[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

悲劇の少女―第3幕― 第18章

 (53日目昼)
「―――俺は、どこに・・・いるんだ?」
 俺は、冷たい床の上に倒れていた。
「・・・俺は、何してるんだ?」
 まだ、俺は、体中が麻痺していることに、気付いていなかった。
「ダメだ。目も・・・開かない。」
 右手に何かが触れた。感覚はなかったが、それに気付いた。
冷たい床に体温を奪われていたが、ほのかに温かみという感覚が戻ってきた。
「何か・・・ある、―――人?そうか、・・・シーナ?マーシャか?」
「・・・何、しているんだ?」
 男の声で、俺は、その考えが違うことが分かった。
「誰だ・・・お前は?」
「何も・・・見えない、・・・ここは、どこ・・・なんだ?」
「イガーアトルのスラム―――そうか、お前も捕まったみてぇだな。」
「イガーアトル・・・?」
「状況が分かってないみてぇだな。・・・俺達は、これから、
 イガーのところに、連れて行かれるんだ。」

「・・・どういうことだ?」

「あら?・・・起きたの?」



「ったた・・・、あれ、ここは?」
 長いこと眠ってたみたいだった。私の、見た事のない風景だった。
ほこりっぽい古いベッドの上で横になってたわ。
「痛っ・・、ダメだ、体が・・動かない。」
 ほんの少し首を横に動かしてみた。ちょっと動かすたびに痛みがはしったわ。
「―――誰も、いない。」

 小さな足音が、遠くから響いてきたわ。
「誰?・・・誰なの?」
 のどがかすれてて声が出なかった。それでも、足音は、近づいてきてた。
そいつは、部屋の中に入って、私の目の前を通り過ぎてった。
 私の姿には、気付かなかったみたいだったけど、私は、そいつを見た事があったわ。
「・・・イガー?」
 私は、なんとか体を起こそうとしてみたけど、どうがんばっても、
体が重くて、起き上がれなかった。
「いったい、どうなってるっていうの?」
 私は、ふと、ナイフがなくなってるのに、気付いたわ。
「奴ら、・・・ナイフが目的?―――しくじったわ。
 そんなことより、アーシェル、マーシャ。あいつらは、どうしちゃったっていうの?」

「俺は、覚えてるぜ。・・・シーナって名前だったな。」
「誰!?」
 そう口では答えたけど、私は、そいつの声を知ってた。
「誰たぁ、つれない答えだな。忘れちゃねぇだろ?俺だよ。」
「アトル・・・てめぇ、何のつもりよ?!」
「気分はどうだ?・・・最悪だろ?」
「ふん、お陰様でね。あんた、・・・ナイフ、くすねたね?」



「昔馴染みだからなぁ。・・・命は勘弁してやらぁ。
 ―――キレイな花に、トゲは似合わねぇ。」

「あんたらに関わるのは、もうヤメたって言ったの、聞いてなかったみたいね。」
「聞いちゃねぇな。また逢えて、俺はうれしいぜ。」
「どうでもいいわ!!あんた、マーシャはどうしたの?!」
「―――あの、もう1人の女か?」
「いくらあんたでも、マーシャに手ぇ出したら、焼き殺すよ!!」
「それなら、心配すんな。イガーが、責任をもって彼女を保護してらぁ。」
「・・・そう、ほんの少し安心したわ。あんたが関わってなくて。」
「聞いたぜ。シルバーガーゴイルごときにぶっ倒されて、
 その女と一緒に、ぶっ倒れてたんだってな。」

「え?・・・マーシャも?それ、どういうことよ?」
「手下どもが連れてきたんだ、俺は知らねぇよ。
 だが、聞いた話じゃ、マーシャ―――犯罪者だろ?つまり、俺等と同じ種族だ。」

「悪いけど、あんたとだけは違うわ。」
「・・・イガーの野郎が邪魔さえしなけりゃ、あの女を手に入れられたんだがなぁ。」
「やっぱり、そのつもりだったんじゃない。」
「俺は、イガーの言うことならなんだって聞いてやる。正直な男だからよ。
 代わりに捕虜をやるとは言ってたが、・・・それにしたって、いやぁ、
 もったいねぇ話だぜ・・・。」

「ホント、今でもなんで"裏切りのアトル"なんていわれてる奴が、
 イガーなんてのとつるんでられるのか、私には、わかんないわ。」

「いずれ、向こうの捕虜がこっちに来る。それまで、まぁ、ゆっくりと待つとするか。」
 アトルの奴は部屋から出て行ったわ。また、辺りは静まり返ってた。



 女の声だった。・・・それは、妙に幼い声だった。
「いい?あんたたちは、これから私達が、イガー様に差し出す、
 大切で貴重な奉納品なのよ・・・。下手に暴れたりしないでね。
 ・・・もっとも、まともに動けるわけなんてないけど。」

「・・・どういう、つもりだ?」
 その女が歩いてきた。鉄格子の音がした。どうやら、牢に閉じ込められてるらしい。
「あなたは、たしかアーシェルって人ね。
 本当は、あの憎たらしいジストラスの野郎を奉納するつもりだったんだけど。
 ・・・たまたま、あんな奴より価値のある犯罪者がいたから。」

「・・・それが、俺等だってこと・・・か?」
「正直いってあんなおじさん、どうでもよかったからいいんだけど。」
「そうだ!!シーナは?マーシャは?!」
「何言ってんの?それ、オンナの名前?・・・バッカじゃないの?
 今の自分の状況、分かっててそんなこと言ってるの?」

 もう1人の女が近づき、話しかけた。
「イガー様がお呼びだ。早くいけ。」
「分かりましたわ。それじゃあ、眠っててね。」
 その女は、牢の中に何かを投げ込んだ。何かの薬らしかった。
俺は、猛烈な眠気に襲われて、また眠りについた。



「新しく入ってきた手下というのは、お前達だな?」
「はい!!イガー様!!あの指名手配犯達をこの手でつかまえて参りました!!」
「そうか、なかなか腕が立つみたいだな。」
「はい、このエスティナ、必ず、イガー様のお役に立って見せます!!」
「覚えておこう。ちょっと席をはずすよ。」
「いってらっしゃいませ!!」
 イガーとよばれた、顔を布で隠していた青年のような風貌の者は、
長い髪をうざったそうにかきあげて、外へと出ていった。

「はぁ・・・イガー様。はやく、あの方と・・・。」






 (54日目早朝)
 私は、話し声で目を覚ました。
「・・・お、おぃ、大丈夫だか?」
「は、はい・・。」
「お、おれは・・・アトルのやり方、ついていけねぇだ・・・。
 ・・・仲間は見殺し、敵味方の区別もねぇんだ!!
 ・・・あんたらも、ひでぇめ・・・あわされるんべ。・・
 おれ、・・・みてられねぇ!!」

「・・・こ、こんなことして、だいじょうぶか?」
「このナイフを・・・奪ってきただ。・・・2本ある、・・・1本もて。」
「・・・はい。・・・きれいなナイフだな・・。」
 私はそいつらのナイフって言葉に反応した。
「それじゃ、あんたら、・・・反逆者?」
「ひやぁぁぁぁぁ!!」
「・・・何、びびってんのよ!!・・・ここよ、ここ!!」
 そいつらは私の声に気付いたみたいだった。
「って、逃げてんじゃないわよ!!」
「おっ、おっかさ~ん!!」
「もう、いいから待ちなさいって!!」



 その男達は、恐る恐るこっちの方を覗いてきてたわ。
「食べたり、吠えたりなんかしないわよ・・・。こっちきて!!」
 そいつらは、まだ警戒してるみたいだったけど、少しずつ近づいてきたわ。
「・・・あ、あんだ?・・だれだ?」
「―――シーナ。突然だけど、そのナイフ返してくんない?」
「ん、・・あんだのだかや?」
「あんだの。」
「そうだべか・・・、だども・・・悪いがかえせん。
 ・・・おれは、イガーのところさ、行って、これから人生、やりなおすだ!!」

 男は、ナイフを振り上げてそういいきったわ。
「無理ね。あんたら、間違えなくアトルに殺されるわ。」
「ヒィィィ~~。」
「ダメだこりゃ。―――わたしに、そのナイフ、くれたら・・・護衛したげる。
 ・・・ここは、ほこりっぽくていやだし、イガーのところに私も用があるから・・・。」

「・・・う~~。」
「何よ?・・・腹でも痛いの?」
「―――ちょっとだけ・・。」
「ったく、情けないわね・・・。ま、大丈夫。きっとなんかの偶然で、
 私達、出会ったに違いないわ。―――ついでにアトルの奴に一泡ふかせてみない?」

「で、でぎるのか?・・・あんだに?」
「任せろってのよ!!」
「仲間は多い方が心強いだ!!・・・ほんだ、このナイフ、あんだのだ。」
「―――あんた、もう一本は?」
「・・・あん?一本じゃ、・・・だめだか?」
「わたしは、二刀流!!―――分かる?」
「2、2本も使うだか?!」
「つべこべ言ってんじゃないわよ!!」
「・・・ほんだ、しがたがない・・。」



 私は、そいつらから受け取った2本のナイフに、思いっきり魔力を込めた。
ナイフから、よみがえったみたいに炎が吹き上がったわ。
「・・ん、あ、アラララら・・・・」
「―――な、なに、腰抜かしてんのよ?」
 私は、ベッドから跳ね起きたわ!!
「よっしゃ!!元気復活!!!」
「あ、あの・・・。」
「え?」
「お、おれら、ぶ、武器は、どうするだか・・・?」
「知らん。」
「ん、んなぁ?!」
「ま、仕方がないわね。私が護衛したげるんだから。ついてらっしゃい!!」
「・・・ほ、ほいで。」
「まだ、何かあるの?」
「―――名前聞かないだか?」
「別に興味ないわ。」
「よ、呼ぶのに不便じゃないだか?!」
「いいわよ、別に。呼ばないし。そんなに、呼び名が欲しいんだったら、いいわ。
 それじゃ、あんたはこれから、ロギートって名前ね!!呼びやすいし、決まり!!」

「・・・な、なんで知ってるだか、おれの名前?」
「んじゃ、ロギート・・・と、そっちにいる奴ら。ついてきな!!」
「ほいきただぁ!!」
 なんだかわかんないけど、とにかく私はそこから離れたわ。

「いい?これからやることをもう一度言うわよ。
 ・・・イガーのスラムにつかまってる奴を、逃がしてやるの。わかった?」

「・・・そ、そんなこと・・・、していいんだか?」
「じゃ何よ?―――あんたらはさっき、何したって言うの?」
「・・・そ、そうだ!!逃げたんだ!!」
「なら、問題なしってことね!!」
「そ、そうだか?」
「さぁ、走る走る!!」



 エスティナは階下からの物音に気付いた。
「・・・あら、イガー様のお帰りかしら?イガー様!!お帰りなさいませ!!」
 エスティナはスキップで階下へ下りていった・・・。
「―――イガーさま・・?」
 突然、猛烈な眠気に襲われた・・。
「ね、眠い・・・、ど・・・どうなってるの?」
 薄れ行く意識の中、何者かによって、牢が開かれている事に気付いた・・。
「そ、・・・そんな・・。」
 完全に、意識がなくなってしまった。
「・・・イガーの連中の事だから、薬には強いと思ったんだがなぁ。」
「こいつ、・・・どうやら新入りらしいですぜ。」
 牢屋の中に何人かが入ってきた。
「―――こいつが、あの賞金首?」
「ヴァルゼッタ様、・・・こいつが、アーシェルって野郎ですぜ。」
 ヴァルゼッタと呼ばれた男は勝ち誇ったような表情を浮かべている。
「・・・よし、連れてくぞ。」
「よし、そいつを連れ出しちまえ!!」
 あとには、エスティナ1人が残されていた。






 (54日目朝)
 私達は、物陰にかくれてそいつらの様子をうかがってた。
「誰よ・・・、あいつら?」
「な、なにがだ?・・・シーナの姉貴ばかり見て、少しも見えねぇだ。」
「姉貴?なれなれしいよ、ちょっと、あんた・・・。」
「あ、あれはっ?!」
「ちょ、ちょっと!!大きな声なんか出してんじゃないわよ!!」
「ヴァ、ヴァヴァヴァヴァルゼッタの奴だかぁ!!」
「ヴァルゼッタ?」
「・・・他にもいろいろな連中がいるだかや。」
 私は、そのヴァルゼッタって奴をもっとよく見たわ。
「―――あんな奴、私、知らないわよ?・・・ま、いいや。
 あんたたち。先に行っててくんない?」

「あ、姉貴?!」
「あいつらを、追いかけるわ!!」
 私は、ロギートらをおいて、そいつを追いかけていったわ。
私の中で、何か、こいつの様子がひっかかってた。



 ロギートらは、それから、仕方がなくイガーの砦へと侵入した。
その内部は、恐ろしいほど静まり返っていた。
「ど、どうなってるんだか?・・・だ、誰もいないだか?!!」
 どうみても逃げ腰だったが、そのまま先に進むより他になかった。
「ろ、牢屋は・・・どこだか?」
 そこで、通路に倒れている、一人の女を見つけた。
「お・・・お、お姉ちゃん?―――ど、どうしたんだか?!
 だ、だだだ、だいじょうぶだかぁ?」

「あ、あなたは・・・白馬にまたがった王子様?」
「は、はぁぁ?な、なに・・・?!」
 突然、ロギートは首を締め上げられた。
「違うの?」
「な、なにするだかぁ?!!」
「何よ、お前は?!ムサくるしい顔に格好なんかしてんじゃないわよ!!」
「い、いぎなり、く、くび・・しめて・・・・ムサくる―――う、うぶぷ。」
「―――え?あ、あなた・・・。」
 ロギートは、完全に呼吸を止められていた。
「ど、ど、どうしてくれるのよ?!!」
「げぇ、げぇ・・・。な、なにが・・・だか?」
「イガー様に、―――イガー様に献上するために、このエスティナが、
 命懸けで、・・・死ぬ思いで捕まえてきた捕虜を・・・に、逃がすなんて!!!」

「・・・ほ、ほんな・・、おれは、しておりませ・・」
「ムサくるしい!!・・・返せ。」
「あんだなぁぁ、してないたら、してない・・」
「あぁぁ!!もう、ここか?こっちか?!それとも・・・ここかぁぁっ!!!」
「や、やめでぐれぇぇぇ!!」

 エスティナは、急にパッと離れた。
「―――なんだ、違うんなら、早くそう言えばいいのに、ムサくるしい・・。」



 ようやく、騒ぎは落ち着いたようだった。ロギートは黙り込んでいる。
「で、あんた、だれ?」
「―――んなことより、牢屋・・・どこだか?」
「・・・あんた、ソンナ事私に聞くの?!この私が答えるとでも?」
「答えられないだか?・・・なら、いいだか・・」
「ちょちょ、ちょっと?!私はねぇ、イガー様の手下―――そう、
 一番の手下なのよ!!ろ、牢屋の場所くらい、知ってて当然でしょ!!!」

「・・どこだか?」
「ここよ、ここ。」
 エスティナは、勝ち誇ったように、ロギートの背後を指差した。
「こ、ここだか?・・・わかっただ。ありがたや。」
「・・・ったく。なんで、こんな目の前にあるものが見えないわけ?―――」

 ロギートは、再び首を締め付けられた。
「ぐ―――ぐぷぷ、な、なに、す、するだ・・・か?」
「・・・あ、あんた・・・まさかあんたが?!―――どうしてくれるのよ!!
 イガー様に・・、あぁ、イガー様に!!イガー様にせっかく献上しようとしてた、
 ほ、捕虜を逃がすなんてェェェェ!!」

「・・・ほんに、してな、ない・・・ないだ・・・。」
「ムサくるしい!!・・・返せ!!どこに隠したのよ?!
 ・・・あぁ、ここか?・・・それとも、ここか!!!それとも・・・ここかぁぁ?!」

「や、やめでぐれぇぇぇ!!」
 しばらくして、2人は離れた。
「そういえば、やってなかったとかそんなこと、言ってたわね。ムサくるしい。」
「・・・。」
「はっ!!そんなことしてる場合じゃないわ!!イガー様、もうすぐ、帰られるわ。
 ど、どうするのよ?!こ、こんなところ・・・み、見られたら。
 わ、私・・・どうすればいいっていうのよ?!!」

「た、たいへんだか~~。」
「アンタの責任だからね!!もしも、逃げたら・・・その時は!!」
「わ、わかった・・・にげねぇだぁ。」
「わかったなら、はい、私についてらっしゃい!!」



「―――ん?誰だ?!そこにいるのは!!」
 突然、とても鋭い声が通り抜けました。
「誰よ?!」
 2人が顔を見合わされた時、お互い、とても驚いていました。
「シーナ!!」
「イガーじゃない?ちょうど良かったわ・・・。あんたに用があるの。」
「用?・・・いったい何だ?」
「アーシェルとマーシャ!!返しなさい!!」
「知らないな・・・。」
「待ちなよ!!・・・聞いてんのよ、私は!!マーシャは、あんたが保護してるって。
 おおかた、アーシェルの奴も、あんたのとこにいるんでしょ!!」

「・・・準備がいいな。そこまで、分かっているのか。」
「諦めな!!いくらあんたでも、許さないよ!!」
「争いは嫌いだ。―――1人は、・・・この娘か?」
 私は・・・イガーさんの背中で眠っていました。
「・・・どうする気よ?」
「可愛い子じゃないか。・・・とてもアトルが言うような犯罪者とは、思えない。」
「アトルの野郎なんかと一緒にすんじゃないわよ!!バカにしてんの?!」
「だから、私はアトルからこの娘を譲り受けた。
 ・・・アトルならこの娘をどう扱うかわからないからな・・。」

「全く同感よ。ちょうどいいわ。・・・その子、返してもらえないかしら?」






 (54日目昼)
 私は、ヴァルゼッタの奴の後を追いかけてった。
でも、いつの間にか、あいつらの姿は消えちゃってたわ。
「み、見失っちゃった?・・・ま、いいか。」
 私は、昔の記憶を頼りに、イガーのところに戻ってった。
そこで、私は、イガーの奴―――それに、マーシャと再会したの。

「・・・ついて来るといい。」
「まぁ、いいわ。どうせ、アーシェルのこともあるんだし。」
「勝手にすればいい。」
 イガーの奴の背中で、マーシャは幸せそうに眠ってた。
「・・・マーシャを、どうする気だったの?」
「シーナが来なければ、・・・私の下で働いてもらっていたかもしれないな。」
「ま、私の目の前で、・・・そんなことが許されるなんて思ってないわよね?」
 私は、イガーの部屋まで上がってきた。
「人数は、間に合っている。」
「じゃあ何?間に合ってなかったらいれるっての?」
 イガーの奴は、その答えを言わずに、小瓶を私に渡した。
「あとの、その娘の面倒は、シーナに任せる。」
「何よ・・・このビン。―――毒薬?」
「毒も時には、最良の薬となることもある。」
「・・・あんたの冗談って、まともに受け取っていいのかどうか、
 ホント、わかりづらくて困るわ・・・。」

「・・・牢を見てみるといい。そこにいるなら、考えてみよう。」



 俺は、妙な振動で目を覚ました。そして、低い話し声を耳にした。
「―――ヴァルゼッタさんよ?・・・とっとと、殺っちまいましょうや!!」
「兄貴には悪いが・・・、たまには、こうして稼がねぇとなぁ。
 お前ら、いいか?ぜってぇに裏切んなよ。」

 いっせいに、そこにいる者達がナイフを取り出した。
俺は、まだ気絶しているふりをしつつ、絶望的な状況であることに気付いた。
「お待ち下せぇ、・・・なんか、聞こえやせんか?」
「―――なんだ?・・・誰かいるのか?」
 俺は、もう生きた心地がしなかった。
「誰だ!!・・・そこに隠れてやがるのは!!」
「ん?・・・誰だ?」

 茂みから、2人が現れた。
「ヴァ、ヴァヴァヴァヴァ・・・ヴァルゼッタ!!・・・あ、あ・・あわわわ。」
「なんなんだ?・・・貴様?」
「ヒャアアア・・・。」
 そんな男の横から、女が前へと出てきた。
「ったく・・、役に立たないんだから。―――アンタ達!!・・・覚悟しなさい!!」
 その女は、辺り一面に何かの粉をばら撒いた。
2人の方に近づいてきた連中が、その粉をいっせいにかぶり、吸い込んだ。
「な、なんだ、こいつら・・。」
「こいつは!!・・・まさか、―――しまった、逃げろ!!麻痺しちまう!!」
「ダメだ・・・、しびれてきやがった。こいつ、・・・イガーの連中か?!」
「アンタ達!!覚えとく事ね!!イガー様の右腕、
 世紀の美少女、エスティナ様とは、―――私の事よ!!」




 そう言ったエスティナという名の女は、突然倒れこんだ。
男の高笑いが、辺りに響き渡った。
「悪ふざけが、過ぎたな・・・貴様。」
「イガー・・・さま。」
「うっとうしいのは、嫌いでねぇ。よく覚えておけよ、・・・イガーの右腕―――」

 俺は、ヴァルゼッタの奴の背後から、殴りつけた!!
「・・・てめぇ、だ・・・誰だ?!」
「しばらく、黙っておくんだな。クォーリッジダウン!!」
 その魔法が効いた瞬間、ヴァルゼッタから殺気が消えた。
「―――この俺が、・・・まさか、殴るなんてな・・・。」
 俺は、倒れこんでいる女に近づいた。
「大丈夫か?・・・どこか、ケガして―――」
 意識が急に遠くなるのを感じながら、俺は、地面に倒れこんだ。
「・・・バカね。私が、あの程度で気絶するわけないじゃない。
 とっとと、帰ってきなさい!!」

「お、お前・・・。」
 俺は、意識を失い、眠りについた。
「これでよしと。捕虜も奪い返したし。―――さ、急いで帰るわよ!!
 ・・・あ、あれ?あいつ・・・いない。―――別に、いいけど。」

 ロギートの姿は、この時、既に消えていた。



「・・・こ、これは・・、どう言うことだ。」
 イガーの奴に連れられて、牢の前まで来た時だったわ。
「誰か、誰かいないのか?!」
 誰からも、返事はなかった。
「―――どういう事だ・・・。」
「アトルの奴に、してやられたんじゃないの?」
 私がそう言ったとたん、さっきまでのイガーの顔がまるで別人に変わった。
「・・・言っていい事と、悪い事・・・ちゃんと、分けろ!!」
「あ、あんた、怖いわよ・・・、ちょっと。」
 イガーの奴は、すぐに奥の方へと早歩きで進んでったわ。
「・・・エスティナが、いない・・。」
「エスティナ?・・・誰よ、それ。」
 もうイガーの奴は、何もしゃべらなかった。・・・右手が震えてた。
「ちょ、ちょっと?・・・イガー?」
「―――アトルッ!!」
 イガーは、そこらへんにあった、暗殺用の武器を体中に装備し始めたわ!!
「ちょ、ちょっと!!あんた、まさか・・・アトルを殺るつもりなの?!」
「・・・私の手下に手出しした。―――半殺しじゃ、済まないよ・・・。」
「ねぇ?あのさ、争いなんか・・・嫌いじゃなかったの?ちょっと、聞いてんの?!!」
 イガーは、完全にキレてた。
「あ、あれ?―――シーナさん!!・・・おはようございます。」
 マーシャが、イガーの部屋から下りてきたみたいだった。
「あ、おはよう。のんきな事言ってんじゃないわ!!」
「・・・何かあったのですか?」
 私は、まだちょっとねぼけてるマーシャに目を合わせて話しかけた!!
「戦争が始まるわ。」
「―――え?」
「あぁぁ!!もういいわ、早く!!」

「あなたたち・・・誰?―――侵入者?」
 外から、女の声が聞こえてきたわ。






 (54日目夕方)
「あ、あんた!!ここの人間?!いい?落ち着いて聞いて!!
 イガーの奴が、キレたわ!!キレちゃったのよ!!!」

「まずは、あなたが落ち着いてみてはよくなくて?」
「そうですよ。一番、あわてているのは、シーナさんですよ?」
「アンタたち!!イガーの恐ろしさ・・・わかってないの?!
 イガーとアトルが殺りあったら―――世界が滅びるのよ!!」

「そんな・・・。世界が滅びてしまうのですか?」
「このエスティナ。例え世界が滅んだとしても、イガー様についていきますわ!!」

 この2人の壊れっぷりに、正直いってあきれ返ってた。
でも、そこで、あることに私は気付いたわ。
「あんた?・・・エスティナって、まさか、あんたのこと?!」
「そ、そうですわ。」
「そうですわ、じゃないわよ!!ちょっと、あんた!!
 早く!!あんただけなのよ、イガーの奴を止められるのは!!!
 もう、いいから、とにかく!!追いかけるわよ!!!マーシャも!!!」

「は、はい!!」



 私達が、駆けつけた時には、もう、始まっていました。
「あっちゃぁ・・・、もう、イガーとアトル、始めちゃってるわね。」
「アトル!!―――とうとう、この私も裏切ったようだな!!」
「俺が何かしたって言いてぇのか?イガー。
 だったら、言わしてもらおうじゃねぇか。お前らは、
 よこすって言った捕虜も、よこしゃあしねぇだろうが!!」

「誰が、捕虜を渡さないと言った?手下を―――エスティナらに危害を加え、
 牢に入れていた者を逃がしたのは、お前たちじゃないのか?!」

「手下だと?手下どもをやりやがったのは、テメェらだろう?!
 ・・・帰った野郎どもは、はっきりと言いやがった。
 薬をバラまかれて、動けなくなっちまったってな。
 ・・・ヴァルゼッタの野郎どもに、恨みがあるのかどうかは知らねぇが、
 この落とし前は、どうつけてくれるんだ?」

「とにかく私は知らない。・・・だが、お前なら、嬉々としてやりかねない。」
「俺が、そんなことする野郎だと思ってたのか、貴様?!」
「ようやくこの私の前でも、本性をあらわしたな。死ぬ覚悟は出来てるね?」
「死ぬ覚悟だぁ?!お前だろうと許さねぇぞ!!ぶっ飛ばされる覚悟してろよ!!」
「ね、ねぇ!!ちょ、ちょっと・・・やめなよ!!!
 ただでさえ迷惑なあんたらが、喧嘩なんかおっ始めたら、どうなるってんのよ?!」

 そういいながら、シーナさんは、ゆっくりあとずさりしていました。
「シーナ、貴様は黙ってろ!!」
「シーナ、・・・あんたは関係ない!!」
「準備はいいだろうなぁ?!」
「こっちから行ってやろうじゃないか!!!」
「―――イガー様。」



 そこに現れたのは、エスティナだったわ。
「エ、エスティナ?」
「なんだ・・・テメェは?!」
「私は、ここにいます。」
「お?これでいきなり・・・俺の疑いは晴れたってわけだなぁ、イガーよ?
 だがなぁ、どうしてくれんだ?ヴァルゼッタの件はよぉ?」

「私は、知らない。」
「イガー様、―――捕虜を逃がしてしまったのは、私のせいです。
 だから、・・・私は、捕虜を取り戻そうとして―――。」

「いいんだ。お前が、無事だったのなら。」
「ヴァルゼッタ達に・・・薬をばらまいたのは、本当です。」
「ほら、どうだ?!―――もう、観念したらどうだ?!
 手下どもの言った通り、やったのは、お前の手下だったじゃねぇか?!」

「でも!!・・・捕虜を奪ったのは、―――ヴァルゼッタ達です。」

 アトルの奴が、ナイフを持ってエスティナの首元に近づけた!!
でも、同時に、イガーの奴もアトルが何かをすれば、すぐ、殺す準備が出来てたわ。
「今、なんて言った?」
「・・わ、わたしは・・・。」
「アトル。観念するのは、お前の方だ。私達も・・・これまでだな。」
「おい、イガー。この俺に、こいつの話を信じろって言いてぇのか?
 この俺が誰かわかって、そんな口たたいてやがるんなら―――。」

「エスティナに手を出してみろ。・・・ついでに、あんたも死ぬ。」
「もう、なんでこんな面倒なことになるわけ?!
 だいたい、薬バラまいたとか、捕虜奪ったなんて言ってどうすんのよ?!」

「ど、どうなるのですか?」
「とうとう、イガーアトルも分裂・・・ま、そんなとこじゃない?」
「そ、そんな他人事みたいに!!」

「その女の言うことは、間違いない。」



 俺は、そんな面倒な場面に巻き込まれたようだった。
「ちょ、ちょっと?!な、なんで!!」
「アーシェルさん!!」
「あ、あんたのこと・・・忘れてた。」
「人を気絶させておいて、忘れるってのはどういうことだ?!」
「わ、私1人で、このか弱いエスティナ様があんたを運べるわけがないじゃない!!」
「だが、俺は間違いなく、そのヴァルゼッタという男達に・・・。」
「捕まったっての?あきれるわ、まったく。」
「テメェら・・・揃いもそろって、俺を―――。」
「だが、アトル。それなら、肝心の・・・ヴァルゼッタはどこにいるんだ?」
「・・・そういえばそうよ。あんたの手下達は、どう言ってんの?」
 シーナや他の人間の視線は、1人の男に向けられていた。
だが、その男は、何も口にしようとはしなかった。

「エスティナ。」

 突然、現れたその男を見て、そこにいたほぼ全員がいっせいに言葉を口にした。
「貴様は・・・レイガル。」
「ザヌレコフ盗賊団が、何の用だ?」
「ちょ、ちょっと、これって・・・チャンスじゃない!!」
「こ、声を出さないでください!!あ、あの人は、ザヌレコフ盗賊団なのですよ!!
 もしも、見つかったらどうするんですか!!せっかく、ここまで隠れたのに。」

「シーナ、自分から無意味に危険に首をつっこむんじゃない。」
「な、なんで、あんたがここにいるの?」

「イガー様。・・・私が、正体を明かす前に、ひとつ、質問しても構いませんか?」
 そんな時、レイガルに呼ばれた本人の、エスティナが口を開いてたわ。

「前から、まさか・・・って思っていたのですが・・・、
 ・・・イガー様ってひょっとして、―――男では、ないのですか?」







 (54日目夜)
 イガーもアトルも、私もただ爆笑するしかなかったわ。
「見たらわかるじゃん!!何言ってんの?それとも、今の今まで、
 まさか、男だとか思ってたわけ?!あ、ありえないわ。」

「しかし、このじゃじゃ馬娘が、男か?!こりゃ、笑えるぜ!!!」
「アトル!!笑い過ぎだ。それ以上笑うと、し、死ぬことになるぞ。」
「もう、ダメだ・・・力が、入らんねぇ―――。」
 アトルの奴は、持ってた武器も手から落としてた。
「あ、あのアトルの奴から、武器を落とさせるなんて・・・。」
「もし、それが・・・本当なら―――。」

 エスティナは、急に2人の前から、消えたわ。
「・・・エスティナ?」
「―――私、本当に・・・イガー様を、スキになりかけてたのに。
 ・・・いったい、なぜ、ここに来られたのですか?レイガル様・・・。」

 エスティナは、レイガルのそばに立っていたわ。
「・・・盗賊の仲間ってぇことか?」
「エスティナ、お前に任せるのが、心配になった。
 男と女の違いも見分けられないとはな・・・。」

「それは、そうと・・・、盗賊風情が何の真似だ?
 このスラム内で、勝手な行動をして、・・・どうなると思っている?」

「そうか、気に入らないか。それなら、俺と、このエスティナ、
 そして、イガー、アトル・・・お前達のスラムに紛れ込ませた、
 俺の手下どもを、ディシューマ連合―――殺し屋のところに連れて行くといい。」

 イガーの手下の中から、何人かがレイガルのところに出てきた。
「お、お前達・・・。」
「上等じゃないのよ。この私が連れてって―――」
「あぁ、もういいから、お前は関わるな!!声も出すな!!!」
 私達が、そう陰で騒いでる時、なぜか、誰も、その通りしようとする奴はいなかった。



「な、なんで・・・誰も、あいつらを捕まえようとしないの?
 ザヌレコフ盗賊団よ!!私・・・こいつらさえいなけりゃ、絶対、
 殺し屋につきだしてやんのに。な、なんで?チャンスじゃない!!」

「・・・俺達に、―――殺し屋に突き出せか。」
「盗賊風情にしては、度胸のあるセリフだな。名の通った大盗賊だけはある。
 ・・・その言葉の、真の意味はなんだ?」

「真の意味?・・・足が洗いたいってだけじゃないの?」
「お前達は、殺し屋を・・・忌み嫌ってる。そうだろう?」
「・・・俺にとっちゃあ、軍部の連中が指名手配してるような野郎を
 捕まえるようなことに、協力なんかしたくねぇんでなぁ。」

「真の意味は何だ・・・と聞いている。」
「レイガル様?そんな、はずは・・・。」
 そう言ったのは、エスティナの方だった。
「だ、だって・・・あいつら、ヴァルゼッタらは、強奪した捕虜を、
 殺し屋のところに、連れて行くって。だから、こいつらは・・・。」

「ヴァルゼッタが・・・だと?」
「どうせ、ここにいるのは、ディシューマ軍部にとってみれば、皆同じ指名手配犯だ。
 ・・・つまらない、利害関係はなしにしよう。
 ―――ヴァルゼッタ。奴は、ディシューマの・・・スパイ。黒幕だ。」




 その言葉に、そこにいた全員が、いっせいに黙り込みました。
「ありえない話じゃ・・・ないわね。」
「おい、・・・この俺の、手下が―――軍部の人間だと?」
「アトル、待て。・・・レイガル、利害関係なしと言ったな?それは、本当だな?」
「話をすれば長くなる。本来、俺達はこのスラムとは何も関わりあいはない。
 お前達に話そうと、話さまいと、俺達にはどうでもいいことだ。
 だが、・・・俺達は、手下の2人を、ヴァルゼッタに―――殺られている。」

「なぜ、レイガル様は・・・そんなことを?」
「イガー、アトル・・・お前達が忌み嫌う殺し屋。その原因は、なんだ?」
「なんでも分かってるような顔してんじゃねぇ。
 俺は、軍部の腐った野郎どもと、あのジストラスの野郎が許せねぇだけだ!!」

「そうだな。ジストラスは、実の妹をかばった・・・、
 軍部の実験データを盗み出した、スパイの容疑がかかっていた・・・。
 だが、それは、盗み出したところで、何の意味もなかった。
 データが外部に漏れる事はなく、軍部から持ち出したこと、それだけが分かる。
 ―――アトル、その時・・・ヴァルゼッタは、何をしていたのかわかるか?」

「・・・何を・・・していた・・・だと?」
「ヴァルゼッタ―――奴は、軍部の中枢にいる者。研究員だ。」
「研究員・・・?」
「レイガル様。・・・私達のいない間に、それを―――?」
「・・・長い間、お前達だけで、探し続けていた。俺が、それを見捨ててどうする?」
「だが、証拠が・・・ねぇな、その話は。」



 アトルの奴は、やっぱり、信じる気はないらしかった。
「盗賊。・・・茶番は終わりだ。お前らの話を信用する理由がどこにあんだ?」
「どこにもないだろうな。手下を裏切る理由にもなりはしないだろう。
 ―――ヴァルゼッタに捕まったのは、3人。1人は、その容姿、声や性格までも、
 他人になりかわることの出来る奴だった。だから、逃れられたのだろう。
 俺達の目的は、奴を奪い返すこと。・・・ただ、それだけだ。」

「レイガル・・・様。」
「まだ、・・・期日までには時間がある。―――エスティナ、他の者もだ。
 お前達は、もう、先に行け。ヴァルゼッタのところだ。」

「ヴァルゼッタの所・・・?」
「―――軍部に入るのか?レイガル!!」
「行け。ここには、・・・いなかったのだろう?」
「はい、レイガル様。」
「・・・テメェは、・・・いったい。」
 私はその時、マーシャとアーシェルをせかして、とにかく、そこを逃げ出した。

「―――俺は、ザヌレコフ盗賊団。」



「・・・つい、聞き入っちゃった。」
「最後まで聞いていなくても、よかったのですか?」
「よくよく考えてみれば、私達、もう3人そろってたのよね。
 旅の目的を忘れかけるところだったわ。それに・・・あのレイガルって奴。
 だんだん、殺気が、普通のザヌレコフ盗賊団に戻ってったから。
 最初は、安心しきってたんだけど、あのままいたら、・・・たぶん、こっちに、
 狙いを切り替えてたわ。油断もすきもないわよ、全く。」

「シーナ・・・、それにしても、あのレイガルという男は・・・。」
「―――あの目を見たらわかるでしょ?・・・本気よ。盗賊なんかのじゃないわ。」
「どうするんだ、これから・・・?」

「・・・もう、暗くなってきたわね。いいから、ついて来て。」






 (54日目深夜)
 辺りはもう、真っ暗で、何も見えませんでした。
でも、シーナさんは、ある建物まで、まっすぐ歩いていきました。
 そして、シーナさんは、ドアをたたきました。
「・・・リサお姉ちゃん!!ここをあけて!!」
 明かりが灯りました。
「―――こんな夜中に、どちら様?」
 扉がゆっくりと開きました。
「リサお姉ちゃん!!」
「・・・シーナ?もしかして、あなた!!シーナなの?!」
「とにかく、中に入れて!!」
「い、いいわよ。・・・お友達も一緒?」
「・・・アーシェルです。よろしく・・。」
「マーシャといいます。あ、あの・・・あなたは?」
 その、優しい目をした女の人は、私の顔を見てにっこりとして言いました。
「・・・私はリサ、・・・リサ=ゾシュードゥ。さぁ、外は寒いでしょ?
 中に入ってゆっくり話しましょう。・・・入って。」


 部屋の中は、とても暖かくしてありました。
「もう、7年になるのかしら・・・。シーナがここを出て行って・・・。」
「ここは、何も・・・変わってないね。」
「あら、そうかしら?・・・シーナがいなくなって、この孤児院にも、
 やっと、静けさが戻ってきたのよ。」

「孤児院・・・。シーナは、昔、ここにいたのか?」
「え?そうよ。知らなかった?」
「ねぇ、シーナ?・・・シーナとアーシェルさんって、どういう仲なの?」
 シーナさんは、そう聞かれましたが、何も答えませんでした。
「―――あら、もう、寝ちゃったのね。」
 シーナさんは、いつのまにか、もう眠っていました。
そして、私もアーシェルさんも、その時にはもう、目を閉じていました。
「・・・よっぽど、疲れてるみたいね。こんなところで寝ちゃうと、風邪ひくわよ。」



 (55日目早朝)
 マーシャは、いつものように朝早くに目を覚ましたみたいだった。
「・・・リサさん。・・・おはようございます。」
「あら、・・・マーシャちゃん。・・あっ、リサさんはやめて。リサだけでいいわ。
 ・・・なんだったらシーナみたいにお姉ちゃんでもいいから。」

「・・・なにか、お手伝いしましょうか?」
「私は大丈夫・・。今は、まだゆっくり休んでて。
 ・・・あなたたちと、ここの子供たちの分まで作るから・・。」

「1人で、そんなにつくられるんですか?」
「・・・そうよ。・・・なんでそんなこと聞くの?」
 マーシャは、そのままキッチンに入ってったわ。
「―――やっぱり、手伝います。・・私、お料理はお父様に、
 小さい時から教えてもらってましたから・・。」

 そう言うと、マーシャは手馴れた手つきで野菜を切り始めたわ・・。
「・・・へぇ、上手じゃない。・・・あなたのお父様って?」
 マーシャの手が止まったわ。
「わ、私、悪い事言っちゃった?・・・ごめんね・・・。
 ・・・そんなつもりじゃなかったのよ・・。」

「だ、大丈夫です。・・心配なさらないで下さい。」
「でも、・・・本当に、お上手ね・・・。それだけナイフが使えるなら、
 ひょっとして、シーナよりも上手かもしれないわね。」

「私が、何?」
「・・えっ、シーナ・・、な、何でもないわ。」
「ウソ・・、全部聞こえてたんだから・・。
 ・・・なんだったら、今すぐ私が野菜、斬ってあげようか?」

「いいわよ。大丈夫!!・・・うるさくなるだけなんだから!!」
「な、な、何よそれ?!」



 (55日目朝)
「それじゃ、みんな。今日は、このお姉ちゃんも、
 一緒に料理作ってくれたのよ!!だから、残さないように食べるのよ!!」

「は~い。いただきま~す!!」
 子供達は、我先にと食べ始めた。
「お、おいしい!!」
「とってもうまいよ!!姉ちゃん!!」
「な、なんだか、まるでいつも、おいしくないもの、食べさせてるみたいじゃない。」
「大丈夫よ、リサお姉ちゃん。・・・マーシャの腕は確かよ。結構うまいわよ。」
「それ、全然フォローになってないぞ。」
「・・・あっ、ハーブティー、入れておいたわよ。」
「ハーブティー・・・ですか?・・・俺は、ハーブとかそういうの、
 苦手なんで。・・・お、お構いなく。」

「あら、苦手なの?・・・シーナは、これ大好きなんだけどね。」
「アーシェル・・・、こんなおいしいのが飲めないなんて、あんた、不幸ね。」
「くすっ。」
「ちょっと、マーシャ?・・・ここ、笑う場面と違うわよ。」
「だって、全然あってないもん。・・・シーナさんとハーブティーって・・。」
「マーシャも、飲んでごらんなさい。おいしいから!!」
「えっ・・、あ、はい・・。」
「どう?」
「に、苦い。」
「苦い?・・・ハーブティーが苦いって・・・、ど、どういうことよ?」
「・・・このハーブティーがおいしいって飲んでくれるのは、
 ・・・私とシーナだけだから別に問題はないわよ。」

「な、なに、それ?」



 私達は、そんな感じで久しぶりに笑いながら朝ごはんを食べてた。
・・・けど、そんな中で、ひとつだけ、誰も座っていないいすが
テーブルに並んでるのに気付いたわ。
「リサお姉ちゃん?・・・誰か、まだ起きてない子がいるの?
 しょうがないわね・・・。起こして来よっか?」


 私が、そうたずねた時、リサお姉ちゃんは急に黙り込んだわ。
それどころか、・・・孤児院の子達も急に騒ぐのをやめてた・・。
「ちょ、ちょっと・・・、い、いったい、何があったっていうの?
 ねぇ、リサお姉ちゃん?!」

「・・・シーナ・・。・・・後で私の部屋にきて。
 ・・・そう、できれば、マーシャさんとアーシェルさんもいっしょに・・。」

「俺達も・・・ですか?」
「は、はい・・。」
「さ、さあ、食べましょ!!まだ、たくさんあるわよ!!」

 リサお姉ちゃんは明るくそう言ったわ。
だけど、もう、誰も、笑えなくなってた。






 (55日目朝)
 私達は、リサお姉ちゃんの部屋の中のいすに座った。
「リサお姉ちゃん、あの子・・・、どうしたの?
 ・・・いつも人数分しかいすをおいてなかったのに。」

「・・・小さい事によく気付くのね・・・。」
 お姉ちゃんは、そう言ったあと、私達を見て話し始めたわ。
「あのいすの子、・・ティシっていう子なの。―――行方不明なのよ。」
「えっ?」
「あの子と一緒に遊びに出かけた子が、傷だらけで戻ってきたの・・。
 ・・・どうしたのって聞いたら、あの子たち、古い鉱山で遊んでて、
 はぐれたらしいの・・。―――あそこは危険だから、入っちゃダメ。
 ・・・って禁止していたのに・・。」

「ティシ?・・・それじゃあ、今も・・まだ、あの鉱山の中?」
「戻ってこないわ。・・・何かあったのよ。」
 お姉ちゃんが、私を真剣な目で見つめたわ。
「お願い!!あなた達に、迷惑をかけるなんて、本当は出来ないわ。
 でも、・・・あの子が心配なの。・・・危険なことは分かってるわ・・・でも―――」


「任せてください。・・・俺達が、必ず、・・・助け出します。」
「アーシェルさん・・・、ありがとうございます。」
「これだけお世話になった。・・・ほんのお礼のつもりだ。」
「リサさん。大丈夫です・・・。アーシェルさんもシーナさんも、
 とっても強いです。・・・必ず、助けてくれるはずです。」

「そういうこと。だから、リサお姉ちゃんはもう心配しないで。」

 その時、リサお姉ちゃんは、急に優しい顔になった。
「あなたたち・・・本当に、変わってないわね。」
「・・・わ、私達?なんで、お姉ちゃんが、こいつらのことなんて知ってるの?」
「違うわ、シーナ。あなたは覚えてるはずよ。ディッシュのこと。」
「―――そんな奴も、いたわね。」
「2日前だったわ。急に戻ってきたの。」
「戻ってきた・・・あいつが?」
「そう。あなたと同じことに気付いて、あなたと同じことを言ったわ。」
「・・・そ、それって?!」
「あの子、とてもくたびれた様子だったわ。でも、話を聞いたとたん、出て行ったの。」
「ディッシュの奴も戻ってきてないのね!!何やってんのよ?
 わかったわ。・・・あいつも、つれて戻るわ。」

「そう、よかったわ・・・。鉱山は、南東にあるわ。昔の古い鉱山よ。
 いい?足元や天井には気をつけるのよ!」

「わかったわ、お姉ちゃん。」
 私達は、孤児院から外にでた。



「ディッシュ・・・、知り合いなのか?」
「・・・まぁね。」
「ティシくん・・・大丈夫かな?」
「鉱山―――、どういうところなんだ?」
「そうね。・・・10年前くらいには、ここ、鉱業で栄えてたの。
 栄えてたって言ったって、今のレイティナークみたいなのとは違うわ。
 ちゃんと、王家があったし、街の人が誰でも政治に参加できたって・・・。
 ここらへんの人達はみんな、貧しかったけど、
 鉱山のおかげで、みんな幸せに暮らすことができてた―――。」

 私はそこで一度話すのをやめた。
「そのあと・・・どうしたんだ?」
「王家はなくなったわ。今のレイティナーク見れば、分かるでしょ?
 それから、軍部だとか、研究員って奴等が、鉱山を奪ったの。
 レイティナークの外側・・・今までずっと、見てきたでしょ?」

「自らの・・・利益のためなら、国の人間も犠牲にするのか・・・。」
「ひどい・・・。」
「もっとも、国なんてものはもうないけどね。
 奴等は、それから、何もかも奪いつくして、結局、そこを廃坑にしたわ。
 ・・・廃坑になるまで、あっという間だったわ。
 小さい頃、それからよく、そん中で遊んだっけ・・・。
 ま、ならず者が棲みつくようになってから、リサお姉ちゃんに止められちゃったけど。」

「ならず者・・・、盗賊か?」
「・・・もっと性質の悪い奴よ。」
「そんなところに・・・ティシ君はいるのですか?!」
「急いだ方がいいな・・・。」



 (55日目昼)
 鉱山の中はカビ臭く、空気が顔にまとわりつく・・。
人間とも獣とも思えない恐ろしげな音が地の底から響き、
岩盤も月日の経過と共にもろくなっていた・・。
「・・・妙に寒いな。」
「そうね・・・。」
「シーナさん、・・誰かいます・・。」
「えっ?」
 まだ暗さに目が慣れてないせいか、シーナには何も見えないようだった。
そうは言ったが、俺にもマーシャの話している相手のことは、分からなかった。
「な、誰がいるのよ・・、モンスター?」
「・・・あんたら、・・・この鉱山に何の、用じゃ?」
 しわがれた老人の声がかすかに聞こえる・・・。
「あ、あんた、モンスターじゃない・・、人なのね?」
「失礼な・・・、ここのならず者や、彼奴らと同じにするんじゃない。」
「でも、いったいなんで・・・?」
「あ、あの・・、シーナさん?」
「何よ?」
「・・・おじいさん、シーナさんの、・・・右です。」
「ほぅ・・、そこのお嬢ちゃんは暗いところに慣れているようじゃのぉ・・。」
「・・・な、なんで、入ってすぐだってのに、もう見えるの?
 ―――まぁ、いいわ。・・・ここは、もう廃坑じゃないの?」

 老人は、突然きつい口調になった。
「廃坑だと?!・・・何を言う。・・・そんなのは彼奴らが勝手に
 決めたこと・・・。―――彼奴らさえ、彼奴らさえいなければ・・・。」

「おじいさん、落ち着いてください!!」
「―――す、すまなかった。・・・彼奴らは自分たちの都合の良いものだけ、
 根こそぎ奪っていきおった。仲間達とともに苦労を重ね、
 ・・・やっとここまでにした。―――彼奴らは奪うだけ奪えば、
 ここにならず者どもを放った・・。」

「そんな・・・。」
「だが、わしらは諦めんかった。仲間は新しい鉱山を見つけたんじゃが、
 ―――結局は、彼奴らに見つけられていいように使われるだけ・・・、口惜しい。」

 老人の口調は吐き捨てるようだった。
「・・・でも、なんでこんな鉱山に、あんたはいるの?」






 (55日目昼)
「・・・ここは、代々受け継がれてきた鉱山。
 鉱石といっしょに仲間たちの亡骸も眠っている・・。
 ・・・もうわし1人しかおらんが、いずれ仲間と共に眠るじゃろう・・。
 ―――もう、目が慣れた頃じゃなかろうか・・?」

「あ、あれ?・・・こっちだったの?」
 シーナさんは、おじいさんと全然違う方向を向いている事にようやく気付かれました。
そこで見たおじいさんの姿に、シーナさんは愕然としていました。
おじいさんの顔には、もう何にも表情はなくて、まるで刻み込まれたようなしわが、
息をするたびにわずかに動くだけでした・・・。
体は痩せ細っていて、腕はもう、骨そのものでした・・。
「どこへ行くか、それは知らん。・・・じゃが、気を付けなされ。
 ―――ここを棲み家とする奴らは、ひどく飢えておる・・。」

「あんた、・・・あんたこそ、1人で大丈夫なの?」
「奴らと仲良くは、暮らせそうになかったからのぉ・・・。
 ・・・体が朽ち果てるのが先か、この老いぼれの肉が、
 喰われるのが先か・・・、それはわからん。」

 そう言われて、おじいさんは奥の方へ歩いて行きました。
「・・・先を急ぐわよ。」
 おじいさんの姿が見えなくなってから、シーナさんはそう言って、
奥の方へと歩き始めました。



 奥へと進んでいくにつれて、やはり、この鉱山の様子が妙だということに気付いた。
「進めば進むほど、辺りの冷気がきつくなっていくような気がする・・・。
 いったい、奥に何があるんだ・・・?」

「私の知ってる限りじゃ、・・・こんなこと、起こるわけないんだけど。」
「―――なんだ?」
「ちょ、ちょっと?!・・・これ、地震?!な、何よ!!」
 突然、鉱山内を今にも崩れそうな程の揺れが襲った!!
「・・・今のは、なんだったのですか?」
「―――モンスターの仕業か?」
「とにかく、急いだ方がいいってことよ。」
「アーシェルさん、シーナさん!!・・・今、何かが、動きました。」
「モンスター?」
「・・・フローズンリザードって奴か。」
「どうでもいいわ。もうやることは1つ!!」
「ちょ、ちょっと待て!シーナ!!!」
「あ!!マジックシールド!!!」
 シーナは、激しい冷気に押しつぶされながら、地面にたたきつけられた。
「フローズンリザードは、猛烈な冷気を放つ魔導法を操るモンスターだ。
 迂闊に近づくんじゃない・・・。」

「シーナさん・・・?」
 シーナは動かなかった。シーナの体中が重度の凍傷に冒されたようだった・・・。
「キュア!!」
 マーシャは全精力を振り絞ってシーナにキュアを唱えた!!
「くっ・・、まともに受けたら、今度こそ死ぬ・・・。
 シーナ。・・・あとは、俺に任せろ!!」

 俺は、シーナの前を立ちはだかった。ルアートがそれに続いてきた。
「炎の矢・・・これしか、ないか。」
 フローズンリザードが俺に向かって突進してきた!!
「くらえっ!!!」
 炎の矢は、フローズンリザードの鼻先にまで届いた後、一瞬で凍りついた。
「・・・これは、マズいな。」
 ルアートがすぐに目の前へと飛び出してきた!!
その直後に、猛烈な冷気が放たれ、ルアートに襲い掛かる!!
「ルアート!!!」
 なんとか、その場から避けることは出来たが、ルアートが押さえきれるのも、
限界が近づいていることが、すぐにわかった。
「マーシャ・・・、シーナはどうだ?」
「絶対に大丈夫です!!だから、ルアートと一緒に!!」
「ああ、分かっている!!シーナを、頼んだ!!」
 俺は、地の矢を放った!!フローズンリザードが爆発に気をとられた瞬間、
俺は、ルアートをその場から離れさせた!!
「こんな、冷たくなっちまって。・・・距離を置くと、凍るのか。」
 俺は、風の矢をつがえた。フローズンリザードは怒り狂って、俺に向かってきた!!
俺は、落ち着いてそれを見ていた。やがて、立ち止まり、口を大きく開けた!!
 その場所に、俺は突っ込んでいった!!もう、方法はそれしかなかった。
冷気を放つまでのわずかな時間の間に―――。
「風の矢よ。・・・真空の刃となり貫け!!」



「・・・あの、バカ。自分で、突っ込むなって言っておいて・・・。」
 マーシャのおかげで、凍傷がウソみたいに消えてた。
「アーシェルさん!!」
「―――シーナ、もう・・・大丈夫か?」
「まだ、ディッシュの奴に会ってないわ。リズノにもね・・・。
 簡単に死ぬわけにはいかないの。」

「歩けるなら、いい。・・・進むぞ!!」
 だんだん寒くなるにつれて、少しずつ調子が悪くなってきてた。
「・・・シーナ、マーシャ。・・・本当に、大丈夫・・・なんだな?」
「あんたこそ、大丈夫なの?あんた、かなりヤバいわよ。」
「アーシェルさん!!私達よりもまず、自分のことを心配してください。」
 アーシェルの様子は、どうみたっておかしかった。それから何度か、
いろんなモンスターが出てきたけど、その度に吹雪や氷柱をまともに受けて、
体中の感覚がもうなくなってた。私のバーニングスラッシュの勢いも弱まってたし、
マーシャは、魔力の使いすぎで、ほとんど眠りかかってた。
「アーシェルさん・・・キュア。」
「マーシャ、もういい。・・・回復しても、また・・・ダメージを受ける。」
「・・・私も、あんたも、マーシャもボロボロね・・・。」
「痛みで、寒さも感じなくなってきた。・・・だが、もう、最深部に近いな。
 この環境じゃあ、モンスターの数も少ない・・・。」

「もし、今度こそモンスターが出たら、・・・苦戦するわね。」
 そんな寒さと、時々鉱山内に響く、低い雄叫びと、
崩れそうな振動の中で、私達はなんとか歩き続けてた。

 ―――その途中で、私達は、座り込んでいる人間を見つけた。
「・・・ディ、・・・ディッシェム・・・さん。ど、どうして?!」
「―――誰だ?」
 もう、死んでてもおかしくないほどの凍傷とケガで瀕死の状態だったわ。
「なんで、・・・お前が、こんなところに・・・?」

 ディッシェムは、ゆっくりとこちらを振り返った。それから、突然、
獲物を見つけたかのような目をしたわ・・・。






 (55日目夕方)
「―――ここまで、・・・くるのに、・・・そこまでボロボロになるとは・・。
 ・・・丁度いい・・、ここで、倒させてもら・・・・っ・・。」

 奥からの振動で、ディッシェムの体は力なく崩れていった・・・。
「もう、動かないか・・・。マーシャ、やめておけ。」
 マーシャがキュアを唱えようとしたのを、なんとか止めた。
「でも・・・、このままでは!!」
「―――ティシを・・・俺の・・・代わりに、・・・たす―――」
「ティシって・・・あんた。」
「どこにいるんだ?!」
 ディッシェムは、なんとか右腕を動かし、奥を指差した。
「・・・シーナさん。ティシ君を助けに行きましょう。」
「そうね。・・・でも、こいつは、どうするの?」
「・・・帰り道だ。―――待ってろ、すぐ助ける。・・・ここじゃ、凍え死ぬ。」

 俺達は、ディッシェムを置いて、奥に進んだ。
人間の限界を遥かに超えた極寒の地の中で、そいつはこちらを見据えていた。
 凍りついた巨大な蛇―――フロストスネーク。
「・・・こいつが、この寒さの原因・・・か?」
「もう、寒くて、何にも、考えられない。」
「あっ!!」
 マーシャの指先に、氷の結晶の中でぐったりとしている少年の姿があった。
「間に合わなかった・・・か。」
「何言ってんのよ。生きてる、生きてるわ!!絶対に!!!」
 シーナは、立ち上がり、ナイフに気力を振り絞って、炎を吹き上げさせた!!



「あいつは・・・私達に、助けろって―――」
 私は、フロストスネークにナイフを突きつけた。炎が冷気に一瞬で消された。
「逃げろ!!・・・潰される!!」
 私は、フロストスネークに囲まれていた。締め付けようとしたこいつから、
なんとか逃げるために、空中に舞った瞬間、フロストスネークの硬い尾が激突した!!
「シーナ!!」
「―――もう、体中が凍り付いて、・・・言うこと、聞いてくれない・・・。」
 私は、もう立ち上がることができそうになかった。
「フラッシュリング!!!」
「・・・レイン、アロー!!」
 恐らく、これがあいつらにとっての、最後の一撃だと思った。
アーシェルもマーシャも、もう、限界にまで来てた。
 それでも、フロストスネークの奴は動き続けてた。こいつの体の大きさそのものが、
私達にとって、脅威になってた。
「シーナ、後ろだ!!」
「もう、動けないって・・・いってるじゃない!!」
「待ってろ、・・・そっちに、―――がはっ!!」
 その時、マーシャがあることに気付いたみたいだった。

「アーシェルさん・・・シーナさん。―――もしかして、私達を、
 攻撃しているつもりなんて、・・・ないのではないでしょうか?」




 私は、魔法も使えなくなってから、そのことに気付きました。
ただ、動き回っているだけ、いえ、怒っているんだということに。
「何かに・・・怒ってる・・・。」
「怒ってる、だと?」
「上を見るのよ!!」
「何?!」
 なんとか、アーシェルさんに助けられました。
「マーシャも、気付いたようね。・・・私も、気付いてたわ。
 軍部が放った奴にしては・・・どこか、おかしいのよ。
 でも、分からないのよ。いったい、それが、なんなのか!!」

「追い詰め・・・られたか。」
 そのモンスターは、私達を囲んでいました。
「このまま、潰されるのを、待つしか・・・ないか。」
「冗談じゃないわ!!」
「シーナさん!!何か、理由があるんです。きっと、何か!!」
「もう、打つ手は、ない・・・。」

 私は、ゆっくりと話しかけました。
「―――怒りを・・・静めてください!!私達は・・・あなたを、
 倒しに来たのではありません!!・・・その子を、ティシを呼びに来たのです!!
 お願いします!!・・・道を、道をあけてください!!!」

「な、何を言ってるの?!」
「お願いします!!!」



 突然、マーシャの周りが光に包まれた。何もかもが閃光に包まれ、何も見えない。
しばらくの間、光り輝き続け、目を開ける事も出来なかった。
そして、その後、静寂が、辺りを包み込んでいた・・・。
「マーシャ・・・だ、だいじょうぶ・・・か?」
「・・・は、はい。で、・・・でも、わたし―――。」
 そういいながら、マーシャは呆然としていた。
「ちょっと・・・こ、これって。」

 俺は、シーナの指差す方向のものを見た瞬間、言葉を失った。
「マーシャ。―――見るな。見ちゃダメだ。」
 そこには、既にフロストスネークの姿はなかった。
そして、その代わりに、人間のものだったとわからないほど変わり果てた、
凍りついた数十の白骨が転がっていた・・・。
「・・・こ、これって、な、なんなの?!」
「分からない。―――ん?」
 ぼんやりと青白いほのかな光が浮かび上がった。それは、ゆっくりと、
動きながら、ティシの方へと向かっていった。
「―――さあ、もう、目覚めるといい。こんな、冷たいところから―――」
 それらは、ゆっくりと大きくなり、炎となって氷の結晶を取り囲んだ。
やがて、それらは消え果て、ゆっくり、その少年が目を開けた。
「・・・あれ、・・・ここ、どこ?」
「ティシ―――ティシね?!」
「ボク・・・どうなったの?」
「ここから、・・・もう、出るわよ。」
「お姉ちゃんは・・・誰?」
「―――もう、大丈夫だから。・・・リサお姉ちゃんのとこ、行こ。」
「リサおね・・ぇ・・・、―――こ、こわかったよォォ!!!」
 少年は、押しつぶされるような恐怖から解放され、シーナの胸の中で泣き始めた。
「もう、何も・・・心配しなくて、いいから。―――帰ろ。」
「シーナ、マーシャ・・・。歩けるか?」
「・・・はい。・・・ほんの少しだけ、まだ・・・力が残ってます。」
 俺達は、お互いに支えながら少しずつ歩き始めた。






 (55日目夜)
 私達は、それからディッシェムさんのところに向かいました。
「・・・俺は、親父のように、・・・ベラ=フランシスのようになりたかった、
 ―――いや、それを・・・超えたかった・・。」

「ベラ・・・フランシス?」
「・・・俺達の国、・・・グロートセリヌを・・・救った。
 ・・・だけど、・・・殺された。・・・親父が協力してた、
 研究員たちや貴族達に、雇われた、―――殺し屋に・・・。」

「ディッシュ・・、あんた・・。」
 ディッシェムさんは、そう呼ばれて、シーナさんの方を向きました。
「・・・もっと、早く、気付いてりゃ、良かった・・。
 ・・・シーナ。―――俺は、・・・弱かったんだ。・・・何も守れやしない。
 親父を殺った殺し屋になれば、―――もし俺がもっと強い殺し屋だったなら、
 ・・・親父は死ななかった。・・・強くなるためなら、・・・金は、いらない。
 ・・・ただ、がむしゃらに強くなるために。」

 ディッシェムさんは、顔を下に向けました。
「俺は、・・・ひどい事を続けた。―――奴らの、・・・思うツボだとも知らずに。
 ―――悔しいッ・・。―――俺には、親父は遠すぎた。
 ・・・おまえらも、・・・シーナも―――。」

 ディッシェムさんは、壁に背もたれたまま、少し咳き込みました。
「―――殺し屋なんて、・・・するんじゃなかった・・・。
 ―――人間として、俺は、最低な野郎だ。
 ただ、親父と育ったガキの時みたいに・・、また、楽しい時間を過ごしたかった・・・、
 ・・・バカだよ・・。―――ほっといてくれ。・・・お前らは、
 もう、狙ったりしない。・・・安心しろッ・・。」

 そう言って、ディッシェムさんは、私達から顔を背けました。



 私は、黙ってそれを聞いてた。最後まで聞いて、私は、こいつに向かって、
思いっきり怒鳴ってやった・・・。
「情けない口きいてんじゃないわよ!!・・・あんたが、最低な奴だって!!
 ソンナ事、自分で決めるんじゃないよ!!
 ・・・ソンナ事言えんのは、アンタの、どこまでもバカで弱くて情けなくて、
 どうしょうもない事を知ってる私だけよ!!」

「・・・。」
「・・・あんたは、殺し屋になったわ!!確かに悪いよ。
 どう考えたって、人間のやることじゃないわ!!
 ―――じゃあ、なんであんたは、ティシを、・・・この子をたすけにきたのよ!!
 ・・・私達と同じ事をしたって言うのよ?!
 ―――あんたは、ガキの癖に、そう言うところだけは、人に譲れない!!
 ・・・アンタと喧嘩してた、私には分かるわ!!
 お父さんを超えたいなら、超えればいいじゃない!!
 ・・・超えようと思って超えられる奴なんか、目標にする必要ないわ!!」

 私は、頭に浮かんだ事を、次から次へと口に出してった。
「―――アンタが、目標を捨てようと、私には関係ないわ!!
 ・・・でもね、私も困るわ!!目標にしてた奴が、
 ・・・目の前で生きるの、やめるなんてね!!」

「・・・シーナ。お前・・。」
「・・・年下のくせに、・・・威張るんじゃないわよ。
 強かろうと弱かろうと、あんたの生き方・・・貫けばいいじゃない!!
 あんたは、絶対に追いつけない目標に向かって、自分の生き方を見つけた。
 ―――それがどんな卑劣なものだって、あんたの生き方に変わりない。
 ・・・だって、そうじゃない・・・。あんた・・・。」

「・・・・。」
「―――昔のまんまだもん・・・。」



 ディッシェムは、そこまで聞いて、少しだけ、笑みを浮かべた。
「・・・ずいぶん、口が達者になったんだな。」
「―――こいつらといると、誰だってそうなるわ、普通。」
「・・・。」
「そりゃあ、どういう意味だ?」
「はぁぁ、まったく、なんであんた達みたいな、普通の生き方ってのが、
 出来ない奴ばっかり、私の回りにあつまるんだろうね!!」

「お前だって、十分、普通じゃないだろう?」
「何よ?一番普通じゃない!!」
「そ、そうですか?・・・ナイフから炎は出るし、しゃべる事はきついし、
 とにかく、すぐに突っ込んで行くし・・・。」

「マーシャ、・・・ちょっと、それ、言い過ぎじゃないか?」
「・・・そうでしょうか?」
「―――間違っちゃ、ねぇな。」
「あんたたち・・・黙って聞いてれば!!」
 そこまで話して、一度、全員で、声を出して笑ってた。
もう、1人で立ち上がるのでさえやっとだったが、そんなことは、もう忘れていた。
「・・・でも、まさか、ディッシェムさんが、シーナさんの
 知り合いだったとは、思いもしませんでした。」

「シーナ・・いつ、ディッシェムのことに、気付いたんだ?」
「セーシャルポートの時から。・・・ま、見た瞬間、分かってたんだけど。」
 シーナは、当たり前のような顔をしてそう言った。
「どうして、言ってくれなかったのですか?!」
「―――このバカが、いつまでたっても、気付かないから。
 ねぇ?ホントのホントに、今になって、やっと気付いたっていうの?!」

「・・・指名手配犯の仲間だとは、普通、思わねぇよ。」
「ま、お互い、ボロボロだしさ・・。あんたもいっしょについてきて。
 ―――久しぶりにリサお姉ちゃんと、ゆっくり話せば、いいじゃない。」




 俺は、一度、笑い顔を元にもどして、そいつらからまた目をそむけた。
「いや、ここで、・・・別れよう。俺も、・・・お前らも、
 ―――逃走中の身なんだ。・・・一緒にいてみろ、すぐにアウトだ・・。」

 俺は、立ち上がり、そいつらを置いて、とっとと先に行こうとした。
だが、そんな俺の、・・・腕をつかんでくる奴が、1人、そこにいやがった。
「―――あんた、1人で・・・ほっとけるわけないじゃない!!」
「俺は、親父が死んでからずっと1人だった!!もう、慣れてる!!
 ・・・おまえらこそ、気を付けろ!!」

「このまま、逃げてるだけで、あんたはいいの?!
 ・・・私は、はっきりいって、我慢ならないわ!!
 なんでよ?!―――あんたも、アーシェルも、マーシャも、・・・絶対に悪く―――、
 いや、私が絶対にいい奴だって思ってる奴らが、こうやって
 逃げていかなくちゃならないのよ!!・・・絶対間違ってるわ!!
 ―――あんたも、私達も考えてる事は、同じなのよ!!」

「何と言おうと、関係ねぇ。俺は、俺1人で行く!!」
「ディッシェムさん!!」






 (55日目深夜)
 マーシャが立ち上がり、ディッシェムに話しかけた。
「・・・いっしょに、行きませんか?」
 ディッシェムは立ち止まった・・。
「私は、信じてました。・・・絶対に悪い人ではないって。
 ―――シーナさんもあなたの事がいい人だって言っています。
 それなら、いっしょに行きましょう!!
 ・・・私は、ディッシェムさんといっしょに行きたい!!」

「な、・・・なんで、そんな事を、言うんだ・・。言えるんだよ?!
 お、俺は・・・お前を、殺そうとしてたんだぜ!!
 何度、俺に殺されかけた?!何日、またおそわれそうになる悪夢を見続けた?!
 ―――わからねぇ・・・。お前がよくとも、これじゃあ、
 俺の方が、納得いかねぇよ!!なんでだ?!」

 マーシャは、ディッシェムに、微笑んで答えた。
「だって・・、ディッシェムさん。―――とっても強かったから・・。」

 しばらくの間、沈黙が流れた。
「―――だから、この俺を呼び止めたってつもりか?
 ・・・あんな、化けもんを一発で倒しちまうような、奴になぁ、
 強かった・・・なんて、言われるなんてよ・・・。
 ―――指名手配されるだけあるな・・・、お前・・。
 ・・・シーナの奴といっしょに旅してる理由が、分かる気がする・・・。」

「え、そう?・・・私は、別に・・・マーシャと一緒に旅する、
 理由がこれといってあるわけじゃ・・・ないわよ。」

「なっ?・・・じゃ、どうして?!」
「だから・・・理由なんて、ないの。・・・・理由なんてどうでもいいじゃない。」

「ねぇ・・・お兄ちゃん!!」



 ティシってガキが、俺に話しかけてきやがった。俺は、すぐには、
どう返事してやりゃあいいのか、分からなかった。
「さっきは・・・、たすけてくれてありがとう。」
「な・・・なんで、俺が感謝され・・・。」
「だって、お兄ちゃんが・・・さいしょに、来てくれたから。」
「・・・お、俺は・・・何もしちゃ、ねぇだろ?」
 俺は、シーナらの方に向いた。
「―――聞いたことがあんだ。軍部の連中がここに、モンスター、バラまいたって。
 研究者の連中の、まだ研究段階だったモンスターだったけどよ・・・。
 ・・・奴等、喜んでやがったっけ・・・。ここの鉱山で死んだ連中の、
 魂だとかを取り込んで、どこまでも強力な奴になってきたって・・・。
 ―――きっと、鉱山の連中は、死んでまで、抵抗してやがったんだ。
 自分たちの場所を、生きる場所を、奪いやがった連中に、怒りを込めてな・・・。」

「それで、・・・あのモンスターは・・・。」
「だからな、・・・お前を、助けてくれたのはよ、・・・あのバケモンと、
 ―――そこにいる、『もっと強ぇバケモンども』なんだぜ。
 こんな場所に迷い込んじまった、お前をな・・・。」

「ぼく・・・わるかったの。・・・ともだちといっしょに来て、
 とちゅうではぐれて・・・。みんなに、それに・・・、
 リサお姉ちゃんにしんぱいかけて・・。きっと、リサお姉ちゃんにおこられる・・。」

「そうね、きっと。・・・鬼のように、怒るわね。」
「ハハ・・・冗談じゃねぇからな。・・・3日は飯抜きだぜ。」
「3日?!3日でよかったの、あんた?私なんか、6日は食べられなかったわよ!!」
「6日だと?!ウソつくんじゃねぇ、・・・隠れて、いろんなもん、
 つまみ食いしてたじゃねぇかよ?!」

「し、してないわよ!!」
 そういいあってた、俺らに、ガキが話しかけてきやがった。



「ねぇ、お兄ちゃん!!・・・お姉ちゃん!!」
 ティシ君が、シーナさんとディッシェムさんにむかって、呼びかけました。
「いっしょに・・・おこられて!!」
「ハァ?!」
「じょ、冗談じゃねぇぜ!!」
「・・・あ、あのね、悪い事したのは・・・あんただけ―――よね?」
「そ、そんな・・・。」
 ティシ君が、泣きそうな顔をしていました。
「わ、わ、わ、・・・わかったわよ。もう、男の子が、泣くんじゃないわよ!!
 ちょ、ちょっとぉ・・、こんな事になったの、・・・ディッシュのせいだからね!!」

「何でだ?・・・そんなこと言いやがるんなら、シーナのせいだろ!!」
「・・・いいわ。百歩譲って認めてあげる。だったら、あんたも、
 当然、その子といっしょに怒られんのよ!!わかってるでしょうね?!」

「上等だぜ。おめぇこそ、今言った事、忘れてんじゃねぇぞ!!」

 シーナさんも、ディッシェムさんも、もう体がボロボロになってることなんて、
すっかり忘れて、どちらが先に戻るか、競争を始めてしまいました。
「あいつら・・・ホントに仲、悪そうだな・・・。」
「そうですか?・・・私には、とても、嬉しそうに見えましたけど。」
「さ、俺達も、出るか。」
「はい。・・・ティシ君、行こ!!」
 こうして、ディッシェムさんは、私達の仲間になったのでした。



 そんなこんなで、真夜中に、私達は孤児院まで戻ってきたわ・・。
「はっ・・・マズいな、・・・扉の近くで待ってるぞ・・。」
「・・・あんた、もう、覚悟してるの?」
「いや、まだ・・・半分。」
「あんた、ガキね。・・・私は―――60%くらいよ。」
「なんだよ、やっぱり、ビビッてんじゃねぇか!!」
「・・・あの、シーナさん?ディッシェムさん?・・・早く行かないのですか?」
「そうだ!!」「そうだ!!」
 私もディッシュも、同時に同じ事を思いついたみたいだったわ。
「マーシャ!!先に行け!!」
「え・・?ど、どうしてですか?!」
「いいから、早くすんのよ!!」
「は、はい。」

 マーシャと話してたリサお姉ちゃんは、すぐ、私達の事に気付いたみたいだった。
「・・・お帰りなさい!!戻ってきてくれたのね!!」
「はい。・・・みんな、無事です!!」
「良かった・・。さぁ、中に入って。」
「はい。」
「・・・何してるの?・・・シーナ、ディッシュ、・・・それにティシ!!」
「うっ・・・そ、その・・・。」
「・・・ご、ごめんなさい!!」
「分かったわよ、3人とも、あとでゆっくりと話しましょう。さぁ、中に入って!!」

 私もディッシュも、それにティシも、まともにお姉ちゃんの顔を見てなかった。

2004/01/06 edited by yukki-ts To Be Continued. next to