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[stage] 長編小説・書き物系
eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~
悲劇の少女―第5幕― 第29章
「なりませぬ。女王様・・。」
ホイッタの答えに、あたしは落胆したわ。
「何故?・・あたし、何か間違っている事を言っているというの?」
「今、あなた様が行うべきことは、他に・・」
「何があると言うの?あたしはこの国の、・・・女王なのよ。」
「―――今日は、部屋で、・・休まれてはいただけないでしょうか?」
「・・何を、言っているの?」
「4人の者にお仕えさせます。何か、
私めに用がございましたならば、その者達に・・」
「何か、・・あたしに隠している事でもあるの?!」
「まさか・・。とにかく。兵を呼んで参りましょう。
お部屋に、お戻りなさいませ・・、女王様・・。」
あたしは、それから、すぐに兵に囲まれて、部屋に連れてかれた。
「ねぇ?あなたたちは、何も知らないというの?」
「ホイッタ様より、女王をお守りするようにとのご命令以外、私共は、何も・・」
「女の私に出来ることがありましたら、お気兼ねなくご相談下さいませ、女王様。」
いつもの兵2人に加えて、別の兵と、その女の兵士も一緒だったわ。
「どうせ、その2人に訊いても答えてくれないわね。それなら、あなたに訊くわ。
・・・今日、これから何があるというの?」
「―――何も、ございませんわ・・。」
「何もない・・、そんな事ないわ。今日は・・・」
ネーペンティの弟。姿を消されてから、ちょうど今日と同じ日に、
―――変わり果てた姿で、エリースタシアの国へ帰って来た・・。
あの日の、ネーペンティの顔は、今でも、忘れる事が出来ないわ・・。
「あなたたち2人も、2年前に、・・一緒にエリースタシアに・・」
「分かってください、ティスターニア女王様。今日、あなた様が部屋から
出ることを固く禁じるようにとの、命令でございます・・。」
「・・・無理にでも、出ようとすれば・・?」
あたしがそう言って、少し扉に向かった瞬間、部屋中に緊張が広がったのを感じたわ。
「冗談よ。わかったわ・・。」
この4人にとって、冗談でも何でもないことは分かった。
「結界まで張ってる・・なんて。―――どうしても、出させる気はないのね。」
「お、お許しくださいませ、女王様・・。」
「いいわ、あなたを責めているわけではないから・・。
わざわざ、ここまでするからには、今、この国―――王城で、何かがあるのね・・。」
何が起こっているか・・、訊いても答えてくれそうになかった。
(100日目夕方)
「・・セリューク様!!」
私達が、セリューク様のいるグリンディーノにたどり着いたのは夕方の事でした。
「やはり、・・お前さんたちじゃったか・・。」
「えっ・・?」
セリューク様は、私のロッドを見てから、セニフさんに話しかけられました。
「セニフよ、・・とうとう、再び、封印を・・。」
「ああ・・。」
「な、なぁ?ちょっと、みてくれねぇか?」
その声でふり返られたセリューク様は、ディッシェムさんに背負われている
ドルカちゃんを見て、とても驚いたような声をあげられました。
「そ、その子は?ど、どうした?!何処におったんじゃ!!」
「知っているのか?」
「わしが昔、ここで見とった・・。」
「・・ひょっとして、・・む、娘さんなの?!」
「い、いや・・。」
「じゃ、孫娘ってことか?」
それから、セリュークのばあさんの視線がものすごく冷たくなりやがった。
「じょ、冗談だろ、な、なぁ?」
「ばあさんよ、・・この娘の事、詳しく教えちゃくれねぇか?」
「だ、だれが、ばあさんだ?!何処におる!!」
「な、そりゃ、・・ばあさんのこと――だろ?」
「ず・・、ずいぶん、・・・えらそうな人間―――」
セリュークのばあさんのザヌレコフを見る目が変わった。
「―――ほぅ。・・・お主、・・・ティルシスの・・。なるほどのぉ・・。」
「な・・、ばあさんまで?・・・なんでティルシスの奴を!?」
「あぁ・・、いちいち説明しなければならないのか!?・・・私と、ティルシス、
・・・そして、このセリューク大魔導師は、かつて仲間だったんだ。」
「なんだと?―――まだ、隠してることは、ねぇんだろうなぁ!?」
「静かにせんかッ!!・・・こうも人数がおると、ろくに話しもできんわ!!」
「―――じゃが、・・間違いはないわい・・。この子からは、わしの魔力に反応する、
ごくわずかじゃが、とても強い魔力が感じられる・・・。
・・・10年前、奴らに封印された子に間違いない・・。」
「セリューク―――、一体、何がこの娘に起こっているんだ?」
「ああ・・・。―――セニフよ・・。・・・この子は、今、
召喚魔法、アークティクスの暴走に、苦しんでおる・・。メリーナ、サリーナや!!」
そう呼ばれて、メリーナとサリーナが部屋に姿を見せた。
「な、なぁ?どうやったら、・・ドルカを救えるんだよ?!」
「ド、ドルカちゃん・・?!」
「お前達も、思い出したかい?・・早速じゃが、力を貸してもらおうと思うてな。
それに、マーシャ・・・。あんたの力も、貸してくれんだろうかのぉ?」
「わ、私ですか?・・・わかりました!!」
「な、なぁ?俺達は、何をすれば!!」
「明朝、この子を連れて、北へ向かえ。アークティクスの力の源泉に・・。」
「北―――、ケミュナルスだな・・・。」
「じゃ、それまでに、わしらは、この子に・・命を吹き込むとするかのぉ。」
セリュークの合図で、4人は、一斉に魔力を放出し始めた。
「リバイバル!!」
部屋を出た私達は、マーシャ達の長い夜が明けるのを待つ事とした。
「明日は、ここを出る。それまで、各自、体を休めよう。」
「おい、ちょうどいい機会だ。ティルシスの野郎の事、聞かせてもらえねぇか?」
そうザヌレコフが言った途端、ディッシェム、シーナまでもが私に迫ってきた。
「・・セニフさんよ、―――そろそろさ、いいんじゃねぇのか?」
「忘れてたとでも思ってる?あんたは、私達に、話さなくちゃなんない事があるのよ。
約束を守ってもらおうかしらね。―――長い夜が始まりそうね・・・。」
顔は笑っていたが、2人とも、殺気が混じっているのを感じた。
「・・・とにかく、椅子に座れ。」
アーシェル、シーナ、ディッシェム、そしてザヌレコフは椅子に腰掛けて、
私の話が始まるのを待っていた。どうしても、始めなくてはならない空気だった。
「―――ルシアとの出会い。・・そこから、始めよう・・。」
「力を、貸して頂けませんか?」
1人の若い女性が、そう頼んだのは、高齢の魔導師と神官の2人だった。
「あなたが・・。話は、ディテールから聞いております・・。」
「それでお前さんは、このわしらに協力を・・ということじゃな。」
「―――あなた方以外に、頼るあてはございません・・。」
「頼りにしてくれるのは、光栄じゃがな。正直、―――お前さんのやろうとする事は、
途方も無く無謀なことじゃよ?」
「・・・あの子の母親は私です。運命を背負う覚悟は、しています。」
「セリューク様。―――手助けして、やれないものでしょうか?」
「お人良しよのぉ、ブロンジュール。」
「―――あなたが、ルシア・・・?」
聖堂にもう1人の若者が現れた。長髪の顔立ちの美しい青年だった・・・。
「ええ。あなたは?」
「何しに来たんだい、お前。話は、もう終わりじゃよ。」
「・・・私は、あなたについて行く。」
その青年は、唐突にそう言った。
「ほぅ、お前の口から、そんな言葉が出てくるとはねえ・・。どうした?
悪いものでも口にしちまったのかい?さっさと吐き出しちまいな・・。」
「私は、そう決めた。・・・心が変わることはない。」
その女性は、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます・・。」
そんな青年をちらっと見ながら、その魔導師は若い女性にこう言った。
「母親じゃからと言うて、覚悟決めたお前さんには、残酷な事を言うようじゃが、
・・・もう、わしは疲れた。運命を背負う―――、ラクな事じゃあないのさ。」
「・・はい。」
神官は、ゆっくりとその若い女性の方へと歩み寄る。
「・・私も、あなたを、手助けしましょう。
ディテールとの約束を守るためだけでなく―――背負わなくてはならない運命を
知ってしまった、私だからこそ・・・。」
若い女性は、黙ってうなずき、問いかけた。
「・・これから、どうすれば・・・?」
「ディメナという国に向かいましょう。彼の地に、私達がよく知る者がいますから。」
「・・手助けしては、くれんよ?あれは。」
「―――ならば・・」
「グロートセリヌという国に向かいましょう・・、かい?で、それもダメなら、
どうする気だい?クリーシェナードという国にでも行こうって言うのかい?!」
「・・ついて来ない者に口を出す資格などない!!」
その青年の声が聖堂に響いた。しばらく、その声は反響し続けた。
「―――行こう・・。」
青年と神官、そして、その若い女性は聖堂を後にした。
「セリュークの・・、――セリューク様の、言う事など、気にするな。」
「・・それだけ、あの子が抱える運命が、・・重いということだから・・。
・・・あの子が自分の運命に直面するその時の為に、必ず・・、私は―――」
「まず、里へ降りましょう。南へ・・向かい、それから――― 」
神官の顔つきが変わった・・。
「―――この、禍々しい気配・・・」
普段から薄暗いこの鬱蒼とした森中を、言いようのない邪気が覆いつくし始めた。
「いつの間に・・、か、囲まれたんだ?!」
「・・・あれから相当の月日が立っているというのに、私達を覚えていたのでしょう。」
その邪気は、じわじわと3人に迫りきた。
「・・召喚法、グラヴァティ。」
初撃から激しかった。青年と若い女性の2人は、その猛攻撃をまともに受けた。
「ルシア様、セニフ様!!」
「・・グラヴァティ!!」
セニフの放つ召喚魔法によって、セニフらに攻撃を仕掛けたモンスターたちは、
激しく変化した重力に押しつぶされ、地面に叩きつけられた・・。
「・・・結界法、守護陣。」
ブロンジュールは、魔力により周囲に結界を張った。結界内のモンスターは、
その聖なる力に浄化され、外のものは、中への侵入を拒まれた。
「・・キュア。」
ルシアの手から、青く輝く光が溢れる・・。
「すまない・・・。」
「・・数が余りに多い・・・、構えてください。迎え撃つために・・。」
「下がっているんだ。・・私達が――」
「―――結界を解いて下さい。戦いましょう。」
そう言ったのは、ルシア本人からであった。
「・・・あなたも、戦う・・そうおっしゃるのですね?」
「ええ。」
その直後、ブロンジュールは、結界を解いた・・。
それからのルシアの動きに、ブロンジュールとセニフは、ただ圧倒されていた。
「・・え、こ、・・これは?」
「―――これが、1人でこの地に訪れられると、ディテールの言うわけか・・・。」
新たに背後から襲い掛かってきたモンスターを、ルシアは回し蹴りで仕留めた。
「次は誰かしら?・・かかっていらっしゃい!!」
挑発されたその3体が、ルシアに急降下してきた。
「・・サンルミエル、召喚!!」
それは、セニフやブロンジュールがこの地では見た事のない召喚魔法だった。
あふれ出す光が3体の体を貫き、浄化していく・・。
「・・・こうなれば、私達が加勢するまで!!グラヴァティ!!」
「結界法、封魔陣・・・、封印!!」
ルシア達の力は、前線に出ていたモンスターを凌駕していた。
だが、その中に、いくらか、腕に覚えのあるものもいた・・・。
「―――この騒ぎの原因は、・・あの人間共か・・?」
「き、貴様は・・、まさか?!」
「・・いつかの人間か。愚かな事だ。何度向かおうと、我らは滅びぬというのに。」
「―――愉快なことだねぇ。そのお嬢ちゃんにせよ、―――お前さんにせよ・・。」
ルシアは、その声の方に向いた。
「―――ひねくれたババァにもの頼む時ゃ、自分を偽っちゃだめさ。
闇魔導法―――グランドクラッシュ!!」
セリュークの放つ魔導法の威力は、底なしだった・・。
「お、おのれ・・、ここまで来て・・。」
「ちょっと、用事が出来てねぇ。お前さんらも、ついてきてもらうよ。」
「セリューク様?!後ろ!!」
「―――闇魔導法、マグマニックスペース。くたばんな。」
セリュークの背後にいた無数の者は跡形も無く燃やし尽くされた・・・。
「ほら、近づくんじゃ。振り落としちまうよ。」
「どこに行くんだ?!」
「・・なぁに、野暮用さぁ。―――トランスエリア!!」
その4人の姿は、取り囲む闇の住人達の前から忽然と消えた・・・。
「ここは・・、ロジニ?」
「さぁて。召喚法―――ハリケーンアタック・・」
「セリューク様?」
「・・・弱め。」
セリュークの放った召喚魔法は、弱め・・とはとても思えない暴風を巻き起こし、
その宿屋の扉を突き破った・・・。
「・・・。」
「こ、こんな乱暴な入り方する奴は誰だい?!」
壊れた扉の中から、慌ててその宿屋の女将さんが飛び出てきた。
「・・セニフ?もう、帰ってきたのかい?」
「ああ、そうじゃ。ちっとばっかし、お前さんに言いたいことがあってのぉ・・。
この歳でなぁ、立ちっぱなしにさすってのも殺生だろ?さ、中に入れておくんな。」
4人は、宿屋の中に入った。
「で、そのご老人が私に何か御用でございますかしら?」
セリュークは、その太い杖で机を思いっきり叩いた。
「お前さん信用して、これ、預けてたら、・・・どういう教育したんじゃ?
・・・すっかり、このわしに対しての、敬いじゃぁとか、畏れっちゅうもんが、
抜けてしもうとる。・・なっとらんのぉ。」
「何さ?あんたを畏れ―――、怖れるあまりに、どうしようもなく小物だった
このセニフをここまでにしてやったのは、どこの人間様だと思ってるんだかね?
困ったもんだよ、これだから、引きこもりの化け老婆は。」
「どこのだぁれが、腐れ外道の癇癪ババァだって抜かす気かい、お前さんは?!」
「―――フライパン。」
おかみさんの突然の攻撃をものともせずに、セリュークは天井に舞い上がった。
「ほっほっほ。若いのぉ。わしに効くかい、そんなもん!!」
「上に逃げるなんて、卑怯よ!!」
「悔しかったら、ここまで来てみろぉだ。」
おかみさんの投げたフライパンがセリュークの横を抜けて、天井に突き刺さる。
よく見れば、その周りの天井にも、同じような穴がたくさんあいている・・。
その時だった。その声を発したのは、ルシアだった。
「セリューク様!!もうそれくらいにして、下りてきてください。」
「あ?なんだい。このわしに、説教たれる気かい?」
セリュークは、ゆっくりとルシアのところに舞い降りてきた。
「言いたいことあんなら、ばしっとわしに言いや。」
「・・ありがとうございます。助けていただいて。」
ルシアは、深々と頭を下げた。
「助ける・・、このわしが?感謝される覚えなんぞないし、お前さんも、
ただ、ありがとうって言って頭さげてるだけじゃろうて?」
「相変わらず、ひねくれた婆さんだよ。全く・・。」
「―――さっきのお前さんが、本性じゃろ?なかなか居らんよ?
あんだけ、どハデに、殴るだの蹴るだのするお嬢ちゃんは・・・。」
「な、何の事かしら?私には何もわかりませんわ。」
「・・・どう見たら、こんな綺麗なお嬢ちゃんが、そんな暴力を振るったりするの?
歳だからってなんでもボケが許されるって思ってちゃあいけないよ?」
「ええ、そうですわ。」
セニフとブロンジュールは一切、会話についていけていなかった。
「あんれま・・、よい性格じゃこと。」
「お名前、何ていうの?」
「ルシア・・、ルシア=ルカ=エディナと申します。」
「―――ルカ・・。そうか、そういうことかい・・。」
「セリューク様・・、ルシア様は・・。」
セリュークは意味ありげな顔で笑みを浮かべた。
「そうじゃよ、ブロンジュール。その前がアドで、次はルカじゃて。
・・・わしの人生で、まさか、こんな短い間に2人も逢うとはのぉ・・。」
「・・え?」
「いんや。気にせんでええ。さてと・・、本題さ。」
「本題・・、まだ、何か言い足りないことがあるのか?」
「これは、大人同士の会話じゃよ、小僧。」
「誰が小僧だと言う気だ?」
「・・・コロナ=クロリス。確か、古い書物にはそう書いておったの。」
「ご存知なのですか?」
「お前さんが探しとるもんの名じゃろ・・。今、行方不明になっとる、精霊だか、
守護神だか知らん、そういう類の奴さ。」
「・・人ではないのか?」
「人であったとするならば、―――私達の想像を超えるほど、昔の事でしょう。」
「なんじゃ、・・知っとるんかい、ブロンジュール。」
「ええ、セリューク様の話を聞いて思い出しました・・。しかし、なぜ・・あなたは?」
そう聞かれて、ルシアは答えた。
「私に、・・あの子の、運命を教えてくださった方から・・・。」
「―――つまり、そんな神のご加護でもうけなきゃ、・・お前さんの子は―――。」
「セリューク様。・・一体、私は、・・どうすれば?」
「隠したって為にならないよ、婆さん。ボケで忘れたってのもなしにしてよ。」
「・・セリューク、どうすればいいんだ?」
相当嫌そうな顔をしたあと、セリュークは答えた。
「・・・ブロンジュール、お前さんの意見に従おうか・・。」
(100日目夜)
「ちょっと、話の途中でなんだけど、いいか?」
「何よ?話の途中でしょ・・、ツッコミ入れるのは後でいいじゃない。
なんか、想像してたより、ずいぶんと、セリューク様の性格が今と違ってたり、
自分のこと、長髪の美青年とか言ってたり、―――そんなことより、
本当に、そのルシアっていう人が・・・、マーシャのお母さんなわけ?
思ってた人物像と、まるで違うんだけど・・・。」
「ちっ、・・・ほとんど、言っちまったぜ、こいつ。」
「クリーシェナード神殿でも同じ名を聞いた。・・コロナ=クロリスという名を。」
「・・・まだ、話は途中だ。それに、・・・私の話は、すべて真実、偽りなどない。」
「―――あくまで、美青年でいたいわけか。痛い野郎だな。」
「そんなあんたも十分痛いわよ・・。」
「それよりも、お前。・・なんで、ティルシスの野郎の名が出てこねぇんだ?」
「・・・ああ。これから、その話に移る。」
「相変わらずの、ボロ屋敷だねぇ。」
「・・私には、歴史を感じる、情緒あふれたとても素敵な王城に見えますけど。」
「・・・聖堂と同じく、豪華絢爛を忌み嫌う姿勢・・。私も好きですね。」
「ブロンジュール。あのジジイ、逝ってたりしてないだろうねぇ?」
「・・ボロな屋敷で悪かったですな、大魔導師様。」
その声に4人は、振り返った。
「脅かす気かい?!一国家の首領なら、玉座にでも大人しく座っとくんだね!!」
「お久しぶりでございます。サニータ様。あの時以来でございますね。」
「ああ・・。積もる話もあるだろう。さあ、―――ボロ屋敷にでも入るとしよう。」
「・・・この方が、・・この国の、王?」
「―――人は見た目だけでは分からないのよ、きっと。さ、入りましょう。」
「ん?・・お前は、・・シオン?」
そう呼びかけられた先にいた2人を見た、その場にいた者達の内、
少なくとも2人は、その光景に唖然としていた・・。
「お、おじさま?!な、何で、こんな所に!!」
「おやまぁ、時代が流れちまうと、・・こんなとこで、堂々と、接吻かい・・?」
「ここは、王城ではないのか・・?」
「ま、よいではないか。若い者同士・・、仲良くするのは・・。
そういう君も、隣に、若くて、綺麗な女性がいるではないか?」
「わ、私ですか?」
「ばぁか抜かしてんじゃないよ。
誰が旦那持ちで子持ちのあんたのこと言うんだい。」
「―――勢い余って、魔女が世迷言抜かさぬうちに、上に行こうではないか。」
「おじさま、あ、あれは・・、その!!」
「お相手は、あの、噂の流浪の剣士、ティルシス=ディーリング様であろう?」
「・・・どうして彼の名前を?」
「―――勘さ。」
「・・あのお嬢ちゃんがねぇ。ずいぶんと可愛くなったもんだねぇ。」
「まぁな、娘のように思って世話してきたのだからな。」
「幼女趣味もここまでくりゃ立派さ。」
「・・・年の差じゃ、負けるさ。セニフ君も、ずいぶん立派な男になったものだ。」
「サニータ殿。お訊きしたいことがございます・・。」
「なんじゃ、もう、本題かい・・。」
「何を改まっている、ブロンジュール?何でも訊いてくれ・・。」
「・・私、ルシア=ルカ=エディナと申します。・・・もし、よろしければ、
教えてください、サニータ様。クロリス=コロナという者の名を、ご存知ですか?」
しばらく、沈黙が続いた・・。
「クロリス・・・、知らんなぁ。」
「ほぉら、言わんこっちゃない。どうすんだい、ブロンジュール?
なんだったら、お隣にエリースタシアなんて国もあることじゃし、
もし、今なら、特別に観光旅行にでも連れていってやろうかい?」
「・・・そう、ですか。」
「ブロンジュールの心辺りは、ここ以外にもあったはずだな。
・・それなら、そちらに行くべきではないか?」
「ディシューマ・・、そうですね。サニータ様、先を急ぎます。ルシア様・・。」
ルシアは、深く頭を下げて、セニフらとともに、その場をあとにした。
「・・セリューク。」
サニータは、小声でセリュークを呼んだ。
「なんだい・・、ぼそっと言うんじゃないよ。」
ルシアは、立ち止まったセリュークの方を向いた。
「大体、見当はついてるさ。若くて綺麗な女見て、我慢出来なくなったんじゃろう?」
「セリューク。話を・・聞いてくれ・・・。」
「ほら!!ちっとは気ぃつかいな。先に行くんだよ!!」
「何をしているんだ。・・行こう。」
ルシア達3人は、王城を後にした。
「セリューク様をおいて先へ・・?」
「それが、セリューク様の望んだことならば・・。」
遠くから出航の合図を知らせる鐘の音が響いた。
「急ぎましょう。出航の刻限です。」
グロートセリヌの国にたどり辿り着くと、ブロンジュールは2人を連れて、
その大聖堂へと足を運んだ。
「ここが、かの有名な、聖地―――グロシェ大聖堂・・。」
「では、入りましょう。」
ブロンジュールは静かにその扉を開き、中へと入る。
それは、小さなグリンディーノの聖堂とは比べられない程、立派な聖堂であった。
「・・ブロンジュールの知り合いというのは・・?」
「ええ、あちらの方でございます。」
ブロンジュールは、聖堂の奥へと進む。そして、その女性も、
ブロンジュールの姿に気付き、3人に向かって微笑みかけた。
「ブロンジュールさん、よく来てくださいましたね。」
「リネージュ様も相変わらずお元気そうでなによりで・・。」
「・・そちらのお二人は?」
「こちらが、セニフ様。そして、こちらが・・」
「ルシア=ルカ=エディナと申します。初めまして。」
「こちらこそ・・。そう、あのセニフさんが、・・・こんな立派に・・。」
「ブロンジュール・・、一体、このお方は?」
「そうですね、自己紹介が遅れました。私、リネージュ=フランシスと申します。
以前、ブロンジュールさんとはご縁がありまして、
・・あなたの事もよく存じています。」
「ベラ様は、・・グロートセリヌ王家に?」
「ええ。主人なら、今日は王家へお勤めに・・・。」
「話には聞いておりましたが、リネージュ様がベラ様と・・。
お祝いの辞を述べ損なってしまいました。おめでとうございます。
心から、祝福申し上げます・・。」
「そういうことなら・・、どうぞ、この子に言ってあげて。」
リネージュは、そう言って、その赤子を抱きかかえて、3人の前に戻った。
「これはこれは、なんとも、元気のよさそうな、男の子ではないか・・。」
「この子は、ディッシェムという名を授かりました。主人の希望ですけども・・。」
「ディッシェム君・・。」
それは、ルシアがディッシェムという赤子に近づいた時だった。
偶然だったのか、それとも理由があったかは分からない。突然、地面が揺れ始めた。
それは、しばらくの間続き、やがて収まった・・。
聖堂には、ディッシェムという赤子の泣き声だけが響いていた・・。
「大丈夫よ、・・・もう、収まったからね。・・ほら、大丈夫だから・・。」
「・・大きな、地震だったな・・・。」
「ルシアさん・・でしたね。あなたは、・・・いったい?」
「その質問の前に、私から訊きたいことがございます、リネージュ様。」
もしかしたら、この時には既に、何がこれから起ころうとしているのか、
ブロンジュールには分かっていたのかもしれない。
「―――オグトが、あなた方の前に姿を現したと、・・お聞きしました。」
それを聞いて、リネージュの顔はくもった・・。
「彼奴は、・・・知っていました。聖杖のことを・・・、私達が封じた事も。
この世に、あのような形で闇の住人が姿を現したことに、動揺はいたしました。
あの時は、主人とともに、討ちました、・・ですが・・・。」
「聖杖は、今もなお、彼の地に・・?」
リネージュは、静かに首を縦にふった。
「聖杖・・・。」
セニフは、ブロンジュールに問いかけた。
「それが、・・ブロンジュールと、この女性の接点・・・?」
「私達だけではなく、・・セリューク様、サニータ様、・・そして―――。」
リネージュは、悟った。その女性が何者であるかを・・・。
「・・あの子が、・・・聖杖を・・。」
「・・・話が、見えない。教えてくれないか?・・その聖杖というもののことを・・。」
「あなたに、・・話しても、いいの?」
セニフにはリネージュのその質問の意味がわからなかった。
「何故、そんなことを・・?」
「セニフ様には、まだ、誰も言っていないはず。あの聖杖のことは・・。
ならば、私が、話しましょう・・。
聖杖―――。かつての、私達の仲間・・、その1人の女性が持っていた杖。
今、その聖杖は、クリーシェナードの地に封じてあります。その力ゆえに・・。」
「聖杖の力・・?」
「かつて、ロッジディーノの地に、1つの国がございました。
その国を囲み、この地上において・・・、人間達は、戦をしておりました・・。
やがて、その聖杖を持つものが現れ、・・・手に携えし、聖杖をもって、
その戦を鎮めました・・。その女性と、その国の滅亡という犠牲のもとに。」
ブロンジュールは、目をつむったまま、話を続けた。
「人々は、恐れました・・。その聖杖を持つ者という存在を。」
「聖杖を・・持つ者・・。」
「そして、その聖杖を次に持つべき者・・・。」
「今、私が、あの子に出来る事・・。それは、コロナ=クロリスという者を
探すことだけと聞きました。・・ご存知ありませんか?」
ルシアは、そう問いかけた。
「ブロンジュール、あなたが、ここを訪れた理由がわかりました。
そして、・・・これから先、迎えようとする危機のことも。」
「コロナ=クロリス・・、もし、見つけられなかったならば、どうなると言う?」
「―――関わる全ての者の意思が消され、・・混沌とした秩序無き世になる・・・。
その時、ただ1つの希望が、コロナ=クロリスの加護を受けし聖杖を持つ者・・。」
「・・私は、・・・何も出来ずに、・・このまま、待つしか、出来ないの・・?」
「ごめんなさい。もう、私には、あなたを助けることは出来ません。
それに、・・・この子の為にも、私も、・・主人も、もう――― 」
ブロンジュールは、それ以上話すことを制した。
「気持ちは分かります。ですけども、ここで、これ以上、話して欲しくはない。」
「―――ごめんなさい・・、私、・・なんてことを・・・。」
「あなただけではありません。セリューク様も、それに・・・この私も―――」
「えっ?」
ルシアの手がその男に引っ張られた。
「ルシア、行こう。見つけだすんだ。コロナ=クロリスを・・。」
「セニフ様・・。」
「・・最初、漠然とした理由だけで、あなたについて来た。やっと、私は、
1つの自分への問いかけに、答えを見出す術を見つけた。
・・・あなたの、そして、――あなたの娘の運命とともにすること・・・。
ここに誓おう。・・どのような結末になろうと、私は、導き手となる。」
それは、静かな声だった。しかし、誰もが、その言葉の強さに圧倒されていた。
「2つに1つだ。・・私と行くか、・・諦めるか・・・。」
「私、・・・探しますわ、必ず・・。あの子のために・・・。」
「でも、これから、どうすれば・・?」
「ベラ=フランシス様の元へ参りましょう。」
別の場所からその声がかかった。それは、女性の声だった。
「・・・あなたは?」
「レクティと申します。よろしければ、私がご案内しましょう。こちらへ。」
「待て、・・私は、まだ行くとは・・。」
「行きましょう。今、私達がやるべきことは、ただ1つなのですから・・・。」
セニフは、ルシアに連れられて、レクティの後を追いかけた。
「・・・私も向かいます。」
「ブロンジュールさん・・。」
「・・・セニフ様の言葉。嘘偽りなどないのでしょう。彼自身が抱える運命にも、
恐らく勘付いていらっしゃる。だからこそ、・・この聖堂にいた者、
皆が、・・彼の言葉に、・・勇気付けられた・・・。」
「こちらの部屋へ。」
レクティによって、3人はその部屋に案内された。
「・・ベラ様、失礼致します・・。」
「その声は、レクティか・・。ああ、入ってくれ。」
その部屋の奥にいた男は、入ってきた3人を一通り見たあと、口を開いた。
「・・・お前の顔には、見覚えがある・・。」
「私を知っている・・?」
「セリュークのババァはどうした?」
「ここにはいない。」
「そうか、とうとう、この俺に、ババァも恐れを成したか。」
「相変わらず、セリューク様とは犬猿の仲のようですね、グロートセリヌ傭兵隊長殿。」
「・・クローグんとこのブロンジュールか。・・話が見えてきたぜ。
って事は、そこのお姉さんは、・・お前のダチ、ディテールの嫁か。」
「ええ、ルシアと申します・・。」
「ベラと言ったな。知っているならば教えてくれ。コロナ=クロリスという者の事を。」
「・・あん時のガキをこうして、俺の前に突き出すか・・。
レクティ・・、お前も、こいつを俺に会わそうって思って、連れて来たのか?」
「ええ。今のあなたに、是非とも、会わせたくて・・。ずいぶんとかっこいい事を
言ってのけたわ。―――運命の導き手になるってね。」
質問に答えそうにない、ベラにもう一度、セニフは問いかけた。
「知っているのか、知らないのか?」
「そう、あせるんじゃないさ。この際、セリュークのババァのことは抜きだ。
テメェの目が、気にいった。伊達に、あのババァも年くってるわけじゃあないな・・。
な、そうだろ?ブロンジュール・・。だから、お前も、こいつについてんだろ?」
「・・・知らないのなら、これ以上、話しても無駄だ・・・。」
「その口の叩き方も、あのババァ譲りか・・。何か、この俺が気にいらないか?」
「ブロンジュールと共に、これまで何人の者に同じ事を聞いてきた・・。
これは、私の勘違いかもしれない。だから、確かめる・・。
―――知らないのではなく、・・・関わりたくない。そういうことなのか?」
「それは、お前の勘違いでもなんでもないさ。その通りだ・・。」
「・・よくも、本人の前でそんな台詞を吐き捨てられるな!!」
「セニフさん、・・やめて。・・・私は、何も気にしてないから・・。」
「・・・ここに用はない。行こう。」
ルシアの手を引こうとするセニフを見て、ベラは笑い声をあげた。
「―――聖杖を持つ者のそばにいないならば、
・・聖杖の近くにいるんじゃないのか?」
その声に、セニフは、振り返った。
「・・・俺は、お前のことが気にいった。さっき以上にな。
俺には、守らなくちゃあならねぇもんがある。この国も、・・リネージュも。
俺とリネージュの意思を、受け継ぐ者としてふさわしい男になってくれと願って、
ディッシェムって名をつけてやった、あいつのこともな・・・。」
そして、ベラはマジメな表情をした。
「・・・お前の意思を忘れるんじゃない。それを忘れぬ限り、導き手になると決めた
お前を、導くなんてできやしない・・。だろ?ブロンジュール・・。」
そう言われたブロンジュールもまた、穏やかな笑みを浮かべた。
「たとえ、この命が尽きようとも、意思を受け継いでくれる者がいるならば、
・・・これ以上、望むものなどございません・・。そう思っているのは、
私だけではありません。セリューク様も、サニータ様も同じ・・・。」
「・・・みなさん・・。」
「―――クリーシェナード・・。私達が次に向かうべき場所・・・。」
「私は、その導きに・・従いますわ・・・。」
ルシアは、ベラに会釈し、扉へと向かった。
「・・セリューク様と仲が悪い、か・・・。よく理由がわかった・・。
セリューク様は、・・・真っ直ぐな、真っ正直な人を、酷く嫌っていた・・。」
「あのババァには、死んでも真似出来ないからな。いや、死なねぇか、
あのババァに限って。・・・嫌われてんだろ?お前も。・・・バカ正直だからな。」
「ご名答だな。・・・大きな声を出して、すまなかった・・・。」
そう言って、セニフもルシアの後を追いかける。
「待ちなさい・・。」
セニフは、レクティに手をつかまれた。
「・・・そうだったな、レクティ。セニフ、・・・お前は、ここに残れ・・。」
「どういう意味だ?」
「・・・あなたは、ここに残るのです。」
「そういうことさ。・・ブロンジュール。俺の意見を参考にするなり、どうなり、
お前の勝手にすりゃいい。・・・先に、お姉さんを連れて進め・・。」
「・・・勝手な人ですね、相変わらず。この私が、断れないことを知りながら・・。」
「早く、追いかけろ。見失っちまうだろ?」
「私も行く。ここで留まる理由などない!!」
「はっきりと言ってやる。・・・今のお前に、・・誰かを導くことなんか出来やしねぇ。」
「あなたの意思ははっきり分かりました。・・だからこそ、止めているのです。」
そう言う間に、ブロンジュールとルシアの姿は見えなくなっていた・・。
「何が、この私に足りないと言う?」
「―――もう1人の者の役目が終わるのを、今は待ちなさい。」
ルシアとブロンジュールは、再びグロシェ大聖堂に訪れ、一心に祈りを捧げていた。
「・・あなた方に、・・・神のご加護がありますよう―――。」
祈りの刻は終わり、ブロンジュールは立ち上がる・・。
「・・・向かいましょう。クリーシェナードへ・・。」
ルシアは、静かに祈りを続けていた・・。
「熱心なことよ・・。・・こんなにも、まだ若いというのに・・。」
その声は、ブロンジュールの背後からかけられた・・。
「自由に動き、生きていることを、楽しむ事が出来るのは、
・・・若い時の他にはないというのに。」
ルシアは、やがて、その声の主に向かい、こう答えた。
「心の中から、自分を見つめていれば、希望の光が、私を包み込んで、
とても安らかな気持ちになれます・・。たとえ、心を闇が覆うことがあろうとも、
心の光を絶やさぬように、生きていきたい・・、そう願っています。」
その老人は、そう言ったルシアに微笑みかけた。
「―――よい目をしておる。レクティの言葉に偽りはないようじゃな・・。」
「レクティ・・、あの女性をご存知なのですか?」
「クリーシェナード―――、港へ向かうなら、ついてくるとよい。」
「あの、・・あなたは・・?」
「グラッジ・・。ただの、お節介な老いぼれじゃよ・・・。」
ルシアとブロンジュールは、グラッジにストロヴィーノの港へと導かれた。
「この海の向こうが、クリーシェナードの地・・・。気をつけて行くとよい。」
「ええ。どうも、ありがとうございます。」
「まだ、礼を言うには、早い。」
グラッジは、ルシアにそのアミュレットを手渡した。
「今、わしがお前さんに出来る事は、それくらいじゃ。必ず、彼の地でお前さん方を、
助けるものとなるじゃろう・・。」
「これは・・・、グラッジさんの大切なものでは?」
「お前さんには、これを、託すだけの価値がある・・。そういうことじゃよ・・。」
「それなら、・・これを、お受け取り下さい・・・。」
それは、よく磨かれた手鏡であった。
「・・・なんと、立派な―――。」
「このアミュレットに比べれば、何の力もありませんわ。・・それでも、その手鏡には、
私が、グラッジさんへの感謝の想いを込めました・・・。」
「ル・・シ・・ア。・・お前さんの事は、このグラッジ、決して、忘れはせぬ。」
やがて、出航の刻となった。ルシアは、離れ行く船からグラッジに手を振っていた。
「―――ルカの紋章。・・古の賢者の品。・・・その想いに、応えなくてはならんな。
・・・この卑しき我が命を、全身全霊を注ぎ込み、必ずや、力となろうぞ・・・。」
セニフは、たった1人、レクティに連れられて、その建物に入った。
「・・私の力を、・・・引き出すとでも言うのか?」
「あなたに潜在的に眠る力を呼び覚まします。グラッジ様の武具を手にする資格を、
あなたが、持ち合わせているのかどうかを、調べる為に・・・。」
「・・グラッジ?・・・何者なんだ・・。」
「心を開きなさい―――。」
その淡い光を見た瞬間、セニフは何も分からなくなった。体中を、何かの力が縛りつけ、
全ての意思や理性が次から次へと奪われていくような感覚だった・・・。
気付いた時、セニフは、宿のベッドにいた。
「・・ここは。・・・いったい、何が・・・」
猛烈な虚脱感に襲われ、セニフは、再び深い眠りに落ちた・・・。
それから毎日、セニフは、時折戻る一瞬の意識の中のみで、生きていた。
夢か現実か、そんな違いを理解することなど許されないほどの刹那だった。
ただ、その一瞬に、セニフは、様々な光景を見た。ある時は、宿にいた。
最初の建物にいたり、王城や大聖堂にもいた。・・時には、レクティと2人で
歩いていることもあった。何も話せず、考える事も出来ない中、
その時のレクティの表情は、最初の時と違う、とても特別なものを見る目をしていた。
「待たせてしまったな・・。無事に送り届けた・・。」
「グラッジ様・・、私・・、もう、これ以上・・・。」
「一度休むとよい。随分、疲れた顔をしておる。言いたい事は、休んだ後に聞こう。」
「・・・ええ。」
やがて、セニフに意識が戻った。焦点があわず、しばらくの間部屋を見回していた。
「・・これは、・・・私の、意識・・・なのか・・?」
「しばらく、混乱したままじゃろう。すぐに慣れよう・・。わしの名はグラッジ。
ロベルタクスストーンの武具を鍛える技術を古より伝える者―――」
(100日目深夜)
「アンタとセニフ・・、運命って不思議ね・・。あんたも、
ディッシェムって名前に恥じないように生きなきゃね。」
「・・うるせぇ。・・・ちくしょう、なんて話を、しやがる・・・。
だいたい、お前。・・・ルシアらと離れちまって、どうすんだよ、これから?」
「・・・その時の私は、ちょうど、今のディッシェムと同じことを思っていた。
結局、今でもルシアとブロンジュールが、クリーシェナードで
何をしたか分からない。
ルシアが旅立った時の話も、・・・後に、グラッジから聞いた話を聞かせただけだ。」
「じゃあ何?レクティとの恋物語でも聞かせてくれるわけ?盛り上がるの?それで。」
「・・ご想像に任せるさ。夜が明けるまでに、記憶の限りのことを話そう・・。」
セニフの右手に装着されたクローは、不思議な光沢を放っていた・・。
「随分、慣れてきたようね。」
「ようやく、片手ならば自由自在に操れるようになった。
だが、両手で操るのも時間の問題だ・・。」
「そんなに、焦る事はない・・・。」
グラッジがセニフとレクティの近くへと歩いてきた。
「・・最初、レクティから話を聞いた時、正直、セニフ様にこいつをモノに出来るとは、
思うておらんかった。じゃが、セニフ様は、本当に強い信念をお持ちじゃ・・。
わしら、ただの人間には、・・・到底、かなわん程のなぁ・・。」
「行きましょ、セニフ様。」
「セニフ様は、仕事の手伝いもよくこなす、街の連中の評判もよい、腕も立つ・・。
レクティの親代わりとしては、是非とも、結ばれて、
幸せになって欲しいもんじゃよ。」
「もう、グラッジ!!何を言うの?!」
「最初の一言も、
これ以上彼の心を見続けたら私、
どうにかなっちゃう・・
、じゃったな。」
「・・・そんな声で言ってないわ・・。」
「言った事は認めるんだな・・。」
「2人して、私をいじらないで!!ほら、もう、早く行くわよ!!」
「ナルホドねぇ、・・・コンナコトして、ウツツ抜カシテルナンテね、あのガキが。」
その声は、突然、セニフの頭上から響いた。
「そのふざけた声・・、セリュークの傀儡、ティサートか。」
「セリュークに全部チクッタゲルから、覚悟シナヨ、クックックック。」
「ウルセェ、この野郎。さっさと、下ろしやがれ。キツいんだよ!!」
「ヤカマシイ!!ホラ行クヨ。トランスエリア!!」
セニフの足元に、その男が勢いよく落下してきた・・。
「痛ってぇな。なんて、乱暴な野郎だ・・。帰っちまえ、テメェなんざ!!」
「デカイ口叩イテル暇、無イダロウヨ。アア、帰ルサ!!トットト、強クナンナ。」
それを最後に、ティサートの姿が消えた。
「なんなんだ、あの、ムカつく、知能の低そうな話し方はよ?!」
「お前は確か、・・ディメナの王宮にいたな?」
「ん?・・そうか、お前が、セリュークの婆さんの言ってたセニフって奴か。
・・・どうした?他の連中もいるって聞いてたが・・。」
「名は、ティルシス=ディーリングと言ったな・・。」
「・・よく知ってるじゃねぇか。」
「セリューク様は?ディメナで、今、何をしているんだ?」
ティルシスは、突然、セニフにつかみかかった。
「それどころじゃねぇんだ!!とんでもねぇ奴が復活しちまった。
セリュークの婆さんや・・、修行施設の連中、いや、・・シオンが今も、戦って・・」
「どうして、お前はここにいるんだ?!一体、何が起こっているんだ?」
「セニフ様。まずは、落ち着いて・・。詳しくは私達の家で。」
「・・あの時、もう、・・復活していたとでも・・・言うのか?」
「夜、1人で修行施設から外を見てたときだった。ヘルクス、ラグナ・・、そう名乗った
2人が俺の前に現れたのさ。・・・マルスディーノが、復活したって告げる為に。」
「今もなお、マルスディーノを止めていると言うのか?」
「俺も、セリュークの婆さんと一緒に戦った!!
一撃、俺の剣を喰らわしてやった!!」
「どうして、・・・ここに来た?」
そう聞かれたティルシスは、3人の視線を一斉に浴びていた。
「・・マルスディーノの野郎に斬りつけた瞬間、気付いたのさ。
・・・俺の力なんざ、・・何の役にも立っちゃいなかった・・。
―――シオンらが、あんな、必死に戦ってるのに、・・俺には、
助けてやることも、出来なかった・・・。」
「それで、愛想尽かされてセリューク様に飛ばされた・・、そんなところか?」
グラッジは、ティルシスの長剣を抜き、丹念に見定め始めた。
「―――剣は、使い手を選ぶ。どんな名刀じゃろうと、資格無き者が振るえば、
その輝きは失われ、やがてナマクラ刀になる。・・・お前さんの言葉は嘘じゃな。
本当は、誰にも負けぬ剣の腕を持っておる。そう、この剣は訴えてきおった。
・・・こいつは、名刀じゃった。並みの剣士が持っていいもんじゃあない程のな・・。」
「だが、彼奴には通用しなかった・・。」
「・・闇の住人に通用する武具など、鍛えられる者はおらん・・・。」
「それでも俺は・・、強く・・、なりてぇ。」
建物が、細かく振動する。地震の周期は、日増しに短くなっていた。
「・・私は戦う。・・・ティルシス。お前は、強くなって、何を成す?」
「―――守ると誓ったもんを、守り抜く。」
「グラッジ・・、ロベルタクスの武具を、ティルシスに・・。」
グラッジは、静かにその不思議な光沢を放つ長剣を取り出した。
「かつて、わしがある使い手のために鍛えたもの・・。その者は、
まもなく闇に囚われ、堕ちた。
・・ロベルタクスストーンは、使い手の心に同調―――」
ティルシスは、グラッジから、ロベルタクスソードを奪った。
「話は終わっとらん!!話を聞かんか!!」
ティルシスは、ロベルタクスソードを両手で強く握り締めた・・。
「ちょ、ちょっと・・、大丈夫なの?!」
「・・・ティルシス・・。」
険しい表情を浮かべていた、ティルシスは、やがて、少しだけ、余裕の笑みを浮かべた。
「―――いい剣、じゃねぇか・・、よ・・。こいつなら、・・シオンを、守れる・・。」
「・・もう、ロベルタクスソードを、・・・モノにしたというのか?!」
「時間が、・・ねぇんだよ。―――セニフ、行くぜ・・。野郎を、ぶっ倒しに・・」
「行く・・?マルスディーノの元に行くのか?!」
「当然だ・・。」
「ムチャを言わないで。・・しばらくは、あなたの体はガタガタよ・・。死ぬわ。」
「・・・待ってろ、・・シオ・・ン―――」
それからいくらかの時が流れたある日の事。セニフは、その気配に気付いた。
「・・少し、外へ出る・・・。」
そして、セニフは、扉の外に待っていた、その姿を見た。
「お前は、・・ブロンジュールの式神。」
「セニフ・・・。クリーシェナードに参りなさい。準備が整え次第、ここに・・。」
セニフは、グラッジらの所へ戻った。そこには、ティルシスの姿もあった。
「刻限が・・来たようじゃな。」
「私は行く。止めても無駄だ。力が足りない事は承知している、・・世話になった。」
「セニフ様。最後に、1つだけ、わしから・・。セニフ様には、・・わしやレクティには、
引き出せぬ程の何かとてつもない力が、心の奥底に固く封印されております・・。
―――封印を解く術を持つのは、・・セニフ様、ご自身のみですじゃ・・。」
「ようやく、行く気になったか。・・・待たせるんじゃねぇぜ。」
ティルシスは、ロベルタクスソードを手に、セニフの横を通り過ぎた。
「・・・さっさと、やっちまうことだけ、やっちまえ。邪魔だろうから、ずらかるぜ。」
セニフは、軽くグラッジらに頭をさげ、そのまま、扉へ向かおうとした。
その背後から、レクティがセニフの体に抱きついて、止めた・・。
「―――必ず、・・戻って。・・・セニフ様を、止めることが出来ないのなら、
せめて、・・それだけもいいわ。―――約束して、お願い!!」
「・・大切な人を、・・傷つける事など、・・・しない。」
「ずっと、想ってる・・。セニフ様・・・、愛してる・・。」
「・・・分かってんだろ?お互い・・。もう、戻れねぇ事くらい。」
「―――覚悟の、・・・上だ・・。」
「あの婆さん・・何時になったらツラよこす気だ?!」
そして、2人が待っていた、その人物が突然、空間の裂け目から現れた。
「ちぃとは、・・・見れるツラになったようじゃな・・。」
「セリューク!!・・どうして、あの時、私達に何も言わなかった?!」
「どうして、お前みたいな青二才に、教えにゃならん?寝ぼけんじゃないよ・・。
さ、とっとと、ルカのお嬢ちゃんと、ボケ神父んとこ、行くよ。つかまんな・・・。」
「クリーシェナードで、・・・今、何が起こっているんだ?」
セリュークは、トランスエリアの詠唱の最後に、小声でこう言った。
「―――最悪な事じゃよ・・。」
3人は、やがて、クリーシェナードの地へと降り立った。
「ここが、・・クリーシェナード―――。おい、婆さん。」
セリュークが、がくっとひざを落とした・・。
「まさか、このまま逝っちまうなんて、言うんじゃねぇだろうな?!おい、婆さん!!」
「だぁれが、・・・婆さんだ・・。」
「モウ、ダメネ、コノ国ハ・・。」
「フィサート・・。説明してくれないか・・?一体、何がどうなっているんだ?」
「一回シカ言ワナイヨ。ヨク聞キナ。マルスディーノ、奴ハ、結局、
復活出来ナカッタノサ。ラストルの四使徒ヤ、セリュークが阻止シタノヨ。
アンタが、寝ボケテル間ニネ。―――デュークリューナヲ、アレダケ、
長イコトブッ放シテタノサ、・・イクラ、セリュークデモ、モウ、ダメダロうヨ。」
「デュークリューナ、・・あ、あのでっかい奴を、ずっとだと?!」
「セリュークのもつ、最大の召喚魔術・・。」
「ソウサ、モウ、セリュークニハ、デュークリューナヲ戻ス事スラモデキナイ。
・・大魔導師ノ名ガ、泣イチマウヨ、マッタク・・。」
「もう、戻りな・・。お前を遊ばせる余裕も、・・ないのさ・・・。」
フィサートの姿が空間に溶けていった・・。
「・・・セリューク。」
「同情なんかいらないよ。・・・どうせ、そんな気、失せちまうだろうからね・・。」
「・・どうあれ、あの野郎をぶっ倒したんだろ?一体、何が、・・最悪なんだよ?」
「―――ルカの嬢ちゃん1人で背負うにゃ、・・あんまりにも、荷が重過ぎたのさ・・。」
「クリーシェナードの王宮・・、ついたぜ、婆さん・・。」
「なんだ、この禍々しい闇の波動は・・。」
「・・・わしらと戯れてる間に、この国は、奴の毒気になめつくされてしもうたな。
恐ろしく、執念深い奴じゃよ・・。滅しても未だに、邪気が消えんどころか、
―――ますます、濃くなってきおったわ。」
「ここに、ルシアとブロンジュールがいるのか?」
「奴の式神に―――、・・聞く必要も、ないようじゃな・・。」
セニフとティルシスは、ロベルタクスの武具を取り出した。その邪悪な気配に、
異常なまでに反応して、激しい光を放っていた・・。
「見た目にゃ、どうみても、ここの王さんみてぇだが、・・・どけれねぇな、こりゃあ。」
「ふん、・・愚民か?なんだ、その目は・・。どかぬなら、消えよ―――。」
王の持つ、その杖から、妖しい光が漂い始める・・。
「何をする気だ?」
「ぼさっとしてんじゃないよ。ロベルタクスを、前にかかげな!」
あたり一面を、その邪気が取り囲む。セリュークの一言がなければ、
セニフもティルシスも、その波動から守られることはなかった・・
「けっ、効くかよ?!こっちから、行くぜぇ!!」
ティルシスの斬撃が王を捕らえる!!
「待ちなさい。あなたを、・・・行かせるわけにはいかない!!」
それは、ルシアの声だった。ルシアは、その右手には杖を持っていた。
「光魔導法・・、フラッシュリング!!」
「愚民共には、止められぬ。我に逆らう事など、出来ぬわ・・。」
王の姿はその空間に溶けて消え去った・・。
「どこだ?!どこに行きやがった!!!」
「・・・外です。このまま、クリーシェナード神殿に向かって・・」
「ブロンジュール!!奴は、・・何を企んでんだい?!」
セニフとティルシスがそばの窓をぶち破る。
「話は、追いかけながらだ!!行くぜ!!」
(101日目早朝)
私は、話の途中で気付いた。セニフが話してる事は、
私自身が、目の前で体験したことだって・・。気付かないふりをしてたけど、
それからの話の中に、リズノ達のことも出てきた。それで、やっと、私は、
ルシアのことを、信じてもいいんだって、そう思いだした。マルスディーノって奴が、
みんな悪いって、割り切れるんだって、・・そう考えようとしていた・・。
「―――その杖が、・・聖杖・・・。」
「今はまだ、ただの杖じゃがな。・・嬢ちゃんの選択に間違いはなかったさ。
・・・あんまりにも、残酷な選択肢じゃがな・・。」
「ルシア様の選択です。・・もし、あの選択をしていなければ、今頃、聖杖は、
永久に、聖杖を持つ者の手に渡ることはなかった・・。」
「・・セニフ様。・・・あの子の事は、あなたに託します・・。」
「―――どうやら、・・来ちまったようだな。」
不思議な光景だった。部屋一面を、不思議な淡い光を放つ液体が包み込んでいた。
「杖は、この手にある。・・闇の住人は、決して、触れる事など出来ない。」
「聖杖の封印を完全に解くことなど、何の加護も無き人間等には出来ぬ。
くく、・・覚えているぞ。偉大なるマルスディーノ様の初撃で、
コロナ=クロリスが、あのような、か弱き魔物の姿に変えられたと知った時の、
お前の絶望した顔はなかったな・・。」
「・・破邪のアミュレットに、近づけぬあなたに、何ができるというのです?」
「何もできやしねぇさ。最初っから、俺は、闇の住人共の触媒にされちまうだけの
身だったのさ・・。バルシド、ドミアトセア・・、・・他にもたくさんの野郎が、
この俺をぶち破ってこの世に出てきやがる・・。」
セニフとティルシスは、一切の動きを禁じられていた・・。
「お前達の叫びは、わしがみんな聞いてやってるよ。代わりに、ぶつけてやろう。
ふざけんな、テメェ!!俺がぶった斬る!!許すことなどできない。覚悟をしろ・・。
―――ったく、ルシアの覚悟を、何も分かっちゃいないねぇ。
・・あの娘は、命と引き換えに、聖杖を、1人で封印をすることを選んだのさ。
強い娘だよ・・。もし、そう選択しなければ、やがて、
加護もなき聖杖を持つべき者が、
封印を解こうとするや、数多の闇の住人に、滅される運命だったのさ。」
「それでも、私は、・・後悔しています。ルシア様を、・・亡くすことが、
・・・本当の、答えだとは、・・・思えないのです・・。」
「ブロンジュールさん、セリューク様、セニフさん・・、ティルシスさん・・。
・・・私、1人では、無理でした。―――雫の結晶を、いつの日か、あの子に・・・。
最後に、わがままを、聞いて。・・私の事は、あの子に、絶対、言わないで。
これは、あの子のせいじゃない。あの子が、誰にも憎まれず、恐れられず、
笑って生きられるように・・。いずれ、全てを・・、聖杖を受け入れることが
出来るようになった時、―――マーシャの・・、味方でいて、あげて―――。」
ルシアは、4つの雫の結晶の封印を解き放ち、セリュークはトランスエリアを唱える。
王の姿をした闇の住人の最期の不気味な笑みの後、―――その大陸は、死に絶えた・・。
2006/02/23 edited(2005/10/03 written) by yukki-ts To Be Continued. next to
No.30