[stage] 長編小説・書き物系

eine Erinnerung aus fernen Tagen ~遠き日の記憶~

悲劇の少女―第6幕― 第42章


 冷たい床に、力なく倒れ伏していることに気付いた。力なくゆっくりと立ち上がる。

「・・・マーシャ―――」

 マーシャの姿の確認と、背後からの猛烈な殺気を放つ者を迎撃するのは同時だった。
強烈な電撃を放つ敵に対して、応戦を試みるも、体が言うことを聞かなかった。
 嘲笑うかのように、私に対してとどめの体制を取る―――
「よけて!!」
 その言葉を背後に受けた瞬間、とっさに体を横に翻した。その次の瞬間、光の塊は、
私が元居た場所全てを含め、その前方を貫いた・・・。
「・・・これしきのことで、・・・体が、ガタガタになっているというのか・・・?」
 体中から力が抜け、地面にしゃがみこむようにうずくまった。その言葉を最後に、
マーシャは、何も答えなかった。その表情に、何の感情も込められてはいなかった。
 そして、私がそこに居る事すら、気にも留めないかのように、
見向きもせずに、そのまま進みだした・・・。
「・・・マーシャ?・・・ま、待て!!どこに行くつもりだ!?」



「―――ドルカ・・・ちゃん?」
 私とティスターニアさん。2人だけが、この冷たい床の上で倒れていました。
「・・・ティスターニアさん―――。」
「2人だけ、・・・ですわね。」
「―――よかった。ティスターニアさんが、居てくれて。このまま、また、・・・
 闇の世界に閉じ込められて、・・・もう、誰にも逢えなくなると思ってた―――。」

 ティスターニアさんの顔を見て、心から安心していた私は、すぐに、その気配で、
恐怖へと引きずり戻されました。それはすぐ、ティスターニアさんにも伝わりました。

「体の底から湧き上がってくる嫌な感じ・・・、何、これ・・・。」
「―――魔導法が、使えない・・・。」

 魔力が封じられていました。その言葉を聞いた瞬間に、ティスターニアさんは、
その後ろから近づく気配に対して、レイピアを突き付けました。
「どこに!?」
 その先に姿はありませんでした。それでも、突然、ティスターニアさんの周りの
空気が鋭く尖り、真空波が巻き起こりました・・・。
「―――動けば、・・・死ぬ―――。ドルカちゃん?大丈夫でして!?」
 ティスターニアさんは、そんな状況にあっても、私のことを心配して、
そう問いかけてくれました。

「大丈夫・・・です。」

 モンスターの攻撃―――、強力な魔力が私を直撃していました。
ティスターニアさんは、私がそう言うのを、迫りくる真空波の隙間から見ていました。

「・・・もう、・・・限界―――」



 あたしは、声を上げることも出来ずに、真空波にずたずたに切り刻まれて、
その場に力なく崩れた。ドルカは、目の前のモンスターも、痛みも、魔導法が封じられた
ことも忘れて、あたしの元に駆け寄ろうとした。
 魔法陣―――、まるで、ドルカを暗黒の世界に引きずり込み、封印しようと
するかのような、その黒い魔法陣に取り囲まれながら、意識をなくしてしまったかの
ようにゆっくりと倒れる音を、・・・わずかに残る意識の中で聴いた。

「―――もう、・・・あんなところに、・・・戻りたくなんて、ない・・・。」

 気絶してしまったはずのドルカの声―――。あたしは、ぼやける視界の先、
・・・空中を漂う、ドルカの姿を見る―――。
 ダイアモンドダスト―――、突然、封印されたはずの魔導法が、そのモンスターに
襲い掛かる―――。モンスターは怯みながらも、その魔力をも封じ始める・・・。
「―――幽体・・離脱術・・・。」
 ドルカ程の実力を持つならそれぐらいの術式は行使できる。魔力を封じられているのが
実体であるなら、魔導法を幽体が行使できるのも、理解できる。それでも―――
「―――これで、・・・あなたの力は、・・・封じられました。」 
 ドルカの幽体が、そのモンスターの体に侵入し、その全てを乗っ取った・・・。

「・・・このままじゃ、・・・ドルカ、―――あなたは・・・。」

 そうするしかなかった・・・。それでも、ドルカは気付いていたはず。あたしが
真空波に切り刻まれて、こうして倒れてしまって、・・・それでも、ドルカは、
・・・あたしが、復活術式―――リバイバルを唱えない限り、戻れない。
 幽体離脱術を行使した者が、長時間魔力を解き放ちながら、この場に留まれば、
永久に別空間に封印される―――、完全なる死の状態に陥る―――。
「・・・あたしを、・・・信じて命を賭けてくれた・・・。
 それなら、・・・あたしが、出来ること―――、あたしにしか出来ない事は・・」

 体中の傷から血が溢れる。もう、立てる状態なんかじゃあなかった。
それでも、それが出来るタイミングは、ただの一瞬だけ。 
 封印の魔法陣は、放たれていた殺気とともに消え去った・・・。
膨大な魔力を放ちながら、ドルカが、再び現れた瞬間―――
「・・・・・リバイバル!!!」
 ドルカを救いたい―――、ただ、それだけを願っていた。



「―――起きろ、・・・ガキ・・・。」
「・・・こ、ここは・・?・・・どこだ・・?・・・体が、・・動かない・・・。」
「―――ガキ・・。」
「・・・何だよ?・・・テメェ・・?」
 俺は、ぼんやりする意識のなかで、そいつの姿をとらえた。
「―――やっぱ、・・・こんなガキ・・・、ほっとくべきだったな・・・。」
「何だと!?・・・ここはどこなんだ・・?」
「―――知るかよ・・。・・・夜明けは、まだ遠そうだな・・。」
「・・・ドルカ・・。・・・ドルカは?・・・俺と一緒に戦っていた・・ドルカは!!」
「―――ガキの恋人か?・・・そいつは?」

 俺は、立ち上がり、ザヌレコフの野郎を、ホーリーランスでどついた。
「なんで、テメェとティルシスの出会いの場面を再現しなくちゃなんねぇんだよ?!」
「うっせぇ!!なんで俺がガキと2人っきりじゃないとならねぇんだ!!」
「だいたい、少しずつセリフが違うじゃねぇかよ!!」
「―――そもそも、・・・・なんで、テメェがこの話知ってんだよ・・・。」
 俺は、ザヌレコフの野郎から視線をそらす・・・。
「・・・え、・・・えっと・・・、そ、そうだ!!マ・・、マーシャ・・・から・・・。」
「マーシャか・・・、そうか、あいつなら、やりかねねぇか・・・。」

 バカげた茶番の時間はそこで終わった。俺とザヌレコフは、そいつらに武器を向ける。
「かかってくるか、逃げるか、どっちかハッキリしやがれ!!!」
「テメェらに殺されたリサの恨み!!消えちゃあねぇんだからなぁっ!!」

 ザヌレコフの野郎が、その機械共をソードで斬りつける。それは、数体の機械共を
破壊した直後だった―――。ソードが派手に砕け散らされやがった・・・。

「テメェ、・・・なんだよ、そのソード―――、無理しやがって・・、引っ込んでろ。」
 ザヌレコフの奴の顔が苦痛に歪んでやがった。初っ端から戦える状況じゃなかった。
それを見た俺の心に呼応したのか、ホーリーランスの淡い光が輝きを増した。

「・・・リサ。・・力、貸してくれるんだな・・。一緒に、戦ってくれるってんだな?
 いいぜ、やってやらぁ。グロシェ司祭の名において、テメェを断罪する・・・。
 ―――スパーク、・・・リフレクション!!」


 光り輝く霧が、奴らを包み込んで、虚空へと消し去った・・。






「・・・シーナ、・・・きついぜ・・・。」
「・・・アーシェルは、まだそれ、アーチェリーもってんでしょ。
 さっき、ナイフを・・・投げつけて、・・・この一本しか持ってないのよ・・・。」

 クエーサーパンサーらに完全に包囲されていた。
「せめて、・・・ラストルがもう一度呼び出せたなら・・・」
「デュランダルエッジじゃあ、・・・大きな炎は出せない―――」
 俺もシーナも、既に満身創痍の状態を通り越していた。だが、クエーサーパンサーは
動き出す。俺も、シーナも、その動きに対処するので限界だった。
「グランド・・・クロス!!」
 シーナは、デュランダルエッジと、持ち合わせたナイフで斬り裂くが、
もはや、持ち合わせのナイフ程度では、その衝撃に耐えられず砕け散った。
「―――この私が、・・・二刀流を、あきらめるなんてね・・・。」
 シーナは、デュランダルエッジを持ち替え、敵陣に乗り込む。そして、ありったけの
魔力を込め、バーニングスラッシュを放つ。
「―――これが、・・・私の、・・・バーニングスラッシュ・・・なの?」 
 吹き上がる炎程度では、クエーサーパンサーを怯ませるのが限度だった・・・。
茫然と立ち尽くすシーナに反撃をしようとする周りの敵との間に割り込んだ。
「ラストルさえ召喚できれば―――、だが、召喚すれば、俺は・・・」
「もう無理よ。あんたと、私・・、2人だけじゃあ―――。誰かと合流しなくちゃ。」
「ああ、だが、いったい、どこに居るんだ?」
「知らないわよ!!でも、逃げて探すしかないじゃないの!!」
「―――俺が奴らを止める。だから、誰かと合流して、戻ってきてくれ。」
「バカ言ってんじゃないわよ!!あんたが、来なくてどうすんのよ?!
 もういいわ、小細工なんて!!堂々と逃げりゃいいじゃない!!」




 私は、アーシェルの奴を引きずって一気に通路を進みはじめた。
「追いつかれる!!急げ!!」
「追いつかれた時は、その時!!その時になって考えればいいじゃない!!
 さぁ、余計な事考えずに、走る走る!!!」

「余計な事って、お前・・・。―――誰かいる、・・・向こうに誰かいるぞ!?」

 誰かも何かもなかったわ。あれは、マーシャとセニフ―――
「―――伏せろ!!様子がおかしい!!」

 何よ?と訊くより早く、アーシェルは私の体ごと壁側に滑り込んできた。
次の瞬間には、光の塊が頭上の全てを貫いて、通り抜けて行ってた・・・。
「・・・ねぇ、やったみたい?」
「いや、何体かが前衛の陰で当たらなかった。セニフ!!頼む、力を貸してくれ!!」
「・・・私も既に、魔力は尽きている。体力も限界だ・・・。」
「ちょ、ちょっと?マーシャ!!どうするつもりよ?」

 マーシャは、私達の声も聞こえず、姿も見えないみたいに、勝手に奥に進みだした。

「―――マーシャの様子もおかしい・・・。行動が何かに支配されている・・・。」
「マーシャを追いかけないのか!?」
「・・・探すんだ、・・・奇跡の泉を。あくまで、推測にすぎないが、
 ・・・グラニソウルにはかつて、奇跡の泉で、発展を遂げた文明があったと聞く。
 ・・・未だ、その力を持つ場所であるなら、―――力を取り戻せるかもしれない。」

「ここが、グラニソウルの地でなかったらどうする!!
 ・・・その間に、マーシャの身に何が起こるかわからない!!」

「このままで追いかけたところで、私たちには何もできない!!」
 私はどうのこうの言い合ってたそいつらに向かって叫んだ。
「あぁぁ!!グダグダ言うんじゃないわよ!!・・・探してからそういうことは
 いいなさいよ!!―――早く見つければ、何も問題はないじゃないのよ!!」

「・・・私も、そう思う。・・・アーシェル、・・・行くぞ。」
「・・・わかった・・・。」



「・・・セリュークから聞いた話だ・・・。この地は、古より幻に支配された空間に
 もっとも近い場所と言われている。・・・その地より、高度な文明が伝わり、
 発展を遂げたと聞く。・・・先ほどからこのクローに、周りの壁が反応している。
 ・・・何か、大きな力が、この場所全体にかかっている・・・。」

「長ったらしいお話中、悪いけど、・・・追っ手がきてるわよ・・・?」
「応戦すれば、敗北は必須。追いつかれる前に、奇跡の泉を探さなければ・・・。」
「お、・・・おい!!前からもだ!!」
「何!?」

 右だ―――、唐突に脳内にその声が響いた。その瞬間、クローを右の壁に突き通した。

「セニフ?!何をするつもりだ!!」
「ちょっと、もう、間に合わないわ!!」
「これは―――、アーシェル!!シーナ!!」
 私は確信をもって、そのままクローを振り落す。クローの光に反応するかのように、
複雑な壁の文様が反応し、壁が崩れる。私は、2人をすぐさま中に誘導した。
「・・・これが、・・・・奇跡の泉・・・。」
 淡く光る霧のような物質がその泉を中心に漂っていた。

「ラストル・・・アディション・・・。」
「フォール・・・ブレイズ!!!」

 アーシェルとシーナが背中合わせに立っていた。
「・・・ラストル、・・・また、力を借りる!!―――トルネードスラッシュ!!」
「あんたたちなんて雑魚、ナイフ一本で十分よ。―――バーニングスラッシュ!!」

 そして、周囲を取り囲む者は、何も居なくなった・・・。

「―――やっぱ、炎はこうじゃなくっちゃね。」
「ラストル、・・・また、しばらく、世話になる―――。」
「・・・アーシェル、シーナ。―――マーシャを。」
「追いかけないとね?」
「よし、行くぞ!!」



 私を呼ぶ声―――、それは、目の前に居る2人―――、翼を持つ者の声でした。
「―――クロリス・・・、ではないようね?」
「下種な闇の連中も、ずいぶん、丁寧な仕事をしたようだな・・・。」
「・・・貴女がその手にしているものが、聖杖―――ね?」
 その言葉が合図になりました。私は、無数の結界に取り囲まれていました。
その全ては、聖杖から放たれた波動とぶつかりあって、強く干渉し合いました。
「・・・くっ、なんだ、こいつ?!近付けない!!」
 アーシェルさんたちは、その波動によって壁際にまで追いやられていました。
「―――神族って奴か。低級だが、実体を表してやがる。聖杖なんかあろうと・・・」
「・・・ルシアの時と同じ。いや、これは・・・。―――ルシアの気配がする・・・」
「それって、・・・マーシャのお母さん?」
「最後に私達の目の前から消え去った時の、直前の気配―――、何処だ?!」

 そんなセニフさんの声と同時でした。壁を貫くようにして、無数の翠色の鎖が、
私を腕と脚に絡みつき、その輝く鎖によって、全ての動きが封じ込められました。

「マーシャ!!!」

 少しずつ、体が青い光につつみこまれていき、ゆっくりと、天井の方へ向かって
浮上を始めていました。






 シーナの絶叫と同時に、・・ただ、俺は、・・・マーシャだけを見て走り出していた。
何もしなければ、マーシャの姿は、二度と捉えられなくなる・・・

「何を・・、何をする気だ?!」

「・・・マーシャ、―――マーシャを離すんだ!!!」
 渾身の力を込めてアローを結界に向け放つ!!ほんのわずか、マーシャの姿を捉え、
俺は、波動に身をズタズタに引き裂かれることも構わず、ただ、マーシャの足元に
近寄って、腕を伸ばし、もう届かなくなる直前にその脚をつかんだ!!

「アーシェル?!」
「シーナ、下がれ!!ダメだ、近づくんじゃあない!!」

 ―――次の瞬間、シーナとセニフは、波動のスパークに耐えられず、
絶叫を上げながら、マーシャの元から吹き飛ばされていった・・・。




 ―――私は、ゆっくりと目を開きました。

 それは、とても不思議な空間でした。天も地も、右も左さえも分からなくて、
そこに私は、たった1人で漂っていました・・・。
 私は、何もないその空間の中で、視線の先に、2人の姿があることに気付きました。

「―――お母様・・と、・・・私?」

 もっと近くで見たくて、私は、お母様の方に向かって泳ぎ始めました。
どれぐらい離れているのかは分かりませんでしたが、少しずつ、近付いていました。
 お父様から聞かされた、ほんの少しのお話。お母様が残してくれた、いくつかの物。
それでしか私はお母様の事を想像することなんて出来ませんでした。顔も、姿も、
見たことなんてない・・・、それでも、はっきりと、それはお母様だと分かりました。

 突然のことでした。体中に電撃が走ったかのように、動けなくなってしまいました。
視線の先にいる、もう一人の私が、冷たい視線で私のことを見ていました。
 そして、次に気付いたときには、もう一人の私は、信じられない程速いスピードで、
私の方に向かい、どこまで続くか分からない深い闇へと突き飛ばされました。
 何をしても、その勢いは止められませんでした。お母様の姿が小さくなって―――、
・・・手にしていた聖杖が、淡い光を放ちました。聖杖のなすがままに、私は、
その空間をゆっくりと漂い始めました・・・。

 そんな私に向かって、もう一人の私が再び近づいてきました。私は、静かに、
手にしている聖杖を振りかざしました―――。もう1人の私の体を、雷が縛り、
闇へと溶けていきました。・・・私の左手首には、暗い翠色の鎖が巻き付いていました。




「―――ナロムアデルの枷。」

 遠く離れたところに見えるお母様の声が、頭の中に響きました。再び、もう一人の
私の姿をした人が、私に向かってきました。もう一度、聖杖を振りかざします。
 もう一人の私の放つ波動を四方にはじいた後も、再び、フラッシュリングを私に
向けて放とうとしていました。再び聖杖を手にしようとした時、私の右足首に翠色の
鎖が絡み付いて、バランスを崩しました。頭上をフラッシュリングが通り過ぎました。

「―――私は、本来、・・・悲劇の少女ではない者。」

 もう一度、聖杖を振りかざして、体制を立て直しました。

「―――マーシャ。・・・あなたが本当の後継者でした。」

 次第に、私の両腕、両脚は、鎖によって支配されていきました。

「―――あなたは、この世に生を受ける、その前から既に、
 ・・・ナロムアデルの枷―――ウェストコロナに棲む、時空を乱す諸悪の根源に
 魅入られた者に、永遠に囚われる呪術にかけられていた・・・。
 やがて、その者は、ナロムアデルの遺した永遠の牢獄に・・・。」


 私は、ただ、聖杖のなすがままに、もう一人の私を攻撃し続けていました。

「―――悲劇の少女と呼ばれる者には、それほど珍しいことではなかったのです。
 ・・・雫の結晶の力と、初代―――クロリスの力によって、護られていました。
 でも、・・・あなたの時は、違っていたのです。
 ・・・クロリスは、何者かによって、その力を封印されていたのです。
 ―――私はその事を知り、ラルプノートの悲劇の少女、セレナの元に降り立ちました。
 セレナもまた、次の悲劇の少女となるマーシャがおそらく、最後になると言いました。
 ―――そのためにも、私は、雫の結晶の力を高め、クロリスの姿を探さなければ
 なりませんでした。・・・いずれ、ナロムアデルの枷に打ち勝ち、聖杖を手に
 彼奴に向かう、その、とてつもなく重い運命を課せられるあなたのために・・・。」


 頭の中に響いてくるその言葉のひとつひとつ。それらが、少しずつ、私の記憶を
消し去っていきました。村を焼かれ、アーシェルさん、シーナさんたちと出会い、
別れ、共に傷つき助け合った、そんな旅の記憶が、蘇っては次第に消えていきました。



「―――雫の結晶をクリーシェナードの神殿に封印した時に、突然、闇の住人―――
 マルスディーノがそれを妨害せんとしました。悲劇の少女の継承者であったはずの
 マーシャではない私が、闇の住人の手に染まる前に、雫の結晶を各々が持ち出して
 しまったために、あの、悲劇は起こってしまったのです。・・・最後の楽園とよばれた、
 ラルプノート。聖なる地とうたわれた、クリーシェナードも一瞬にして、
 壊滅させられた。・・・・私は、たとえ封印されようとも、マーシャ、
 ・・・あなただけは護らなければなりませんでした。光の雫の結晶を、
 スフィーガルの地にとどめようとした時、私は封印されました・・・。」


 鎖はマーシャの体を闇の底へと引きずり始めた。マーシャは、それに耐えながら、
より光を増していく聖杖を強く握りしめた。

「―――私はあなたを、一度だけ、別空間から操作しました。
 ・・・禁じられている事とは分かっていました。
 ―――もしあなたが、スフィーガルの地から、船で旅立った時、
 そのまま、かの地に降り立っていたのならば、ナロムアデルの枷に気付く者によって、
 すぐにでも、あなたは悲劇の少女として、封印されていたでしょう。
 ・・・・結晶の力もクロリスの力も持たずして、自分を護る術がないままに、
 彼奴らと戦うことは出来ない。・・・そう、思ったのです。」


 なぜ、ルシアがそのような事を言っているのか、マーシャには分からなくなっていた。
旅を経て、自分には悲劇の少女と呼ばれる運命が待ち受けていることを知った。
 人々を悲しみと混乱に陥れ、大地を破壊しつくし、闇とともに封印される。
それは、運命としてうけとめていた。仲間とともに―――悲劇を知る者とともに、
自分が向かう大きな運命へと、後も振り返らずに、歩んできた。



 しかし、いつの頃からか、マーシャは、母親―――ルシアの事をを知るために
旅をしているとは思わなくなっていた。
 スフィーガルの地を旅立ち、今ようやく、母親の姿を目にしたのだったが、
マーシャには、どうしてもそれが、母親との再会と思う事ができなかった。

 ―――心のどこかで、何か大事なものが記憶とともに消されていくような感じが
したと気付いたのも、もう既に、不思議なことではないと思っていた。
 マーシャの振りかざす聖杖から放たれる光とともに、闇の深く底へと沈み行く、
もう一人のマーシャに一瞬だけ、意識が移った。

 その瞬間に、マーシャは、今沈み行く影とともに、今までマーシャとして生きてきた、
何もかもが、何処か手の届かぬ場所へと消えていったのを感じた。

「―――もう、あなたと、あなたとして、・・・話すことはできないでしょう・・・。」

 ルシアはそうとだけ言い残し、次第にマーシャの視界から消えていった―――。






「戻ってきたか・・・、聖杖を持つ者―――、聞こえているな?」
 私は、ただ、聖杖を強く握りしめる以外には、何もできませんでした。
「あとは、聖杖を持つ者を連れていけばいいだけ。」
「・・・それだけなら、ここまで手の込んだ事をする必要がない。厄介な奴らが
 関わる前に、消す必要があるだろう、・・・奴らを。」

「放っておけばいいじゃない。・・・どうせ、死ぬんだから。」

 私は、ぼんやりとした視界の中に、その2人の姿を捉えました。その姿に、どこか、
私は、懐かしさと親しみを覚えていました。
「―――行きましょう。・・・聖杖を持つ者として、歩まなければならない場所へ。」
 その人は、私に優しく語りかけてきました。その言葉には絶対に
従わなくてはならない。私は、そう感じていました・・・。
「さぁ、行こうか―――。」
「はい・・。」
 私は、2人とともに歩き始めました。



「ドルカちゃん!?」
 あたしは、倒れこんだドルカに近寄った。体が見た目以上に熱くなっていた。
「・・・ティス・・・ターニア・・・・お姉ちゃん・・・。」
「・・・待っててね。―――ヒーリングフラッシュ、・・・召喚され―――」
 ドルカは、魔法の詠唱途中で、それを静止してきた。
「―――わたしは・・・へい・・・き・・・。」
「な、何を言ってますの、あなたは!!」
「・・・ティスターニアさんが、・・・私を助けてくれても、私は何もできない・・・。」
「何もしなくていい!!・・・苦しんでいるのを放っておくわけにはいかないわよ!!」
「・・・ティスターニアさんは話してくれました。だから、ティスターニアさんの
 苦しみだって、分かってるのに。・・・だから、こんなの、わがままだって・・・」

「・・・あたしは、・・・だいじょ―――」

 あたしの意識も、そこで途切れそうになっていた・・・。

「―――こんな、ボロボロになってちまってよぉ、・・・ヒメさん。」
「―――すまねぇな、ドルカ。待たせちまって・・・。」

 ディッシェムは、ドルカをおぶさって歩き始めた。あたしも、ザヌレコフに身を任せた。



「アーシェル・・・。」
「・・・もう、よせ。」
「―――アーシェルは、・・・マーシャのために、・・・動いてた。
 ・・・なりふり構わず。・・・決してマーシャから目を離さなかった・・・。
 ・・・私は、とっさに自分をかばっていた。・・・アーシェルと同じ行動が、
 私には出来なかった・・・。私は、・・・アーシェルにとっての、
 マーシャにはなれない。―――なれるはずがなかったのよ・・・。」


 私は、ゆっくり、もう何もなくなったその部屋で立ち上がった・・・。
「・・・これから、・・・大変になる、・・・お互いに。」
 もう、その時は近い。覚悟は、決めている。だが、私は、それをシーナに、
―――皆に導くことが、・・・出来るのだろうか。セリュークがそうしたように・・・。
「アーシェルも、・・・マーシャもいない。・・・何を、すればいいの、私たちは・・・。」
「―――いないからこそ、・・・しなければならないことを、見つける事が必要になる。
 ・・・それを、見つけなければならないのも、悲劇の少女の仲間として、
 私達に与えられた、・・・運命なのかもしれない・・・。」

 私は、ただ前を向いて歩き始めた。そして、シーナも、私の向かう先へ歩き始めた。



「―――迎えは、まだ来ねぇか・・・。」
 セラフィム―――、そう名乗ったその人は、何もない場所を眺めて舌を鳴らしました。
私の顔を眺めながら、ケルビム―――、そういう名前の人が、まるで、天使様のような
微笑を浮かべて、何度も私に話しかけてきました・・・。
「―――マーシャちゃんね、・・・まだ、お迎えが来られないから、少し待っててね。」
「・・・はい。」
「―――心配しなくても、私達が連れて行くから。今は、何も考えないで休んでて。」

「―――時空の歪みが乱れてきた・・・。」
「―――ようやく、来られたようね・・・。」

 時空の歪みによって捻じ曲げられたその場所へと向かって歩き始めました。
 セラフィムは、左手を突き出して、そこに結界を張り巡らせ、ケルビムは、
自らの体を、その翼の中へと閉じ込めました。
 私は、何が起こるのか、何もわからないまま、突然、空間に亀裂が入るのを見ました。
次第に、それが複雑に広がって、全てを押さえ込む波動が私達に激突してきました。
 その衝撃は、セラフィムの結界も、ケルビムの翼も突き破りました。そして・・・

「―――聖杖を持つ者・・・。―――我に、・・・忠誠を誓えよ・・・。」

 そう頭の中に響いたとき、聖杖から力が解き放たれ、私達をその衝撃から守りました。
そして、その声の意識が、・・・少しずつ、私の心を―――



「・・・触れるなよ、・・・瞬間に消えちまうぞ・・・。」
 時空の歪みから、敵が現れる。時空魔導士の力を持つ連中―――
「テメェのソードに力残ってねぇんだろ!?もう光ってねぇだろうが!!
 ・・・テメェこそ、引っ込んでろ。・・・ティスターニアとドルカ連れてな!!」

 俺は、ホーリーランスを構えた!!まだ、光は、・・・失われてなんていねぇ・・。
「ドルカもだ。・・・とにかく下がっててくれ!!・・・俺がなんとかする!!」
 俺はホーリーランスを敵に突き通す。突き通した感覚がない―――。
「―――ディッシェム、・・・頼むぜ・・・。」
 ザヌレコフの野郎が、ティスターニアとドルカを連れて、先へ急いだ・・・。



「バーニングスラッシュ!!!」
 もうデュランダルエッジももたないかもしれない・・・。そうなれば、もう、
私には、戦えない―――。そんなの、・・・そんなのは、嫌だ!!
「―――シーナ、・・・手を、止めるんだ―――」
 ナイフ―――、フェアリードラゴンとなった、炎の民の皆の声・・・
「なんで!?手を止めたら、負けるのを認めてるみたいじゃない!!」
「・・・シーナ、待て。まず、手を止めるんだ!!」
 その声で、私は一瞬手を止めた。次の瞬間、敵が私に攻撃を仕掛ける。
セニフは、そいつを的確に迎撃した。
「―――それが何になるのよ?気休めのつもりなの!?」
「気付かないのか?―――フェアリードラゴンの生気が失われている事を・・・」

 気付けなかった―――、もう、声を出して驚くこともできなかった。
「―――隠すつもりでは、なかった・・・。」
「・・・どういう、・・・こと、よ―――」
「もうすぐ、フェアリードラゴンに憑依した、お前の血筋の者の命が絶たれる・・・。
 時空の歪みが開かれた以上、今、幽体となったならばもはや元に戻す手段はない。
 ―――それを承知の上で、お前に力を貸していたんだ・・・。」

「―――セニフ殿よ・・・。時が満ちれば我もまた、・・・ラストルと同じく、
 ・・・混沌とした時の乱れる中へと往く―――」


「・・・私も、行く。――― 一緒に、―――父さん・・・。」

「―――幸せに、・・・おなり・・・。」







「―――聖杖を持つ者よ、・・・・我に忠誠を、・・・我に逆らいし者を誅殺せよ・・・。」

 聖杖に暗い翠色に輝く鎖が絡み付く・・・。―――ナロムアデルの枷。
 やがて、それは、私の体中を取り囲み、地中深くへと沈めていきました・・・。


「・・・リサ、・・・攻撃が、止んだ・・・。」
「―――私の声があなたを導きます。・・・さあ。」
 ディッシェムさんは、ホーリーランスの告げるままに先へと進みました。


「・・・お前ら・・・。」
 ディッシェムさんは、シーナさんとセニフさんの姿を見ました。
「・・・ディッシェム。」
「・・・とにかく、行こう。・・・何かが、・・・始まろうとしている―――」
「―――ついて来い、シーナ。リサの声が俺を導いてくれる・・・」


 その声が導く先で、ディッシェムさん達は、ザヌレコフさんとティスターニアさん、
そして、ドルカちゃんの姿を見つけました。
「・・・お前らも、・・・まだ、いるんだな・・・・。」
「・・・ディッシェムさん・・・。」


 そして、皆さんは、この場所へと辿り着きました。

「―――マーシャ・・・。」





 あたし達は、みんな、天井からゆっくりと舞い降りてくる、マーシャの姿を見ていた。

「なんだよ、マーシャ。・・・突然、消えちまってよ・・・。」
 ザヌレコフの声に、マーシャが応えることはなかった。
ドルカも、もう瀕死に近い状態なのに、舞い降りてくるマーシャの姿を、
・・・ただぼんやりと眺めていた・・・。 
「・・・戻って、・・・来たのか?」
 セニフもすべての行動を止めて、その光景を見てた。

 マーシャの表情には、安らぎが浮かんでた。どこにも偽りなんてない、その表情が、
あたし達を包み込む―――。それは、いつものマーシャとは違う。
―――まるで、マーシャの意思ではない、別の創られた何かのような・・・。
 冷たい床に、音もなく静かに降り立って、ゆっくりとあたし達の方を向き、
優しい表情を浮かべた・・・。
「・・・マーシャ。」
 セニフは、もう一度、マーシャに呼びかけた。マーシャは、応えなかった。
「―――俺達のこと、・・・忘れちまったってことかよ?」
「マーシャ・・・。」
「・・・マーシャお姉ちゃん・・・。」

 安らぎが、マーシャの表情から失われることはなかった。
―――それ以外、何もマーシャから感じとることは、・・・できなかった―――。




「―――そういうことなら、・・・仕方がない。」

 クローを装備する。ゆっくりと立ち上がり、鋭くクローをマーシャに向ける・・・。
「・・・セニフ?」
「―――お前、・・・いったい・・・。」

 覚悟は、決めていた。他に、皆に告げるべき言葉は、・・・もう何もなかった。

「・・・もう、マーシャは、・・・私達の知る、マーシャではない!!」

 私は言うと同時にマーシャに向かい走る!!
「セニフ!!!」
「・・・マーシャ、・・・すまない!!」
 私は、クローでマーシャの肢体を切り裂いた!!

 ―――私は、床に叩きつけられていた。聖杖を持つマーシャの表情には、
私に対するあらゆる感情がなかった。

「―――この程度で、終わるものか・・・。」

 右手に渾身の力を込め、再びマーシャに向かい、それを振り落す!!
マーシャに、攻撃が届くことはなかった。表情を変えないまま、聖杖を振りかざし、
クエーサーフォースリングを放つ・・・。

 その攻撃に対して、私に成す術はなかった。床を滑走し、そのまま二度と立ち上がる
ことができなくなっていた・・・。




「・・・マーシャ、・・・お前、・・・ちょっと、過ぎた真似しちまったな!?」

 俺は、ホーリーランスを手にきつく握る。頭の中で、何かが壊れちまったようだった。
懐かしい感情―――、忘れていた感情―――。殺し屋の血・・・。
 もう、俺には、ホーリーランス―――、リサの声は届かなくなっていた。
どす黒い感情が、俺の体を支配していった・・・。

「・・・テメェ、―――セニフを殺しやがったなぁっ!?」

 ホーリーランスをマーシャに向ける!!狙うのはただ一点、心臓のみ―――。
突き出したホーリーランスを、マーシャの持ってる聖杖が打ち払いやがった。
 俺の動きを翻弄するみてぇに、マーシャを間合いから遠ざけさせる・・・。
「・・・俺より、・・・速い!?」
 これまでのどの時よりも、速い自信はあった。ただ、目の前に居る奴が、
これまでのどんな野郎よりも、速くて、・・・強かった―――。

 ―――戦いが激しくなるにつれて、頭はだんだんと冷静になってやがった。
ホーリーランスの語りかける声に、ようやく耳を傾けられるようになった頃には、
・・・俺に、それ以上、何も出来ることはないって事を、気付かされていた。
「・・・だけどよ、・・・許されるのかよ―――。」
 俺は、ホーリーランスの制止を、無視して攻撃し続けた・・・。
「許されるのかよ?!―――こんなことしてよぉっ!!!」
 ホーリーランスを構える・・・。もう、ホーリーランスからの声は聴こえなかった。
「すまねぇ、・・・リサ。―――スパークリフレクション!!」
 俺は、全ての力を込めた。ホーリーランスにまとうすべての光が、一点に集中する。
マーシャは、俺の攻撃に対し、聖杖で強力な結界を張って、受け止めやがった。
「・・・悪いな、マーシャ。この程度で、根を上げるような俺じゃねぇんだよ。
 ・・・俺の力を、みくびるんじゃねぇよ!!」

 ありったけの最期の力を込めた。俺の攻撃に、・・・あのマーシャの奴が、
少しずつ押されてやがるのを、この目で確かに見た。
 光が増していく・・・。この攻撃の勢いを維持すれば、マーシャの張る結界も、
突き破れるはず―――、ただ、それだけを頭に集中させて・・・。

「・・・くっ、―――なんで、なんでだよ・・・。」

 分かっていた。・・・ホーリーランスは、ずっと、そう話しかけていた。
俺には、―――俺の攻撃で、マーシャを、どうにかすることなんて、
・・・無理だってことぐらい。ずっと、頭の中に響いていた―――。
 そうすれば、俺が、―――どうなるかを、ずっと、ずっと、・・・頭の中で―――。

「どうして、破れねぇんだ―――」

 光が弾けた―――。ホーリーランスが、跡形もなく消え去った―――。

「―――ディッシェム、・・・て、テメェ―――」
「・・・どうして?!どうして!!!」

 もう、誰もいない先に向けていた聖杖を、マーシャは、ドルカ達の方に向けた。






 マーシャの表情を見た瞬間、あたしは、心臓を貫かれたような感情に襲われていた。
「・・・なんで、・・そんな目で見つめるのよ・・。あたし達は―――」
「もう、・・・もう、やめて!!マーシャお姉ちゃん!!私は、マーシャお姉ちゃんを
 忘れない。・・・忘れたくない!!だから、・・・もうやめて!!!」

 ドルカが傷を忘れて、マーシャに向かって走り出した。
「・・・あたしも、・・・マーシャをこのままになんてしない!!」

 マーシャは、何も表情を変えないまま、あたしたちに聖杖を振り上げて応戦する。
「・・・最高位、・・闇属性魔導法―――ダイアモンドダスト!!!」
 ドルカの小さな体全体から、周囲の空気全てを凍てつかせる極寒の猛吹雪が
吹き荒れていた。その衝撃で、体中から血が溢れ、ドルカのローブが赤く染まる・・・。
 それだけの攻撃を受け続けていながら、マーシャの優勢は歴然としていた。
「―――我と契約を結びし力・・・」
 今、あたしが出来ること・・・、ドルカのために、・・・マーシャのために―――。
「ヒーリングフラッシュ!!」
 いくら傷ついても攻撃を止めようとしないドルカのことを見ていられなかった。
「・・・そこまでで、止めろよ、・・・なぁ!!」
 その深い傷を少しでも癒そうとした。回復が追いつかなくても・・・。
「ヒメさん、・・・ドルカよぉ―――!!」
 あたし自身も、もう、無事には済みそうになかった。
「お前ら、・・・死んじまう。もう、下がれよ―――」
 それでも、もう、退くことなんて、あたしには出来なかった。



「―――俺がなんとかするからよぉ!!ヒメさんもドルカも下がってくれよ!!!」
 ティスターニアさんの回復魔法。ザヌレコフさんの呼び声。
それが、とても嬉しくて・・・、とても、もう、やめてくださいなんて、言えなくて。
「・・・これ以上誰も、死んで欲しくねぇんだよっ!!・・・頼むからぁっ!!!」

 ザヌレコフさんのその声が聞こえた時、私は、ワンドを下げました・・・。
「・・・ドルカ?」
「そうだ、それでいいんだ!!早く、下がって―――」

「ザヌレコフさん、シーナさん!!離れてください!!!」

 マーシャお姉ちゃんからの魔力・・・。ザヌレコフさんの願いを叶えるためには、
―――もう、他に何もできることなんて、私にはありませんでした。
「ダメだろ・・、ドルカだけが命張る必要なんてネェだろうが!!」
「・・・あんた、あんたこそ、―――死ぬ気なんでしょ?」
「言ってるだろうが!!俺は、これ以上、死ぬのを見たくねぇんだよ!!」
「・・・みんな同じよ。あんただけじゃない。ドルカも、あの高飛車女もね。
 ―――誰も、マーシャを恨んだりして攻撃してるんじゃない。どんなことがあっても。」

「・・・手を離しやがれ。ドルカは、止める。ヒメさんもだ・・・。」
「うるさいのよ―――、ドルカの気持ち・・・、高飛車女の気持ち―――。
 もう、あんたにできることなんて、それを、踏みにじることしか残ってないのよ!!」

「―――チクショウ!!」

 シーナさんもザヌレコフさんも、そうして下がってくれました。
これで、―――私は、マーシャお姉ちゃんに、・・・お別れを言うことができます。

「マーシャお姉ちゃん・・・、ごめんなさい。・・・私には、もう、何もできません。
 ―――でも、・・・マーシャお姉ちゃんの気持ち、想い、苦しみ・・・。
 ・・・私が受け止めます。それが、・・・セリューク様から受け継いだ、強い心―――。」


 周囲を凍てつかせていた、全ての魔力が次の瞬間に、全て幻へと溶けていきました。
 かつて、セニフさんが守り、マーシャお姉ちゃんに託され、全ての悪しき者達から、
マーシャお姉ちゃんのことを、ずっと長い間、護り続けていた力―――。
 変わらない笑顔のままのマーシャお姉ちゃん。私も、最期に、負けないような笑顔を
浮かべて、ワンドを握りしめました―――。

「・・・待っています。マーシャお姉ちゃんのことを・・・。先に行きます、
 だから、―――少しの間だけ、・・・さようならしますね・・・。」


 マーシャお姉ちゃんが、聖杖を私に向けました。

「―――ファントム・・・フォースリング。」



 俺達は、・・・何もすることもできず、倒れるドルカの姿を見ていた。
「・・・どんなことがあっても、マーシャはマーシャに変わりない。
 ―――アーシェルはそう言ったのよ。・・・悲劇の少女だなんて、・・・そんな名前。
 ・・・マーシャには、相応しくないのよ!!」


 シーナから俺の腕をつかむ力が抜けていった・・・。これで、もう、
俺を止められる奴は、・・・誰も残っちゃあいねぇ。

「・・・もう、4度目はねぇと、・・・思ってたんだがよ。」
 一度も、俺達の方に向けてる表情を、変えようとしねぇ、マーシャに向かって行った。
「・・・男が、・・・たった一人の女に、4回も負けたとあっちゃあ、笑いもんよ・・・。」
 ソードは、抜かなかった・・・。もう、とっくに、役に立たなくなっちまってた。
「・・・ほんとは、嫌だったんだがよ、・・・4度目の勝負。
 ―――何度考えても、・・・オメェにだけは、勝てる気がしねぇからな。」

 俺は、自分に言い聞かせるみてぇに、そう言った・・・。
「―――4度目の挑戦だ。・・・・テメェをぶっ倒すっ!!」
 自らの拳・・・。それだけが、マーシャに立ち向かうための、俺の武器・・・。

「・・・本気でテメェを殺る!!!」

 右手に渾身の力を込めて、マーシャに振り落した。直前、目の前が急に、
かすんで見えちまっていた。・・・ゴミでも目に入っちまったんだろう―――。

 ―――マーシャを取り囲む結界が、俺の全身を一瞬に砕いた。




「・・・許されるなら、・・・最期に、・・・アーシェルと逢いたかった。」

 動けるのは私だけだった。静まった雰囲気に押し潰されそうな中で、そうつぶやいた。
「・・・アーシェルは、・・・マーシャを追いかけた。・・・とても悔しかったのよ。
 ―――なんでだろうね。それまで、私を支えてた何もかもが、・・・崩れてったのよ。
 もう、・・・アーシェルは居ない。マーシャは、・・・もう、誰も覚えていない。
 ・・・私も、・・・みんなも、―――なんだか、とっても悲しいよ。」

 マーシャが聴いてくれてないのなら、・・・それは、ただの独り言―――。
それでも、私は、・・・マーシャに向かって話しかけてた。
「・・・悲劇の少女なんて、・・・どうして、いなくちゃならなかったの?
 ―――結局、誰も分からないんじゃない。・・・傷ついて、悲しんで、みんな
 壊れていって、・・・・みんな、消えていく。・・・こんなことに巻き込まれて、
 ・・・何もかも失って、―――これから、私は、何をしようとしてるの?
 ・・・何をすればいいの?・・・それをして、私はどうなるの?みんなは!?」


 ザヌレコフの野郎は、きっと認めちゃいないだろうけど、あの一筋の涙を見た瞬間、
もう、私は、瞳から流れてくる涙を止められなくなってた・・・。 

「・・・これから、私はマーシャと、・・・戦わないといけない。・・・それなら、
 ・・・私は、私らしくいきたい。―――マーシャは、マーシャよ。・・・でも、
 もう、・・・マーシャじゃないんだよね。・・・苦しみも、悲しみも、
 ・・・みんな、・・・これが、終われば、・・・なくなるんだよね?
 ―――マーシャ。私、もう、・・・楽になりたい。・・・傷つきたくない―――。」


 私は、デュランダルエッジを握り締め、猛烈に吹き上げる命の炎を滾らせた。

「私は、・・・最期まで、アーシェルを待ち続ける。
 ・・・誓ったから、―――アーシェルと・・・。」







 シーナは、マーシャを斬りつけた。マーシャも、聖杖でそれを受け止める。
「・・・バーニングスラッシュ!!」
 激しく滾る炎をマーシャに浴びせかけた瞬間、後退する。その炎の渦から、
マーシャは、シーナに向かって飛びかかってきた。
 それでもシーナはひるむことなく、襲い掛かってくるマーシャをナイフで斬り付ける。
「フラッシュリング!!」
 シーナは、その直撃を受けながら、それでも、決して倒れようとしなかった。
「もっとかかってきなさいよ!!いつも、そうやって戦ってきたんでしょ?!」

 マーシャは、聖杖でシーナの体を叩きつける。シーナが応じるよりも遥かに速かった。
シーナは、床に激突する寸前に、再び起き上がり、ナイフを構えた・・・。
「・・・ダーク、フォースリング―――」
 低く暗いマーシャの声が、辺りに響いた・・・。辛うじて、シーナはよけていた。
それでも、その攻撃はシーナの右脚を捕らえ、一瞬の内にそれを、燃やし尽くしていた。
 もし、激痛を感じているのなら、意識が飛ぶであろうダメージ。それでも、
決して顔には出さず、ただ、ナイフを振り続けていたわ―――。

「―――もう、・・・動くのを、やめな・・・さい。―――それ以上・・・」
「・・・ふん、やっぱり。―――高飛車女。あんた、くたばってなかったのね。」
「―――あたしは・・・。」

 最期まで見届け、伝える事・・・。それが、・・・あたしの役目。出来る事―――。

「なんなのよ一体・・・。こんだけ待ってる女が、―――2人も居るってのに・・・。
 ・・・アーシェル、結局、最期まで来てくれなかったわね・・・。」


 力の入らない声でそう呟いて、ゆっくりと天を見上げるのを見ていた。このまま目を
閉じてしまうと、・・・もう、二度と、この目を開けることなんて、出来そうになかった。




「・・・もう、・・・終わりにしようよ。」

 ―――何も見えない、暗い深淵が広がっていたわ。体中の力が、
何もかも抜けていくような感覚に襲われていた・・・。

「―――シーナ・・・。」

 ナイフから、そのわずかな気配に気づいた・・・。
「・・・誰―――?」

「―――お前らしくないな・・・。」

 それは、きっと幻覚に違いなかった。それでも、その声は、・・・リズノの声だった。

「―――砕かれようと、どれだけ違うナイフになろうと、・・・このナイフから
 僕の意識が消えたりはしない。」


「・・・なんで、・・・ナイフから、・・・リズノが・・・。」

「―――僕は、いつだってお前のそばにいた。・・・そのナイフを通して。
 ・・・ようやく、気付いたんだな・・・」


「・・・なんで、・・・今頃になって、あんたが・・・。」

「―――だれかを想う気持ちが強ければ、・・・人は、どうやってでも、
 その人に逢うことができる。・・・例え、・・・もう、違う所にいたとしてもな・・・。」


「・・・違う所・・・?」

「―――お前にとって、・・・とても遠い場所にな・・・。」

「・・・あんたは、・・・今は、どこにいるのよ?」

「―――お前が、待ちつづける人間を、さっき見た。・・・きっと、これから、
 当所もなく、旅をして、さまよい続けるだろう、その影を―――」


「・・・アーシェルを見たの!?」

 その声が、リズノに届くことは、もうなかった。その前に、リズノの声は、果てしなく、
遠く遠くへと離れていってたから。
 アーシェルが、どこか遠いところに居る・・・。そんなことを聞かされても、
私に、どうすることもできるわけなかった。状況だって、何も変わってなんていない。
 体中から、力は抜けきっていて、もう、立ち続けることは出来ない。
そんなこと、高飛車女に言われなくたって、分かりきってた。

 ―――でも、このままで、終わりたくなんてない・・・。
 少しだけ、右手を動かしてみた・・・。―――ナイフの重みを、感じた・・・。

「・・・まだ、・・・私は動ける・・・。―――最期まで、私は、・・・動き続ける。
 動くのを、止めない・・・。―――私が、私である以上は!!!」




 シーナさんは、ゆっくりと立ち上がりました。そして、ナイフを両手で握って、
私の方へとゆっくり構えました・・・。

「―――悲劇の少女、マーシャ・・・。あんたに、最期まで手伝えないなんて、
 本当は心残りなんだけど、・・・お土産代わりだと思って、受け取ってちょうだい。」


 そう告げた後に、ずっと、シーナさんの事を見つめ続けていた私に向かって、
シーナさんは走り出していました・・・。

「・・・地獄でまた逢いましょうねっ!!!!」

 ナイフを右手に持ち替えました。そして、左手には、シーナさん自身の命の炎で
形作られたかのような、真っ赤に燃え上がる炎のナイフを握られていました・・・。
 私は、ただ、・・・その姿を、この場所から、一歩も動くことなく、見続けていました。

「―――グランド・・・クロス!!!!!」






 ―――その声に導かれ、光を纏うその少女は、部屋の奥へと歩く。
聖杖を手にするその少女は、やがて、光に導かれるまま、天上へと舞い上がる。
 その少女に与えられた、次の運命に縛り付けられ、再び、未来永劫続くであろう、
新たなるその戦場へと旅立っていく―――。



 その姿を、残された者達は、ただ、動くことも許されず、
その光景を見ることもかなわなかった。



 ―――誰も、その行く先を知る者は居ない。
未来に待ち受けるものを、知る者も、誰一人として居ない。
 悲劇の少女と呼ばれた、その少女と、共に戦い傷ついた者達が、
その後、どうなったかを、知る者は誰も居ない―――。



 そして、今、この時、この世界を取り巻いた、混乱と殺戮に満ちた、
その狂った歯車は、ようやく、その回転を止めた―――。



 ―――悲しみに満ちた、その運命は、永遠に終わりを告げた―――。



 悲劇の少女と呼ばれた者が、この世から飛び立ち、消え果てたのを最後に・・・・・・



2012/07/18 edited (2012/04/08 written) by yukki-ts  The End