[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

悲劇の少女―第5幕― 第30章

 (101日目朝)
 ―――夜が開けた・・・。
「・・・マーシャ?」
「は・・、はい・・・。」
 私は、1人でソファに腰掛けてたマーシャに話しかけた・・。
「・・どうなの・・・?」
「セリューク様の話では・・、北へ向かうしかないそうです・・。
 シーナさん。・・・私は、・・・ドルカちゃんを、・・・救いたい。
 ―――4つの雫の結晶を集めて、そしてドルカちゃんは、
 私達の目の前に現れました。
 ・・・・このまま、死なせたくなんて・・、ない・・・。」

「もちろんよ。・・よくがんばったわね。・・・まだ、休んでていいわよ。
 私は、あんたを待ってあげる。一緒について行くからね。」

「ああ、シーナさんよ。俺も、どんな大陸だろうと、構わねぇ。
 ・・・行ってやろうじゃねぇか。」

「ザヌレコフに賛同するつもりはないが、私達も行こう・・。」
「・・マーシャ、本当に、もう歩けるのか?」
「皆さん・・、ええ、もう、私は、大丈夫です。」
「ケミュナルスか・・・、よっしゃ、行くぜ!!」
「あ、セリューク様に挨拶していかないと。」
 マーシャがそう言ったとき、きっと、戸惑っただろうと思う。
目の前にいる全員が、揃って気まずそうな表情をしてる理由なんて知らないだろうから。



 ドルカちゃんは、最初の時に比べれば、だいぶ落ち着いた顔をしていました。
「あ、マーシャ。おはよう・・。ずいぶん、よくなったわ・・。ありがとう。」
「でも・・、ドルカちゃんは、目を覚ましてくれない・・。」
「急には無理よ。でも、・・セリューク様の言う通り、ドルカちゃんは、
 ケミュナルスに連れていくしか、ないのかもね・・・。」

「おい、連れて行くのか?!ここで、元気になるまで、みてやれないのか?」
「・・・うるせぇ。俺が責任もって守ってやらぁ。それで、文句ねぇだろ?」
 ディッシェムさんはドルカちゃんを背負われました・・。
「さ、セリュークのばあさんもいねぇ。とっととずらかろうぜ。」
「ああ。よろしく、言ってくれ・・。」

「セニフ、・・直接、このわしに言えばいいじゃろう。わしは、ここにおる。」

「セ、セリューク様?!」
 私以外の皆さんが、セリューク様が来られた事にびっくりされていました。
「・・・なんじゃ、人の顔を見るのが、あんた達の趣味かい?」
「い、いや、別に俺は、何も・・。」
「そ、そうよ!!とにかく、これから行くから。ありがとうね、さ、行くわよ!!」
「ちょっと、お待ち。セニフ・・・、なんだか、様子がおかしいねぇ。」
「・・何でもない・・・。」
「―――そうかい。・・じゃ、行きな。ドルカのこと、頼んだよ・・。」
「セリューク様、ありがとうございました。必ず、またここに戻ります。」
「ああ、気をつけるんじゃよ・・。」



 (101日目昼)
 ロジニの集落に着いたのは、私が想像していたよりも早い時間だった。
先を急がなければならなかった理由。それは、道中に耳にした奇妙な噂のせいであった。
「お、おい・・、マジだぜ・・、これ。」
「おかしな事が起こってるわね。」
「ど、どうなっているのですか・・・?」
 海が干上がっていた。かつて、ロジニ海岸の対岸からは、大陸の狭間から海流が
滝のように流れ落ちていた。だが、今、目の前には、そんなものは存在していなかった。
「俺達が来た時は、確か・・・、海に水が・・あったよな?」
「おいおい、海が干上がっただけで、何騒いでやがる?
 俺達の目的は、こんなもんの見物じゃねぇだろ?
 ケミュナルス大陸に行くんだろ?」

「ザヌレコフ・・、ケミュナルスは、どの大陸か分かるか?」
「当たり前だろ。―――で、どれだ?」
「・・・北を見ろ、北を。これまでは、ケミュナルスとロッジディーノは、
 海に分断されていた。だが・・・。」

「今なら、歩いて渡れるんじゃないのか?」
「それにしても、随分都合のいい話ね。」
「昔も一度、あったわ・・。」



 宿屋のおかみさんの声でした。
「どういう意味だ?少なくとも、私は・・。」
「そりゃそうでしょうよ。あんたと私が初めて会った時のことなんだから。」
「・・・10年・・、いや、15年以上も前か?」
「あの時、私は震えながら見てたわ・・。昔ね、・・こことケミュナルス大陸は、
 つながってたのさ。・・おかしげな光に包み込まれてね・・・、
 ここが分断されたって気付いた頃には、また海に水が戻ってきたのさ・・。」

「では、あの遠くに見える穴が、ケミュナルスに続く道なのですね?」
「昔、つながってた時には、あの洞窟からケミュナルスに抜けれたわ。
 でも、見ての通り、もう、あんなガケのど真ん中にあいてる洞窟なんて、
 人が入れやしないわ・・。」




 俺は、宿屋のおかみさんが言ってる洞窟ってのを見た。確かに、そいつは、
ケミュナルス大陸の南の断崖絶壁のど真ん中に穴を開けてやがった・・。
「・・おい、あんなところ、・・どうすんだ。よじ登る気か、マーシャ?」
「い、いえ・・、私が言ってるのは・・、あちらです。」
「ど・・、どれのことを言ってるんだ?」
 マーシャは、俺達が見てた穴とは別の、もっと、下の方を指差してやがった。
「おいおい、冗談だろ?この前まで、海の底に沈んでたんだぜ?」
「・・・言われてみれば、・・確かに、洞窟に見えるわね・・・。」
「何か知っている事はないのか?」
「―――あんなもの・・、初めて見たわ。」
「行って・・みませんか?」
「ま、そうだな。ここでじっとしてても、仕方がねぇだろ?
 この娘は、ケミュナルスに連れてかなきゃなんねぇんだ。」

「ま、いいじゃない。たまには、行き当たりばったりってのも。
 そうと決まったら、行こうじゃない。私が先に行くわ。
 あとは、セニフとザヌレコフ・・、残りは勝手にやって。」




 そこに近付くに連れて、その洞窟が、妙な雰囲気をかもし出しているのに気付いた。
「・・何よあれ。・・変な札とか、縄とかが・・たくさん・・・。」
「封印の類だ。ただの洞窟ではなく、・・一種の遺跡なのかもしれない・・・。」
「よく見りゃ、入り口・・、ふさがっちまってねぇか?」
 私達は、その洞窟の入り口まで辿り着いた。
「・・・さ、お散歩も、ここまでって事かしらね?」
「ちょっと、待ってください・・・。」

 マーシャのライトロッドから光があふれ出す・・・。






 (101日目夜)
 マーシャを中心とした結界が形成され、やがて、壁に不思議な紋様の魔法陣が
浮かび上がり、・・やがて、その岩は轟音とともに、崩れ去っていった・・・。
「・・入って来い、って事かしらね。」
「4つの雫の結晶の力って奴か?――― 一体、この先に、・・・何があるってんだ?」
 私達は、その古い遺跡の中へと入った。封印が施されていたとはいえ、
海の底にあったせいか、至る所に、コケや海草がからみついていた。

「・・なんだ、今の不気味な咆哮は・・・?」
「上等じゃねぇか。暇つぶしにゃ、ことかかねぇわけだ。」
 先に進むシーナは、後ろを振り返りながらザヌレコフに話しかけていた。
「余裕ぶってるのも今のうちよ。逃げ出すんじゃないわよ。
 ねぇ、そんなことよりさ、・・気のせい?ちょっと、・・・暖かくなって、来た?」

「あ、あたたかい・・ですか?」

「普通の感覚してる人間ならな、・・・暑くなって来た・・って言うんじゃないのか?」



 俺達の目の前に広がった光景。真っ赤なドロドロの溶岩が流れる、灼熱地獄だった。
「・・・暑い、暑くねぇって・・・、そんな問題じゃねぇだろ?!
 こんなところ、・・・突き進もうって気なのか?!」

「・・シーナは、先に進むようだ。行くしかないだろう。」
 あの女は、溶岩ももろともせず、さっさと先に進んでいきやがった。
「行ける所まで行くしか・・ないだろう。」
「ちっ、こっちは、人を背負ってんだぜ。・・・気ィ使えよ。」
「あれ?・・シーナさんはどこに?」
「とっとと先にいっちまったぜ。もたもたしてると、おいてけぼり食らわされるぜ。」
「・・・あいつ。姿が見えない・・。」
「ちっ、走るなって言ってんのが聞こえねぇのかよ?!」



「ポップサラマンダー・・・とか言う奴ね。ちょうどいいわ。
 いきなりだけど、強烈なの・・あびせてあげようじゃない・・。
 ―――いくわよ!!クロス・・・パニッシュ!!」

 シーナは、見上げるようなその巨大な竜に、真正面からナイフで激しく斬りつけた。
一瞬、ポップサラマンダーは怯むも、鋭い眼光をシーナに向けた。
「紅蓮の火炎が来る!!」
 俺は、すぐさま、アーチェリーを奴に向ける。奴はシーナの眼前まで迫っていた。
「・・・だめじゃねぇか。」
 突然、ポップサラマンダーはもがき苦しみ、倒れこんだ。シーナは、それを軽く避ける。
「―――ふん、標的がデカかったから、試し斬りしてみたけど、まだ、練習がいるわね。
 さ、ボヤボヤせずに、さっさと進むわよ。」

「助けてやったってのに、その態度か?」
「誰が誰に助けられたのかしら?・・アーシェルなんか、助けようともしてくれないし。」
「勝手に行動するな。少なくとも今は・・・。」



「ちっ、・・あいつら。マジで見えなくなりやがった・・。」
「油断するな。いつ、敵が襲撃してくるかも分からない。」
「けっ、ぶっ倒してやりゃ、いいじゃねぇか。」
「ディッシェムさん。・・その時は、・・私達に・・・・任せて、ください―――」
「おい・・、任せる任せねぇの前に、マーシャがぶっ倒れるんじゃ・・」
 突然、マーシャの気配が変わりやがった。一瞬、背筋が凍るような感じを受けた。
「―――ドルカちゃんを守れるのは、ディッシェムさんだけ。」
 マーシャの杖が、あわい光に包まれていた。
「・・なぁ、セニフ。・・・ここは、ただの洞窟なんかじゃねぇだろ?
 お前の言うとおり、遺跡・・とか、神殿・・って奴なのか?」

「恐らくはそうだろう。あの封印は、マーシャのライトロッドに呼応した。」

「―――かつて、この杖の持ち主であったものが、ここを封印しました・・。」
 突然、マーシャは、そう言い始めた。
「おい、何か知ってんのか?」
「こちらの方に来てください・・・。」
 セニフの野郎も、マーシャの言葉に驚いた様子をしながら、その後についていった。
「・・・これは、石碑か?」
「なんて・・・書いてあるんだ?その前に、・・・こいつは文字なのか?」
「―――私には読めない。だが、・・・何故だ。私は、・・・見た事がある・・。」
 マーシャが、その石碑に近づいて、杖を向けた。杖の光が石碑にうつる・・・。
それから、ゆっくりと、マーシャは、何か、よくわからないことをつぶやき始めた。
「読めるのか?!なんて書いてある――― 」



 私は、突然、体全体が重くなってきたような感じを受けた。
少しずつ、感覚がなくなっていき、意識もぼんやりとしてきた。
「・・・お、おい、セニフ?セニフ!!」
 私は、ゆっくりと目を開いた。目の前に、マーシャとディッシェムがいた。
「・・だ、大丈夫ですか?」
 既にマーシャのライトロッドの光は失われていた・・。
「けっ、心配さすんじゃねぇよ。暑さでぶっ倒れちまったか?だらしがねぇな。」

「これは、・・古の、呪術の類・・・。現代の魔導法の祖となったもの・・・。」

 それは、ディッシェムの背中にいたドルカの声だった。
「―――術の媒介石・・。刻まれているのは、・・術者の残留思念か。」
「強い力が・・、まだ、・・・奥に、いくつか―――。」
「でも、私が、これを詠唱してしまうと・・・、セニフさんが。」
「探す方が先決だ。そうと分かるのならば、こちらにも策がある。行こう。」



 シーナは、その攻撃を背後からまともに受け、倒れた。背中からの出血が酷い・・。
「調子乗ってんじゃねぇぞ、下がってろ!!」
 ザヌレコフが動くより速く、俺は、アローを放つ。
「・・レッドアーマーとか言ったな。そこを通してもらおうか!!」
 俺の方へ、レッドアーマーは剣を向ける。
「アーシェル・・、こいつは、接近戦じゃ刃が立たねぇ・・。お前が引き付けろ。」
「―――俺も、少し本気を出す。氷の矢・・、魔力よ、アローに集え・・・。」
 レッドアーマーが剣を振りかぶり、俺の目の前まで来た!!
「グラシアルレイン・・、氷の刃よ、全てを貫け!!」
「よし、そこで止まってな。砕いてやらあ。」



 アーシェルの技の威力で、そいつの赤い鎧の色が変わるほど凍りつきやがった。
「ちっ、・・大技じゃ、間に合わねぇ。シャドーブレード!!」
 背後からの俺の攻撃が止められる。
「しくじった!!」
「クロスパニッシュ、吹っ飛びな!!」
 そいつは、シーナの剣圧で左にぶっ飛び、壁をぶち破った・・。
「―――こういう固い奴、至近距離でぶっとばすには、ちょうどいいわね。
 あんたたちで言う、貸しって奴?・・・返したわよ―――。」

 その女は、少しもそんな事心にねぇって主張しながら、そう俺に言い放った。

「バカ言え・・、また下らねぇ貸しが出来ちまった・・。」






 (101日目深夜)
「こいつの事か、ドルカが言ってたのは・・。」
「断片的にではあるが、私にも読める単語がある。
 ・・マーシャ、これを詠唱してくれ。」

「よろしいのですか?」
 セニフは、目を閉じる。全神経を集中させていやがった・・。
「・・・ああ、いいから始めろ。」
「分かりました・・。」
 マーシャが杖を向ける。それからすぐに、石碑がうっすらと光って、そいつが、
俺達を取り囲んで来やがった・・・。



「・・・空間を転移した―――。」
 私達は、同じ呪文が刻まれた石碑の前に立っていた。
「ど、どこだ・・ここは?」
「―――かつて、杖の持ち主は、ここを通り、ラルプノートへ向かった―――。」
 そう言って、マーシャの杖から光が失われた・・。
「ラルプノート・・・?」
「私が、・・・唯一読めた文字・・。」
「・・意味は?何かの呪いの言葉なのか?」
「マーシャの言葉を考える限り、地名の類だろう―――」
 再び、私の平衡感覚が何かの力によって狂わされそうになった。
「おい?本当に、暑さにやられちまったんじゃねぇのか?!」
「・・・そうなのかもしれない。私の力で抑えきれぬ程の強力な術者の思念が
 あの石碑に、刻まれているのだろう・・・。構わない。まだ、他にもあるだろう。」

 私は、そのまま歩きだした。縛り付ける者の意思のようなものが、
その方向へと、私を誘うかのようであった。

 その石碑は、これまでのどの石碑よりも大きなものであった。
「ちっ、・・・やっぱ、俺には読めねぇ。マーシャ、とっととこいつを!!」
 私は、目を閉じ、全神経を集中した。マーシャの詠唱が始まり少し経った時、
これまでとは違う、不思議な力を感じた・・。
「マーシャ、セニフなら心配しなくても、必死に集中してやがる・・」
「続けて・・・くれ。」
 マーシャの声が遠くなる・・・。私を縛り付ける力がゆっくりと溶けていった。
それと共に、目を閉じているはずの目の前に、その光は広がっていった。

 やがて、それは、ある光景を映し出した。



「―――ここを、下るのだな・・。」

 1人の男の声だった。低く、威厳のある声・・・。
近くには、複数の人間がいた。いずれもが、戦いの備えをしていた。
「・・この争いを治めるには、闇の住人を討ち滅ぼすより他にない・・。
 しかし、その力は、・・如何なる人間にも与えられてはいない。」

「気に入らぬな・・その口ぶりは。」

 横から、もう1人の男が現れる。先程の男と、恐らくは同等の地位に立つ者・・。
「何故、我がこのような小娘に劣る?大陸の多くの小国を従え、
 何百、何千万という平民を束ねるこの我が・・。」

 その男は、苛立ちながらそう吐き捨てた。
「・・・今は、権力など、何の力にもならぬ。ただの戦などではないのだからな。
 そうでなければ、何故、そなたは、我らと与すのだ?」

「―――我は知らぬ。理由など・・ない。」
「この中に、私は入らなければならない―――。」

 その女性の声を合図に、男は、2人の兵に命じた。
2人の兵は、厳重につなぎとめられた女性の手首にはめられた枷を取り外す。
「抵抗などするつもりはないだろうが、言っておこう。もはや、貴女の力は、
 我らの管轄下にある。貴女の力は封じ込められているのだから・・。」

「・・・人間に仇成す女が、巨大な二国を結び付けるか・・。」
「これ以上の手段など選べぬだろう。」

 女性は、静かに前へと進む・・・。



「・・人間、考える事は、・・・同じという事だな。」

 それは、中にいた1人の人間、―――アーチェリーを持つ男の姿であった。
「随分な待遇を受けたな・・・。辛い日々であっただろう。」
「何者だ、貴様は?!」
「―――この封印の遺跡には、エルフの民が住むという地、
 ラルプノートへのカギがあると聞く。お前達も、それが目的だろう?」

「ラルプノート?・・・おい、女・・、ここで何をする気だ?」
「・・・あなたが、噂に聞く、・・ラストルの四使徒ね・・。
 ここにいるということは、・・・もう、カギは手に入れているのかしら?」

「そのためには、どうしても優秀な光魔導士の力がいる・・。
 あいにく、うちの大魔導師様はご機嫌斜めだそうで、どうだろうか、
 手を貸してくれやしないだろうか?・・・セレナ=アド=エルネス。」

「―――ごめんなさいね。見ての通り、私は、力を使えないわ・・。
 でも・・・、もう、迷う時間なんて、残されてはいない!!」


 その女の一言がきっかけとなった。女の後ろにいた兵の1人が襲われた。
「陛下!私の行いを許したまえ!!ホイッタ・・、今だ!!」
「ああ、ヴィスティス。セレナ殿!!行け!!」
「と、止めろ?!そいつらを今すぐに取り押さえろ!!」
「ホイッタ・・、何を考えている?!」
「お許しを・・。それに・・、これは、皇后や、王女様・・、全ての民の為!!」
 その2人の男が起こした混乱に乗じて、女はその者達から離れていった。
「―――時間がありません。一刻も早く・・、呼び起こさなければ!!」

 まぶしい光が視界を遮った。・・・そして、それを合図に、
私が見ていた、その光景はゆっくりと消えていった。



「なんだ、今の音は?」
「ドルカだ・・・。テメェみたいな、ケダモノの声じゃねぇ。」
「どこの誰が、ケダモノだ?!」
「・・・この熱さで、ドルカちゃんもだいぶ元気に・・。」
「何、可愛い冗談言ってやがる・・。俺の、顔も足も腹も燃えそうなくらい熱いのに、
 ―――背中だけ、氷みたいに・・・冷てぇ・・・。」

「あ・・?そりゃ、本当か?しばらく貸せ!!体が溶けちまいそうだ・・。」
「テメェ、ケダモノかぁっ!!」

「―――何を、・・・騒いでいるんだ?」

 そいつはようやく目を覚ましやがった。
「・・・眠ってた奴が、よく言うわね。どんな素敵な夢見てたのかしらね。
 それにしても、近道があるんなら、言ってくれればいいのに。」

「先に突っ走ったのは、テメェらだろうが?!」
「・・・今、私達は、どこにいる?」
「さっき、そっちの方に行ってみた。遠くの方にロジニの集落が見えた。」
「あの洞窟の入り口の中まで来たということか・・・。」

「さ、そいつも起きたんだ。ディッシェムもドルカも、・・・マーシャも、ヤバい。
 さっさと進もうじゃねぇか。」







 (102日目早朝)
「・・・さ・・・、さみぃ・・。」
 辺りの光景が一変した。これまでの溶岩が幻だったみたいに、
辺り一面の壁が、固く凍り付いていた・・・。
「・・まいったわね、・・私。・・・寒いのって、・・・ちょっとさ、ニガテなのよ・・。」
 シーナがこれまでの勢いをなくした・・。
「けっ、調子乗りすぎだ。テメェは。」
「うるさい・・。・・・盗賊風情に、・・・そんな口利かれる覚えないわ・・。」
「ちっ・・・、数が多いぜ!!」
「・・クローハウンド、ホワイトフォックス、ブリザードタイガー、ワイルドベア・・。」
「邪魔をするならば、排除するまでだ。アーシェル、私に続け!!」
「俺が道をあけてやらぁ。アーシェル、俺についてこい!!」
「・・・。グラシアルレイン!!」
 セニフとザヌレコフの攻撃は激しさを増すばかりだった。
その攻撃の前に、モンスター達の勢いは完全におさえられた・・。
「残るは、・・・その犬どもか。」



 俺とセニフに囲まれ、一瞬そいつがひるんだ隙に俺はその犬に斬りかかる。
「まずい、下がれ!!」
 犬が突然ぶっぱなして来た、魔法かなんかをまともに喰らった・・・。
「プラチナカーテン・・、魔導法か。厄介な敵だな。」
「俺が援護する。くい止めてくれ!!」
 セニフの野郎が、クローを構える。その犬も、鋭く尖った爪をセニフに向けた。
「どこからでも来るがいい!!」
 犬の野郎は、セニフの近くによって、一気に飛び上がる!!
その横から、アーシェルのアローが犬に突き刺さる!!
「よしっ、捉えた!!」



「・・セニフ?!」
「ちくしょう・・、俺も・・・ダメか?」
「ザヌレコフ・・・。くっ、―――シーナッ!!」
「な・・・、何よ・・・。」
「・・・おまえの炎で、こいつを・・。」
「冗談・・・いってんじゃ・・、ないわよ・・・。
 ―――こんな寒いのに、・・・火なんか・・。」

「こんなところで、くたばっていいのか!?
 ・・・こんな、寒いところで、くたばってどうすんだ!?」

「そりゃそうだけど・・・、私は・・・別に、スライムに殺されるよりは、
 そっちの方が・・・、マシよ・・・。」

「マーシャもディッシェムも、戦える状態じゃない!!」
「わ、私だって・・、見ればわかるでしょ?!寒いの!!」

 アーシェルの奴の顔が急に変わったわ。

「―――テメェを信じた・・、俺が、・・バカだった。」
 そう私に冷たく言い放ってきた・・・。
「・・・マーシャも、ディッシェムも、戦える状態じゃない以上・・。
 ―――俺が、やるしかない・・。」


「あんた・・。―――私に冷たくするなんて・・・。」
 私は、もう、寒くてガマン出来ないことなんて忘れてた。

「アーシェル・・。アンタなんか、・・・この洞窟より冷たいわ!!!」



 シーナは、これまでに無いくらい巨大な火柱をナイフから上げながら、
クローハウンドに突っ込んで行く。
「セニフと盗賊なんかどうでもいい。けど、あんただけは、許さないわよ!!
 ―――地獄で会いましょうね!!バーニングスラッシュ!!」

 一発目が避けられた。
「あんたに逃げ場なんかないのよっ。私を、怒らせたんだからね!!」
 シーナのバーニングスラッシュがクローハウンドを完全に貫いた・・。
そのまま、クローハウンドは動かなくなった・・。
「・・やれば、出来るじゃないか・・。」
「あんた!!・・私をコケにしたら、燃やすわよ!!」
「わかった、わかった。しませんしません。」
「あ、思い出した!!」
「何を思い出したんだ?」
「―――さ、さむい・・。さむいのよ・・・。」
「ったく・・、情けねぇな。寒い寒いってよ。」
「戦ってもない奴が、偉そうなこと言ってんじゃないわよ!!」
「お、シーナ。先の方見てみろよ。光が見えるぜ・・・。」
 シーナが、とたんに元気になった。
「やったわ!!やっと、やっと・・、この寒さから解放されるのね!!」
「・・・嬉しそうだな。」
「当然じゃない!!さぁ急ぐわよ!!マーシャ、生きてるの?行くわよ!!
 ほら、ザヌレコフも、セニフも!!ぶっ倒れてる場合じゃないでしょ!!」

 シーナが、その出口の方へと向かう。
「・・・マーシャ、大丈夫か?まだ、行けそうか?」
「・・ごめんなさい。・・・あの石版に書かれていたものを詠唱してから、
 なんだか、とても・・・疲れてしまって・・。」

「―――マーシャ、今は、・・・ここを出よう。話がある・・・。」
「・・・このままじゃ、マジで、・・・逝っちまう。」



 私は、外の光景を見て、もう、座り込むしかなかった・・。
「・・・な、なによ・・、こ、これ・・・。」
「シーナ、・・・どうやら、一面の銀世界だな。洞窟が凍りつくはずだ。」
「・・もう、寒くて、・・・歩けないわよ。」
「じゃ、俺は先に行くぜ・・。とっとと暖かい宿でも見つけて、ぐっすりと
 眠りてぇからよ。じゃあな。」

「宿・・って。いったい何処まで行けばいいってのよ?!
 どこをどう見ても、何もないじゃないのよ?!」

「・・・確かに、何も見えない。」
「何も無くては、・・・こちらも、困る。」
「おいおい・・、頼むぜ、アーシェルよ・・。俺も、・・・ドルカも・・、
 もう、そろそろ、・・・限界だぜ。」

 ディッシュの言うとおり、ドルカの吐息がだいぶ荒くなってきてたわ。
「進むしかないだろう。もう、引き返すわけにはいかないんだ。」
「シーナさん・・。行きましょう・・。」
「・・・分かったわ。それに、・・・なんだか、見ちゃいけないものを見たような
 気もするしね・・。ほら、空をみてごらんなさいよ。
 アイスコンドルとかいう連中の群れね。大方、私達の姿に気付いて、
 次から次へと集まってきたってところね。」

「いずれにせよ、長い間応戦は出来まい。
 一刻も早く、集落なり、街なりを見つけなくては・・・。」







 (102日目昼)
「アーシェルさん!!キリがありません!!」
 アーシェルは、真上から急降下してきたアイスコンドルをマジックアローで
射抜きながら、走り出したわ。
「ああ。ゆっくり戦っている場合じゃないな。急ごう。」
「ちっ、囲まれた!!」
「く、来るんじゃネェ!!」
 ディッシュとドルカの方に3体のアイスコンドルが下りてくる!!
「フラッシュリング!!」
 マーシャの魔法でそいつらはどうにか、空に戻っていった。
「俺と、マーシャ・・・、ザヌレコフで迎撃する!!
 ―――ここは、俺達に任せて、先に行ってくれ!!」

「お、俺もか?!」
「すまねぇ・・・。頼む!!」
 私とセニフは、ディッシュ達と一緒に、そこから逃げ出した。
「そっちには一体たりとも行かせない!!」



 俺は、アーチェリーでシーナ達に向かおうとしたアイスコンドルを射抜く。
そして、降下してきたものは、ザヌレコフが次々と斬り裂いていった。
「どんどん、集まって来やがった・・・。どうする?俺もそんなにもたねぇぜ。」
「マーシャ・・、ゆっくりと、あいつらを追いかける。先に進め・・。」
「はい・・、フラッシュリング!!」
 マーシャが魔法を唱えながら、俺達より先に進んだ・・。
「ザヌレコフ・・、俺達も追いかける!!」
「ああ・・、俺がこいつを倒したらな・・?!」
 突然、ザヌレコフが数体のアイスコンドルに囲まれる。
「お、おい?!ザヌレコフ!!」
「しまった・・、一体逃がした!!」
 俺は、その言葉の意味を理解し、すぐザヌレコフから離れた。
だが、俺がアーチェリーを構えるよりもそれは速かった・・。
「・・は、離れろ。マーシャ!!」
 アイスコンドルから放たれたきらめく風がマーシャに直撃する・・。
「・・そいつを連れて先に行け!!そいつを回復させろ!!」
「・・・おまえ・・。」
「早くしやがれっ!!」



「ちっ、・・俺1人になっちまったか。
 さぁてと・・。どいつをどうしてやろうかぁ・・・。」

 俺は、そいつらの大群の中から、1体、他の連中より一回りデカイ奴を見つけた。
「テメェが・・、カシラか・・。」
 そいつも、俺の殺気に気付きやがったのか、俺の方に降下して来やがった。
「カシラが潰れりゃ、統率はとれねぇ。」
 そいつの吹き出す風を喰らって凍りつきながら、俺は、そいつにソードを向ける。
「エクセレントクラッシュ・・。」
 だが、そいつも簡単にやれれちゃくれそうになかった・・。
ものすごい速さで、俺の方に攻撃を仕掛けてきた。
「ちっ・・、これまでか。もう、技が掛けれるだけの集中力も残ってネェ・・・。」
 もう逃げるしかねぇ。俺は、ギリギリまで来てそう判断した。
「くっ・・、奴等に背ぇ向けて逃げりゃ・・・。負けか・・。」

「リークさん。加勢してください!!」
「ああ・・。こいつらを討伐する。」

「・・・なんだ、・・・テメェら?」
「旅の者か?・・お互いの自己紹介は後回しだ。まず、そいつを片付けよう。」
「・・協力なんざいらねぇよ。ま、敵が同じなら、・・邪魔はしねぇさ。」
 そいつらの腕だけは確かだった。的確に奴等を討ち取っていきやがった。



「マーシャ!!大丈夫か!!」
「・・・あ、・・・アーシェル・・・さん・・。」
「薬草エキスが、効いたらしいな・・・。」
「・・・ありがとうございます・・。」
「別に構わない・・・。」
「アーシェル・・・アーシェル、どこにいる!?」
 セニフが俺達の姿をとらえ、こちらに近づいてきた。
「・・・ああ、ここにいる。」
「先に、街がある。・・・かなり大きい。―――急げ。」
「他のみなさんはどこですか?」
「もう、街に入っているだろう・・・。行くぞ・・・。」
「ああ・・。」
「でも・・、ザヌレコフさんが・・。」
 マーシャの声がかき消されるほど、吹雪が一層強くなった。
「これ以上酷くなっては、立ち往生する事になりかねない・・。進むしかない。」
 セニフは、今にも消えそうな足跡を頼りに先へと進む・・。
やがて、俺達は、はるか先にその国の都の姿を見つけた・・。



 ガルド王国―――。ケミュナルス大陸東部の大雪原の中心に位置する要塞国家・・。
「相当大きな都だ・・。周辺にあったであろう小集落の民が、
 この地に集い、暮らしているのだろう・・・。」

「セニフ・・、あいつらは、・・・もう、都に入っているんじゃなかったのか?」
 アーシェルの言葉の通り、その都の外にシーナ達の姿があった・・。
「・・まだ、そこにいたのか?」
「セニフ、あんた・・・。ちょっといいかしら?!」
 シーナが、私につかみかかる。
「よく聞くのよ!!あのねぇ?!まともに戦えるの、あんたと私、2人だけよ?!
 何、急に消えてんのよ!!いい?!当たり前だけどね・・、
 ―――モンスターはアーシェルんとこだけではしゃいでるわけじゃないの!!」

「それで俺達のところにモンスターが少なかったわけだな。」
「なんですって?!」
「すまない・・。」
「そうやたらとセニフに当たり散らすな・・。セニフがいなければ、
 俺もマーシャも、・・・立ち往生していただろう。
 それに、生きているんだ・・・、いいじゃないか・・。」

「ディッシェム!!」
 ディッシェムが気を失い、ドルカを背負ったまま倒れた。
「ちょ、ちょっと?何寝てんのよ?冗談じゃないわ!!
 寝るんじゃないわよ!!死ぬわ!!」

「・・・ひどい熱だな。宿に急ごう・・。」

 私とアーシェルは、ディッシェムを・・、シーナとマーシャがドルカを連れ、
ゆっくりとその都へと足を踏み入れた。
 吹雪はもはや、私達の視界を完全に閉ざし、ただ、獣の咆哮にも似た、
恐ろしい音だけをあげながら、都を包み込んでいた・・・。


2006/06/01 edited(2005/11/12 written) by yukki-ts To Be Continued. next to