、全てを振り切って、部屋を飛び出た。
「女王だ。・・・女王の所へ行く!!」
「か、革命が・・・、はじまって・・・、しまったのですか?」
「民と兵士の間では、余程の事が無い限り、すぐに激突する事はないだろう。
だが、それも時間の問題・・・。ならば、それまでに―――。」
兵士は、皆、階下へと向かって行ったようだった。たまに見かける兵士も、
私達は振り切り、ただ、階上へと向かって、走り続けた。
「部屋が分かるのですか?」
「検討はつく。最も、敵に襲われにくい場所―――。城の最も奥にある部屋だ。」
やがて、その1つの部屋に、私達はたどり着いた。扉に手をかけ、
私は、ゆっくりと、扉を押し開いた。―――その静かな部屋の中へと入る・・・。
「・・・ひ、人が・・、倒れてる―――。」
「女王付きの兵か・・、だが―――。こんなに、早くに・・・。」
しばらく、私達は、部屋の中の様子を見回った。意識のある者は居ない。
そして、何よりも、―――女王と呼ぶべき存在が、部屋に見えなかった・・・。
緊張が走る―――。人の気配を感じ、私は、背後を振り返った・・・。
「―――こ、これは・・・。」
兵士長、フランチェスコ=エルネスと、―――バーミル=フォンロートの姿だった。
「グラヴァペタ!!」
冷静さを欠いていた。だが、理性を失う程に、焦りが先行していた―――。
「・・・バーミル、これは、・・・どういう事だ?!説明しろ!!」
(110日目昼)
セニフさんと私は、手を固く握ったまま、走り続けました・・。
「セニフさん!!何処に行けばいいのですか?!」
「女王の姿が無かった、もう、既に何者かが―――」
すぐ近くで、剣と剣のぶつかり合う音、街の人達の叫び声が聞こえてきました。
「―――セニフさん!!皆さんを、・・・止めに行きましょう!!
こんな、こんな事をして、・・・どうなると言うのですか―――」
結んでいた手が、急に重くなりました。セニフさんは、苦しそうな声を上げました。
「・・・逃げろ、マーシャ―――。」
「ど、どうなされたのですか?!」
突然、私は突き飛ばされました。その時、セニフさんの足に、
まぶしく光る電撃が襲い掛かっていました。
「―――かつて、俺は、・・・雷使いと呼ばれた。仕事や護るべき者、
―――愛すべき対象が変わろうと、・・・この力は変わらない。」
「フラッシュリング!!」
普通の杖で放ったフラッシュリングでは、立ち止まらせる事も出来ませんでした。
「今の俺に、失うものは、・・・主との契約をおいて他にはない。」
「・・・あ、あなたは、もしかして、あの時―――、ディシューマで会った、あの人。」
見た事のある顔―――、それは、ジストラスさんという方のスラムの近くで、
盗賊の方達に襲われたときに、助けてくれた、あの人の顔でした・・・。
「どうして・・・、私達を・・・。」
「それが、主と交わした契約。―――契約の不履行は、死をもって償う。
それが、殺し屋としてのルールだった。そして、それは、今も継続している。
自分自身に課し、戒めとする事で、何よりも厳しく、冷酷になれる―――。」
「・・・マジックシールド。」
「・・・我が雷招来術にて、汝らを、葬らん―――」
「―――ふぅ、どうやら、・・・術の詠唱前に、・・間に合ったみてぇだな。」
俺は、スピアで思いっきり、バーミルの野郎の横っ腹を貫いてやった・・・。
「けっ、・・・久しぶりに会ったと思やぁ、こんな所で出稼ぎかよ、・・バーミルよぉ。」
「・・・ディッシェムさん!!」
「こいつが、緊急指名手配犯だったのは、結構前だぜ?
―――それと関係なく、殺ろうってんなら、・・・俺も、黙っちゃねぇよ。」
マーシャは、俺らから離れて、セニフの野郎に、キュアをかけてやってた。
バーミルの野郎が、無言で俺に攻撃を仕掛けてきやがった。
「テメェの雷なんか、見えてりゃあ、避けれる!!」
バーミルの野郎も、すぐにそんな小細工が俺に通用しないって気付いたみてぇだった。
だが、バーミルの野郎は、右手に持ってた武器を、しまい始めやがった。
「お前が相手ならば、・・・右手の武器は、用済みのようだな・・。」
「な、なんだと?!テメェ、・・・攻撃してこねぇって気か?!」
「―――フォンロート流 雷招来術。奥義、・・・壱式 四指逡巡。」
バーミルが左手を突き出した瞬間、四本の雷が俺に向かって迸ってきやがった。
「増やしたところで、俺を捉えられなきゃ意味ねぇぜ!!」
右手をゆっくりと俺に向けやがる・・・。
「肆式 弾指爆雷!!」
ボールみてぇに丸っこくなった電撃が、俺の方に飛んで来やがる。
「ちっ、マズいっ、挟まれちまう!!」
2本の迸る雷を避けた瞬間、俺に方向を変えた電撃の玉が直撃しやがった!!
「ディッシェムさん!!」
「けっ・・・、そんだけ操ってるから、―――こいつの威力、落ちてんだろ?
ただのかすり傷程度だ。これなら、どうって事ねぇ!!」
「弐式須臾、・・・捉えた!!」
完全に俺は、油断しちまってた。動けば、取り囲みやがった雷の直撃を受ける・・・。
「これじゃ、動けねぇ・・・。だが、テメェも、・・・ちっとやり過ぎたみてぇだな。」
バーミルは明らかに、限度を超えた力の行使をしていた。
「息が上がってやがるぜ。・・・もう、派手に暴れ回れる歳じゃねぇんだろ?
―――お前の家族に、心配なんか、かけさせんじゃねぇよ。泣いてやがったぜ・・。」
バーミルにいくらか動揺が見えた。ディッシェムの不利に変わりはないが、
もはや、心理戦に持ち込むしかないと考えたのだろう・・・。
「・・・会ったのか?あいつらに・・・。」
「ああ。・・・あの娘、言ってたぜ。・・・帰ってくるの、お家で待ってるって。
―――庭で一緒に遊んでさ、・・・一緒におでかけもするんだ・・ってよ・・・。」
「そうか、―――そんな事を、お前に・・、言ったのか・・・。」
バーミルは、左手を上げた。表情から、一切の感情が消える―――。
「2人とも、闇の住人―――、オグトに惨殺された。もう、護るべき者などない。」
「ディッシェム!!避けろ!!」
「セニフさん、もう、避けられません!!―――ディッシェムさん、逃げてっ!!」
「フォンロート流 雷招来術、・・・参式瞬息!!」
マーシャの絶叫をかき消す轟音が、ディッシェムを取り囲む・・・。
「―――テメェが、・・・弱かったから、護れなかった―――、そうだろ?
そんな・・・、野郎―――。この俺が、いくらでも、・・・ぶっ倒して・・・やらぁ。」
「言うなっ!!あいつらを、―――あいつらを護るのが、俺の・・・
俺の、唯一の生きる意味だった・・・。悔いても、悔いても、悔やみきれない!!」
「弱さを悔やむような弱虫野郎が、偉そうにしてんじゃねぇ!!」
「フォンロート流 雷招来術奥義―――、伍式、刹那散雷!!!」
「いや・・。もう、・・・こんな戦い、止めて・・。お願い!!!」
「―――セリューク流 闇魔導法 サルド。ショートゲージ・・・サンダス―――」
全てが終わったあと、手にしていた杖を、ゆっくりと、下ろしました・・・。
「・・・え、・・な、何が・・あったの?・・・今の・・ドルカなの―――?」
「強すぎる―――」
「ディッシェムさん!!」
声をかけたときには、誰よりも早く、マーシャお姉ちゃんがいらっしゃいました。
「・・・もう、誰も、・・・傷付くところなんて、見たくないんです。・・だから!!」
「・・・俺、―――すぐ、約束・・、破っちまうからよ・・・、ワリィな。」
「もう、絶対に・・・、許しませんから・・・。」
「ドルカ―――」
「は、はい!!」
「・・・すげぇな、ドルカ―――。俺、マジで、くたばったって思ってたのによ。
―――なぁ、バーミルよぉ?・・・お前、そう簡単に、くたばっちゃ、ねぇだろ?」
私は、杖をもう一度持ちました。けど、もう、そんな心配はありませんでした。
「―――ああ。・・・俺は、ただ、逃げていただけなんだな・・・。」
「・・・こいつら、・・・マジで、すげぇんだ。だからさ、・・・約束してやらぁ。
絶対、―――仇は、討ってやるからよ・・。約束、破っちまうことはねぇさ。
・・・こいつらが、―――マーシャが、覚えてくれるからよ・・・。」
「わ、私ですか?!」
「それがいい。マーシャなら、・・・きっと、忘れることはないだろうからな。」
「安心しなさいよ、あんたも。なんせ、このマーシャが覚えてくれてるんだから。」
悲劇の少女、マーシャ―――。そんな人が、どうして、こんなに笑っていられるの?
きっと、それは、・・・マーシャお姉ちゃんが出会った、素敵な皆さんがいるから・・・。
2006/12/06 edited(2006/09/07 written) by yukki-ts To Be Continued. next to
No.33