[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

悲劇の少女―第5幕― 第31章

 (102日目夜)
 ディッシェムとドルカの2人は、暖かいベッドで横になり、深い眠りについた・・。
「どうか、2人をよろしくお願いします・・。」
「2人とも体が冷え切っている・・。私共の力の限り、手を尽くさせてもらうが、
 しばらくは、目覚めないだろう・・・。」


 俺は、宿の主人に頭を下げた後、階下へと降りた・・。
マーシャ達は、暖かい飲み物で体を温めていた。
「あ、2人の様子・・、どうだった?」
「しばらくは、ゆっくりさせてやった方がいい。」
「アーシェルさんも・・、これを。」
 マーシャからその暖かい飲み物が入ったマグカップを受け取った。
「体がとてもポカポカしますよ。」
「―――アークティクスか・・。」
 セニフがそう口にした・・。
「セリューク様のおっしゃっていた、力の暴走・・・?」
「まず、この国のことを知る必要があるだろう。」
「・・・なんだか、眠く・・なってきました・・。」
「ああ・・。俺達も一度休もう。」
「―――それにしても、寒いわ・・。もう、私は寝るわよ・・。」
「そうだな。各自・・、体を休めよう。」
 そう言って、マーシャは一度立ち上がったが、眠い目をこすりながら、
また椅子に座りこんだ・・。
「・・マーシャ?眠いって最初に言ったのは、マーシャだろ?」
「・・・でも、ザヌレコフさんが・・。」
「あっ、・・あの盗賊、・・・いったい何してんの?」
 ザヌレコフが宿に入ってくる気配はなかった・・。
「皆さんは、先に休んでいてください。私は、・・・もうちょっとここにいます。」
「・・・あんまり、無理をするなよ・・。」
「ええ・・、おやすみなさい。アーシェルさん・・。」



「おおかた、あの盗賊、いったい何してんの?―――とかよぉ、
 他人事みてぇに言って、ぬくぬくしてんだろ?」

「素敵な仲間さんじゃねぇか。城下町にでも探しに行けばいいさ。」
「仲間じゃねぇって言ってるだろうが・・。」
「ほら、寂しそうな顔して・・。」
「テメェら・・、人をおちょくってんじゃねぇぞ!!だいたい・・テメェら何者だ?」
 俺は、そいつらに連れられて、近くにあった小さな集落ん中の家にいた。
「俺の名はリーク=フィエスタ・・。ロナルドと、シャノン、それにグルダだ。」
「あなたの名前も伺っていいかしら?」
「・・・ザヌレコフ=ディカント。」
「リークさん・・、この様子じゃあ、しばらく、ザガンナ集落から離れられませんよ。」
「今は、黙って待つしか―――」

 突然、扉が開いて、吹雪が中にまで吹き込んできやがった・・。
「リーク様、ただいま、戻りましたわ!!」
 その女はいきなり、リークって野郎に近づいて、ベタベタひっつきやがった・・。
「・・よく、こんな吹雪の中・・。」
「リーク様のためなら、この程度の雪なんて―――」
 そいつは、俺の方を指さしやがった・・。

「―――何、これ?」

 しばらく間があいた後に、シャノンって女が口を開いた。
「とにかく、まず、コートを脱いで。雪がついてるじゃない。」
「あ、ごめんなさい、リーク様。私ったら・・。
 私のせいで、リーク様が雪で濡れて・・。」

「いいから、早く脱いで来い、エスティナ。」
「え、・・ええ、行きますわ。あ、リーク様。後でお話しましょうね!!」
 エスティナとか言われたその女が奥にひっこんでいった・・。
「―――なんだったんだ?今の女・・。」
「ああいう娘なの。許してあげて・・。」



 (103日目早朝)
 俺は、突然の声に驚いて跳ね起きた・・。
「なんだ・・?」
「アーシェル・・。・・・その・・・、いっしょに―――街に行かない?」
 いつもと、どことなく声色を変えているシーナに、俺は少し戸惑った。
窓の外を覗く。まだ、夜明けには程遠い暗さだった。
「・・・まだ、暗いじゃないか・・。一体、どこに行くって言うんだ?」
「・・・アーシェル、・・・行こ。」
 シーナは、ほとんど強引に俺の腕をつかみ、部屋から引きずり出して行った。

 昨日ほどではないものの、外は酷く吹雪いていた・・・。
「ちょっと、アーシェル・・、離れないでよ。」
「どうして、くっつく必要がある?」
「・・・私の風上から少しでも動いたら、斬るわよ。」
「・・・。」
 しばらく歩く内に、俺の着ていたコートは、いつの間にかシーナに奪われていた。
「そんなに寒いなら、・・・どうして街に出ようなんてするんだ?」
「あ、ショップがもう開いてるわ。じゃあ私、行ってくるから。」
 俺が立ち止まると、当然のように、ナイフの柄で俺を突いてきた。
「ほら、早く歩いて。言ったわよね、私。風上から動くなって。」



 ショップに入って、私はすぐ、モコモコの毛皮で作られたローブを買った。
「・・・高いわね。ま、いいわ。とにかく、すぐ私にちょうだい。」
 アーシェルの奴がショップの中でうろうろしてるのを待ちくたびれて、
私は1人でショップから出たわ。
「―――なんで、こんな寒いのよ。・・・もう。」
 街の通りをしばらく歩いた。周りに歩いてる人なんか誰もいなかったし、
さっさと戻ろうと思ってた。
 ふと、私はその通りの遠くの方にある家から、煙が出てるのに気付いた。
「・・・何かしら。ひょっとして、温泉でもあるの?」



 さんざん迷った挙句、俺は少し重さのあるアーマーを購入した。
「・・・少し、重いな。いや、これくらいは、防御に気を使うべきか・・・。」
 俺は、足跡をたどって歩いていた。
「しかし、人を一緒に連れ出しておいて、消えるなんて・・・。
 どういう神経してんだ、あいつは・・・」

 俺達が行きにつけたものとは違う方向にその足跡は伸びていた。
「・・・どこに寄り道してるんだ?」
 しばらく歩いた先にその鍛冶屋はあった。扉を開け中へ入る。
扉を閉じると、外の寒さを忘れさせるほど、中は暖かかった。
「おい、シーナ?いるのか・・・、いないのか?」
 店内にシーナの姿はなかった。

「お兄ちゃん、・・ここに、用でもあるのかい?」






 (103日目朝)
「マーシャ。」
「は、はい・・・。」
 私は、テーブルの真向かいで朝食をとっているマーシャに話し掛けた。
「私は、セリュークが言っていたアークティクスというものを調べに街へ向かう。
 ・・・一緒に来てくれるか?」

「あ・・、は、はい。分かりました。私も行きます。」
「・・・どうやら、残っているのは私達だけのようだからな。」
「あんなに早く、どこに行かれたのでしょうか、シーナさん。」
「準備が出来たら、街へ行く。」
「あ、待ってください。私も、すぐ食べ終わりますから。」
「焦る必要はない。・・私はここで待っている。
 いつでも好きな時に、話しかけてくれ。」




 私は、一度セニフさんとわかれて、部屋へと戻りました。
「・・・ドルカちゃん・・。」
 寝息はどこか苦しそうでした。時折、何かの悪夢を見ているのか、うなされていました。
「待っててね。必ず、助けてあげるから・・・。」
 私は杖を持って、階段を下りていきました。
「・・・ドルカの様子は?」
 私はゆっくりと首を横に振りました。
「原因を断つより他はないか・・・。準備はいいか?」
「・・はい。」
 外は吹雪いていました。空はどんよりと曇っていて、
私の心の中まで、暗くなってしまいそうでした。
「・・・なんだか、皆さん・・、暗い顔をされていますね。」
「・・街の者達のことか?」
「ええ、・・やっぱり、こんな天気だからでしょうか?」
「この吹雪だ。むしろ、こんな日に私達のように外を出歩くべきではないのだろう。
 天候が良ければ、この通りにも人があふれている事だろう。」

「・・・あ、あの高い塔。あれ何でしょうか?」
「マーシャ・・、私達は観光しに来ているわけではない。
 ―――恐らくは、教会の尖塔の類だろう。上ることも出来るだろう・・。」

「・・・一度行ってみませんか?」
「上るのか?」
「私は、教会を見てみたいだけです。・・もちろん、セニフさんが
 来てくださるのなら、私も、塔に上ります。」

「・・・一度は高いところから街並を見下ろしておいてもよいだろう。
 そうだな、まずは、教会に行ってみる事にしよう・・・。」




 塔から眺める風景もやはり、灰色の低い雲に包み込まれ、暗く沈んだように見えた。
マーシャに先に上がるようにと言われ、先に1人で階段を上がった。
 西の方角に見えるものが、恐らくはこの国の王城であろう。
街は相当広く、宿から教会までの道のりも、この街の広さに比べれば、
決して長いとは言えなかった。
「あ、セニフさん・・・。ごめんなさい。」
 マーシャが階段から上がってきた。手に何かの本らしきものを持っている。
「うわぁ・・、あんなに遠くまで雪原が続いてる・・・。」
「それは、・・・何を持っているんだ?」
「あ、これは、この教会の経典です。まだ、冒頭の少しの部分しか読んでいません。」
 リトゥラーティア。マーシャの持つその経典の表紙にある文字はそう読めた。
「あとで、ゆっくり読んでみます。」
 私は、実のところ、その文字に覚えがあった。別に読みたくて読んだわけではない。
ただ、セリュークに無理矢理、読まされたという記憶があるだけである。
「・・・ここから眺めて分かる事は、ただ、この街が相当広いという事だけか・・。」
「やっぱり、いろんな人に聞いてみないといけないのでしょうか・・・。」
「ああ。まだ、私達には情報が少なすぎる・・・。」
 それからしばらく、どの方角へ向かうかを決め、私達は、
教会へと下りる階段へと足を踏み入れた・・・。

「―――何も知らないなら、不用意に聞き込みなんてしない方がいいわ。」

 私達の他に人の気配などなかった。最初に私が塔に上り、マーシャが来て、
こうして今下りようとするまでの、どの瞬間にも、
この場所に出入りしようなどとする人間の気配など感じなかった・・・。

「この国が、今、どういう状況下にあるか、知らないのなら、
 あなたたちは、まず、それを理解するべきよ・・・。」




 (103日目昼)
「完全に、外界から切り離されたってわけだな。
 これなら、まだ、昨日にでも集落から抜ければよかった・・・。」

 リークの野郎は、相当イライラしてやがった。
「近くに街があるんだろ?歩いて行けねぇ、そんな距離じゃあねぇだろ?」
「無理ね。あなたも分かってるんじゃないの?」
「・・・モンスターの野郎がどうだとか抜かすつもりか?」
「分かってるなら落ち着け。・・リーク、お前にも言っておくぜ・・。」
「―――こんなところで、こんな事をしてる暇は・・・ない。」
「なぁ・・、おい?」
 俺は、リークの野郎にそう話し掛けた。
「まだ最後まで訊いてなかったな。・・お前ら、・・・何者だ?」
「・・・ここにいる人間は皆―――」
「ロナルド!!」
 リークの野郎はそう言って男がしゃべるのを止めた。
「リークさん・・。」
「あなたが心配するようなそんな人間じゃないでしょ、きっと。
 ただの通りすがりの旅人。それ以上でもそれ以下でもないわ・・。」

「それなら、言うつもりなのか?」
「・・・ちっ、言いたくねぇ事情があるんなら、訊きゃあしねぇよ。
 俺だって、こんな小せぇ家に閉じ込められて、やる事もねぇ。
 本当なら、こんなとこ、さっさとおさらばしてぇんだ。」


「リーク様?」
 そう言って、昨日の女が入って来やがった。
「何があったのですか?そんなに大声を出されて―――、
 ま、まさか、・・・これが、何かリーク様に?!」

「おい、誰にむかって口利いてんだ?・・何処の誰がこれだ?!」
「・・・何もない。」
「よかった・・。何かお飲みになります?」
 リークの野郎は何も言わずに奥へと引っ込んでいく。そいつの後をその女が
追いかけていきやがった・・・。

「―――どちらでもないわ。」
「シャノン?」
 その女がそう言った時、グルダとかいうその男が聞き返した。

「リークはいない。止める人間はここにいないわ。
 ・・・あの国で、どちらにも属さない者。それが、私達・・・。」







 (103日目昼)
「この国を統治する女王をご存知?」
 それは、とても綺麗な女性の方でした。
「いえ・・、あの、私達・・、まだ、ここに来たばかりで。」
「どうして来たの?」
「それは―――」
 セニフさんが、無言で私がそれ以上話すのを止められました・・・。
それを見て、その女性の方は優しく微笑まれました。
「警戒する必要はないわ。特に、あなた。私は、あなた達に敵意を持っていない。」
「いつから、私達の姿を見ていた?」
「最初からよ。私は、この塔から外を眺めるのが好きだから・・・。」
「ええ。きっと、晴れていれば、もっと素敵な眺めだと思います・・。」
「気配を・・・断っていたのか?」 
「いいえ。幻術も大掛かりな魔法も、何も私は使ってないわ。
 私が話し掛けるまで、あなたが、私に気付かなかった・・。それだけのことよ。」

「あの・・・、この国の方ですか?もし、よろしければ、
 いろいろと教えて頂きたい事があるんです・・。」

「私は、この国の者ではないわ。知ってる限りの事でよろしければ、
 教えて差し上げられるけれど・・。何を知りたいの?」

「貴女は何者だ?」



 私は、どのようにしてマーシャにそれを伝えようかと考えていた。
その女に一切疑いを持たせず、自然にそうさせるための方法を・・。
「自己紹介ね・・、私の名は、レイ。この教会、そうね・・、
 リトゥラーティアの信者だと思ってくれたら、特に間違いはないわ・・・。
 あるいは、こう言っておきましょうか。―――革命派の1人よ・・。」

「革命派・・?」
「こ、この国で、革命が起こるのですか?」
「話を戻そうかしら。この国を統治する者、
 ティスターニア=ガルディックを知らないって言ったわね。」

「ええ・・。その女王様に、何かがあったのですか?」
「もう2ヶ月になるかしらね。・・ほら、西の空をご覧なさい・・。」
 何の疑いもなく、マーシャは西の方角を見る。その女性、レイという者は、
一切、私に警戒などしていない。少なくとも、私にはそう見えた。
「白く光っているように見える・・。それがどうかしたというのか?」
「あの光は、この地に吹雪を招く。・・・少なくとも、この国の者は、
 そう言い伝えているわ・・。経典の3章18節をご覧なさい・・。」

 マーシャは、一瞬何の事を言っているのか考えたあと、すぐに、持っていた
リトゥラーティアの経典を開き始めた・・・。
「―――そこに書かれていること、・・わざわざ、私が言い直さなくてもいいわね。
 この国の者にとって、リトゥラーティアの経典は1つの歴史書のようなもの。
 かつて、この国で起こったと伝えられる事が記述される―――」


 私は、その時何故か、それは今しかないと感じた。何か、
その女性の雰囲気の変化のようなものに気付いたのか、理由は定かではなかった。
「マーシャ―――」
「―――また、明日もここに来れば、話の続きをするわ。今日はここまで。」
「え・・、もう、おしまいなのですか?」
 レイがマーシャの方を向き、静かに話し掛けた・・・。

「―――不思議な杖を持っているのね・・、あなた―――。」

 レイがそう口に出すまでのその間、完全に、タイミングを逸していた。
私達から背を向け離れていくレイを見ながら、何か、不安のようなものが
よぎっていく、そんな感覚に襲われていた・・・。
「・・・これからは、・・その杖をあまり、他人に見せない方がいい・・。
 いや、・・・幾分、言うのが、遅すぎたか・・・。」




 (103日目夕方)
「セニフさんは、・・レイさんの事、何か疑っているのですか?」
 私は、教会から出てからも、ただ、一度宿に戻ろうとしか言われないセニフさんに、
そう聞いてみました・・・。
「とにかく、一度・・、宿に―――」
「セニフさん、私の質問を聞いてますか?!」
「聞いている・・。」
「・・・聞いてなくても、私、・・・話しますよ。
 ―――レイさん、私に3章18節を見るようにって言われましたよね?
 私、その節を開いて読んでみました。」

「・・ああ、聞いている。」
「え、えっと・・・。読みながら、私・・・思ったんです。
 もしかして、・・レイさん、・・・私達が何を尋ねようとしたのか、
 知っているんじゃないのかなって・・。だって、私達、・・一度も―――」

「アークティクスの事など話してはいない。いや、それだけではなく、他の事も・・。
 私は、少なくとも教会に入った以降、口に出してなどいない。
 ―――それどころか・・、い、いや・・。とにかく、宿に―――」

「・・分かりました。宿に戻ってから、話をしましょう。」



 宿に近づいて、私達は、その人だかりを目にした。
「・・一体、何があったというんだ?」
「何かあるのでしょうか?行ってみませんか?」
「―――宿に戻るためには、・・行かざるを得ないだろう・・。」

 宿の前にいたその者達の横を通り過ぎ、私達は宿へと入った。
「・・・そうか、この宿・・、酒場に併設されているのか・・。」
「酒場で何かあるのでしょうか?」
「いささか、マーシャには早いと思うが・・。気にする必要はないだろう。
 日が暮れるのが早い・・。もう、今日は外に出ない方がいいだろう・・。」




 歩き始められたセニフさんを追いかけながら、私は、ふと、足を止めました。
「―――なんだろう。・・とても、素敵な曲・・・。」
 それは、酒場の方から聞こえました・・。
外にいた人達も何人か、酒場の方へと入っていくようでした・・。
「・・・あ、セニフさん?戻ったら話をするって言いましたよね?
 ちょ、ちょっと、待ってください!!」


 セニフさんの後を追いかけて、私は上への階段を急いで追いかけました。
廊下の先にいたセニフさんは、ディッシェムさんの部屋へと入られるようでした。
「・・・まだ、熱がひかないようだな。」
「ディッシェムさん・・・。こんなに苦しそうにされているのに・・。
 これ以上私に・・何も出来ないなんて・・。」


「―――何故、私達は、・・ここに来た―――?」

 セニフさんは、独り言のようにそう言われました。
「え?な、何故って・・、ディッシェムさんの事をお見舞いに―――
 ・・そ、それよりも、どうして、レイさんは、アークティクスの事を・・・」


「・・・ドルカ―――、か。」

 そう言われて、セニフさんは部屋から出て行かれました・・・。






 (103日目昼)
 シーナは、すっかりと毛皮で作られたローブを身にまとい、
それでもなお、あろうことか、溶鉱炉のすぐ近くで縮こまっていた・・。
「・・・シーナ、そこまで寒いか?そんなにまでするほど、寒いのが嫌なのか?」
「―――あ、あんたは・・、こんな寒くて、・・・平気なの?」
「・・へ、平気なわけはないが・・。それよりも、シーナ。そのローブ、
 随分と高そうに見えるが・・。」

「いいじゃない。・・あんただって、そんなごつそうなアーマー装備してるじゃない。」
「寒さをしのぐためじゃあない。俺は純粋に装備を強化しただけ・・」
「ちぇっ、せっかくお金あるってのに、楽しくショッピングしようなんて、
 そんな気にもなれないわ。だって、ここの寒さ、ハンパないじゃない・・。」

「じゃあ何か?楽しくショッピングしようと思ったけど、
 寒いから、こんな溶鉱炉の前にまで来て、寒さをしのぐ・・って、
 それだけのために、俺は、連れ出されたって言う気か?」

「何よ、・・私が、あんたと一緒にいるのが、そんなに嫌だっていうの?
 あ、それとも、他の連中の視線が気になるとか?」

「あんな朝早くから人などいない。確かに、他の人間に見られたくはないが―――、
 い、いや、ちょっと待て・・、俺はそんな事を言おうとしてんじゃない!」




「ずいぶんと寒がりなお嬢さんのようだね・・。」
「―――アーシェルも言ってるわ。寒がりかどうか、そんなの関係ないの。」
 私は、アーシェルじゃない奴の声がする方を見たわ。
「シーナ、鍛冶屋の店主の邪魔になるだろ?いや、理由はどうあれ、
 まず、客がそんな場所に入り込んでいいわけないだろ?早く出て来い・・・。」

「・・・せっかく、温泉だと思ってたのに。・・・温泉なんてないじゃない。」
「鍛冶屋にどうして温泉があるんだ?」
「なに、いいさ。・・客など居らんのだから、そこで身体でも温めるとよい・・。」
「いや、・・それでも・・。」
「―――ここで鍛えるものは、争いの道具。武具、兵器。
 争いなどして何がどうなるという?・・・いや、何もどうなろうともしない。
 だが、・・いや、だからこそ・・・やもしれんな・・。争いは決して尽きぬ・・。」


 しばらくの沈黙の後、声色を変えて続けたわ。
「なぁに、ここ20年、今の女王が統治されるようになってから、
 平和な世が続いていた。―――ただ、それを面白く思っておらん者が多い。
 もっとも・・・鍛冶屋の店主もその1人なのかもなぁ・・。贅沢な悩みだ・・。」

 私には、そんなに困ってるようには見えなかった。
「・・・争いのないことが、平和な世だとするのなら・・、俺には想像できない。
 人は、生まれながらにして、逃れられない運命を背負わなければならない。
 ―――たとえ、本人が、どれだけをそれを望まなかったとしても・・。」

「・・まだ、若いというのに。・・・運命というものは確かに存在するだろう。
 だが、・・・それは、変える事が出来る・・。そう信じている・・。」


「俺の運命、・・そんなもの、あったとしてもちっぽけなもんだろう。
 だから俺は・・、そんな運命を背負ってる他の人間を、
 ・・・少しでも手助けしたいと思ってる。少しでも、ほんのわずかでもいいから、
 軽くしてやりたいと思ってる・・。」


 アーシェルにとっての運命。それはきっと、マーシャと共に歩く事なんだと思う。
それは、アーシェルが思ってるよりも、ずっと、重い運命・・・。



「・・・これから、人に会いに行かねばならん。」
 そう声をかけられるまで、俺はうとうとしてしまっていた・・・。
「はっ、お、おい、シーナ?!これ以上、迷惑をかけてどうする?
 もう、行くぞ。十分だろう?!」

「・・・寒い。」
「何言ってるんだ?」
「構わんさ・・、店に人など来んだろうし、・・好きな時に出て行くといい。」

 そう言って、鍛冶屋の店主は店から出て行った。
「・・好きなときに出て行くといいって、・・店を無人にする気なのか?」
「だったら、・・・戻ってくるまで、ここにいればいいじゃない。」
「勝手な事を言うな。」
「いいのよ、なんだったら、1人で帰ってても・・。」
 俺は、立ち上がった。
「ああ、そうさせてもらおうか。いい加減、付き合いきれないからな。」
「・・そう。」
「―――鍛冶屋に居候でもする気か?」
「そうね、・・・雪が解けるまで、ここに居させてもらおうかしら。」
「どれだけ先の事だと思ってるんだ・・?」
「・・・どうしたのよ?1人で帰るのは寂しいの?」

 シーナと話していたらいつまでたっても帰れない。
俺は、それ以上議論するのを止め、扉の方へと歩こうとした・・。
 扉が開いて、外から吹雪が吹き込んできた・・。
入ってきたその女性は、店内を一通りみた後、俺達の方を見た・・。
「あら、・・・ホイッタさん。もう、いらっしゃらないの?」
 よく通る澄んだ、けれどどこか物悲しげな声が印象的だった・・。



「・・・ホイッタ?」
「・・もしかして、ここの店の人?さっき、出て行ったわよ。
 人に会うとか言ってたわね。・・・あなたも、何か御用があって?」

「そう・・、やっぱり、この吹雪だと―――」
 そう言った後に、少しあわてたようにしてすぐに言い直したわ。
「そ、それじゃあ、一足違いだったのね。」
「・・・もしかして、あなたが、お相手の方なの?」
「―――ところで、あなた方は?・・お客様・・・じゃあないわよね?」
「い、いや、・・・理由を話し出すと長くなるんだが・・。」
「私達が知ってる事情はそこまでなの。楽しくお話してる場合じゃないわ。
 早く追いかけた方がいいんじゃない?」

「・・そうね。」

 そう言って、扉を開けた。吹雪がまた中に吹き込んでくる・・。
私達には背を向けながら、何かを話した・・。
吹雪にかき消されて、詳しく何を言ってるのか、聞き取れなかった・・。
アーシェルが何か、それに答えたみたいだったけど、結局、外へと出ていったわ。

「・・何って言ってたの?」
「ある者の名を知っているかと問われた。正確に聞き取れなかったから
 聞き返したが、・・・恐らく、俺が知らないと最初から思っていたのだろう。」

「・・それにしても、嘘ばっかりじゃない。誰も店に来ないなんて・・。」
 私は、アーシェルの方を向いた。
「・・・何、あの女の方ばっかりぼけーっと見てたのよ。だらしがないわね!!」
「話をしている相手の顔くらい、・・見るだろう。それが、礼儀じゃあないのか?」
「ふん、否定する気はないのね。・・・で、もう行くの?」

 アーシェルは、少し考えてから答えた・・。

「客が来たら、・・・どうするんだ?」






 世界の全て・・。それは、あたしにとって、この王城と、エリースタシアの宮殿、
それに、・・飛行艇の中だけだった。
 身の回りの世話をしてくれた人達は、みんなあたしよりも年上で、
心の中にある本当の事を話せる相手なんて、・・両手で数えられる程もいなかった。
 まだ、幼かった頃のあたしなら、きっとそんな事、気にしてなかった。
気付いた頃には、周りに、心の底から信じられる人は、
もう、誰もいないように思っていた・・。



「あちらに着いて、しばらくの間、お友達の方とお話をしてお待ちください・・。
 時間が来たら、お迎えに上がりますので・・。」

「待つって・・、どれぐらい待てばいいの?」
「なるべく、早くに参ります・・。」

 その日もあたしは、エリースタシアの宮殿へ向かう飛行艇の中に居た。
まだ幼かった頃の記憶。でも、きっとそれは、あたしにとって、
忘れたくない想い出だった。
 ホイッタは、あたしにそう話した後、扉を開いて外に出た。
「おや、・・君は。」
「ホイッタさん・・。俺、今、この飛行艇の中を探検してんだ。」
「そうか・・、何か面白いものはあったかい?」
「これが、父さん達が作った飛行艇なんだ。・・こんなすごいものを・・。」
「ホイッタ殿・・、リーク様、リーク坊ちゃんを!」
「追いかけっこも、ここまでのようだな。」
「ちょっと、放してくれよ。まだ、行ってないとこだってあるんだ!」
「はぁ、はぁ・・、よりにもよって、ティスターニア様の方に―――、あ!」

 リークがあたしの部屋を覗いてるのが見えたわ。
「そっか、・・ここが、ティスの部屋なんだな?」
「入るかね?」
「ホイッタ殿?!」
「いいよ。あっ、でも・・。」
 リークが扉を開けて、あたしの方を向いたわ。
「向こう着いてから会おうぜ、ティス。今日はマティもいるし・・、あいつも―――。
 お、俺は、まだ、探検しなくちゃならないからな!」

 扉が閉じてから、またリークはどこかに走り出したみたいだった・・。



「・・ホイッタ殿の考え。確かに、ディーリング家の皇子と会われる事は
 将来の為には大切だと存じます。ですが・・。」

「待て・・、不用意にその話をしてはならない。・・周りに、人の姿はないな?」
「・・え、ええ。ティスターニア様は部屋に・・。
 ―――なぜ、ホイッタ殿は、フィエスタ家と、エルネス家の者を?」

「子供らに、・・・責任はない。過去の対立が、これから先、
 どうして利益になろうか?・・過ちは繰り返してはならぬ。」

「・・・いずれ、知ってしまえば、・・いえ、必ず、知ってしまうでしょう。
 その時、・・ホイッタ殿の努力は、無駄になってしまうやもしれません。」

「・・ティスターニア様の幸せを、ただ、誰よりも願っている・・。
 ただ、それだけの事だ。―――それが、先代ガルディック王の願いでもあるのだ。
 その為には、民もまた、皆、・・・幸せであるべきではなかろうか・・。」




 ホイッタや他の兵達が、あたしと3人の兵だけをその部屋に残して、先に、
エリースタシア国陛下の元へ向かったわ。
「先に、ホイッタ殿らが会談されます。その後で、ティスターニア様をご案内する
 ことになっておりますので・・・。」

「・・あたし達だけに、してくださらない?」
「・・ティスターニア様?」 
「―――あちらのドアの方に・・。」

 1人の兵がドアへと向かったわ。
「・・リーク様。ど、どうぞ、お入りくださいませ・・。」
「・・・入っても、・・いい?」
「こちらこそ、お待ちしておりました。」
 リークが部屋に入ってきたわ。
「ティス?・・マティも、誰も来てないのか?」
「まだ、見ていないわ。」
 やっと、他の兵達も空気を読んで、部屋の外に出て行ってくれた。
「―――やっぱ、怖いな。あんな兵士達が囲ってたら。
 ・・仕方がないんだろうけどさ。女王様だもんな?」


「ほら、この部屋なんだろ?・・ティスターニア女王様がいらっしゃるのは?
 どうしたんだよ、行かないのか?」


 部屋に入ってきたのは、剣を携えてる男と、もう1人は女の子だった。
あたしから言わせてもらえば、男は、まあまあの顔だったし、
女の子の方だって、あたしほどじゃないけど、可愛い顔してた。
「はっ、・・ティスターニア女王様。」
「マティ、何してたんだよ?」
「・・あっ、・・リーク―――。」
「いいから、こっち来いよ?」
「でも・・・。」
「で、まだ、兄貴はここに来てないみたいだな・・。
 ―――まったく、世話のかかる兄貴だぜ。・・って、そんな、俺が言うなって
 顔しないでくれよ・・、おい。呼んで来るからな・・。」




「・・・マティ、・・今日、姉さんや、妹さんらは?」
「忙しくて来られないのよ、きっと。・・ね、そうでしょ?」
「・・い、いいえ。・・で、でも、・・・。」
 それからなんとなく、会話が途切れた・・。
「そ、そうよ。お話してよ。・・お城のお外の事。あなた達の普段のこと!」
「おっ、そうだなぁ。やっぱりまずは、この前の洞窟探検の話からだなぁ。」
「え、また行ったの?あれだけ、おじさんに怒られたはずなのに・・。」
「マティ・・、そんな事であきらめる俺じゃあないのさ。」
「それで、どんなことがあったの?」
「聞いて驚けよ!」
 あたしは、今まで生きてた中で、きっと、一番笑ってた。
それに、剣術や宮廷における礼儀作法、魔術や政治学―――、そんなものよりも、
ずっと、価値のあるものを、あたしはリーク達から学んでた・・。
「それからな―――」



 あたしは、席から立ち上がった。扉が開いて、あいつが出てきた・・。
「・・ネーペンティ・・皇子。」
「ティスターニア女王、お目にかかれて光栄にございます。」
 ネーペンティは、あたし達の近くに来て、椅子に腰掛けた・・。
「話に、ご一緒させてもらっても、良いか?」
「―――あ、ああ。・・いいぜ。」






 ネーペンティ=ディーリング。歳だって、あたしと、そう離れてない。
けど、どうしてだろう。あいつは、どこか、あたしよりもずっと大人だった・・。

「それじゃあ、大怪我しても仕方がないな。リーク・・。」
「こ、これでも、お、お前の言う通りやったんだぞ?」
「君も弟と同じような事を言うんだな。・・・剣というものは、
 力任せに振り回しても、意味がないんだ。」

「リークの気持ち、あたしも分かるわ。でもね、・・ホイッタがいつも言ってるわ。
 剣を持つ者は、いつ、いかなる時でも、一切の邪念を持たず、
 澄み切ったままで、全てをとらえることが出来るよう、心を落ち着かせる・・。」

「明鏡止水の境地―――、それを心にとめておかなければならない。」
 あたしが言おうとしたのを、ネーペンティが勝手に割り込んできた。
しかも、あたしに笑いかけながら・・。
 リークは、なんとなくむっとしながら、話を続けたわ。
「分かってるけどさ・・、何なんだよ、結局。鏡のようにくもりのない心って・・。」
「ふふっ、リークらしいわね。」
「なんだよ、マティ。剣術なんて習ってないだろ?」
「・・私には、女王様や、皇子様みたいに、力なんて無いから・・。」
「そんな事はないさ。君は賢い。歴史や魔導法、いろいろと勉強しているんだろう?」
「・・え、ええ。そんな、自慢出来るほどでは、ありませんけど・・。」
「君の事はホイッタ殿からもよく聞かされている。な、そうだろ?ティス・・。」
「・・そ、そうよ!ま、あたしほどじゃあないけどね。」



「へっ、どうせ、魔法なんか使えやしないさ。親譲りなんだよ・・。
 けどなぁ。俺は、将来、絶対に飛行艇設計技師になる!
 すっげえ立派な奴をこしらえて、・・そうだな、いつか、皆を乗せてやるよ。」

「最近の飛行艇は、みんな、術士の魔力を主動源として用いているのよ?」
「マティ・・。お、俺だって当然、し、知ってる。」
「忘れてるかもしれないけど、私、飛行艇機関の研究もしてるの。
 それに、私の叔母さまが、お亡くなりになるまで続けられていた――」

「マティ―――」
 ネーペンティが言おうとするのを横から止めて、あたしが言った・・。
「最初は、ネーペンティ皇子に言われた。でも、あたしも・・思うの。
 あなたが、している事・・。それは、・・・止め―――」


 後ろの扉が開いたわ。それは、あたしがもう行かなくちゃあいけない事を
告げるために、ホイッタが来たということ・・。
「・・ティスターニア様。お待たせいたしました・・。」
「もう、・・そんな時間なの・・。」
「ネーペンティ殿・・、付き合わせてしまいましたな。
 これから、大切な御用があるとお伺いしておりますが・・。」

「ええ・・。楽しんでいただけたのならば、幸いに存じます・・。」
 ネーペンティは立ち上がった。リーク達もそれにつられて、椅子から立ち上がった。
「リーク、マティーヨ・・。」
「はい、ホイッタ様・・。」
「兵をつける。部屋で待機していてくれ。・・・あるいは、
 エリースタシア宮廷内を歩いて回っていてもよいだろう・・。
 ネーペンティ殿、それでも差し支えないだろうか?」

「ああ。もし、必要であれば、弟を呼ぼう・・。」
「さあ、ティスターニア様。参りましょう・・。」
「ええ・・。」
 あたしは、リーク達の方に振り返ったわ。
「今日は・・、ありがとう。」
「帰りの飛行艇で、また部屋の近くまで行ってやる。じゃ、そん時までな。」



 廊下を歩きながら、あたしは、ホイッタに尋ねられた・・。
「ネーペンティ殿と、どのような会話をされたのですか?」
「え・・?」
 そういえば、あたしは、ネーペンティと何を話したの?
ホイッタがあたしを呼ぶまでの時間、それは、あたしにとって、
あっという間だったわ。だけど、たくさんの話を聞いたし、笑いあってた・・。
けど、・・・あたしは、あいつと・・、ネーペンティとは、何か、話をしたの?
「隣国同士とはいえ、このような機会にしか、顔を合わせる事は出来ないのです。
 ・・・短いとは存じますが、将来、ネーペンティ殿と、ティスターニア様は―――」

「まだ・・、先の話でしょ・・・?」
「ええ・・、まだ、先の事でございます。最後に決められるのは、
 ・・他の誰でも無い、ティスターニア様なのですから・・。
 ―――さぁ・・、この扉の奥にいらっしゃいます。
 ガルド国の民を束ねる王、ティスターニア=ガルディックとして、
 エリースタシア国陛下らとの会談に臨むのです・・・。よろしいですね?
 では、・・行きましょう―――。」




「さぁ、マティ!行こうぜ。」
 リークは、マティーヨの手をつかんで、先へ行こうとした。
「―――ダメよ・・。」
 マティーヨは、それをふりほどいた・・。
「もう、ここには、・・ティスターニア女王も、ホイッタ様もいらっしゃらない。」
「ああ、会談に行ったんだからな。だから、ここにいたって仕方がないだろ?」
「・・そうじゃないわ。」
 マティーヨは暗い顔をしてうつむいていた・・。
「本当は、私・・、お姉様にきつく、禁じられているの・・。」
「・・・何を?」
「リークと―――」

 マティーヨは、リークの方を見た・・。
「・・エルネス家の人間が、フィエスタ家の者と会い、話をする事を!」
 また、マティーヨはうつむき、そして沈み込んだ・・。
「ティスターニア様がいたから・・、許されたのよ。
 ホイッタ様がいらっしゃらなかったら、本当は、会う事だって許されなかった・・。」

「どうして?・・俺は、マティの家も知ってる・・。
 会おうと思えば会える・・、話がしたいと思えば、話だって出来る!」

「出来ないの・・・。それを、許さないのは、あなたの・・、おじさまも同じはず。」

 リークは、そこで気付いた。これまでの父親の言動の意味を・・。
「お姉様や、妹達が、ここに来るはずなんて、・・ないの・・。」
 リークは黙り込む。そして、マティーヨは、その時出来たであろう、
最大限の笑みを浮かべて、リークの方を向いた・・。
「・・リーク、あなた、―――ティスターニア女王様の事、・・スキなんでしょ?」
「なっ?!・・お、俺は―――」
「でもね、・・ティスターニア様には、あんなに素敵な許婚の方がいらっしゃるの。
 ・・生まれたその時から、私達なんかとは、身分が違うのよ。」

 マティーヨは、リークの前にいる事に耐えられなくなり、背を向ける。

「―――私、・・諦めないから―――、絶対に・・・。」






 (104日目朝)
 ディッシェムさんとドルカちゃんの様子を見た後、私達は宿屋を出ました。
「また、あの教会に行くのですよね?」
「忘れるな・・、あの女性に・・、いや、他の誰に対してもだ。
 杖を・・不用意に見せてはいけない。絶対だ、約束してくれ・・。」

「・・はい。」
 昨日から、雪の勢いはまるで落ちそうにありませんでした。
「・・・やっぱり、街の人の顔・・、元気がないですよね?」
「その理由は、あの女性が知っている・・。今は、それしか手がかりが無い。」

 遠くで教会の鐘の音が聴こえました。それは、どことなく、物悲しい音でした・・。



「今日は、・・杖を持っていないのね。」
 その女は、教会の椅子に座っていた。私達が、横を通り過ぎようとした時に、
こちらに向かって話しかけてきた。
「え、・・はい。」
「ここでお話するよりも、昨日の場所の方がいいわね。」
 私達は、塔の頂上へと上った。
「・・話は、そうね、2ヶ月前に戻ることになるわ。
 あ、その前に・・。この国が誇っていた一番の産業―――、何かご存知?」

「・・何ですか?」
「飛行艇よ・・。この国の西方に、この次元界―――、いえ、世界中の飛行艇が
 つくられているドックがあるの・・。」

「えっと、・・それじゃあ、ディシューマにあった飛行艇もですか?」
「そうね・・。」
「それと、―――アークティクスにどういうつながりがある?」
 私は、その言葉をあえてレイに話してみた。
「直接の、理解しやすい関係ではないけれど・・、つながりはあるわ。
 でも、今は、2ヶ月前の話をする方が先。
 ・・・西の空が白く光ったあの日以来、西のドックと連絡が取れなくなり、
 ドックに向かった者は、誰一人として戻らなくなったわ・・。」

「何があったのですか?」
「ティスターニアも当然、あなたのように疑問を持ったわ。
 だから、何度か、兵を派遣して、調査しに行かせた・・。」

「その者達が、帰還しない・・、そういうことか。」



「それから、王家ははっきりとした態度をとらなくなったわ。」
「・・つまり、捜索せよという、兵を無くした者達からの嘆願と、
 ―――これ以上の行方不明者を出したくない、兵の家族達からの嘆願で、
 どちらの態度を示す事もできなくなった、・・そういうことか。」

「お察しの通りね。けれど、あなたが考えるより、事情は複雑よ・・。」
「確かに、・・革命をするなどという大それた行為をする理由にはいささか弱いな。」
「エリースタシア帝国という国をご存知?」
「聞いた事はある。ここより南方・・、グラニソウル大陸北部の
 山岳地帯に位置する国家―――、だが、どのような国かは知らない。」

「ええ、知らないはず。もう幾年も、国交を閉ざしているのだから。
 だからこそ、疑惑は尽きないわ。エリースタシア国の元首が重い病にかかり、
 帝国が主体となって、悪魔、悪霊の類にまで祈祷しているなんて、
 物騒な噂も流れているけれど、もちろん、信憑性は無いわ。憶測の域を出ない。
 ―――ここ数年で、ガルディック家の信用は、以前とは比較に
 ならない程、下がってしまっているのよ・・。」

「繋がりが不明瞭だ。隣国だという理由だけで、何故信用が堕ちる?」
「―――エリースタシア帝国皇子・・。ティスターニアの許婚よ。」



「もちろん、言ってしまえば、それだけの事。けれど、この国では、
 その事実が、決定的にティスターニアの立場を悪くしているようね。
 繋がりがあるというだけで、憶測を含め、数え切れない疑惑がかけられているわ。」

「ならば、貴女が革命派であるべきと確信した、その主たる疑惑とは何だ?」
「そうね・・。―――アークティクス・・かしら?」
「どういう事・・ですか?」
「彼女・・、ティスターニア女王は、召喚魔術、アークティクスの使い手よ。」
「・・長々と持論を展開した割には、随分と心もとない決め手だな。」
「疑惑は所詮、憶測に過ぎないの。だから、私が確実に言えるのは、
 その程度の事実だけ・・。ふふ、冷静に考えてみれば、可笑しいものでしょ?
 これでも、真面目に信じている人間が、意外と多いのよ・・・。」

「レイさん・・・。あなたが、革命派だと言うのなら・・・、
 ―――革命派の方達は、この国の女王様に、・・何をしようとしているのですか?」

「・・・オブラートに包んで言うのなら、・・ガルド王国女王、ティスターニアという
 その存在を・・、この国から無くしてあげる・・・。」

「身も蓋も無い言い方をすれば、殺めると言う事か?」
「剣術やアークティクスのような召喚魔術にも長けると聞くわ。あんなに若いのに、
 窮屈な王宮で暮らしてるなんて、・・・楽にしてあげたいじゃない。
 そうね、あなた達のような旅人になればいいのに・・、そう私は思うわ。
 この国の民、どんな革命派の人間よりも・・・、今の女王様の立場なら、
 自分自身が一番強く、そうしたいと考えてるのかもしれないわね・・。」

「無責任な推測だな・・。」
「・・・正解なんて、ないのよ。でも、それが、私が今、置いている立場・・。」



「最後に2つだけ。言っておこうかしらね。そろそろ、刻限のようだから。」
「・・・貴女が、散々、私達をはぐらかそうとしているという事か?」
「お見通しのようね。論破される前に言ってしまうわ。
 本当の答えを私は知らない。最初にも言ったように、この国の民ではないわ。
 恐らく、この国でかつて起こった出来事。それが、本当の答え。」

「・・・あと1つは何だ?」
「あなた達の立場を、ハッキリさせる事。私が言いたいことは、これで全て。」

 レイさんは、真っ直ぐ、私の方を見てこう言われました。
「―――あなたは、女王派?・・それとも、・・革命派?」
「え、・・わ、私は―――。」
「次に訊かれたときは、答えられるようにすることね。」
 レイさんは、そう言われて、階段の方へと向かわれました・・。
「・・・レイさん・・。」
「―――」

 それからすぐ、セニフさんは、少し急ぎ足で階段の方へと向かわれました。
「セニフさん?・・どうか、されたのですか?」
「・・確かに、階段にあの女性が入って行ったのを、私は見た・・。」
「え?・・わ、私も、見ましたよ?」
「―――どうして、姿がない?足音はおろか、物音も、気配すらない?」
「・・・。」
「何者だったんだ、・・・レイ。何を企んで、私達の前に姿を現した・・?」

 それからしばらくの間、セニフさんは、ずっと難しい顔をしたまま、
何か、考え事をされていました・・・。






 (103日目深夜)
 それは、夜も更け、辺りはシーナの寝息以外、静かになっていた時の事だった。
「・・・おや、店番をさせてしまったようだね。お嬢さんが相当お疲れのようだ・・。」
「お相手の方には、会えました・・?」
「1人には会えた・・、もう1人は、この吹雪ではやはり難しかったようだが・・。」
「・・・その1人が、こちらに一度来ましたが・・。」
「どうやら、そうらしいな。・・さて、そろそろ、店じまいにしようかね。」
 俺は、ゆっくりと立ち上がった・・。
「ああ・・、帰ってゆっくり寝たい・・、けど、俺は、
 もう一仕事しなくちゃあならないらしい・・。」

 俺は、完全に夢の中にいるシーナを背負う・・。
「―――また、会う事になるかもしれぬな。・・・確か、アーシェル君と言ったな。
 それに、・・・寒がりのシーナさん・・か。」

「・・・こいつなら、またご厄介に・・、いや、させたくなどはないが・・。
 それじゃあ、俺達、帰ります・・。おやすみなさい―――、ホイッタさん。」

「ああ・・・。」



 身を突き刺すような猛烈な冷気が俺を襲う・・。
「ディッシェム・・、よくこんな中、あの娘をここまでおぶさって歩いてたな・・。
 一気に体力が・・・奪われる――。」

 気を抜けば、すぐにでも眠気が襲い掛かってきた・・・。
辺りは、ただ、吹雪の低い音だけがしていた。それ以外の何もかも、
生きている者の全ての息が止まってしまったかのように、何の音もしなかった・・。
 シーナが時折、寝言を口にする・・。
「・・・どんな夢を見ているんだ?」
 ふと、俺は、シーナの顔を見る・・。
「―――こいつも、眠ってる顔は、案外、女らしいんだな・・。」
「―――斬る・・、わよ―――」
 確かにシーナは、そう寝言でつぶやき、また寝息を立てていた・・。
「本当に、眠ってるんだろうな・・・?」



 白く染まり、眠りにつく街の片隅で、その宿はまだ柔らかい灯りをにじませていた。
「・・やっと、ついたのか・・。」
 俺は、宿へと入る。・・明らかに酔いつぶれたその男が通り過ぎていった。
足元がおぼつかないようだったが、無事に帰る事ができるのだろうか・・?
「さ・・、これで帰る人は、みんな帰ったわね・・。」
 その時、その女と俺の目があった・・・。
「あら、・・あなたは。」
「・・・昼、鍛冶屋で会ったな・・。」
「ずいぶん、お疲れのようね・・。どう、中で休まれていく?」
「遠慮しておく・・。飲むと、どうなるか分からないからな・・・。」
「ねぇ、マティ?・・まだなの?」
「はい、ジルお姉ちゃん!・・いけない、戻らないと・・。」
「ああ。俺も、こいつを、連れて行かなくちゃならないからな・・。」

「―――その人が、・・あなたの運命の人?」

 唐突な質問に、俺は返答に困った・・。
「あら・・、ホイッタさんの話だと、そういう事なのかなって思ったんだけど。」
 ホイッタの話?・・そういえば、運命がどうだってそんな話もしたか・・。
「そういう意味で言ったわけじゃないし、―――その相手も、こいつじゃあないさ。」
「・・マティーヨお姉さん、また、あのおっかけの人?ジルお姉さんが心配だから
 見に行って来てって―――、え、この男の人・・?」

「・・もう!ジルお姉ちゃんも、ハレンも・・。」
「あ、確か、昨日の夜遅くに泊まりに来た人・・。―――そっか、マティーヨ姉さん。
 ・・やっぱりね。私も、こんな男の人の方がいいと思ってたの。」




 ふと、マティーヨ姉さんと呼ばれたその女性から笑みが消える・・。
「お、怒らないでよ・・、姉さん・・。」
「ううん、怒ってなんかないわ。・・それに、よく見て。その人の事・・。」
 その女性の妹らしき女が俺の方を見る・・。
「・・・結構、顔は好みだけどなぁ、私――、あれ?」
 視線が、俺の背中にいる奴の方に向いて、それが考え違いだと気付いたらしい。
「わかった・・、ハレン?」
 少し間があいてから、ハレンは、こう続けた・・・。
「―――アニー姉さん、言ってたよ?今日のステージ出て歌ってくれたの・・、
 ・・また、会えなかったからでしょ?」

 マティーヨは黙り込んだ・・。
「・・先に入るね。ジル姉さんには言っておくから。もう、みんな帰ったよって・・。」



 その場に、その女性と俺とシーナだけが残された・・。
「先に・・・上がるからな・・。こいつを、・・連れてかなくちゃならないから・・。」
 そう言って、俺は、階段のほうへ歩く・・。その時だった。
マティーヨというその女性は、宿の外の方へと向かって歩いていった。
 この吹雪の中、出て行こうとするその彼女の背中を見て、俺は、
シーナを壁にもたれさせ、その後を追いかけていた・・。
 少し宿から離れたその通りに、1人佇むその女性へと近づいた・・・。
「―――この吹雪だ・・。中に入る方がいい・・。それとも、・・待っているのか?」
「・・・きっと、来ないわ。こんな吹雪だもの・・・。」
 いざ追いかけてみて、俺は、どう接すればよいか、見当もつかなかった・・・。
「歌えばね・・、嫌な事なんて、みんな忘れられるの・・。
 明日も、・・生きてく元気が湧いてくるのよ・・。」

「・・・じゃあ、ため息なんか、つかない方がいい。幸せが逃げていくからな・・。」
「あなた・・、旅人よね。―――幸せって・・、どこにあるの・・?
 どこか、遠くの場所で、・・・私の事を、待っているというの?」

「・・待っててくれや、しないだろ・・。自分で見つけに、行かなきゃ・・な。」

「―――たす・・けて。」
 すこしうつむき加減で、そう囁いた。
「お願い・・、私を、・・助けて。・・一緒に、・・・何処か遠くに、連れて行って!
 ―――私を、運命の鎖から、・・解き放って!!
 ・・この街は、病んでしまっているの・・。私も、みんなも、・・・王家も。
 ―――家という鎖に縛り付けられているの・・。もう・・、耐えられない・・。」

「お、俺に・・、何が・・出来るって言うんだ?」
 俺の声に、ふと我に返って、元の調子に戻し、ある言葉をつぶやいた。

「―――三人は、ともに手を取り、往くだろう・・、導く者の、照らせし路を・・。」

 何か、意味のある言葉のような気がしたが、どういう事を表すかは分からなかった。
「・・・ホイッタさんが、忘れかけてた言葉を、思い出させてくれたの。
 私のおばさまが、・・・遺した言葉―――。・・私には、導く者という言葉が、
 ・・・あなたのような人の事を言ってるような、そんな気がしたの・・。」


 そう言ったあと、後ろに振り返り、こうつぶやいた。
「昨日今日会ったばかりなのに、そんなはずはないわよね・・。
 でも・・・、きっと、そう思ったのは、ホイッタさんも同じ・・。」







 (105日目早朝)
「そいつを、これからお前らは追いかけるって気か?」
「ああ。この2日で奴の行き先を見失った。一刻も早く、居場所を突き止めないと。」
 やっと、あの鬱陶しい吹雪が収まって、そろそろ慣れかけてた小屋に吹き付ける
激しい風の音が、なんとなく小さくなってきやがった、そんな頃だった。
「2ヶ月前、そいつがお前の親父の前に突然現れて、それと同じ頃から、
 王家の兵共が消息不明になった・・か。なんとなく胡散臭そうな奴だけどよ、
 ・・・そいつを追いかけてどうしようって気だ?」

「もう、俺じゃない他の奴がどうせ、バラしたんだろうしな・・・。
 ・・今回の事件をきっかけに、王家の信用が堕ちた・・。
 原因ははっきりしてる。フィエスタ家、・・俺の親父らのせいだ・・。
 今のガルディック家による王政を目の敵にしていたから・・。
 ・・親父の裏で、奴は動いてる・・。何かが起こるとすれば、奴が・・・。」

「お前らは、その家出したリークについてきたってわけだよな。
 だが、・・・別に、王家につこうとも思ってるわけじゃねぇんだろ?」

「王家側のエルネス家とは、・・・昔から対立してた。
 今回の事で、もう、修復不能になっちまっただろうな・・。」

「で、戦争をおっぱじめる前に、原因らしき人間を潰そうってか。お人よしだな。
 勝ちそうな方に寝返って、テメェらが有利な立場に立っちまえばいいだろうに。」

「―――もう、決めた事だ。時間が惜しい・・。」

 リークの奴は、先に出て行った・・。
「・・・自由よ。あなたが城下町についてから、私達に愛想つかせて、
 仲間の方たちに合流しても。・・・リークは、リークで
 必死に自分の考えを貫こうとしているだけだから。」

 その女は、意味ありげに俺に微笑みかけやがった・・。



 (104日目昼)
「ねぇ、・・・あんた、酒なんて飲めたの?」
 時々、酒場の方を向いて私の話を中途半端に聞いてた。
「な、何でもない。」
「怪しいわね。・・・知ってるのよ、アンタ。」
「―――見てたのか?」
 間違いなく、こいつは私に言えないような事をしてる。しかも、酒場の人間と。
「まぁいいわ。それで、これからどうしようかって話なんだけどね―――」
「鍛冶屋に行こうとか言い出すのは勘弁してくれ・・。」
「うーん、それもいいわねぇ・・・。」

 にわかに、宿屋の入り口が騒がしくなったわ。
「・・・シーナ、何かがあったな。」
「―――何かしらね、・・少し、血の匂いがする・・・、それに、・・殺気?」
 私達は、しばらく様子を見てた。それは3人のケガ人だったわ。
「とにかく、まずは手当てだ。奥に運んでくれ・・。」
「・・これは、何の騒ぎなの?・・・何があったの?」
 酒場から女が1人出てきたわ。
「ジル・・、間違いない。兵が帰ってきたんだ・・、ホイッタさんを!」
「なんですって?」



 ジル・・、マティーヨの姉であろう、その人は外へと駆け出して行った。
「俺も手を貸そう。」
 俺は、ケガ人の1人の肩を、宿の者とともに支え、部屋へと連れて行く。
「・・・意識がない。・・呼吸や脈も弱い・・・。何よりも、ケガが酷い―――。」
「兵―――、この国の兵隊か?」
「そうか・・、旅人なら、事情を知らないか・・。」
 それ以上の質問を俺は拒まれた。王家が関わっている以上、当然のことだろう。
俺は、階段を下りた。そこにシーナの姿はなかった。
「・・・何処に行った?」

 意外と早く、その姿は見つかった。
「何をしているんだ?」
「さっきの奴等に混じって、殺気がしたの。それに、どうしてかしら・・・、
 ―――私、どこかで感じた事のある人間の気配だったの。」

「この街の人間の誰かに、そんな殺気を出すような知り合いがいるのか?」
「知らないわよ。・・もう、そいつの気配は近くにないわ。」
 通りの向こうからジルという女性と、見覚えのあるその男が走ってきた。



 (105日目夕方)
「・・・いいのよ。宿、途中にあったでしょ?」
「街に入ってまで気配絶ってたって事は、テメェらが、
 他の奴に見られちゃあならねぇって事だろ?・・なら、とっととしやがれ。」


 俺達は、その空き家の中に入った。どの窓にも黒いカーテンがかかってやがった。
「で、ここが、テメェらの隠れ家ってわけか。」
「―――ここは・・、私の家よ。今は何もないけれどね。」
 シャノンとかいう女は奥の方に消えて、リークとグルダは部屋の真ん中に座った。
「グルダ、お前が頼りだ・・。今、俺達に手がかりは何も無い・・。」
「ああ・・、そのつもりでここには来たんだからよ・・。」
「手がかりねぇ・・って、まぁ、いいぜ。何か分かれば、教えてくれや。」
 どうにも、グルダとか言う奴は、召喚魔術だとかいうもんの使い手らしい。
この街のいろんなとこに、そいつを仕掛けて、気配でも探ってやがるんだろう。
「・・・なぁ、・・リークよ?」
「今は、グルダを待ってくれ・・。」
「俺なりによ、考えたんだがな、―――どうしても解せねぇんだ。お前らの事。」

 リークの奴が手を止めやがった・・。
「―――胡散臭いのは、俺にも分かる。そいつが、黒幕だろうって事もな。
 どうして、・・・テメェらが奴を追いかける?テメェらじゃないといけねぇ?」

「・・・決めた事だ。」
「味方もいねぇんだろ?・・・これが、誰の為になるってんだ?
 街の人間からも姿を隠してよ・・・、お前らだけで背負わなきゃならねぇのか?」

「・・・家なんて関係ない。フィエスタ家とか、エルネス家とかさ・・・。
 昔から、・・意見や追い求める理念の違いとか、そんな下らない理由で、
 いざこざがあったんだろうけど、互いに、この国の飛行艇技師の血筋である事に
 違いなんてない・・。親父は、そんな考えを持つ俺を、―――エルネス家も、
 王家も、何もかもを、ずっと疎ましく思っていた。今、止めなければ、きっと・・・。」

「・・・それで、お前らは、リークの親から命まで狙われてるって言うのか。」
「―――時空魔導法・・・。」
 リークはそう口に出して、それを見たロナルドに、小さくうなずく・・・。
「20年前、フィエスタ家とエルネス家が研究していた対象です。
 フィエスタ家は、その有用性を・・、エルネス家は、その危険性を・・・。」

「あんなものを、飛行艇に応用しようと―――、
 手を出すべきではなかったんだ・・・。」


「・・・私達が止めるのよ、リーク・・・。」
 その女が部屋に戻る。手には何かの手紙を持っていた。・・・唇を噛んでやがった。
「シャノン、何かあったのか?・・・その手紙は?」
 エスティナとか言う女が、手紙を受け取ってその中身を読んで、表情を変えた・・。
「まさか・・・、そんな―――。」
「バーミル=フォンロート、・・・許すわけには、いかない・・。」






 (104日目昼)
 セニフさんが教会から出てこられました。
「誰か、ご存知でした?」
「レイという名の女性を、この教会の、誰もが知らないと答えた。」
「でも、・・私達は確かに、レイさんと・・・。」
「・・・ああ、それは信じてもよいだろう。あの女性の言葉も・・。
 教会の者に訊く度に、私は何らかの形で選択を迫られた。
 ・・・そして、この教会では、革命派であるという選択肢が、正解のようだった。
 レイという女性が現れたのは、私にそう答えさせるためだったのだろうか?」

「もし、女王派と答えたら、どうなっていたのですか?」
「・・・恐らくだが、良い結果にはならなかっただろう。だが、仮にそう答えるべき
 だったとするなら、・・・あのレイという女性の話は余りにも不自然すぎる・・。」

「・・・でも、これから、どうしますか?」
「私は革命派という立場であると主張した以上、革命派なる人間の集団に
 少しでも関わるべきだと思う。少なくとも、その名前から受ける印象は、
 良いものではない。目的だけでも知るべきではなかろうか?」




 要領さえ分かれば、情報を手に入れることは容易い事だった。
「・・・少し、お伺いしてもいいだろうか?」
「なんだい・・、あんた達。・・邪魔だよ、どいておくれ。」
「―――ヴィスティス=フィエスタという者の事を聞きたいのだが。」
 明らかにその人物の名を聞いて、態度が変わる・・。
「・・・革命派?まさか、女王派じゃあないだろうね?」
「革命派・・です。」
「・・・本当だろうね?」
「今の王家に・・、そう、・・兵を見捨てる王家に、何かを、・・・革命を
 起こそうと・・・考えている・・。」

「・・・あんた達―――。そうよ、私の・・私達の息子は・・。
 そう、・・このまま黙ったままなんて・・・。革命派・・。
 そうね、・・あの人なら、・・ヴィスティス様なら・・・。
 ―――あなた達、2日後、・・行くの?ヴィスティス様の邸宅に・・。」

「2日後―――」
「ああ、行く。・・そこで、・・・これからの事を、・・具体的に決めるのだろう・・。」
「ええ・・。私は、・・あの子や主人と違って、・・武器を持って戦うなんて
 出来ないわ。・・・けれど、あなた達なら・・。」

「ここから近いのか?」
「迷う事はないわ。・・ヴィスティス様の邸宅の場所は―――」



「・・マーシャ。・・・マーシャは、どう思っている?」
「え・・、わ、私ですか?」
「王家が、兵を派遣し、その兵が行方不明となっても、それを捜索しようともしない。
 そして、その何かに、王家の最高権力者たる女王が、深く関わっているという
 疑惑がある・・。残された家族らの悲痛な叫びを、・・革命をおこすべきだという
 民の声を聞いて・・、どう思う・・?」

「・・・先ほどの方は、・・最後に泣かれていました。
 きっと、毎日・・、息子さんの事を思って・・・。私だったら、きっと、
 ・・・耐えられない。・・出来る事なら、・・・救ってあげたい―――。」

 私は、セニフさんを真っ直ぐ見ました。
「セニフさんは、・・・革命派だとおっしゃいました。それなら、私は・・、
 ―――きっと、・・・女王派だと、・・・そう思います。」

 セニフさんも私の事を真っ直ぐ見ていました。
「争いの中から、・・・何も生む事はできません。
 もちろん、セニフさんが革命派とおっしゃっている以上、私も、従います。
 けれど・・・、大切な事を、私は忘れたくない・・・。
 ―――きっと、何か・・、何か方法があるはずです。
 それに、もしかしたら、・・・ドルカちゃんのことも・・・。」

「そうか・・、それがマーシャの答えなんだな・・。」



「けれど、・・・この国は、やがて、革命に至る・・。」
「どうしてですか?」
「―――国の民が、王家の信用を失う事・・、それは、国が滅びる事と同義・・。
 国が滅びれば、そこには何も残らない・・。」

「それでも、・・・人は生きていかなければならない。・・人が生きてる限り、
 ―――そこに何も残っていないなんて事はない・・。」

「クリーシェナードの国を見ただろう・・。もちろん、あの国と同じになるとは
 限らないだろう・・。だが―――。」


「させない・・。」

 マーシャはそう固く決意していた。これが、あの人―――ルシアが望んだものだと
するのなら、私は、これでよかったのだと思う。だが、時折不安になる・・。

 ―――残酷な結末を迎えることを、望みたくなどない。誰であってもその心に
変わりがあるはずなどあるわけがない。運命―――、人はそれが誰にもあるものと信じ、
また、打ち破るものができると信じている。だから、どんな残酷な想像も乗り越えられる。

「・・・出来る事、それは、傍観する事だけかもしれない。」
「誰も悲しまずにすむなら、それでもいい。・・・ドルカちゃんを
 救えるかもしれないなら、私はやる・・・。」

「―――この敷地内で、何か、ご相談でもされているのかね?」



 その人は、とても優しそうな声で私たちにそう尋ねられました。
「わ、私達は・・・。」
「敷地内・・、フィエスタ家の関係者か?」
「もし、フィエスタ家に御用があるのなら、ご案内して差し上げよう・・。」
「親切に甘えたいところだが、・・・今日、用があるわけではない。」
「拝見したところ、この国の者でないようにお見受けするが・・。
 ―――そう、我が家で2日後、ちょっとしたパーティを催す事になっている。
 ・・・えぇ、どうだろうか?じきじきにご招待したいのだが・・。」

「え・・、ど、どうしてですか?私達、・・あなたの事、知らないのに。」
「ちょっとした余興で、サプライズゲストを呼ぼうと思っていたのだよ。
 ・・・互いに相手の事をよく知らない同士というのも、
 なかなか無い演出ではなかろうか、そうは思わないかね?」


「―――私のフィエスタ家の関係者かという質問に、何の躊躇いもなく答えた。
 私達が、見ず知らずの旅人であるはずだと言うのに。理由は単純だ。
 ・・・互いに、相手の事を全く知らないわけではない―――。」


 セニフさんにそう言われても、その人は何も驚かずに続けられました。
「なるほど・・。もちろん、理由も何も無く、思いつきで招待したわけではない。
 ある女性から、是非ともと推薦があったものだから・・・。」

「で、でも・・、パーティだなんて・・。ご招待されても、綺麗なお洋服も
 ありませんし・・、それに、私は、何も出来ませんよ?」

「・・・女性?誰が・・・私達を?」

 次の言葉を聞いた瞬間、セニフさんの表情が変わりました。

「ご存知だと思っていたのだが・・。レイ=シャンティという者だよ・・。」






 (105日目朝)
 俺は、どうしてここにいるのだろうか?
誰に聞いても恐らくは答えてもらえないだろう。そう決めたのが、俺なんだから。
理由を知っている人間がいるとすれば、・・・俺しかいない。
「なに、ぼそぼそ言ってんの?近くで見てると、正直ヒクわよ・・。」
「・・そうか、お前のせいだったな。」
「何よ・・、誰が何時、何処でアンタに迷惑かけた?!」
「もういい。そんな無駄な質問に答えるだけの無駄な時間は、ない。」
「答える気がないわけ?!」
「答えさせる気か?」
「・・・いつまで待たせる気かしらね。」
「―――これから行こうとする場所。それは、俺達のような旅人がおいそれと
 立ち入れるような場所ではないってことだ。今は、ホイッタさんを待つしかない。」

「そうよ、約束を守ってもらわなくっちゃね!!」



 (104日目夕方)
「この3名は、一度、王宮へ連れて行く。意識が戻れば、
 何か有用な情報を聞き出すことも出来よう。」

「ホイッタ様?・・・王宮に、入られるのですか?」
「・・・そうせざるを得ない事態だ。」
 扉からホイッタが出てきた。
「ケガ人の様子は?」
「ああ・・、傷は深い。この宿で手当てするには、多少、無理がある・・。
 ・・・そうだ、君にお願いがある。王宮までこの3名を連れて行きたいのだが。」

「手は貸す・・。だが、・・・俺のような見知らぬ旅人が関わってもよい事なのか?」
 ホイッタは難しい顔をする。
「・・・どこまで、関わってよいか・・、言う事は難しい・・。だが―――。」
「いや・・、今はケガをした兵の事を考えることが先決だろう。喜んで手を貸す。」
「そうか・・・。夜、ここに来てくれ。気が変わらなければでよい。
 ただ、もし来てくれるのなら、1つだけ守って欲しい。・・・1人で、来てくれ。」




 (104日目深夜)
 別に興味はなかった。何となく、気になっただけ・・・。
 吹雪がだいぶ収まってた。寒いのは我慢できそうじゃなかったけど。
「この先に、王宮が・・・?」
「ああ・・、もう、すぐそこだ。」
 これまで、お城って言ったら、ディメナ王国のボロボロなお城と、
ディッシュの国、グロートセリヌ城の2つくらいしか見たことがない。
「・・・これが・・、ガルド王国の、宮殿―――。」
 こんな大きくて立派な建物、見た事無かった・・・。
アーシェル達は、門番らと何かいろいろ話をして、やっと、門の中に通されたわ。
「―――アーシェル君、ありがとう。王宮には、医療に長けた魔術師が数多くいる。
 後の事は、その者達に任せよう・・・。」

「・・・関われるのは、ここまで、という事だな。では、これで、失礼します。」
 城に入って、すぐの小さな小部屋まで。アーシェルみたいな奴じゃ、
この位が精一杯ってところかしらね。
「この王宮には、温泉がある。・・・お連れの女の子に、教えてあげるといい。
 ―――もっとも、聞いていたりするかもしれないが・・・。」

「え、・・・シーナに?それは、・・・どういう意味・・で?」
 やっぱり、私の事、気付かれてた。
「寒がりの娘さんには、よい温泉だ・・。今日は、こんな狭い部屋までしか、
 案内出来なくて、すまない。・・・いつでも、来てくれてよい。」




 (105日目昼)
「・・・で、でも、私、―――どんなものを着れば・・・?」
「そんなに本気で選ぶ必要はない。向こうも、堅苦しいものではないと言う。
 むしろ、今の格好でもよいなどとまで言っていた・・。
 それに―――、ただの祝賀パーティなどではない。革命派の集いだ―――。」

「セニフさん・・・。とても、真剣に選ばれてますね?」
「とにかくだ。明日、出席するパーティというものは、私達が必要とする
 情報を提供してくれるものだと、私は思う。もし、仮にそうでなくとも、
 ・・・レイ、―――レイ=シャンティという女性が何者かくらいは、
 確かめる必要がある。恐らく、あの女性も、参加するだろう・・・。」

「レイさん・・、どうして、私達を・・・。」
「答えを知ってる本人に聞いてみればいい。それと、このパーティの主催者、
 ―――ヴィスティス=フィエスタに・・・。」

「そのためにも、・・・きっちりした服を選ばないと。セニフさんみたいに!!」
「だから、堅苦しいものではないと―――。」



 もう、あたしの心は、ボロボロだった。そんな時に、久しぶりに、
あたしがたった1人だけ、信じる事の出来る人の名前を聞いた。
「ホイッタが、戻ってきた?!今、そう言ったのよね?」
「ティ・・、ティスターニア女王様・・・。」
「どうして?どうして、あたしに何も言ってくれないの?!
 ホイッタは、・・・ホイッタは、何処にいるの?!」

「―――今朝早く、行方不明であった兵が、・・・3名、戻ってきたそうです。」
「え・・?」
 あたしは、右手をきつく握り締めた。やっぱり、誰も信用できない。
「どうして・・・、そんな大切な事を、あたしに―――。」
「3名とも意識不明、大変な傷を負っています。今、救護班が全力で治療に
 当たっております。意識が戻り次第、女王様に―――」

「・・・あたしのせい・・・ね。」
「ホイッタ殿は、3名を送り届けたあと、すぐに帰られました。
 ―――女王様のご様子を、大変心配されていました・・・。」


 それなら、あたしの所に来て、顔くらい見せてくれてもいいのに。
つい、そう口に漏らしそうになった。けれど、あたしには分かる。
ホイッタは、全力で、あたしの事を守ってくれようとしている。
「せめて・・・、会わせてくれない・・、かしら?」
「一切の面会謝絶だそうです。身内の者も―――、ティスターニア女王様も。」

 女王―――。なんて、無力なんだろう。ただ、あたしは、情けなかった・・・。



 結局、私達が、中に案内されたのは昼になってからだったわ。
「随分な待遇じゃないの?人を待たせておいて、謝りもしないなんて!!」
「・・・全員が集合するまでに時間がかかった。―――正確には、1人足りないが。
 この部屋に入ってくれ。話がある・・・。」

「話・・って、私はただ―――」
「ややこしくなる。お前は、静かにしてろ。」
「なんですって―――」
 それなりの大きさの部屋だったけど、中にいる兵の数は、その部屋を埋め尽くすのに
十分すぎるほどだったわ。
「座ってくれたまえ。君達の事は、ホイッタ殿に聞いている。」
「・・・ホイッタさんの姿が見えないが。」

「その件も含めて、これより会議を始める。作戦を確認する・・・。」


2006/09/22 edited(2006/08/15 written) by yukki-ts To Be Continued. next to